ダイの大冒険二次・捏造魔界編 第三十四話 天へ問う

 魔界の住人たちは四隻ある箱舟のすべてで躍り上がって喜んでいた。言葉を持たない系統の種族さえ興奮して吠えていた。
 串刺しになりぴくぴく震えるメドーサボールをしり目に、船団は闇を疾走していた。
「このまま逃げ切れるかしら」
 マァムをはじめ仲間たちはマジックフライト一号の船長室に集まっていた。
「だといいんだけどなあ」
 ひと仕事終えたポップは船長室の椅子に体を沈めていた。
「魔法力のほうは大丈夫なの?」
「一回目のブーストは無事に終わったわ。師匠も大事ないみたいだし。おまえらはどうよ」
 マァムは微笑む余裕があった。
「四号はまあまあ。深刻な被害はないし、まだ戦えるわ」
 クロコダインは、うなった。
「三号は被害ありだ。船尾楼が半壊、手すりもあちこちやられた。船の外壁も少々な。これで海に浮かんでいたら、水が入ってきたかもしれん」
「大丈夫なのかそれ!」
 仲間たちに向かってクロコダインは苦笑した。
「三号の船大工の衆が今、修理をしてくれている。まあ、多少無理な闘いをした結果だ。仕方あるまい」
な?とクロコダインはヒムのほうを見た。ヒムは頭髪をかいた。
「獣王の大将が言う被害は、半分飛び蛇、半分はオレらが暴れた結果だ。面目ねえ。次があったらもうちょっとうまくやるぜ」
そう言って一度言葉を切り、底光りのする眼で尋ねた。
「あるんだろ、次が?」
「まあね」
と言ったのはダイだった。
「あると思うよ。あいつは、死んでない」
 ラーハルトが言い出した。
「申し訳ありませんダイさま」
「どうしたの?」
「船に、マジックフライト二号に被害はそれほどありませんが、ヒュンケルと私が多少息切れしています」
 ダイがヒュンケルのほうを見た。
「闘気を使い過ぎた」
 ぽつりとそう言った。
「じゃあ、今のうちに回復しておいて。せめて休んで何か食べて。みんなも少し」
 ふいにポップが顔を上げた。
「待った、ダイ。その前にやることがあるんだ」
 全員の視線が集まった。
「キルバーンを覚えてるか?船出の前に、あいつがおれに話しかけてきたんだ」
「生きてたのか、あの野郎!」
とヒムが唸り声をあげた。
「ああ。しかも相変わらずの思わせぶりだったぜ。やつが言うには、ヴェルザーにもう一回話を聞いておけだとさ。あいつは嘘つきで残酷だったけど、バカじゃなかった。ヴェルザーがメドーサボールについて何か知ってるか、確かめた方がいいと思う」

 ヴェルザーはマジックフライト一号の船長室に連れてこられていた。
 ずいぶん、育った、とヒュンケルは思った。魔界の隠れ家で暮らしていた間にヴェルザーの魂を宿す生まれたてのドラゴンは、かなり大きくなっていた。若葉の色の鱗は色が濃くなり、体格も大きくなっている。それでもせいぜい子猫ていどだった。
 このドラゴンの卵を保護していたベビーニュートは相変わらずそばにいる。なにかと世話を焼きたがるようすは乳母とか守り役を連想させた。
「生前のヤツだと?オレは忘れたと言ったはずだ。なんでわざわざお前のために思い出してやる必要があるのだ、竜の騎士の小せがれ?」
 体は子猫サイズだが、傲慢な口調は冥竜王そのものだった。ヒュンケルには隣にいるラーハルトがいらついたのがわかった。
「おれのためじゃないったら」
とダイは真面目な顔で言った。
「キルバーンから伝言なんだ。あのメドーサボールにとり憑いている怨念の持ち主の、死ぬ前の姿のことを聞いてみろ、だって」
ふむ、とヴェルザーはつぶやいた。
「……あやつの弱点をおまえらに知らせろということか」
 ヒムがひょいとヴェルザーをのぞきこんだ。
「弱点なんてあったのか?」
 ヴェルザーは小さな炎をバフっと吐きだした。火の息にも満たないそのブレスをヒムは片手で払った。
「ああ、言いたくねえならかまわねえよ?こっちはあいつを突き放したとこだしな!」
「せっかちな若造め。言いたくないのではない。記憶をたどっていたのだ」
 む、む、としばらくの間ヴェルザーは考えていた。
「まあよかろう。おまえにはオレとしもべどもをすべて脱出させた功があるからな。一言で言うなら、鐘だ」
 ヒュンケルが声をかけた。
「それは鐘を鳴らすと蛇が襲ってくるという話か?」
「まあそうだ。やれやれ、最初から話さなくてはなるまいな。メドーサボールにとり憑いているのは、恋の恨みで死んだ女だ」
 仲間たちは顔を見合わせた。おそるおそるマァムが尋ねた。
「女の子だったの?」
「地上で暮らしていた娘で十七、八だったはずだ。それなりの家柄の出身だったが、侍女だかばあやだかと共に家から離れた修道院で学んでいた。そこへ遠方の教会から僧侶が数名訪れた。その中に、エリートで美貌の学僧がいた。僧侶、つまり世俗の幸せを自ら断ち切った男に、娘はひと目で恋に落ちた。それが間違いの元だった」
とヴェルザーはつづけた。
「娘は恋心を明かし、熱心にその僧を求めた。学僧は驚き、諫め、拒み、最後には夜に乗じて仲間の僧たちと共に修道院を逃げ出した。だが恋に狂った娘は侍女や護衛の兵士の手助けで学僧を追いかけた。夜だろうが、山道だろうがおかまいなしに馬車を走らせ、馬車が壊れれば馬で追い求め、馬が倒れた後は自ら走った」
 壮絶な追跡に、ヒュンケルたちは言葉も出なかった。
「峠があればよじ登り、川があれば水中に身を投じ、花の盛りの娘が見る影もないボロボロの姿になって、ようやく教会までたどりついたのだ」
 ふぅ、とヴェルザーは呆れたようにつぶやいた。
「なんでそこまでして、と思うのだがな。人間はひ弱で愚かだが、執念の強さだけは恐れ入る。教会の者たちは追ってきた娘を逃げてきた僧に近づけまいとした。だが娘は教会の内部へ躍り込み、恋しい男の名を大声で叫んでまわった。教会の長は、ついに教会の鐘楼から巨大な鐘をおろし、その中に学僧をかくまった。娘はそれを恨みながら自ら命を絶った」
 そうヴェルザーが話を結んだ瞬間、船長室の外で大声が響き渡った。
「自ら命を絶った、だと!?」
「誰だっ」
 パーティは甲板へ飛び出した。

 降りしきる黒い雨の中、首無しが、そこにいた。
 ほとんど骨だけになった骸骨馬に騎乗する、首のない甲冑姿の騎士だった。騎士は左腕に装備した盾を掲げている。その盾に彫ったどくろが眼球を生じ、こちらをねめつけていた。
「おぬしは!」
 クロコダインが声をかけたが、首無しは無視して話し続けた。
「綺麗ごとを並べたものよ!あの時教会の者たちは神官も尼僧もこぞって姫を取り囲み、あばずれ、尻軽と呼んでさげすみ、ののしり続けた。姫は教会の巨大な鐘に取りすがり、男の名を呼んで十指の先が血を噴くまで鐘の表面をかきむしった。境界の者たちが姫をむりやり引きはがそうとしたとき、姫はそれを拒んで鐘に額を打ち付け、自らの頭を砕いて果てなされた」
 船長はじめ魔族たちが何事かと見に来ている。危ないから隠れていろ、と片手で指示してから、ヒュンケルは聞いてみた。
「姫、とはあのメドーサボールに憑いている怨念のことか?」
 重々しく盾のどくろはうなずいた。
「然り。御最期を伝え聞き、姫の無念、恨み、この身の骨髄に徹した」
 鉄色の盾に彫った鈍い色合いのどくろの目から、鮮やかな血の涙があふれ、滴り落ちた。
 誰もが言葉を失った中で、一人、マァムが顔を上げた。
「それは、逆恨みでしょう」
 慈愛の娘は毅然としていた。
「あなたの姫様は一途なひとだったのね。でも、何をしてもいいわけではないわ」
 首無しは盾をマァムのほうへ向けた。
「百も承知。姫はやりすぎた。姫があの僧を、愛していたのか憎んでいたのか、我にもわからぬよ。ただ、激しい思いを募らせたまま姫は世を去った。我も冥土の旅のお供をすべく後を追った。気付けば姫のお姿は変わり果てていた。我もまたこの姿になった」
 殉死だったのか、とヒュンケルは思った。
「冥界だろうが魔界だろうが姫に寄り添うことができるなら、我はこの世の終わりまで姫に付き従って放浪したことだろう。しかし姫の怨念は目玉の怪物にとり憑いてはてしなく募るばかり。我の諫言すら、もはや届かぬ。あらゆる生き物を憎み妬み、鐘とみるや襲い掛かるありさまよ」
 真紅の涙がまた甲板に落ちて、雨に流されて赤い筋を引いた。
「なにゆえだ……。なぜ天界の精霊は、神々は、無限の執着から姫を救ってくださらぬ。なぜ放置されるのか」
「それは」
 ダイが口を開いたが、すぐに黙って首を振った。
「過ぎし日、一度だけ天の意志が示されたことがあった。魔界は天の使者を迎えたのだ」
 首無しの盾のどくろはまっすぐにダイを見ていた。
「天より遣わされたその使者は、冥竜王を滅ぼすために魔界へ下り、天誅を加えたのち魔界を去った」
 思わずヒュンケルはダイの顔を見た。その使者こそ、竜の騎士バランにまちがいなかった。
「我の目は、ほとんど見えぬ。だが、つい先ほど、天の使者と同じ気配を強く感じた。使者その人ではなく、装備した得物の気配であった。それを今、御身から感じる」
 ヒュンケルは、竜の谷の入り口でこの首無しに出会ったときのことを思い出した。そのとき、剣の気配を頼りに人を探していると言っていた。おそらくこの首無しが感じ取っているのは、今ダイが装備している真魔剛竜剣の魂なのだろう。
 先ほどの防衛戦でダイは初めて、生まれ変わった真魔剛竜剣でギガブレイクを放ったはずだった。
「同じ剣を装備されるとは、けだし、お身内にやあらん」
 ダイはうなずいた。
「おれは、竜の騎士バランの子、ダイ。真魔剛竜剣を受け継ぐ者。あなたの言う天の使者の息子だ。でもおれには、天界の意志なんてわからない」
「それでもかまわない」
と首無しは答えた。
「御曹司、我と勝負したまえ。この魔界で天の使者を打ち負かしたならば、神々もなんらかの意志を見せるやもしれぬ」
 それだけの実力がある、と暗に首無しは宣言していた。
「おいおい、どうすんだ」
 ポップが小声で話しかけた。
「こんなとこで戦ったら船がもたねえ。それにおまえ、今回は脱出優先なんだろ?」
 ダイはうなった。
「わかってるんだ、時間が惜しいことも、みんなを脱出させなくちゃならないことも。でも」
 ダイは一歩前に出て、首無しと向き合った。
「船団が運ぶ魔界の住民に手を出さないでくれるなら、勝負を受けるよ」
 首無しはどくろの盾を傾けた。一礼したような姿だった。
「……御曹司、かたじけない」
 ダイは傍らを見た。
「ごめん、ポップ」
「まー、こうなると思ってたぜ」
 ポップは天を仰いで自嘲めいた笑みを浮かべた。
「昔からおまえ、こういうやつを絶対ほっとけねえんだもんな」
 ヒュンケルは口元がゆるむのを感じていた。クロコダインやマァム、ヒム、そしてラーハルトも、姿勢や目つきが変化している。ダイの中で静かに燃え始めた戦いの意志が仲間たちにも燃え広がっているのがわかった。
「余計なことだが、ダイ、あのメドーサボール、動き出したようだ」
とヒュンケルは言った。
「そうか。ぐずぐずしてる時間はないね」
 馬鎧をつけた骸骨馬がぶるっと鼻息を荒げ、蹄で船の甲板をたたいた。
「我のことは『首無し』と呼ばれるがいい」
 わかった、とダイは言った。
「じゃあ、首無し、場所はこのマジックフライト一号の甲板の上。おれと一対一だ」
 首無しは高く盾を掲げた。
「いや、我は天界に問いたいのだ。神々の目を引き付けるような、大がかりな戦をせねば」
 ポップがあわてた。
「何言い出すんだよこの首無し野郎」
 首無しは右手に鉄球の鎖、左手に盾を持ったまま両手を広げた。首無しの背後の夜空に、赤黒い巨大な渦が現れた。
「召喚か!」
 あの渦は魔界と冥界をつなぐ出入り口だとヒュンケルたちは知っている。その出入り口から湧き出すものがあった。
「もう、見飽きているだろう。我の眷属だ」
 渦から屍カラス、アニマルゾンビ、海藻のゾンビどもが大量に吐き出されてきた。
 召喚された眷属は、その形を失い、急速に死肉に戻っていく。悪臭漂う黒々とした肉塊ができつつあった。
「気色悪ぃぜ」
とヒムがつぶやいた。
 首無しが何か飛ばした。ポップの使うカードに似ているが、もっと薄い紙片に見えた。紙片はうごめく肉塊に張り付いた。全部で三枚の紙片が張り付いて、三つの塊ができた。幼児が泥でつくったような、かろうじて手足のある人形に見えた。
 突如、肉塊人形が動き出した。
「あれは、呪符か!」
とラーハルトがつぶやいた。
「となると、これは呪符で動き出すゴーレムだ」
 首無しの盾のどくろがこちらを見た。
「いつぞや、会ったな。もし貴殿らが御曹司の家中なら、助太刀したほうがよいぞ。我のゴーレムは打たれ強いゆえ」
「ダイ様!」
 ラーハルトにみなまで言わせずにダイは決断した。
「戦うのはおれと、ラーハルト、クロコダイン、マァム。これで四対四だ。ほかは、後方の見張りを頼む。ヒュンケルはマジックフライト二号、ヒムは三号の守りをまかせる。ポップは」
「おれは船団を動かすけど、それじゃあマジックフライト四号にいるわ」
「わかった。頼むね」
 ダイは呼吸を整え、広げた手のひらを高く掲げた。
「集え!三界の覇者たちよ!」

 ラーハルトが召喚された魔物をゴーレムと見破ったとき、ダイの頭の中には自動的に知識が流れ込んできた。
――ゴーレム。無生物に呪符を貼って仮の命を与える呪法とその結果生まれる巨人。
 自分に先行した竜の騎士の誰かが得た知識なのだろうとダイは思った。
――したがって呪符をはがすと無生物に返る。ただし呪符を貼ったままのゴーレムは、タフで打たれ強く、状態異常どころか痛みを感じることもなく、戦意を失うこともない。呪符はがしは、きわめて困難。
 悪臭のする巨大な手が前後からダイに迫ってきた。顔をしかめてダイは飛び下がった。
「きさまら、ダイ様に何をする!」
 ラーハルトが槍を構えてとんできた。が、ゴーレムの巨体に阻まれた。
 視界の隅で白と紫の色彩が踊っていた。そちらへ視線を向ける前にマァムだとわかった。
「これは、何なの!?」
 手刀で蹴りで、マァムはゴーレムに攻撃を何発も入れている。だが、死肉で出来た身体は砕けることもなく、ヒットをはね返していた。
「生き物じゃないのに、砕けないなんて!」
 ほとんど悲鳴だった。
 もしノヴァがこの場に居たら、かつて大魔王の処刑場に姿を見せた、ザボエラの操る死肉の巨人、超魔ゾンビに酷似していると気付いただろう。
 目の前のゴーレムが拳を握って振り下ろしてきた。見切るのはそれほど難しくはなかった。ゴーレムの攻撃を次々と避けてダイは休みなく甲板上を動き回った。
「空裂斬を味わってみる?」
 ゴーレムに命を与えているのは、呪符であってコアではない。だがダイが真魔剛竜剣を構えてゴーレムの前に立ちふさがると、ゴーレムたちは動きを止めた。
「やっぱり怖いのか」
 一体がダイを回避しようと向きを変えた。
 シン……と音もなく神速の衝撃が飛んだ。海波斬はゴーレムの腕に深い切り傷を造った。ゴーレムが足を止めた。
――でも、すぐに傷口が盛り上がって元に戻っていく。
 ダイはゴーレムをけん制しながら観察していた。
「ダイ様!」
 ようやくラーハルトと合流できた。
「やつらは槍で突いてもすぐに回復してしまいます。ヒュンケルならこんなとき」
 ダイは片手を上げてその言葉を遮った。
「でも、今のおれにはラーハルトがいてくれる。だからそれを活かそう」
 はっとした表情でラーハルトが顔を上げた。
「クロコダインは?」
「あそこに」
 クロコダインはノヴァの届けてくれた新しい斧を装備して首無しと向かい合っていた。
 首無しがつぶやいた。
「夜明けの砂州以来だな。今度は船の用心棒か。だが今我は、御曹司と戦わなくてはならぬのだ。邪魔をするなら、潰して通るぞ」
 平板な声だったが、陰々とした気を漂わせていた。
 逆にクロコダインは隻眼をわずかに細め、大きな口でにやりと笑った。
「そうあせるな。確かにオレは前座だが、おぬしにはシャークマジュはじめ水龍たちの借りがある。ここで返しておこうと思ってな」
そう言うと、鎧の内側からシルバーフェザーを取り出し、腕の内側に先端を刺した。
 首無しは盾をかかげ、どくろがクロコダインを見下ろした。
「御曹司のために我の戦力を削ぐつもりか。その意気や良し。やってみるがいい」
 じゃらじゃらと音がした。首無しが自分の鉄球「モルゲンシュテルン」の鎖を解いたのだった。