ダイの大冒険二次・捏造魔界編 第三十八話 武神流鳳凰掌


 明らかに断末魔だったメドーサボールが、次第に体力を取り戻していくのが遠目にもわかった。
「くそ、あれだけの攻撃がムダかよ」
とヒムがぼやいた。
 う、とダイがつぶやいた。
「ごめんよ、おれがとどめをさせなかったから」
「痛みはどうだ?」
 ポップは心配そうだった。ダイはゆっくり腹部に手を当てた。
「大丈夫。動ける」
 きっと顔を上げてダイは敵を見た。
「今度はしくじらないよ。みんな、もう一度やろう。あと少しだったんだ」
 ダイ、とヒュンケルは話しかけた。
「攻撃順を変えよう。おまえが一番手だ」
 ダイはその意味を悟ったようだった。
「でも後の誰かが、うっかりおれの攻撃の反射を受けちゃったら」
 待って、とマァムが言った。
「みんな、まだ大技を使える?」
 ヒュンケルは言葉に詰まった。すでにシルバーフェザーは使ってしまっていた。
「おそらくグランドクルス一回なら。いや、もう一発だけは必ず撃ってみせる」
「オレも、ハネは使っちまった」
とヒムが告白した。
「だがヒートナックルならできる。一発のダメージは小さくても、連打でかせぐ!もともと闘気技より直接殴る方が好みだ」
「ポップはどう?」
 ポップはにやりとした。
「さっきブーストしたばかりだから、余裕だ。船に当たらないならメドローアを使える。おめぇは?」
「フェザーはもうないの。でも、思いついたことがある。ダイ、ヒュンケル、ヒムのみんなで物理ダメージを与えて、そして四人目に私を行かせて」
 男たちは思わずマァムを見返した。
「わざわざダメージ反射を受けに行く気か?」
「そうよ。ヒムが攻撃を始めてからダイが反射を受けるまでのタイムラグは見切ったわ。それなら……」
 マァムの提案は、ヒュンケルの予想外だった。
「危険すぎるぜ!」
 真っ先にポップが反対した。
「おめぇにそんなことさせるくらいなら、おれが」
 マァムは首を振った
「私が失敗したらポップの出番よ。それにあなたは『川』のカードを切る役目があるわ」
 片手をポップの肩に置き、マァムは目を見つめた。
「信じてよ、私を」
 ついにポップがうなずいた。ポップもマァムの目を見返した。
「トライは一度だけだ」
「どっちみちそのつもりよ」
 マァムは、微笑みさえ浮かべていた。
 ダイは自分の名のついた剣を抜き、デイン系の魔法力を付与した。それをそのまま、鞘に納めた。
「用意ができたら始める」
 ヒュンケルはうなずいた。どのような仕組みなのかは知らないが、ダイの剣の鞘の中で呪文の威力は増幅する。魔界のいかづちをまとう剣は鞘の中で細かく振動し、高く音を放っていた。
「アイツは、こちらに気付いたぞ」
とヒュンケルは言った。
「いかに短時間でいかに大きなダメージを加えられるかの勝負だ」
 ヒュンケルはハルベルトをつかみ直した。純然たる火力勝負。今この勝負を制することができるなら、再起不能になっても構わない。いや、自分が戦士として復活したのは、これから始まるこの攻撃のためだとヒュンケルは思い定めた。
――絞り出せ。最後の闘気のひとしずくまで。
「へっ、オレは不器用だからな。わかりきってることをやるまでだ。とっことん、やるまでだっ!」
 ヒムが右手の拳を握り締めた。まず赤く、それから青みを帯び、最後に真っ白にそれは輝いた。メラ系の魔法力を込めた、文字通り熱い拳が完成した。
 よし、とダイがつぶやいて背に負った鞘からダイの剣をするすると抜き出した。
「みんな、行くよ!」
 ブーツの底が甲板を蹴った。ダイの左右からヒムとヒュンケルが並んで飛び出した。
 メドーサボールはぎくりとして後ずさった。
 敵の回復は追い付いていない。全回復の半分ていどだろうとヒュンケルは思った。飛び道具として使う飛び蛇も動きが鈍い。
 おおおぉぉ、と、おそらく無意識にダイが叫び、剣を振り上げた。
 文字通りメドーサボールは浮足立った。わずかに浮いて逃げようとしている。だが、三本の帆柱とたっぷり張り回した帆のために素早い垂直浮上ができないようだった。
「ギガブレイク!」
 ダイの剣が眼球の中央へ斬り込んだ。
「オノレ、オノレ!」
 のけぞってわめきたてるメドーサボールに向かって再度ヒュンケルは武器を構えた。
「グランドクルス!」
 第一撃よりは劣るが、猛烈な量のエネルギーがメドーサボールに襲い掛かった。
「ヨクモワラワヲ!」
 狼狽もあらわにメドーサボールは浮上した。
「てめぇ、逃げんな!」
 ヒムが疾走していた。跳躍も交えてメドーサボールに迫っているが、ヒートナックルは距離を詰めて殴る戦法のみ。至近距離に近づかなければダメージを与えられない。
――届かないか?!
 ヒュンケルは息を呑んで見守った。
 くそぉっ!とヒムは一声叫んだ。オリハルコンの体から闘気が噴きあがり、銀の髪を揺すりたてた。ヒムは両手を高く揚げていた。左右の手のひらの間に何かが生まれる。
「あれはっ」
 ポップの声だった。
「まさかベギラゴンか?」
 ヒムの両手が少しずつ離され、その間に白熱のアーチが出来上がる。かつて「獄炎の魔王」と恐れられたハドラーの姿を、ヒュンケルはまざまざと思い出した。
「とどけーっ」
 大声で叫ぶと同時に、ヒムは両手をメドーサボールにむかって突き出した。
――あれは魔法弾じゃない。圧縮された光の闘気だ。
 メドーサボールの中心部分で闘気弾が炸裂した。次々と命中し、ガガガっと音を立てて本体を削っていく。恐ろしい威力だった。
 がく、とヒムが膝をついた。両腕が震えるほど疲労困憊している。だが、ひどく嬉しそうだった。
「助けてくれたのか、ハドラーさまが」
そうつぶやいて自分の指をながめた。
 ヒムの脇を真珠色の人影が走り抜けた。
「マァム、死ぬな!」
 ヒュンケルは後ろ姿にそう叫んだが、マァムに聞こえたかどうかはわからない。
 メドーサボールはまるで海から引き上げられたタコのようだった。甲板の上に息も絶え絶えのようすでつっぷして、憎しみを込めて駆け寄ってくるマァムを上目づかいににらみつけた。
――ダメージ反射が、来る。

 ポップはひやひやしながらマァムのトライを見守っていた。
 昔からマァムは、自分、ポップより強かった。筋力で言えば圧倒的にマァムが上、しかもメンタルでもずっと大人だった。心の余裕が段違いだといつも思っていた。
――いやいや!それでも無茶だ。
 マァムは、先ほどダイが一人で受けたダメージをすべて自分の身に受ける気なのだった。
 じっとポップは待機していた。マァムのトライが終わったら、すぐに回復しに行くつもりで魔法力を高めていた。
 ダイもヒュンケルもヒムも、息をつめてマァムを見守っている。先行三人の攻撃が終わった今、メドーサボールのうめき声の他は、いっそすり鉢の底は静かだった。
 いきなりやかましい音がして、ポップの意識が捻じ曲げられた。
「か、返せ!」
「うるっせぇ!」
 箱舟の甲板の向こう側だった。ガランガランと激しい音が鳴っている。どうやら鐘の音のようだった。
「ありゃ、ラノじゃねえか!」
 リカントのラノが、手にした鐘の内側に金属片を差し入れて鐘を鳴らしているようだった。
「あの野郎!しかもまたぬすっとうさぎから取り上げやがったな?」
 こんなときにいじめをやって何が面白いんだあいつ、とポップは舌打ちをしかけた。
 ガンガンと鐘は鳴り続けている。
「いいかげんに」
と言いかけてポップは目を見開いた。
 ラノは必死の形相だった。おいすがるぬすっとうさぎを避けて逃げ回りながら鐘を鳴らし続けていた。
 ラノの後ろで、何か光った。
「銀鱗?!」
 ポップは反射的に走り出した。ようやく頭の中で銀の鱗と鐘が結びついた。ラノは文字通り警鐘を鳴らしていた。
 走ってくるポップにラノは気がついた。その顔がぱっと輝いたように見えた。ラノは鐘を投げ捨て、銀の鱗の蛇のほうを指してわめいた。
「ここにもいるぞぉっ!」
 捨てられた鐘に向かって若いぬすっとうさぎが飛びついた。マスクで表情は見えないが、鐘を抱えて安堵したようすだった。
 別の大蛇が箱舟の手すりを越えてぬっと入ってきた。
「氷系呪文、ヒャド、ヒャダルコ、ヒャダイン!」
 木でできている船の上で火炎系は使いにくい。ポップは氷の塊をぶつけまくった。
「ポップ!何があった!」
 遠く後ろの方でクロコダインの声がした。
「あっちにも蛇が」
と言いかけてポップは絶句した。数頭の蛇が船の手すりに食いつき、それを支えにして今まで隠れていた本体が起き上がった。
「メドーサボール!二体いたのかっ」
 新しいメドーサボールは地上に生息する同種のモンスターと同じくらいの大きさに、つまり最初の巨大メドーサボールよりずっと小さく見えた。
 おそらくラノの鳴らす鐘の音を無視できずに、船に上がってきてしまったのだろう。それは濡れ濡れとした眼球でそれはあたりを見回した。
 ふいに蛇の目が赤く輝いたように見えた。憎しみに燃える目で、蛇は鐘を抱えたぬすっとうさぎを狙った。
「にげろーっ」
 ぬすっとうさぎは赤い目に魅入られたように動かなかった。
 蛇が大口を開き、白牙の列がむきだしになった。
――氷系呪文の効きが鈍い。やはり弱点は炎系。しかし……。
 ポップは呪文の選択に迷った。
 視界に青いものが飛び込んだ。青が黄色をはじき飛ばした。ラノがヘッドスライディングでぬすっとうさぎを蛇から逃がしたのだった。
「ギャッ!」
と叫んだのは、ラノだった。蛇はラノの胴をくわえ、噛みしめていた。
「重圧呪文!」
 数頭の蛇がまとめてあごを甲板へめりこませた。ギシィ!と大きく船がきしんだ。
「ブラックロッドォ!」
 ラノを捕らえている蛇の顔面にロッドの先が激突した。メドーサボールの本体が震え、暴れ出した。
「てめぇ、放せ!放せ!」
 ラノをくわえた蛇は顔を背け、他の蛇たちがポップに食いつこうと頭を巡らせた。
 ロッドの縦回転で一頭の顎の下を強打する。左右から襲ってきた蛇はロッドでいなし、押さえつけた。
 背後から一頭、迫ってくる。
「戻れ、ロッド、後ろへ!」
 ノールックでわきの下からロッドを背後へ突出させた。ばしゅっと音をたてて蛇の頭をぶち破る手ごたえがあった。
 まだ言葉を持たないのか、ブォブォ、と妙にくぐもった声でメドーサボールが鳴いた。そのままポップの上からおおいかぶさった。
「待ってました!」
 真上へ向かって放つなら船に被害はないはず。
「メラゾーマ!」
 轟、と音を立ててその場に大火柱が立った。

 さきほどからマァムは数を数えていた。
 ダイが攻撃を開始してからダメージ反射が起こるまで、あともうちょっとだということはわかっていた。反射が来たとき、自分がいなくてはならない位置も心得ていた。
 甲板を踏みしめてマァムは待ちかまえた。
――ダメージ反射が来る。
 現在のメドーサボールとマァムの位置関係からすると、反射は正面から飛んでくる三種類の攻撃だった。
――エネルギーを蓄積しておいて三つの攻撃をわずかな時間差で処理する。その方法を、私は見ていた。
――そうよ、あのとき、私は見ていることしかできなかったのだから。
――私は、“瞳”だった。
 時を数えながらマァムはできるだけ緊張を解こうとしていた。むだなりきみをなくしてただまっすぐに立ち、あごのすぐ下で両手を合わせ、合掌した。残された闘気にすべての意識を集中させた。
 ダメージの反射は目に見えない。だが、すさまじい速度で向かってくる闘気はわかった。
 それはヒムが放った攻撃、つまり、圧縮された闘気の塊だった。かなりの数がある。ひとつでもかすれば、オリハルコンの拳にうちのめされる。マァムは深く息を吸った。
「武神流鳳凰掌!」
 迫りくる闘気弾を手刀で弾き返す。
 ただ、まっすぐに、反射元であるメドーサボールに向かって。
 最初のいくつかは乱反射で散っていった。が、鳳凰掌で弾き返した闘気弾のひとつが瀕死のメドーサボールに命中した。
 声にならないうめき声をあげてメドーサボールが悶える。
「やれる!」
 視力は頼りにならない。勘だけでものすごい数の闘気弾を弾き続けた。
 ようやく闘気弾が尽きた。
 緊張のあまり、喉がカラカラになっていた。マァムはむりやりに唾液をのみこんだ。
 順番からいって次の反射こそ、グランドクルスなのだから。直接弾こうとすれば膨大な量の闘気によって文字通り粉砕される。
 はっ、とマァムは気合を入れ直した。
 脳裏に浮かんでいるのは、先ほどヒムが瀬戸際で放った遠距離攻撃だった。
 闘気は圧縮できる。そして圧縮すれば打ち出すことができる。
――老師から教えられた技の中にも、圧縮闘気を放つ技がある。
 マァムは両手を広げた。掌底を前に空気をかきまわすように旋回させる。狙うのは、十字型になって押し寄せる闘気の中心の一点だった。
「土竜昇破拳・改!」
 はっ、と声に出してマァムは気合を入れた。
 グランドクルスは重い。
 全身のばねをたわめるように闘気の塊を受け止め、ついにマァムは撃ち返した。
「グウゥッ!」
 瀕死のメドーサボールが一声高くうめいた。
 一度浴びたグランドクルスを、もう一度味わうのはどんな気持ちなの?汗だくでくたくただったが、マァムはそう言ってやりたい気分だった。
――でも、危なかった。ヒュンケルの全力の、一発目のグランドクルスだったら、私、返せなかったかもしれない。
 くらりと体がゆらいで、マァムはぎくっとした。ここで倒れるわけにはいかない。最後のダメージ反射は、ダイのギガブレイクだった。天地魔界最強の生き物、竜の騎士のとどめの一撃を、反射し返さなくてはならない。
 マァムは息を整えた。再度まっすぐに立ち、合掌した。
 天から自分の頭を吊り上げられているイメージ。
 目を閉じて、自分の周囲に透明な膜があると想像した。膜はコンパクトな球体となり、その内部に可能な限りの闘気を集める。
――そして、己の全闘気を込めて攻防鉄壁の陣とする。
 魔界へ突入する前、アバンに誘われてカール騎士団の修練場を訪れた時のことをマァムは思い出していた。
 マァムは眼を見開いた。ギガブレイクが反射されて、こちらへ向かってくる。ギガデインの魔力を帯びた強烈な一撃だった。
 丹田に、力を込めた。
「カール騎士団伝説奥義、武鋒・豪破一刀!」
――父さん、チカラを貸して!
 左腕を強く引き、同時に右の拳で襲ってくる反射を殴りつけた。帯電している闘気の塊がベクトルを真逆に変えて飛び出し、メドーサボール本体に命中した。
「アアアッ!!」
 甲高い声でメドーサボールは叫んだ。巨大な眼球の一か所がぶち抜かれ、ぷるぷると震えていた。獅子のたてがみのように逆立っていた蛇たちがぐったりと勢いを失い、メドーサボールはべったりと甲板に這った。
 血走っていたまなこは、上下からまぶたが閉じて、やがて見えなくなった。

 ヒュンケルは息を呑む思いで見守っていた。
 ヒムの闘気弾を鳳凰掌で弾き、グランドクルスを昇破拳で撃墜、ダイのギガブレイクをたたき返す。
 守、闘、攻の三動作をわずかな時間差で行うその技。
「完成したのか、天地魔闘の構えが」
 同時に、しびれるような安堵のために、ヒュンケルは体の力が抜けかけた。
 大技三発をくらい、そのダメージを反射したものの再反射され、巨大メドーサボールはもう動かなくなっていた。
「野郎、じゃなくて姫か。さすがに削りきったろ」
「確認しないと。行こう!」
 ヒムとダイが走っていった。
 ヒュンケルも続いたが、目の前でマァムが崩れ落ちたのを見て、とっさに支えた。
「よくやった」
 マァムはどうにか口角を上げてみせた。
「アレは」
「ダイたちが見にいった。いくらあいつでも」
 おしまいだろう、と言いかけたとき、背後で突然火柱が立った。
 はっとしてヒュンケルは、そちらへ意識を向けた。それまで消耗を恐れて閉じていた光の闘気による知覚の網を、再び展開した。
「あれはポップか?」
「なにが、あったの……?」
 マァムを抱えるようにして、ヒュンケルはそちらへ向かった。
 船室の陰になる部分に、ポップが顔をうつむけ、立っていた。そのまわりにクロコダインとラーハルトの姿もあった。
「どうした?」
 ポップが振り向いた。
「二匹目のメドーサボールが船に侵入しかけたのを、こいつが見つけておれたちに知らせたんだ。うさぎたちの鐘を鳴らして」
 ヒュンケルは甲板を見た。こいつ、というのは、あおむけに横たわったリカントだった。リカントは胴を食いちぎられ、すでに絶命していることは明らかだった。
「ラノ、だったか」
 魔界で何度か出くわした相手だった。クロコダインは、無残なラノを目にして立ち尽くしていた。
「二匹目のメドーサボールはどこだ」
「メラゾーマで仕留めた」
 短くポップが説明した。
 ラノのそばに小柄なモンスターたちが集まっていた。ぬすっとうさぎと呼ばれる、黄色っぽいマスクで顔をおおった生き物だった。
 低い声でポップが言った。
「ラノがおまえらをさんざんいじめてたのは知ってるが、こうなっちまったらもう、許してやってくれよ」
 ぬすっとうさぎたちは黙ってラノを取り巻いていた。中の一人が鐘を持ち出した。
「ラノ」
「ラノだ」
「ハイン・モイ・ラノ」
 甲高い声でそう言いあうと、何か尖ったものを取り出して、鐘の表面にラノの名を彫り付けた。よく見ると鐘の表面はすでに半分以上文字に覆われている。いろいろな名前が彫ってあるようだった。
 うさぎたちはラノの遺体の周りを取り囲み、やおら自分たちの頭をおおうマスクを取り外した。
 そのままマスクを手に、黙ったまま頭を垂れた。
 そうか、とポップがつぶやいた。
「この鐘は死者の名前を刻むためのものなのか」
 ごそごそとマスクをかぶり直したうさぎが、くぐもった声で言った。
「そうだ。この鐘は我らの魂の乗り物だ」
 マァムは腰をかがめてうさぎと目線を合わせた。
「ラノの魂も、乗せてくれるのね」
 こく、とうさぎがうなずいた。
「我等は異世界でこの鐘を鳴らそう」
 クロコダインは片足を折ってラノの亡骸の前に膝をつき、青い毛並みをなでつけてやった。
「よかったな、ラノ」
 ポップがつぶやいた。
「こいつさ、おっさんを助けたかったんじゃないか?けっこう、恩を感じていたらしいから」
「オレを……そうかもしれんな。感謝するぞ、ハイン・モイ・ラノ」
そう言ってクロコダインは、祈りの形に手を組み、瞑目した。
 一歩離れたところにいたラーハルトが小声でヒュンケルにたずねた。
「向こうはどうなった。ダイさまは?」
「今、確認を」
そう言いかけたとき、足音がした。
「ヒュンケル、ポップ、あいつが逃げた!」
 ダイが戻ってきていた。
「死んでいなかったのか!」
「大きな目玉は死骸が残ってる。でも、蛇が一頭本体を離れて、船の手すりを乗り越えて逃げちゃった。今ヒムが照明弾を撃って探して」
そう言って、ダイは息を呑んだ。
「これ、たしか、ラノだよね?」
「そうだ。……後で話す」
とポップは言った。
「こっちには別のメドーサボールが来ていた。あいつ、分裂できる。首無しの姫さまは、蛇のほうに乗り移って目玉から自分を切り離して逃げたのかも」
 ダイが表情を固くした。おそらくダイは自分と同じことを考えている、とヒュンケルは思った。
――あのミストバーンは、身体を乗り換えて生きのびた。
「それじゃあまだ、生きてるのか」
 ポップはうなずいた。
「今のうちに『川』を使おう!」