ダイの大冒険二次・捏造魔界編 第三十話 緊急事態

 箱舟のドックにダイとヒュンケルが飛び込んできた。
「敵襲だ、ここが見つかった!」
 一気にドックは騒然となった。
「みんな、待って!」
 手を広げてダイはその場を鎮めた。
「ポップ、船は飛ばせそう?」
 ポップは表情を引き締めた。顔をぐるりと回して箱舟を眺め、ダイに向き合った。
「……ああ!やるだけはやった。あとは出たとこ勝負だ。修正はその場でなんとかする」
 よしっ、とダイはうなずいた。
「敵はもう来てんのか?」
 ヒュンケルが答えた。
「見張り台から見たかぎりだが、ワカメゾンビと屍カラス、狼ゾンビは島の周囲に到着済みだ。メドーサボール本体はおそらくもう少し後のはず」
 ダイはその場全体に呼びかけた。
「みんな、まだ時間はあるよ。急いで準備して、出発だ!大丈夫、みんなで脱出しよう!」
 ほとんど雄叫びのような歓声があがった。
 ヒュンケルは踵を返した。
「ラーハルトがゾンビたちを引き受けている。オレも行ってくる」
 ダイは、待って、と言った。
「ノヴァはまだ魔界にいる?もしそうなら、先に地上へ飛んでもらって。そして上のみんなに、おれたちが今から魔界を脱出するって伝えてもらって」
 了解、とだけ答えてヒュンケルは飛び出していった。
「水夫、船員はそれぞれの船へ!出航準備急げ!」
と海の魔族たちが叫んだ。
「島全体に触れて回れ!全員乗船!」
「夜になる前に出発するぞ、みんな急げ!」
「乗らなかった荷物はあきらめろ!命のほうが大事だ!」
 指示は隠れ家じゅうに広がっていった。
「待ってました!いよいよだぜ」
「黒い海とはやっとおさらばだ、逃げ切ろうぜ」
 島を覆っていたカモフラージュが取り払われた。仕上がって艤装を終えた四隻の箱舟が整列した。
 避難民たちが荷物を抱え、隠れ家をカラにする勢いで島中から集まってきた。
 言葉を持たないドラゴン系やビースト系、自然系のモンスターたちは鳴き声や唸り声をあげて船に向かっている。陸棲ドラゴンら重量のあるモンスターたちがそろって押し掛けると地響きがした。
 ましてや、口をきける魔族や獣人、悪魔系、小鬼たちは興奮した声でしゃべり、わめきちらしていた。
「ポップ、おれたちも準備しないと」
 ポップはそうだな、とつぶやいた。
「ダイ、本来なら、ここから垂直に飛び上がって、空の上までぶっちぎる計画だったんだ」
「そんなこと、できるの?」
「魔闘演舞っていう技がある。ほんとは武闘家が使う闘気技なんだけど、魔法使いが魔法力でやるのはどうかって、師匠は考えたんだ」
「マトリフさん?」
「そうそう。魔法力の減衰が激しい魔界の黒い海から離水発進するために、おれと師匠二人分の魔法力を合わせて、さらに増幅するって発想だ。具体的に言うと、同等の魔法力を持った魔法使い二人が、まだ呪文になっていない純粋な魔法力を高め、片方が相手にそれを放つ。放たれた方は、その魔法力を受け止め、トスを返す。トスを繰り返すことで魔法力を増幅するんだ」
「それを、ポップとマトリフさんでするの?すごいな」
 うう、とポップはうなった。
「いや、おれが断った。おれと師匠の二人分の魔法力を何度も師匠にぶつけたら、師匠の体力的にやばいんだよ」
 ダイは足を止めた。
「それって」
 ポップはうなずいた。
「五年前の段階で、師匠の身体はかなり悪くなってた。こないだ本人もそう言ってたし。師匠は、おれたちの魔界脱出のために命を投げ出す気なんだ」
「だめだ、そんな!」
 ポップはちょっと笑った。
「はは、おまえならそう言ってくれると思った」
 そして拳を胸にあてた。
「こっからは魔界脱出の“おれ案”だ。聞いてくれ。箱舟には四隻すべて、船底に魔法陣を描いてある」
「うん。ポップの魔法力で飛ぶ仕組みだね、トベルーラみたいな」
「そう、船の底から魔法力そのものを放出しようって話だからな。でも、おれ一人の魔法力、しかもこの魔界の空じゃ、船をゲートキーパーの旅の扉まで飛ばそうとしても、たぶん、もたない。だから途中でブーストをかける。少なくとも二回は必要だ。そのときだけ師匠に手伝ってもらう」
「魔力のトスをする?」
「ああ。たぶん二回くらいならそれほど負担にならないはずだ」
――たぶん。
とポップは心の中でそう付け加えた。
「ダイ殿!」
 海の魔族の長ダリボルが、急ぎ足でこちらに向かってきた。
「この騒ぎは、出発ですか?!」
「ここが見つかったみたいなんだ」
とダイは簡潔に言った。
「よそへ隠れ直すよりは、このまま脱出する」
「操船はあんたらにまかせる」
とポップは船長に説明した。
「隠れ家を出たら海上をあるていど航行してくれ。そうしないと、船底一面に描いた魔法陣におれの魔法力がいきわたらないんだ」
「時間がないので、歩きながら話しましょう。あるていど、とはどのくらいかかるのです?」
「今までの平均だと、この砂時計一回分だ」
 ポップたちは小走りに歩きながら船長に大きめの砂時計を手渡した。
「魔法陣があったまったら、いよいよ水面を離れて上空へ飛び立つ。そのあとは先頭の船について空の航路を行くことになる」
 船長は、箱舟の列を指した。
「先頭というと、あの1の船ですか?」
 四隻の船には、船首に1から4までの番号が入れてあった。
「おれは船を飛ばす必要があるから、あの『マジックフライト一号』。二号から四号は陸海空の竜騎衆がそれぞれ担当するよ」
「ダイ殿は」
「おれは全体のしんがりだから、たぶん四号。でも、危ないとこに駆けつけるからね」
「よろしい、私が一号の船長を努めます」
 ダイは笑顔になった。
「ありがとう。お願いします」
 早速準備にかかりますと言って、船長はその場を離れた。ダイとポップは急ぎ足で歩き出した。
「さあて、いよいよだ。魔女メドナの呪術をご披露のときだぜ」
 ポップはぞくぞくしていた。

 その日の午後、隠れ家の島から少し離れた大きな島で、獣王遊撃隊のメンバーはトレーニングに励んでいた。
「いっち、にい!さんっ、しっ!」
 隊長の号令に合わせて左右の腕を力強く突き出していた。もちろんメンバーによっては腕の代わりに前足だったり、そもそも腕に当たる部位がなかったりしたが、チウによると「そこは気合なのだよ!」ということだった。
 あいにくその日は珍しく雨が降っていた。魔界の雨はあの黒い海と同じ成分らしく、人間たちにとっては生命力を削がれるようなものらしい。モンスターにとってはそこまで悪影響はないが、ぽつぽつ雨ではトレーニング気分が盛り上がるというわけにはいかなかった。
 威勢よく号令をかけていたチウが、急に口ごもった。遊撃隊の面々は隊長を見上げた。
「よう、どうした?」
 副隊長格のヒムが声をかけた。
「あ、いや、今、何か聞こえた」
「雷じゃねえの?」
 魔界の空が晴れることはまずない。空は暗い雲に覆われ、その中では雷鳴が鳴っているのが常だった。
「で、それがどうした?」
 チウは不安そうな顔で海を眺めていた。
「ヒムちゃん、あれはなんだ?」
「あれってなんだ。波が来るだけで、ほかは何も見えねえぞ?」
「だから、あの波だ」
 魔界の黒い海は絶え間なく波を打ち寄せてくる。今日は妙に波が高い、とヒムは思った。
「な、何かいるじゃないか」
 からかっている口調ではなかった。チウは本当におびえていた。しっぽの先端がひとりでに震えているらしかった。
 チウの隊員たちも寄り集まっていた。ビースト系モンスターは毛を逆立てて警戒している。
「何をそうビビって、」
と言いかけてヒムはぞくっとした。チウの言う波とは、ほぼ水平線だった。それが異様に盛り上がっている。
「何だあれ!」
 黒い海がそのまま丸く盛り上がったように、海面上に姿を現しつつあった。
 ヒムたちのいるところからはかなりの距離があるのに、水平線を覆い隠すほどの大きさに見える。
 雨模様の午後の弱弱しい光が、波のすぐ下の何かにあたって反射した。
――もしかして、こいつか!
 これがうわさの巨大メドーサボールか、とやっとヒムは気づいた。
 銀の鱗の塊から海水が流れ落ちる。海蛇たちの目がひとつひとつ開き始めた。鱗でできた島が一つ、となりに浮かび上がってきたような巨大さだった。
 海蛇たちは海面の上にずるりとほどけた。彼らの顔が一斉にこちらへ向いた。
「ヒイィッ」
 チウたちのようすは異常だった。恐怖にかられた小動物というか、文字通り蛇ににらまれたカエルだった。
「固まってんじゃねえっ!」
 ヒムはありったけの大声で叫んだ。
「ガタイのでかい奴は小っせぇのを抱えろ!羽のあるやつは飛べ!」
 我に返ったチウは、あわてて腹を探ってキメラの翼を取り出した。
「みんな集まってくれ!隠れ家まで飛ぶ!ダイ君たちに知らせるのだ!」

 黒い雨は入り江にも降り注いでいた。クロコダインはマジックフライト三号で水棲ドラゴンたちの乗船を監督していた。
「心配するな、三号には甲板に海水プールがある。だが、広くはないから、魚型以外はプールサイドを席にしてくれ」
 しのつく雨の中を魔界のいろいろな種族がボードを渡って次々と船に乗り込んでいく。雨音、波の音、群衆の騒音が重なって騒然としていた。
 背後で足音がした。
「クロコダインさん!」
 振り返ると、チウはじめ獣王遊撃隊がやってくるところだった。
「あいつ、来ました!」
 クロコダインは思わず伸び上がってそちらを見た。
「メドーサボールか!」
「まちがいねえ」
とヒムが答えた。
「でかい目玉に蛇がたくさん生えたやつだ。初めて見たが、鳥肌たったぜ」
 ヒムは視線を上の方へあげて見回した。
「いいのか、カモフラージュがなくなってんだが」
 クロコダインは深くうなずいた。
「かまわん。隠れるよりも、これを機に発進する。ダイの決断だ」
「……いよいよ飛び立つんですね」
 ぶるっとチウのしっぽが震えた。
 へへっとヒムは笑った。
「いいねえ、やっとひと暴れできそうだ!ヒュンケルたちは?」
 ふ、とクロコダインは笑みを誘われた。
「こっちには、敵の眷属が先に到達しているのだ。ヒュンケルたちが外で食い止めている」
 チウが青くなった。
「カラスとかゾンビとかってやつらですね。まずいかも」
 そうだな、とクロコダインはつぶやいた。
「チウ、おまえと仲間モンスターで、隠れ家を見回って未搭乗者がいないか確認してくれ。ヒムは」
「外だろ?外だよな?よおし、行ってくるぜ!」
 クロコダインが言い終わる前に、ヒムは大喜びで飛び出していった。