ひととおり聞いてクロコダインがうなった。
「そもそもあの蛇どもは“動物”なのか?」
黒い雨はいちだんと雨足を強めている。甲板や船尾楼の上に滴が降り注いだ。ヒムは口元を引き締めた。
「そこんとこは賭けだ。けど、やってみる価値はあるんじゃねぇ?」
「ふむ」
クロコダインは船尾楼にのっそりと身を起こした。
「ものは試しだ」
飛び蛇の群れに向かい、やおら仁王立ちの体勢を取り、気合を入れた。
「うぅぉぉぉおおおおおおっっっ!」
海戦騎のライディングのときに魔界の水龍たちに聞かせた獣王の雄叫びだった。
――オレの挑戦を受けろ、か。
「うむ、食いつきがいい!」
ヒムの狙い通り飛び蛇どもはクロコダインめがけて殺到してきた。巨大な体躯で立ちはだかり太い前腕を胸の高さで交差させ、クロコダインはその攻撃に耐えた。
「てめえら、そこ動くな!」
飛び蛇たちからノーマークになったヒムは、ここぞとばかり攻撃に入った。
●
クロコダインのおたけびは魔界の闇を圧して響き渡った。
「みんながんばってるのね」
マァムはマジックフライト四号の上空にいた。プテラノドンがマァムを乗せているが、周りにはスカイドラゴンや有翼のウルフドラゴン、グレイトドラゴンなどが群がっていた。
黒い雨はふりしきるし、飛び蛇は絶え間なく襲ってくる。だが同じように空中戦が可能なマァムたちにとって、それほど恐れる敵ではなかった。
プテラノドンが長い翼を傾けた。船めがけて飛んできた飛び蛇の側面へ滑空した。
「これも生き物なら……閃華裂光拳で!」
呼吸を整え気合を入れ、マァムは技を放った。長大な飛び蛇の鱗に光る拳がヒットした。飛び蛇は内部から光に食い破られて落下していった。
ほ、と息をついだ瞬間、すぐそばに羽音がした。翼竜が翼を羽ばたかせて死角にいた飛び蛇に食いついたところだった。
「ありがとう!助かったわ!」
いやな汗が額に浮かんだ。マァムは片手の甲で汗をぬぐい、また闇を見据えた。
――闘気が、減っていくわ。大技は控えないと。
黒い雨は髪を湿らせ、うなじにたまっている。敵は飛び蛇よりもこの雨だ、とあらためてマァムは思った。
別の羽音がした。
「マァム、大丈夫?」
自前の翼を持っているダイが空中で並走していた。
「今のところはね。空を自由に動ける分、私たちは船団の中で一番戦いやすいはずなのに、疲れが来てる」
「あんまり辛かったら船長室へ入ってよ。おれ、がんばるから」
マァムはなんとか微笑んだ。
ダイは昔のダイのままだ、と思った。半分竜魔人化して白い竜の翼が見えているし、額の紋章は青く輝いている。だが自分より仲間を先に心配する甘さは変わっていなかった。
「一人で背負い込むのはやめて」
マァムはプテラノドンの背の上に膝立ちになった。
「このブーストが終わればまた速度が上がってあいつを突き放せるはずよね。あとちょっとじゃない?二人で戦いましょう」
わかった、と言ってダイは、なぜかダイの剣を鞘に納めた。代わりに手にしたのは竜の首だった。
「おれ、真魔剛竜剣でギガブレイクをやってみる」
魔界の空に雷雲が渦巻いた。ごく、とマァムの喉が鳴った。新生真魔剛竜剣が、初陣を迎えようとしていた。
「それなら、私と飛竜たちであいつらをひきつけるわ」
「頼むね。もしできたら、飛び蛇たちを誘導して船から少し離してほしいんだ。この剣を使ったギガブレイクの破壊力が、わからないから」
箱舟ごとたたき斬りかねないのだった。
マァムは片手でプテラノドンの背をそっとたたいた。翼竜が動き出した。飛竜一族が従った。
「私はここよ、さあ、おいで!」
飛び蛇はメドーサボールの一部だが、それなりの自意識を持っているらしい、とマァムは悟っていた。目の前に飛竜がいれば、必ずそちらへ向かってくる。マァムはプテラノドンを操って飛び蛇の群れの眼前をすり抜けた。背後に牙を鳴らす音が聞こえるほどの距離で飛び蛇の群れが迫ってきた。
視界の隅に稲光が見えた。魔界の空に雷雲が渦巻いた。風鳴りが聞こえる。斜め上からダイが天誅の剣を振り下ろそうとしていた。
「ギガブレイク!」
薄く紫色を帯びた強烈な白光が飛び蛇の群れに襲いかかった。
●
マジックフライト一号の船首近くで、魔族の一人が金属の筒を抱えて船外へ向けていた。
「用意、発射!」
金属の筒から何か飛び出した。真っ暗な夜空の中で黄色みがかった光となり、それは船の前方のあたりを照らし出した。
ポップは手すりから身を乗り出すようにして下界を眺めた。船団は今、魔界の海を避けて山岳地帯の上を飛翔していた。
「よしっ、位置がわかった」
そう言うと魔族の乗組員たちに指示を出し始めた。
「右へほんの少しそれて、まっすぐ進んでくれ。地面にマークがある。何か光ってるものが見えるはずだ。そこまで全速力」
船の後方で何か騒いでいる声がした。
「キミ、キミ!」
振り向かなくてもチウだとわかった。
「なんだよ、こっちは取り込み中だ」
チウはどうやら、仲間モンスターのバピラスに乗せてもらってやってきたようだった。
「他の船ではみんなけっこう苦戦してるぞ!ブーストとやらは、いつまでかかるのかねっ?」
小さな体で胸を張り、両手を腰に当ててチウはまくしたてた。
「あのな、おれはそのために今がんばってんだよ!」
「何をやっているか、説明してみたまえ」
「相変わらずだなおまえ……ヤツが、メドーサボールが追いかけてきただろうが。これからヤツを突き放そうって計画だ」
ふん、とチウは鼻を鳴らした。
「そんなことができるのかね」
「おう、見てやがれ。そのためにダイといっしょに飛行ルートに罠を張っておいたんだ。もう少しでその罠の上空へたどりつく」
「そうすると、どうなる?」
ポップは言葉を呑みこんだ。
「そいつは見てのお楽しみだな」
「ふうん、早く見たいもんだ」
照明弾の光はそろそろ消えかけている。ポップは船の手すりをきつく握った。
「せかされてもなぁ。船の速度が出ねえ。おれの魔法力はほとんどトスで地上へ上げちまったから」
ううむ、とチウがうなった。
「ポップ殿!」
と船長の声がした。
「見張りから連絡。地表のマークを確認したそうです」
「到達は?!」
「約三十秒」
よっしゃ、とポップは叫んだ。
「チウ、各船に伝達してくれ。あと三十秒持ちこたえてくれ、そしてその時間が過ぎたら何かにつかまれって」
「まかせなさい!頼む、パピィ!」
意気揚々とチウはマジックフライト一号から飛び出していった。
●
帆柱を背にヒュンケルはもたれかかっていた。
「だから言っただろうが!」
闇をにらんだままラーハルトは渋面をつくっていた。
「後先考えずに闘気を使い果たすバカがどこにいる!」
「おまえには言われたくない」
黒い雨の中で二人とも飛び蛇の撃退のためにさんざん闘気技を放ち、立っていられないほど消耗していた。ハルベルトを杖代わりに、なんとかヒュンケルは立ち上がった。
「そいつら頼みだ」
ラーハルトのまわりは緑の鱗の海のようになっていた。マジックフライト二号に乗っていた陸棲ドラゴンたちを引き出し、ラーハルトが従えているのだった。
「聞いての通りだ。飛び蛇どもにブレスをお見舞いしてやれ!やつらが船に近寄らなければいい。あと三十秒だ!」
ドラゴンすなわち、生きた溶鉱炉だった。体内の火炎器官が炎を生成している。長い首が赤く染まり、ドラゴンたちは一斉に闇に向かって大きな口を開いた。
●
クロコダインはとっさに腕を伸ばし、空中を舞うヒムの足首を捕らえた。
「おい、落ち着くのだ!」
足をつかんで船へ引き上げてもらいながら、ヒムはぼやいた。
「すまねえ。つい、焦っちまった」
クロコダインヒム組は技を温存しつつ粘り強く戦っている。だが、船尾楼にも手すり、甲板、帆柱にもかなりの被害が出ていた。
「クロコダインさんよ、あんたもボロボロじゃねえか」
さきほどから飛び蛇の攻撃をすべて引き受けて、顔をはじめ体の前面は生傷だらけになっている。
「オリハルコンでできてるわけじゃねえだろうに」
クロコダインはぐっと体を起こした。
「“強さ”にはいろいろな形があるものよ。耐えぬくことも“強さ”のうちだ」
そう言って、にやりとした。
「あとたった三十秒だ。守り切ればこちらの勝ちだぞ」
●
魔界を脱出する船団は、天地すらわからない暗夜のなかを飛び続けている。が、ダイの居る場所だけは明るい。
ダイは自前の竜翼を広げ額に紋章を浮き上がらせた姿だった。紋章の輝き、竜闘気の青、そして真魔剛竜剣の刃の淡い紫の光が、月も星もない闇夜の中のダイを輝かせていた。
――ほんとに竜魔人化したら、おれ、もっと攻撃的になっちゃうんだ。
と本人は言っていた。今の状態はまだ、人間のダイの意識がきちんとあるらしい。
ダイは真魔剛竜剣を掲げた。それだけで飛び蛇もメドーサボールも逃げ腰になった。
さきほどのギガブレイクの一撃で、メドーサボールが4号に差し向けた飛び蛇は全滅していた。その苛烈さに、マァムはひそかに身震いが出たほどだった。ギガブレイクの恐ろしさを、改めてメドーサボールは思い知ったのだろう。
「来ないのか?」
冷ややかな声音でダイがつぶやいた。
翼を羽ばたかせてダイが前に出た。メドーサボールはたじろぎ、奇妙な動きをした。マァムには、メドーサボールが“目をそらせた”ように見えた。
ダイは上段右に剣を上げた。ギガブレイクの始動位置だった。
「ダイ、もう時間がないわ」
一号から伝達された“三十秒”が過ぎようとしている。一瞬ダイの身体がこわばった。
「わかった」
そう言うと竜翼をひるがえした。
本当は攻撃したいのだろう、とマァムは思った。それが竜の騎士の本来の仕事なのだから。だがダイは船団の魔界脱出を優先する心づもりのようだった。
「おれ、ポップのようすを見に一号へ行ってくる。ここをまかせてもいい?」
「大丈夫よ」
とマァムはうけあった。
●
それまで船団はマジックフライト一号を先頭に、順に二号、三号、四号と縦一列で飛行していた。メドーサボールは四号の斜め後ろから追い付き、二号三号には飛び蛇を差し向けて襲わせていた。
その順序がしだいに変わりつつあった。一号が明らかに速度を落としている。結果として二号から四号が追い越し、最後尾が一号になった。
「ポップ?」
この船の動きは、ポップが自分の意志で操っているはずだった。
ポップは一号の船尾にいた。よっと手を上げてダイを迎えてくれた。
「さあ、二枚目のカードを切るぞ」
さきほどダイを避けていたメドーサボールはまだ船団を追跡している。本体から大量の飛び蛇を放ち、それが地に落ちるのも構わずに進んできていた。
メドーサボールの本体は、一個の巨大な眼球だった。その目が血走っている。強い執着を示す、ほとんど狂気の眼差しだった。
ダイはポップの隣に舞い降りて翼をしまった。
「おれ、アイツ見てるとなんかぞわぞわする」
「大丈夫。とどめを刺すまではいかなくても、このカードでたぶんアイツの追跡は遅くなる」
ポップは下界を透かし見た。追ってくるメドーサボールを見た。
おもむろにポップは、黒い法衣の下からカードを取り出した。中指と人差し指の間にカードをはさみ、ポップは頭上に差し上げた。
「隠れ家を出るときに使ったのが、一枚目の“身代わり”。こいつは二枚目の“櫛”だ」
ほの白くカードが光った。
ふと見ると、姉妹艦にいる仲間たちや乗り組んでいる船員、船長、魔界の避難民までもが船の上に顔を見せてポップを見守っていた。
「おれはダブルキャストだけど、ブースト中は地上に魔法力をトスしてるし、残した力で船団を動かしてる。だけど敵を罠にはめる手段がまだあるんだ。それがこのカードだ」
おもむろにポップは光るカードを空中へ放った。ぽっと白い光がカードを取り巻いた。魔界上空の風に流されて白い光はすぐに離れていった。
最初は何も起こらなかった。ダイは思わず船の手すりに寄りかかり、下界をのぞき見た。
「カードはどこいった?」
「あそこだ。ほら、光ってる。何かの形に見えないか?」
ダイは目を凝らした。魔界の山々の上にチラチラ光る文様があった。見覚えがある、とダイは思った。
「これ、アバン先生が作ってた五芒星形だ」
「そう、破邪の秘法さ」
むしろ声を押し殺してポップが答えた。
「あのカードを切ると封じこめた呪文が発動するんだ、しかも破邪の秘法で最大化されて」
「それってたしか」
そのとき、地鳴りを聞いた。
「ダイ、何かにつかまれ!来るぞ……岩塊突出呪文、ジバリーナ、ジバルンバ、ジバマータ!」
次の瞬間、真下からあがる強い光芒が船団を照らし出した。
船全体が突如高度を上げた。姉妹艦のあちこちで真下を指し、興奮して叫ぶ者たちが見えた。だがその声ももう聞こえない。
はるか下方にある魔界の大地が、轟音をあげて引き裂かれていく。真っ白な光の筋が蜘蛛の巣のように地面に現れたかと思うと、糸のような筋は見る見るうちに太さを増してはっきりとした亀裂となった。
亀裂から何かが生まれようとしている。
ひときわ凶暴な轟音と共に岩山が生まれ、瞬時に育ち、空中へ伸びた。ダイはぞっとした。真下から串刺しにされる。それは本能的な恐怖だった。
「大丈夫。あれが狙ってるのは、おれたちじゃない」
再度、至近距離の落雷のような音がして岩山が生まれた。鋭くとがった岩塊で、最初の山よりも高く上がってきた。
三つ、四つ、五つ、と数えるよりも岩塊の生える方が早い。巨大な槍の穂先を逆さに、しかもぎっしりと植え付けたように見えた。
その槍がまたひとつ突きあがった。メドーサボールは、わき目もふらない追跡で真下の岩塊に気付かなかったのか、それとも猛スピードのために減速できなかったのか。
真球の形をしたメドーサボールは下から押し上げられてへこみ、つぎの瞬間激しく体液をまき散らして貫かれた。一度強く痙攣して、動きが停まった。周囲の蛇たちがぐったりと垂れ下がった。
「うおおーーーっ」
姉妹艦から大歓声があがった。暴君として魔界の海を支配してきた怪物が、ついに罠にかかったのだった。