ホイミスライムのアイドル

 オラクルベリーの夜はふけて、世界に名だたるカジノをはじめ、巨大な歓楽街にいっせいに灯りがともっていた。
 この町の夜がにぎわうのはいつものことだが、その夜は観光客やギャンブラーをかきわけて、七、八歳くらいの男の子と女の子が何かを探し回っていた。
「そっちはどう?」
「全然だめ!」
 グランバニアの双子は、大通りはおろか裏通り、店と店の間の路地さえ丁寧に調べている。表情にも動作にも、焦りが出ていた。二人はしょんぼりして教会の前までやってきた。そこには双子の父、グランバニアのアベルが待っていた。双子と父親は、互いの顔を見て尋ね人が不調だったことを悟った。
 はあ、とローズ王女がためいきをついた。
「お母さん、どこにいるんだろうね」
 ローズの双子の兄、ローリことフロリオ王子がつぶやいた。
「今日は朝からずっといっしょだった。お宿で朝ご飯を食べて」
「お父さんがちょっとカジノへ寄って、かるく当たって教会でお祈りして」
「新しいモンスターの子の装備を見に武器屋へ行って」
「魔界遠征に備えて道具屋とかあっちこっちで買い物をして、ええと」
 突然父のアベルが立ち上がったのでローリもローズもぎょっとした。
「お父さん?」
「オラクル屋」
 ぽつりとアベルがつぶやいた。日ごろからたいへん無口で無表情なアベルは、一度に単語一つ以上話すことはめったにない。
「オラクル屋だね?どうしてそこにお母さんがいると思うの?」
 アベルはローリと顔を合わせた。
「のれん」
とだけ言った。言うだけ言って、もう愛用の杖を手にマントを背に回し、歩き出した。
 ローズがぱんと両手を打ち付けた。
「お母さん、のれん欲しがってた!」
「あ~、あのヘンなのれんか」
 双子は歩きながら会話をしている。アベルの紫のマントを目印に、そのあとを追っていた。
 オラクルベリーは、故郷グランバニアの町よりよほど複雑だった。しかもアベルが向かうのは街の北部にある迷路のような一画で、このあたりはさすがの不夜城オラクルベリーといえども、薄暗く、治安も悪い。
 だが、明らかに急いでいて邪魔する者に容赦しないという気配を漂わせた大男のアベルを止め立てしようとする小悪党もいないようで、アベルはすたすたと歩いてオラクル屋の店先へ近づいた。
 オラクル屋は営業中だった。店の前、店内からもれる光のなかにたおやかな人影があった。
「お母さんだ!」
「何か持ってるよ?」
 フローラは、いつものように優雅な飾りをつけた白い衣装だった。空色の髪を背中に解き流し、白い両手で青いスイカのようなものを支えて上へ掲げていた。
 アベルがその場へ飛び込んだ。
 フローラは振り向き、笑顔になった。
「アベルさん。まあ、もう、こんなに日が暮れて。心配してくださったのでしょう。ありがとうございます」
 アベルは物も言わずに妻を抱きしめた。
「いえ、違うのです。ホイミンちゃんを、ご兄弟に合わせたくて」
 は?という顔でアベルがまじまじとフローラを眺めた。フローラが手にしていた青いスイカがくるりとふりむき、目をぱちぱちさせ、黄色い触手をなびかせた。ホイミスライム、しかも仲間モンスターのホイミンだった。
「でも私では、手が届かないのです。アベルさん、ホイミンちゃんをあそこまで持ち上げていただけませんか?」
 眼を白黒させながらアベルはホイミンを抱え、オラクル屋ののれんの位置まで持ち上げた。
 のれん、に見えるのは、三匹のホイミスライムだった。どこを見ているかわからないような顔が、すぐにホイミンに視線を集めた。
 ふよ~とホイミンが触手を泳がせた。どうやら、ホイミスライムのあいさつらしい、とローリは思った。
 ふよふよ~とのれんの三匹が挨拶を返した。
「よかったわね、ホイミンちゃん」
 フローラは嬉しそうだった。ローズが尋ねた。
「お母さん、そのためにホイミン連れ出したの?」
 フローラは振り向いた。
「そうなの。でも、このお店の場所がわからなくて、道に迷ってこんなに遅くなってしまったの。ごめんなさいね」
「それはいいんだけど、お母さん、ホイミスライム好きなんだね」
 ローリが言うと、ええ、とフローラは力強くうなづいた。
「私、前世はホイミスライムだったかもしれないと思うの」
 これ以上はないほどの真顔だった。
 アベルは、何か言いたそうな顔だったが、ただふるふると首を振るだけだった。

 結局アベルは、にやにやしているオラクル屋の店主からのれんを買い取った。
「きゃ~!うれしいですわ!」
 合計四匹のホイミスライムに囲まれ、フローラは無邪気に喜んでいた。
「スラッポに、ふくちんに、げんきちちゃんね」
 もう名前も決まったらしい。馬車の中のフローラの定位置は、ホイミスライムであふれるようになるのだろう。
「お母さんがモンスター好きって、ちょっと意外」
「でも、お母さんが幸せならまあいっか」
双子がそうつぶやくと、アベルもこくんとうなずくのだった。

了(2024年2月6日X上のイベント「フローラの日」のために)