ダイの大冒険二次・捏造魔界編 第四十一話 魔界の太陽

 ダイとポップは、それぞれ最後のシルバーフェザーを手にした。互いの手の中でフェザーがほの白く発光した。魔法力が急速に回復してく。魔法力とはすなわち、生きようとするエネルギーに他ならなかった。
「ポップはこれでも満タンじゃないんだよね?ブーストしないでよかったのかい?」
「時間がかかんだよブーストは。ゲートキーパーのところまであとちょっとだ。その間に蛇姫をなんとかしなけりゃならない」
 靴のつま先でとんとん、と甲板をたたいた。
「でも、これで飛べるはずだ。ダイ、剣で相手するって言ってたよな。どうするんだ?」
「おれ、自分で飛べるからあいつに接近して技を放つ」
「けっこう、早いぞ」
「あの早さには慣れるしかない。何度か当たって、目を慣らすよ。ポップは船にいてよ。さっきみたいなことになると危ないから」
「それじゃ、これでどうだ?」
 一歩下がるとポップは両手から呪文を放った。
「ポップさま特製、なんちゃってメドローアことただのベギラマだ。これならメドローアほど魔法力を使わないから、長く飛んでいられる」
 ポップはにやっとした。
「あいつはもう、メドローアの火線上に入ってこない。だからにせものでもやつの動きを制限できるんだ」
「わかった。でも気を付けて」
 ダイは片手を背後に回し、鞘から自分の名のついた剣を引き抜いた。
 魔法より剣のほうが得意だと言った通り、剣を手にしたダイはひときわ闘気を増したように見えた。
「こっちのデメリットは変わってねえ」
とポップは話しかけた。
「やつは黒い雨こそ降らせなくなったが、回復が異常に早い。ダメージも反射してくるぞ」
 ん、とダイはうなずいた。
「でも、一撃で蛇姫の体力をすべて削り切れたら、回復も反射もないよね」
「い、いちげき?」
 ポップは眼をむいた。
「ヒム、ヒュンケル、マァム、おまえ、その四人分の攻撃+半返し反射でやっと目玉姫を仕留めたんだぞ。それを一撃でやるだって?」
「無理なこと言ってるのは、わかってる。でも一度試してみたいんだ、はやぶさ斬りを」
「はやぶさ……通常攻撃より少し威力が劣るが二回攻撃できるってやつか」
「そうだよ。だからはやぶさ斬りには、会心の一撃が出るチャンスが二回あるんだ」
 ダイは翼を広げて先に飛び出した。ポップはそのあとを追いかけ、肩を並べた。
 漆黒の夜空をダイが飛ぶ。竜闘気がダイの全身をかすかに青く光らせている。その輝きを白翼が受けて、神々しいほどだった。あの首無しが竜の騎士を天の使いと呼んだ理由がわかる、とポップは思った。
「来るよ」
 ぞく、とポップの背筋に寒気が走った。ダイはそのまま剣をひっさげて飛び出した。
「どこだ!」
 あえて距離を取り、高度を上げて俯瞰する。ダイの斜め後ろから迫る怪物はすぐにわかった。
「おれを忘れんなよ!」
 あえてさきほどと同じように声をかけた。蛇姫が振り返った。虹彩も瞳孔もない赤一色の目が強い憎しみをこめてにらみつけてきた。
 次の瞬間、身をひるがえした。やはりメドローアを警戒しているようだった。もしおれがあいつだったら、剣で襲ってくるダイより先に、飛び道具を持ってる呪文使いを狙う、とポップは考えていた。
――おとり上等だ!
 にせのメドローアをこれ見よがしに発動し、かまえてみせた。
「かかってきやがれっ」
 背後でシュウシュウという蛇の出す息を聞いた、と思った。空中でぐるっと向きを変えた。
――いないだと?
「ポップーーーッ」
 ダイが叫んでいた。稲妻のような一撃がポップの真横を通過した。
「やったか?」
 剣を振り切った状態で、ダイはすぐそばに静止していた。
「だめだ、削り切れなかった」
 ふー、と吐く息をダイは繰り返している。
「あと少しなんだ。一瞬でいい、あいつが動きを止めれば!」
 ポップは、冷水を浴びたような気がした。
――鐘。鐘がない!
 ぬすっとうさぎたちは、鐘ごと別の船に移り移ってしまっていた。相手のすきを造り出すアイテムだと言うのに。
 そばにいるダイは、まだきつい目で、荒い息をしている。
 蛇姫は、おそらく近くでこちらをうかがっているはずだった。もし今襲われて、ダイを取られたら。それは考えることすら恐ろしい地獄の始まりだった。
「くっ……」
 ポップは片手を背中に回し、ベルトのあたりを探った。キメラの翼は、つまんで引き抜くだけになっていた。
「ダメだ」
 いきなりダイがそう言った。
「……気付いてたのかよ」
 ああ、とダイはうなずいた。
「約束しただろ?いっしょにおれの運命を背負ってくれるって」
 ちくしょう、とポップはつぶやいた。
「したよ!したとも」
 ポップは、キメラの翼から指を放した。その指が震えていた。
「今さらだけど、ごめん」
とダイがつぶやいた。
「怖いよね。それがあればポップは一人で地上へ飛べる。そうすれば助かるってわかってるんだ。でも」
 独特の表情でダイがこちらを見た。
「でも今ポップが行っちゃったら、おれ、自分でもどうなるかわからないんだ」
 ポップは無言でキメラの翼をベルトから乱暴につかみだした。ダイの目の前でその手を開いた。白いキメラの翼は、ひらひらと魔界の大地へ落ちていった。
「おれが震えてるって?ああ、そうだよ」
とポップは言った。勝手に口角があがり、身体が小刻みに震えていた。
「……嬉しいんだよ」
 ものすごく危ない橋を渡っているのは、自覚している。だが、わけがわからないほど、嬉しかった。
(ポップさん?)
 メルルの声が伝わってきた。
(マトリフお師匠から、伝言です。いよいよ大詰めですって)
「大詰め?」
(きっとそちらで、お話があるでしょう……)
「ダイ!船へ戻るぞ」
 メルルの話を聞いてポップは思わずそう叫んだ。
「え、うん。どうしたの?」
「待ちに待った、お客さんだ!」

 金色の光が上空で輝きを放った。たちまちひとつの星がマジックフライト一号めざして降下してきた。リリルーラで地上から誰かが飛来してきたのだった。
「間に合ったようですね」
 魔界の闇のなかではまばゆいほどの光の中から、懐かしい声がした。
 ダイが顔を上げた。
「先生」
 さきほどまでの殺気に満ちた気配がゆるんだ。ポップのよく知っている、純真の申し子、ダイがそこにいた。
 アバンは眼鏡の奥で微笑んだ。
「ダイ君。大きくなって」
 今のダイの身長はアバンとだいたい同じくらい。だが、ダイの表情は幼な子のようだった。
「やっぱり先生だ。おれが一番つらいときに、先生は来てくれるんだ」
 ふふ、とアバンは笑った。
「もう少し早く来たかったのですけどね。時間がかかってしまった」
 ふいにアバンはポップへ視線を向けた。
「よくがんばりましたね」
 おれは泣かない、二十歳過ぎてみっともない誰が泣くもんか、と心に決めていたというのに、ポップは返事ができず、鼻水をぐっと吞み込まなくてはならなかった。
「さあさあ、二人とも」
 大魔王の宮殿でも、魔界の夜空でも、のほほんとしたアバンの表情は変わらない。
「だいたいのところはマトリフに聞いてきましたよ。これが正念場ですね」
 ポップは早口で説明した。
「先生、こいつ、一撃であの蛇姫の体力全部削ぎ落そうとしてるんです。無茶もいいとこだけど、それができれば超回復もダメージ反射も関係ないから」
 こぶしで涙をこすりおとして、ダイはうなずいた。
「ポップにはアイツの動きをけん制してもらってる。それでもあいつは早いし、すきがないんだ。あとひと太刀なのに」
 先生、とポップは改めて問いかけた。
「お願いしていたあれが手に入ったって、本当ですか?」
 アバンがうなずいた。
「本当です」
 アバンは宝石箱を取り出した。
「これはかつて天から地上に与えられた人工太陽です。命のエネルギーを内部に蓄えているので、魔界のそれとは異なり、あの怪物の弱点になるはず」
 ダイは驚いて顔を上げた。
「それ、魔界の隠れ家の島にあった浜でマトリフさんの言ってたやつですよね。あったんだ、ほんとに」
 ポップが言った。
「アイツの弱点が太陽だってことは最初からわかってたから、万一の時に備えて人工太陽が欲しいって、師匠と先生にあらかじめお願いしておいたんだ」
 間に合ってよかった、とポップは心の中でつぶやいた。
「話を持ちかけられて探したのですが、灯台下暗しですよ、カールにありました」
とアバンは言った。
「ただし、カール王国の重宝です。王配と言えど国外へ持ち出すことはなかなか許されず、ずっと元老会議を重ねてきました」
 かち、と音を立ててアバンは宝石箱の蓋を開いた。
「私がこれを誰にも渡さず完璧として持ち帰ることに、フローラ様は自らの王位を賭けています。だから、ダイ、ポップ、あなたたちに預けて使ってもらうことができません。私しか、扱えない」
 宝石箱のなかみは、大人の手でちょうどつかめるサイズの宝玉のように見えた。アバンは手袋を外した。
「さあ、ポップ、最後の闘いをデザインするのは、あなたの仕事ですよ」
 ごくりとポップは唾液を呑んだ。
「おれが、あの怪物をこの船へ引き付ける。ダイ、剣の用意をしてくれ。先生がすきを作ってくれる。攻撃はそのときだ」
 ダイは黙ったままうなずき、鞘から再びダイの剣を抜いた。現在の身長に合わせて刀身を調節した結果、ダイの剣は新しい真魔剛竜剣とほぼ同じ長さになっていた。
 魔界の空の無明の夜に、ダイの剣のオリハルコンの刀身は白々とした光を放っている。無駄を削ぎ落した直線的な形状に沿って反射光が先端へすべっていくさまを、ポップはぞくぞくしながら眺めていた。
 ダイは左手を背に回し、もうひと振りの剣を抜いた。
「それが真魔剛竜剣ですか」
とアバンがつぶやいた。
 真魔剛竜剣の刀身は肉厚で重量感があり、切っ先に向かって湾曲している。神々が授けた剣の魂は柄頭の竜にこめられ、今にも開眼して咆哮を放ちそうな威容をもっていた。
 オリハルコンの刀身を持つ二振りの剣を、ダイは左右の手に握っていた。
 まっすぐに立って姿勢を正し、一度顔の前で刃を重ね、そのまま双腕を開き、おろしていく。両腕が中段まで降りてきたとき、ダイは左右の手首を返した。
 長い刃が同時に回転して向きを変える。ダイは二振りの剣の柄をそれぞれ逆手に持ち替えた。
「狙いは、はやぶさ斬りです。二刀なら斬撃は四回入るはず」
 思わずポップは言った。
「おまえそのために、剣をふた振り用意したのかよ!」
「ううん、今、思いついたんだ。うまくいくかどうかわからないけど」
 ダイはじっと虚空を見つめていた。
「先生が見ててくれるなら、成功しそうな気がする」
――こいつがこういう顔をするのは、何かどえらいことを考え付いたときだ。
 突然ポップは安心感に包まれた。
「よしっ、おれが先に出るからなっ」
「ポップ、気を付けて」
 へっとポップは笑った。
「おめぇこそ、しくじんなよ」
そう言って船端へ足をかけ、闇の中へ飛び出した。
「おれが見えてんだろ?」
 ポップは目立つように両手を掲げていた。左右の手それぞれに魔法力を集め、派手に燃え上がらせて見せた。
「さあ、勝負しようぜ!」
 蛇姫が用心深いことは知っていた。メドローアの怖さもわかっているはずだった。蛇姫は確実にポップの死角から襲ってくるはず。あえてポップは船に背を向けていた。
 背中側を意識しつつ、そのまま斜め上へ向かって上昇した。甲板よりも高く、メインマストの上まで。
――おまえさんがおれの死角を取るには、何かに隠れるしかない。ここまで上がってきたら身を隠すのは船のマストだけだ。
 恐ろしく移動が速い相手だった。額に冷や汗が浮いた。
 夜空の強風を突いて、シュルシュルという音が迫ってきた。
 じっと待つ間、心臓の鼓動に合わせて耳鳴りがしていた。
 蛇姫の息がかかりそうなほど近づいた瞬間、ポップは背後へのけぞるように飛び上がった。空中で回転すれば、眼下至近距離に蛇姫がいた。
 あわててふりむく蛇姫に向かって狙いをつけた。
 かまわずに呪文をぶっ放した。
 呪文の軌道をかわして蛇身がうねる。そのままポップめがけて両腕を上げ、蛇姫はつかみかかってきた。
――それでいい。今のはベギラマだ。当たったら、それがばれちまう。
 ちっ、と舌打ちをわざと聞かせ、ポップは飛びのいた。
 ポップよりも蛇姫の方が、素早さが高い。だが、近距離ルーラでジグザグに遠ざかるポップには追い付けないようだった。もう少しで手が届く、そう思ったのか蛇姫はしつこく追ってきた。
 姫が食いついたのを確かめてポップは身をひるがえし、船を目指した。
 マジックフライト一号は、視界の斜め上にあった。ポップは船と並行するまで上昇し、急激に方向転換して船へ飛び込んだ。
 ダイが待ち構えていた。竜闘気を帯びて、額の紋章はもとより全身が青く発光している。背には白い竜の翼を生じ、双腕にひと振りずつ剣を握り、船端に片足をかけてポップを見上げた。
「行ってこいっ!」
 飛び込みざま、そう叫んだ。ひとつうなずいて入れ違いにダイが飛び出した。
 アバンが人工太陽をつかんだ。
 ダイが蛇姫に迫った。
 おそらく姫は、ダイの両手がふさがっているのを見て、ドルオーラはないと気付いたのだろう。そのまま攻撃対象をダイに変えて襲い掛かった。
 アバンの手が高く上がった。闇の大空に朗々と声が響いた。
「光の玉よ、闇を祓え!」
 人工太陽“光の玉”が、そのとき勇者の命に応えてよみがえった。
 宝玉の中心に煌めきが宿った。次の瞬間、四方に向かって長く光芒を発した。細い光の筋は見る間に太くなり、天へ向かう巨大な光の柱と化した。
 はるか雲海の上で光は弾けた。
 たちこめていた黒雲がなぎ払われ、天の四隅へと退いた。
 上空が真珠色に輝いた。
 風すら清浄な香りを漂わせていた。
 暗黒に閉ざされていた魔界の広野に色彩がもどってきた。巨岩は赤みがかっていた。森の木々は深緑色だった。広野にはきちがいじみた色彩の花々が咲き乱れ、流れる川は紫色、その向こうの砂漠は朱色の砂の風紋で覆われていた。
 魔界とはこんな世界だったのか、とポップは船から見下ろす光景に目を奪われていた。地上の美意識とは異なるが、そこには確かに乱調の美があった。
「あれが、海か!」
 眼下に広がる光景の一番奥に、黒々とした巨大な水面が見えた。浄化された大気のもと、漆黒の波は太陽光を反射して輝いた。
「アアアアアアッ!!」
 ポップは振り向いた。蛇姫が顔をおおい、身もだえしていた。顔を覆う腕から先に太陽光に焼かれ、鱗がぼろぼろに崩れ落ちた。
「ヤメロ、ヤメヌカッッ」
 そのまま、空中でのたうち回った。
「ダイ、今だ!」
 大きく広げていた竜翼がすっと狭まり、ダイは蛇姫に向かって逆落としに急迫した。
「アバーンストラッシュ……」
 ポップは息を呑んで見守った。
――一度の攻撃で、あいつを削りきらなきゃならないんだ。
「……ファルケ!」
 アバンはきつく船の手すりをつかんで見上げていた。
「あれはっ!」
 ダイが蛇姫に衝突した瞬間、ダイの剣の赤い魔石がすばやく動いたのが、ポップにはかろうじて見えた。
「先生、ダイのやつ、今何を?」
「アバンストラッシュを左右同時に放ち、返す刀で再度斬撃を与えている」
 虚空をにらんでアバンはつぶやくようにそう言った。
「まさに、アバンストラッシュのはやぶさ(ファルケ)斬りです」
 それは常人の動体視力をはるかに越えていた。すげぇ、とポップはうなった。
「でもそれならたしかに、目玉姫をつぶした四回分のダメージを一度にたたき出せる」
 光の玉が放った輝きは重なった雲の間からまだ魔界を照らしている。蛇姫だったものはその光の中で文字通り四散しようとしていた。
 蛇髪の頭部が高々と舞う。長い蛇身がぼろぼろに崩れて落下していく。双腕は離れ離れになり、そのあとを追った。
 ダイはアバンストラッシュの勢いのまま、滑空していた。
「ダイ、やったな!」
 抜き身の剣を提げて夜明けの空を飛ぶ竜の騎士は、美しかった。
 雲の絶え間より光の柱が降り注ぐ。その中を、ダイは船に向かって降下し始めた。身体の形状が竜魔人からヒトへ戻っていく。竜闘気の輝きも薄れてきた。
 見渡す限りの銀の空を背景に、疲れきったダイが見えた。そのダイを迎えようとポップは手を差し伸べた。ポップとアバンを見つけたのか、ダイは目を細め、唇をほころばせた。
 ダイの背後に異物が見えた。ポップは顔がこわばるのを感じた。
 恨みの形相も凄まじい生首が、上空から落下してくる。
「ダイ!逃げ」
と叫ぶよりも早く、蛇姫の首は音を立ててダイの肩先に食らいついた。

 何が起こったか悟った時、ダイは身構えて待つことしかできなかった。自分に残された闘気をかき集め、凝縮する。ただそれだけに集中していた。
 真っ黒なかたまりがまっすぐに迫ってくる。
 本当は首だけになっているはずだが、蛇姫は上半身が女、下半身が蛇という姿で現れた。だが、相変わらず顔も身体も焼けただれ、赤一色の目を怒らせた、妄執そのものの姿だった。指は長く、爪はさらに長く、蛇の鱗に覆われている。両腕を思い切り伸ばしてつかみかかってきた。
「ヨコセ、ソノ体!」
そう叫んで蛇姫はダイの心に触れようとした。
「勝負ニ敗レレバワラワハ身モ心モ石トナッテ果テル。ガ、身体サエアレバ、マダ負ケヌ……ギィウェェェェッッッ!」