ダイの大冒険二次・捏造魔界編 第十話 竜の谷の少年

 幼い竜の仔がよたよたと飛んでいた。青いうろこに覆われ、薄茶色の膜を張った翼と、頭の両側に一本ずつの角を持った幼竜だった。地上でベビーニュートと呼ばれる種族と思われた。
 ベビーニュートはやっと巣立ちをしたばかりの月齢らしい。だが、翼はボロボロになり、体には細かい傷がたくさんついている。首には輪のようなものをかけ、その輪には筒が取り付けられていた。
「待ちやがれ」
 だみ声があがった。ベビーニュートは振り向いてすぐに羽ばたき、高度を上げた。
「ちくしょう、逃げられるぞ!」
「ぜってー、とっ捕まえる!おまえら、走れ!」
 槍をかまえたオークが三人で追いかけてきた。
「こう逃げるところを見ると、あの首輪の筒、お宝だぜ」
「伝書ドラゴンか。金になるといいな!」
「あいつも捕まえたら食えるかも」
 勝手なことを言いながら、オークたちはベビーニュートに迫った。

 マァムたちは湿ったシダをかきわけながら谷の斜面を進んでいた。眼下の黒い湖は細長く続いていた。水面はかなり近い。
――そのせいかしら、妙に気持ちが沈むわ。
 気合を入れ直そうと、マァムは深呼吸をした。
 視界の隅で何かが動いていた。
「あれ、何かしら?」
 そのあたりはシダの茂みがたまたま途切れ、三日月湖の対岸まで見通せる場所だった。先頭を行くヒュンケルが振り向いた。
「ドラゴンの子供、というかベビーニュートのようだが」
 湖の上に大きく岩が張り出しているところがあり、青い小さなドラゴンはそのあたりをめざしてふらつきながら飛んでいた。その後から追いかけてくる者があった。
「あいつ、追われてるみたいだぞ?」
とポップが言った。
「槍を持ったやつ……猪顔……オークだな。ベビーニュートをどうする気だ?」
 シダの茂みの中を槍が三振り泳ぐように進んできたかと思うと、オークが三人飛び出してきた。明らかにベビーニュートを追っていた。
「かわいそうよ。助けられないかしら」
「助けてやりたいのはやまやまだが、トベルーラが使えない以上、ぐるっと回っていくしか」
 言いかけたポップの舌が止まった。
 遠くから雷の音が聞こえる。だが頭上の厚い雲は風に流され、ふと切れ目ができた。上空の光源から光が差し込んだ。湖に張り出した大岩の上に光はスポットライトのようにふりそそぎ、その中に人影が浮かび上がった。
 マァムは息を呑んだ。
 人間の子供に見えた。小柄な体、ふっくらしたほほの黒髪の少年だった。ポンチョのような貫頭衣を頭から被り、下はズボンとブーツ。目を凝らしても武器の類は見えない。
「おい、あれ」
 ポップの指がわなないていた。
「ダイ……」
 大声で呼べば消えてしまうと思っているかのように、ポップは低くささやいた。
 ポンチョの少年が腕を肩の高さに上げ、軽くひじを曲げた。ベビーニュートはそのひじのあたりに着地して、ようやく翼を休めた。
 もう片方の手で少年はベビーニュートから首輪のようなものを外してやり、ちらりと筒を見ただけで興味無さそうに後ろへ投げ捨てた。すぐに疲れきったベビーニュートをやさしく撫でてやっていた。ベビーニュートは鼻先を少年の耳のあたりにこすりつけて甘えた。
 少年が何かささやいた。目を細めて笑う顔は、無邪気そのものだった。
「ダイだ!やっぱりダイはいたんだ!おーい、ダイっ」
 距離がありすぎて対岸の少年は気づかない。くそっとポップはつぶやくと、猛然と走り出した。
「オレたちも行くぞ」
「ええ!」
 進めばまたシダの林に入るので、少年とベビーニュートは見えなくなってしまう。マァムは対岸のようすに心を奪われていた。
 光が雲上から柱のように降り注ぐ。大岩は古代の大地のようなコケやシダに覆われ、濡れた葉のふちが輝いて見えた。中心にいるあどけない少年も細かな光の粒子をまとい、幼竜に向ける笑顔とあいまって魔界に降り立った天使のようだった。
 ふとマァムは気づいた。三人のオークが天使に近づいている。槍を構え、数を頼みに、彼らは明らかに蹂躙しようとしていた。
「あいつら、よくも」
 思わずマァムがそうつぶやいた瞬間、異変が起こった。
 腕に幼竜を止まらせたまま少年は歩き出した。そしてなにげなくもう片方の腕を水平に払った。
 何が起きたのか、先頭のオークにもわからないようだった。きょとんとした顔つきのまま、オークは足を止めた。もう一歩踏み出した時、喉笛から体液が吹きあがった。
 愕然としてマァムは立ち尽くした。
「×◆▽◎□×××!」
 仲間のオークの叫び声と、空気を震わせる振動が同時だった。ごとんと音を立てて、猪頭がもうふたつ岩の上へ転がった。天使のような少年は、犠牲者のほうに視線を投げることすらしなかった。
「マァム、急げ!」
 前方からヒュンケルに名を呼ばれてマァムはようやく我に返った。対岸から目をそらせ、シダの茂みへ走り込んだ。
 紋章閃、とマァムはつぶやいた。人がうるさいハエを払うように、なにひとつためらうことなくオークの命をあの子は消し去った。
――ダイじゃない。ダイはそんなこと、しない!
 けれど、ダイのほかにこの魔界で紋章閃を使える者がいるだろうか。どうかダイではありませんように、とマァムは祈りながら走り続けた。

 三日月湖のはしを回り込んでポップはむちゃくちゃに走っていた。頭からシダの林につっこみ、また飛び出した。
「ダイ、絶対、ダイだ、あれ!」
 二人で一緒に旅立った。
 二人で最後の戦いをのりきった。
 なんともみずくさいやり方でつきはなされた。
 五年間、世界中を探し回った。
「またはずれじゃないだろうなっ?」
 誰に問いかけているのかもわからない。だが、ここであの子供を逃したら二度と会えない気がしていた。
 何度目かのシダの林から飛び出した時、目当ての大岩が近いことがわかった。
「ポップ、周りを見ろ!」
「はあ?」
「ドラゴンの群れだ!」
 あわててポップはあたりを見回した。シダの中に隠れていたのか、緑の鱗のドラゴンが大岩の周りにひしめいていた。
「それじゃ助けなきゃ、ダイ……!」
 後ろから走ってきたヒュンケルがポップの肩をつかんで止めた。
「あれを見ろ。助けが要るか?」
 普通、攻撃態勢に入ったドラゴンは後ろ足で立ち上がり長い首をもたげ、敵を威嚇する。場合によっては口を開く、内部の火炎をすぐさま吐けるように。
「あいつら、何やってんだ」
 攻撃どころか、目の前のドラゴンたちは妙にくつろいでいた。四肢を折って座り込み、眠そうに首と尾を回してその上に頭部をのせていた。
 ひときわ大きなドラゴンの横腹にもたれ、あの子供が座り込んでいた。膝の上には青いベビーニュートが乗っていた。
 ポップとヒュンケルは相手を驚かせないようにゆっくり近寄った。
「おまえ、ダイ、だよな?」
 少年が顔を上げた。
 丸みを帯びた顔の輪郭、大きな目、少し固そうな黒い髪。五年前のダイにそっくりの男の子は、純真無垢な笑顔になった。
「あ、ポップだ。オレを迎えに来てくれたの?」
 その場にポップはへたりこみそうになった。
――あ、じゃねえ!あ、とか言ってんじゃねえぞ!
「おまえな……、おれは怒ってんだぞ?あんなみずくさいやり方しやがって、おまえひとりでこんなとこまで飛んできて」
 ダイは困ったような表情で首を傾げた。
「そんなこと言ったってさ。オレ、どうしてここにいるのかわかんないんだ。頭が真っ白になった、のは覚えてるんだけど」
 小声でヒュンケルが言った。
「黒の核晶の爆発があったのだ。記憶が飛んでいても不思議はない」
 はあ~、とポップは深いため息をついた。
「じゃあ、おまえの記憶が戻ったら、思いっきり説教してやるからな?覚えとけよ?」
 うん、とあどけない顔でダイはうなずいた。まじまじとポップはその顔を眺めた。
 心の底から歓喜が沸き上がってくる。
「ダイ、ほんとにダイだ。くそっ」
 こんな時にかぎって、涙と鼻水がぶわっと吹き出てくる。
「ポップ、なんで泣いてるの?」
「嬉しいんだよ、こんにゃろ」
そう答えてポップはダイの小さな体を抱きしめた。
「やっと戻ってきたなぁ!ダイ!」
「鼻水拭くなよぉ」
そう言いながら、ダイも笑っていた。
 誰かが声をかけた。
「待って」
 マァムが追い付いてきたようだった。
「マァム、見ろ見ろ!本物のダイだぜっ!あとからラーハルトの奴、ぎゃふんと言わせてやる!『ダイ様がいれば、おれにはわかる』なんて言ってたんだぜ、あいつ!」
 あははっとダイは声を上げた。
「意外と鈍いんだね、ラーハルトは。魔族って勘がいいんだと思ってたよ」
 なぜかマァムの表情は硬いままだった。
「ダイ、どうして子供の姿のままなの?あれから五年たってるのに」
 ポップが思わず顔を見たほど、その口調は厳しかった。
「しかもあなた、二十歳になったポップを見て、どうして驚いていないの?」
 な、なんだよいきなり、とポップはつぶやいた。
「知ってんだろ?こいつ、竜の騎士と人間のハーフだから、成長の仕方がヒトとはちがうんだよきっと」
 ダイはそっとポップの腕を押しやり、マァムの前に立った。
「お姉さん、誰?」
 不思議そうな顔だった。
「私をおぼえてないの?」
 うん、とダイはうなずいた。
「あっちのお兄さんも」
 ポップはあわててマァムとヒュンケルを見比べた。
「なんだよ、武闘家のマァムと戦士のヒュンケルだ。パーティの仲間を忘れんなよ」
 眉を寄せて腕組みをするしぐさも、幼い姿ではかわいらしかった。
「そっか。ごめんよ、わからないことやおぼえてないことがたくさんあって、オレちょっと不安になっちゃった」
 迷子の顔になったダイの前に、ポップはかがみこんだ。
「大丈夫だ。おれがいちから教えるよ。いや、地上へ戻ればきっと全部思い出すさ」
「だよねっ。早く地上へ出たいな」
 ポップ!とマァムが声を上げた。
「その子がダイじゃなかったら、ダイはまだ魔界のどこかをさすらってることになるわ。それでもいいのっ?」
「マァム、さっきからなんなんだよ!ずっとダイにつっかかってるぞ」
 マァムは息を整えた。
「私たち、さっき湖の向こう側でそこのベビーニュートとオークを見つけたわよね」
「ああ、それで?」
「ポップは走っていっちゃったけど、私、見たの。ダイによく似たその子、顔も見ないであっさりオークを殺したわ」
「それは」
 ポップは言葉に詰まった。代わってヒュンケルが言った。
「そのベビーニュートを守るためなのでは?」
「だからって、ほんとのダイだったら、問答無用で命を奪うなんてことしないわ!」
 ポップは思わずダイの顔を見た。
「なんでそんなこと言うんだよ」
 ダイは困惑していた。
「オークなんてオレ知らない。そんなやつら来なかったよ?」
 マァムはきょろきょろしていた。そして、少し離れたところで何か拾い上げた。
「それ、ウソね。あなたはオークを殺す前にベビーニュートの首から筒の付いた首輪を取って投げ捨てた。ほら、ここにあったわ」
「前からあったんじゃないの?」
 少しいらだった口調でダイはそう答えた。
 マァムは答えずに金属の筒の蓋を外して中身を取り出した。
「これ、救助要請だわ」
 読みながら表情が変わっていった。
「クロコダインからよ!」
 なんだと、とヒュンケルが叫んだ。マァムからメッセージを受け取ると目を通した。
「クロコダイン、生きているぞ!」
 ポップは気持ちがぱっと明るくなった。
「よかった、ダイもおっさんも両方無事なら、万々歳だ!」
 珍しくヒュンケルの口元に笑みが浮かんでいた。
「海の真ん中でちょっとやっかいなことになっているようだな。助けに行こう」
 ええ!とマァムがうなずいた。
「四人でかかれば、なんとかなるわ」
「ダイ、そのベビーニュート貸してくれ!たぶん、クロコのおっさんの居所を知ってる!」
そう言って、ベビーニュートを受け取ろうと両手を出した。
 ダイは、ベビーニュートを逆に抱きしめた。
「オレ、早く地上へ行きたいな」
 竜の谷が静まり返った。黒い三日月湖から波の音がする。遠くの空から雷の音が聞こえる。誰も何も言わなかった。
 やっと、怒りを押し殺したような低い声でマァムが説明した。
「クロコダインは、私たちにあなたを見つけさせるために海へ流されたの。見捨てるわけにはいかない」
「クロコダイン、て、誰だっけ」
「ダイ、クロコダインのことまで忘れちまったのか?」
 こくん、とダイはうなずいた。
「そんな……」
 ポップは片手で額を抑えた。
「ひと雨来そうだ」
 冷静にヒュンケルが言った。
「どこかで野宿の準備をして、今夜、地上へ連絡をいれよう。クロコダインの救出計画はそのあとだ」