出張申請書

 ラインハット城の執務室には、天井まであるガラス窓から夏の日差しが入り、風が繰り返しカーテンをゆすっていた。
 執務室の奥にあるなデスクの前に一人の貴公子が座り、羽ペンにインクをつけて目の前の羊皮紙にさらさらと書きこんでいた。
 口元にかすかな微笑みが浮かんでいる。
「“国王デール殿”、と」
と書きながら彼はつぶやいた。
「“このたび下記のとおりに出張いたしますので、ここにお届けいたします。なお出張経費は別添の出張経費見積書をご参照ください”」
くくくく、と忍び笑いがもれた。
「ヘンリーさま?」
秘書がけげんそうな顔をした。
「なんでもねえよ。あっちいってろ」
そう言うと出張申請書を書き続けた。
「“出張先、『ドラゴンクエストライバルズエース』。出張期間、2020年8月より相当期間。同行者”は、ええと」
片手に持ったメモをちらりと見た。
「“引率は商人トルネコ殿、同行、サマルトリアの王子殿下他多数”。出発と帰社予定は」
書類の項目を埋めていく顔が、明らかに浮き浮きしていた。
「“出張目的、バトル及びヒーローのサポート”。こんなもんかな」
 大きな文鎮で書類をデスクの天板に固定すると、ヘンリーはさっと立ち上がった。
「ヘンリーさま、どちらへ」
すでに扉をくぐりながら、ヘンリーは背後に向かって片手をあげた。
「ちょっとでかけてくる」
 その背中に、誰かが声をかけた。
「お出かけになるのですか?」
くるりとヘンリーは振り向いた。
「マリア!」
ヘンリーは恋女房の手を取ると、指の先端にキスを落とした。
「出張してくる。みやげを期待しててくれ」
はい、とマリアはうなずいた。
「気をつけて行っていらっしゃいませ」
「ありがとな」
きゅっとマリアを抱きしめ、名残惜しそうに髪の匂いをかぐと、ゆっくり手を放した。そのまま踵を返そうとして、あ、とつぶやいた。
「忘れものだ!」
そう言うとオフィスへ取って返し、ペンを取って書類に何か書きこんだ。
「じゃ行ってくる」
もう一度妻に笑顔を向け、たったっと歩き出した。
 マリアはその背を見送り、ふと執務室へ入った。デスクの上には、ヘンリーが残した出張申請書がある。その一番下に、“忘れもの”があった。
「“連絡事項、相棒が来たら、先に行ったって伝えてくれ!”」

了(2020年8月ゲーム「ドラゴンクエストライバルズ」にカード「ヘンリー」の実装を受けて)