ダイの大冒険二次・捏造魔界編 第三十六話 作戦会議

 マジックフライト一号の船長室に、ようやくパーティ全員が戻ってきた。みな疲れが残っているようすだったが、特にマァムの表情は冴えなかった。
 ヒュンケルは体をずらして、マァムが座れるように場所を開けた。
「おまえはよくやった。少し休むか」
 マァムは首を振った。
「私はシルバーフェザーを残しているの。まだ戦えるわ。ダイ?」
 ダイがうなずいた。
「みんな、聞いてくれる?おれ、頼みがあるんだ」
 首無しの最後の言葉をダイは伝え、最後に付け加えた。
「ヒュンケルの言ったとおりになっちゃった」
――敵が強すぎるという理由でダイが戦いを控えたことは、これまでなかった。
そう言ったことをヒュンケルは思い出した。
「ああ、船の上でアバン先生からの選択肢を伝えた時か」
とポップが答えた。
「あのときもしダイがメドーサボールと戦うことを選んでいたら、おれはこんな段取りにするつもりだったんだ。あいつを黒い海から遠いところへ引きずり出して、遠距離から弱らせたうえで、直接叩くってね」
 パーティの頭脳が帰ってきた、とヒュンケルは思った。全員何も言わずにポップの話を聞いていた。
「今、ちょうどそうなってる。魔界の空へ引きずり出して、罠で体力を削ってる。ダイ、ちょうどいいぜ」
「あとは最後の決戦だけか。やる以上、勝たないとね」
 ポップはうなずいた。
「さて、おれたちの知ってることと首無しの話をまとめると、こうだ。姫の怨念が取り憑いたメドーサボールの有利なところは、生命力を吸い取る黒い雨を降らせる、物理攻撃を反射してダメージを返す、回復が早い」
「こっちが有利なとこは?」
「さっき言ったように黒い海は遠すぎる。だからあいつは逃げられないし、おれたちを海に引きずり込んで溺れさせるという最大の攻撃手段が使えない。それとあいつ、速く飛ぶためにだいぶ体を絞ってる。今のほうが小さいんだ。『櫛』を食らった影響も残ってるかもしれない」
 あ、とポップは言った。
「誰か目玉姫に呪文攻撃をくらわせたやついるか?」
「ギガデインならやったことある。でも魔法は反射しなかったよ」
とダイが言った。
「たしか、大魔王がカイザーフェニックスを飛ばしたときも、目玉姫は怖がってたんだろ?呪文返しは使えないのかも」
そう言ってポップは考え込んだ。
「呪文攻撃はおまえの領域だ」
とヒュンケルは言った。
「オレたちは闘気技を伴う物理攻撃が主体になる。注意すべきは素早い回復だ。のんびり攻撃していると回復されてしまうぞ」
「強力な技を短時間でたたみかけるの」
とマァムが言った。
「首無しを見たでしょ。回復より早く命を削りきれば倒せるわ」
「黒い雨の中では、エネルギー消費の大きな技はせいぜい一、二発だぞ」
「それなら攻撃役、アタッカーを三、四人集めていっぺんにいけば」
 まった、とポップが言った。
「あまり強力な攻撃をしかけると、強烈に反撃されるぞ。目玉姫はダメージ反射ができるんだから」
 ヒムが尋ねた。
「ダメージの反射ってなんだ?カウンター攻撃みたいなもんか?」
 あ~、とポップがつぶやいた。
「むしろ、アレだ、鎧の一種で『刃の鎧』ってあるだろ、殴った側にダメージが来るっていうの。目玉姫はあれを着てる感じなんだろう。ダメージまるごとじゃないだろうが、攻撃が強力な分、半返しでもまずいな」
「それはアタッカーの守備力の問題だ」
 冷静にラーハルトが言った。
「極端に守備力の高いミストバーンは、ダメージ反射をまったく問題にしていなかったと聞いた」
「対策その一、守備力を上げる。でも、守備力をいきなりミストバーンクラスに上げるのはまず無理だ。ほかには?」
 ダイが言い出した。
「あいつに攻撃したときおれも反射された。でも、刃の鎧ほど早くなかったと思う。ダメージ反射が来る前にその場から逃げればいいんじゃないかな」
「じゃあ、対策その二、攻撃は反射を避けて、一撃即離脱」
 ポップ、とクロコダインが言った。
「メドーサボールは、飛び蛇も相変わらず飛ばしてくるのではないのか」
「おおっと、そうだよな。船団の守りも固めねえと」
 やること、多いな、とつぶやいて、またポップは考えに沈んだ。
「ごめんよ、みんな」
とダイが言った。
「脱出の途中なのに、よけいな仕事増やしちゃった」
 子供のころよりは多少丸みの取れた顔だが、ダイは昔と同じ表情でしょぼんとしていた。
 ヒュンケルは胸の内で笑いが動くのを感じた。
「しかたあるまい。ダイだからな」
「まあ、ダイですものね」
「お父上も同じことをなさったと思います」
 全員が、ダイの気性を心得ている。
 よしっとポップが言って立ち上がった。
「わかった、今から再ブーストするぞ」
 居合わせた者は面食らった。
「あいつが追いかけてくるってのに、船団のアシを遅くすんのか?」
と、ヒムが尋ねた。
「ブーストはカードのためだ。さっき、『櫛』のカードを使っただろ?カードはもう一枚残ってるんだ。『櫛』で突き放せなかった時のための、とっておきだ。そのカード、『川』をお見舞いしてやる」
 クロコダインがにやりとした。
「アレか!」
「アレよ」
 なぜかポップが自慢気な顔になった。
「『川』を仕込んであるのは、ここからもう少し先の、山に囲まれてすり鉢みたいになった地形というか、谷だ。それまでに船団を守りながらブーストをやる。谷に入って目玉姫が追い付いてきたら、アタッカーを集めて強攻撃だ。守備力を急に上げる方法はないから、一撃離脱でいこう」
 戦士たちはうなずきながら聞いていた。
「うまくいったら目玉姫を仕留められるし、少なくとも体力を大きく削れるはずだ。そこを狙って『川』を切る」
 マァムが尋ねた。
「それ、順序が逆じゃダメなの?わなを仕掛けて体力を削ったところへ攻撃をたたみかけたら?」
 へへ、とポップは奇妙な笑顔になった。
「それができねぇんだ。だって、『川』を使ったら、あたり一面本物の地獄になるからよ」
 一瞬、微妙な空気が流れた。
「ダイ、アタッカーを選抜してくれ」
「わかった」
 ダイは立ち上がって仲間を見回した。
「戦うのはおれ、ヒュンケル、マァム、ヒムの全部で四人。クロコダインとラーハルトは休息を取ったら船団を守るほうに回って。ポップ、これでいい?」
「いいや」
とポップは答えた。
「ブーストが終わったら、おれも参加する。全部で五人だ」
「だって、船団は?」
「魔法力で飛ばすんじゃなくて、滑空させるのさ。そのための工夫も船大工の親方に頼んである。さ~、ひさしぶりに呪文バンバン使えるぜ」
 ポップはそう言って十指を組み、音を立てた。
「楽しみだ」

 魔界の夜は次第に更けていった。マジックフライト船団が隠れ家の島を発進したのはその日の日没だった。船団は夜を徹して飛び続けている。月も星もない魔界では、夜明けまであとどのくらいかかるかわからなかった。
 マジックフライト一号の甲板の上は、乗組員が総出で掃除をしていた。ゴーレムだった死肉の塊は雨に溶けて、悪臭を放っていた。作業担当は庭帚やデッキブラシを持って駆け回り、どろどろの死肉をバケツに回収していた。
「うわっ、ひでぇ臭いだ」
 リカントのラノはそうつぶやいた。
 甲板から人手が欲しいと言われて、船室や船底に乗り込んだ魔界の住民たちが手伝いに上がってきていた。
「鼻がきくってのも、ときによりけりだな。リカント、おまえはバケツを集めて中身を船外へ捨ててくれ」
そう言われてラノはありがたくバケツ係になった。死肉たっぷりのバケツを船の手すりから突き出していちいち捨てるのが仕事だった。
 風の当たり方が変わった、と感じたのは船から身を乗り出したときだった。魔界上空の冷たい風が、少し穏やかになっている。
 さきほどまでひたすら暗黒の空間を突き進んでいたのに、見下ろすと岩山が見えた。対象物があるために船のスピードが鈍ってきたのがよくわかった。
「なあ、船が遅くなったぞ」
 竜人系の作業員が振り向いた。
「ああ、またブーストだってよ」
 船は高度を下げながら岩山の間をゆっくり進んでいた。
 甲板の上を、威厳のある壮年の男が歩いてきた。この船の船長を努める魔族だった。
「いよいよだ、トビウオを出せ。二号以下へも同指示を伝令!」
 どこかで歯車が回りだす音がした。船が細かく震えだした。ラノは手すりをつかんで船の船腹をのぞきこんだ。
 長い棒が繰り出されて、船の全長の半ばまで伸びた。その角度が、船に対して九〇度まで開いて左右の虚空へ突き出した。
「セイルセット!」
 船員の指示が次々に伝わっていく。白い布が索具によって横棒から引き出され、広々と張り渡された。船腹に張った帆は、トビウオが翼として使う巨大な胸びれのように大きく広がった。
「マジックフライト一号、滑空開始」
 一号の後ろに姉妹艦が続いている。すべて白い胸びれを張って悠々と夜空を滑っていた。
「すげえな!」
 思わずラノはつぶやいた。それを聞いて気をよくしたのか、魔族の一人が話しかけた。
「この仕組みはな、発想も設計も施工も魔族の船大工がやったんだ。人間だけにまかせておけねえからな!」
鼻高々だった。
「けど何がすげぇって一番すげぇのが、バカでかい箱舟を滑空させてる船長たちだがな」
 へいへい、とラノは聞いていた。たしかに自慢するだけのことはあった。
 船長が船員に何か指示している。すぐに前方、後方に照明弾が放たれた。
「なんだ、ここは」
 あたりを見回して思わずラノはつぶやいた。
 巨大なすり鉢のようなところに船は入り込んでいた。どちらを向いても濃い灰色のごつごつした岩肌が見える。夜空は真上に丸く開いた穴のように見えているだけだった。
「こんなところで足止めかよ。袋のネズミじゃねえか」
 心細くてラノはそうつぶやいた。誰かが真後ろで応えた。
「心配するな」
 振り向くと、伏せた樽の上に鎧を装備した大柄なリザードマンが座っているのが見えた。
「クロコダイン!」
 よう、とクロコダインは言い、下を指した。
「この地形は『川』のカードを発動するために選ばれた場所だ。いわば、待ち伏せ。ただ迷い込んだわけではないのだ」
「『川』とは、何だ?」
 不愛想な声がした。クロコダインは、別に気を悪くしたようでもなかった。
「気になるのか、ラーハルト」
 む、とラーハルトというらしい魔族はうなった
「オレは、知っての通りダイ様のことが一番気にかかる。あの大目玉、この魔界の空間で仕留めんと地上へ飛び出して暴れるのではないか?」
 隣の樽にどっかりとラーハルトは腰を下ろした。
「いやな予想だが、その通りだろう」
「ダイ様はそれを座視される方ではない。また我が身を賭して……」
 ぎり、と手にした槍の柄を握り締めてラーハルトはうなった。
「落ち着け。こちらはまだ『川』のカードを温存している」
「『櫛』は岩塊だったな。『川』とは?」
「大目玉を魔界で食い止めるためにポップが仕掛けた罠だ」
 クロコダインは、ひょいと片目を開いた。
「おぬし、この魔界がいささか冷えているとは思わんか」
「冷えている?そうだな。オレは、魔界は火山が絶え間なく噴火してマグマが地表に流れる地獄のような土地だと思っていた」
「その地獄を再現しようという罠だ」
「どうやって」
「暴れ火山は、黒い海に沈んだだけで死んではいないのだ。ちょっと『活』を入れてやれば目を覚ます」
「フレイザードではあるまいし」
「その通り。だからポップは爆発物で刺激を与えようともくろんでいる」
「魔法の玉のようなものか。せいぜい岩が砕けるていどだろう。そんなもので火山が目を覚ますはずが」
 クロコダインはのほほんとした顔で黙っていた。
「……何を使った?」
とラーハルトが尋ねた。
「まさか、黒の核晶(コア)を」
 こくんとクロコダインは縦に首を動かした。
 言うに言われぬ表情で、一瞬ラーハルトは固まった。
 いやいや、とラーハルトは横に首を振った。
「黒の核晶とは魔力を吸い込む特殊な鉱物から造る。そんな鉱物が採取できる場所は、それこそ黒い海の下になっていて今ではとうてい手に入らないはず。しかもそれを核晶に仕立てるための呪法や工房や術者もゼロなのだぞ」
「鉱物も呪法もいらんのだ。出来合いの核晶を再利用したからな」
 ラーハルトは一度口を開いて、また閉じた。
「出来合いの核晶だと?そんなもの、どこにあった」
 クロコダインは、爪の先で天を指した。
「地上に六個ほど。なに、大魔王の置き土産だ」
 音を立ててラーハルトは樽から立ち上がり、一、二歩あとずさった。
「魔界ごと吹っ飛ばす気か!」
 落ち着け、とクロコダインは手で何か抑える仕草をした。
「地表で使えば大陸ひとつ飛ぶことは知っている。だが地下深くに埋めたから威力は抑えられるはずだ」
 手で座れ、とクロコダインが合図して、ようやくラーハルトは樽にもどってきた。
「そう言えばおぬし、二号へ戻らんでいいのか」
 クロコダインがそう尋ねた。
「いや、ダイ様を戦わせておいてオレが休むわけにはいかん」
「だが、自分で言ったではないか、闘気切れでは使い物にならんと」
「その通りだが」
 ややためらってラーハルトはつづけた。
「万が一、という時に遠くに居ては弾よけにもなれんからな。オレはこの船にいる。貴殿も同じだろう、獣王殿」
 はっはっは、とクロコダインは大口を開いて笑った。
「見抜かれていては、しかたがない。オレもここにいるさ」
 ふん、とラーハルトは唇のすみで笑った。
「どのみち我らは一蓮托生だ。ダイ様以外にあの怪物は倒せまい」
「異論はないな」