双星エメラルドグリーン

 厳冬期のラインハットはよく雪に見舞われていた。グランバニアほどつもることはないのだが、それでも人々は家の中に閉じこもりがちだった。秋の間盛んな狩猟も影を潜め、社交は役者を呼んでの観劇や音楽、ダンスがメインである。
 そんな時期に毎年人気の行事があった。
 まず気の合う人々が集まって、お互いに景品を持ち寄る。持ってきた者がみんなに謎かけをだす。一番先に正解した者が景品をもらうことができる。
 おかげで冬の間、ラインハットでは庶民から王侯まで、みんなして謎かけ謎解きの腕を磨くことになった。
「さて、次はルーク様ですね」
穏やかに微笑んでデール王が言った。
 博識な王は、謎かけと謎解きの名手でもある。ダンスパーティはあまりやらないラインハット城でも、この罪のない謎かけ会はよく行われた。その夜のゲストは、友邦グランバニアの国王夫妻だった。
 グランバニア王ルークは、自分の護衛の兵士にうなずいてみせた。兵士は紫のビロードのクッションに何か載せて持ってきた。
「絹のハンカチです」
とルークは言った。
「うち……グランバニアふうの刺繍をしたので、なかなかきれいでしょう」
グランバニアの刺繍は色糸を何種類も使って、写実的な花や小鳥を縫い取るものだった。
「僕はなぞなぞはあまり上手ではないけど、解いた人にこれを差し上げます」
 オラクルベリー大公妃マリアは思わずためいきをついた。
「まあ、どうやったらこんなにきれいになるのでしょう」
ルークはマリアに笑いかけた。
「マリアならきっと謎が解けるから。あとでよく見てみるといいよ」
マリアはちょっと赤面した。
「わたし、そんなに機転がきくほうではないですもの」
ふん!と隣でヘンリーが鼻息を吹き出した。
「大丈夫。おれが取ってやる」
 謎かけに関してはデール王が第一人者だが、その対抗馬がヘンリーだった。
「さあ、なんでも解いてやる。言ってみろ」
「君にわかるかな?」
珍しくいたずらっぽく笑ってルークが言った。
「いつでもいっしょの緑色の二つの星、とてもよくお似合い。それはなあに?」
「緑の星……緑の星……」
ヘンリーは考え込んだ。
「天空の剣と天空の兜でどうだ?飾りの部分が緑だぞ?」
「盾と鎧はどこいったの?残念、ちがうよ」
そうね、とビアンカが言った。
「デール様とヘンリーさんでどうかしら。王家の兄弟で二つの星」
デールはちょっと笑った。
「星、とお名指しはうれしいですが、私はどちらかというと水色でしょうね」
頭髪のことだった。
「ほかには、誰かわかる人いますか?」
マリアは小さく息を吸い込んだ。
「あの……」

 身を切るような冷気の中、奴隷たちが列を作って歩かされていた。
「ぐずぐずするな!」
猪頭の怪物が槍の穂先で奴隷たちを脅した。血のにじむ足をひきずり、奴隷の群が岩屋へ吸い込まれていく。垢と髭に覆われた顔をうつむけ、死んだような目を半ば閉じて。ぎらぎらする槍先が脅していなければ、その場に座り込んで動けないほどの疲労が彼らの肩につもっていた。
 今夜もろくに食事は与えられないだろう。これだけの人数に、薄い汁とバケツいっぱいの穀物がいいところだった。すき腹をかかえ、寒さに身を縮め、石の床にむしろをひいただけの寝床で眠りをむさぼる、今から次の仕事が始まるまでの時間が奴隷にとってつかの間の休息だった。
 列の最後は少年奴隷だった。彼は腕にむしろの材料になるわら束を抱えていた。
「おい、それはなんだ」
「監督さんが、持って行けって」
聞き取りにくい声でぼそぼそと少年は答えた。
 猪頭の兵士はうさんくさそうに鼻を鳴らした。列が止まった。薄汚いぼさぼさの髪が黒ずんだ顔を縁取っている。少年は、ほかの奴隷と同じように無感動にただ突っ立っていた。その顔には、どうせ殴られるんだというあきらめが漂っていた。
「おい、まだか!」
別の兵士が声をかけた。兵士たちも、奴隷を岩屋へ護送した後でやっと食事にありつけるのだ。
 猪頭はちょっと肩をすくめた。このガキを殴るより、暖かい部屋と酒の方が大事だった。
「通れ!」
面倒くさそうにそう言って、少年を乱暴にこづいた。奴隷少年はのろのろと岩屋へ入っていった。その後ろで扉が閉ざされた。
 兵士たちは知らなかったが、真っ暗なはずの岩屋の奥、雪に反射する月明かりをうまく明かり取りにした場所があった。
「ヘンリー、こっち、こっち」
奴隷の少年は、見違えるようにきびきびした足取りでそこへ向かった。
「みんな、メシ持ってきたぞっ」
押し殺した声でそうささやいた。
 待ちかまえた奴隷たちが集まってきた。
「本日の戦利品だ」
ヘンリーは別人のような生き生きした表情で抱えていたわら束をその場へ広げた。ほどいた束の中から、二斤大のパンの固まりや干し肉がいくつも出てきた。
「冷や冷やしたぜ」
「よく通れたな」
「ありがてぇ!」
「みんな、待って」
と横からルークが言った。
「病人と年寄りが先だよ」
「大丈夫、量はある。でも、余分にとったりすんなよ?」
二人はせっせと食べ物を配り始めた。
「はい、マリアの分だ」
つい先日奴隷の身に落とされ、泣き暮らしていたマリアの手に、ヘンリーがパンを押し込んだ。
「あ、あの」
「食べないとお祈りもできないからなっ」
おずおずとマリアは顔を上げた。ヘンリーの顔がのぞきこんだ。月明かりが彼の目に映りこみ、それは明るく輝いていた。

 マリアは小さく息を吸い込んだ。
「私、わかると思います」
「すげぇ。なぞなぞ解けたの?」
とヘンリーが言った。
「あなたにはわかりませんでしたか?」
不思議な気がしてマリアはそう言った。
「面目ないけどな」
ふふふ、とルークは笑った。
「本人にはわからないと思うよ」
あの場所には、鏡などなかったのだから。マリアはうなずいた。
「いつもいっしょの二つの緑の星は、ヘンリーの眼です。そうでしょう?」
奴隷監督や兵士たちにはけして見せないが、苦境に陥れば陥るほど輝きを増す、美しいエメラルドグリーンの双星。
ルークはうなずいた。デールにもビアンカにもわからないほほえみを浮かべ、絹のハンカチをマリアに差し出した。
「正解!」

了(2012年冬)