ロトシリーズ20のお題 1.仲間

 ざわめきや、話し声、陶製のジョッキが触れ合う音、ウェイトレスが注文をとる声、奥の調理場から聞こえる包丁の音、油のはぜる音。そんなものがいっしょくたになって、店の中はたいそう騒がしい。
「最近、どうよ。儲かってるか?」
「だめだめ。いい口があるんじゃねえかと思ってこの店へ出てきたんだが、こう、多くちゃなあ」
地ワイン一杯で粘りながら、大半の客はそんな会話を繰り返している。
 ハーブだれに漬けこんで焼いた鶏肉の皿が奥から出てきた。
「はい、いっちょあがり。持ってっとくれ」
女将はそう言ったが、若い新人ウェイトレスはもじもじしていた。
「冷めちまうよ、なにやってんだい?」
「なんか、あそこのお客さん、人相悪くて怖いんです」
女将は首を伸ばして隅の丸テーブルを見て、鼻で笑った。
「ああ、悪いだろうよ。年季の入った悪党だからね、ありゃ。でもお前さんを取って食いやしないよ。さ、行ってきな」
「ルィーダさん~」
新人はしぶしぶ料理の皿と酒瓶を隅のテーブルへ運んだ。
「お待たせいたしました」
 テーブルに座っていたのは二人だった。ウェイトレスが怖がっていたのは、禿げ上がった頭にテラテラ光る顔の、悪相の中年男だった。そしてもう一人、灯の届かない暗がりに目つきの異様に鋭い若者がすわっていた。
「ありがとよ」
若い男は渋みの効いたいい声でそう言うと、ゴールド金貨を数枚手渡した。
 ちょっと顔を赤らめた少女がトレイを下げていってしまうまで、男は待った。
「おい、どういうつもりだ。こんな人の多いところで待ち合わすなんぞ、気がふれたか」
 ルイーダの酒場は、アリアハン城下町で知らない者もいないほど有名な店だった。おかげで若者は店に入る前から顔を他人に見られまいと、かなりびくびくしなくてはならなかったのだ。中年は、取り合わずに酒瓶を取り上げた。
「ここじゃ誰も人のことなんぞ、気にしねえよ。まあ、一杯どうだ」
「ふざけんなよ。おれはもう人相が回ってるんだぜ。この町を抜け出すまでは、酒は飲まねえ」
「そうびくびくするねえ」
中年男は自分の杯になみなみと酒を注いだが、若い男は、酒場の灯から、いっそう自分の顔を隠すようにした。
 このアリアハンでの仕事はなかなか実入りがよかった。長年の平和を享受して裕福で平和ボケになった市民がたくさんいる町だ。だが、どこでツキを落としたものか、最後の一件で足がつき、王宮の衛兵たちに捕まってしまった。なんとか脱獄できたはいいが、町中に手配書が出回っている。今日は高飛びの相談のためにこの男に会いに来たのだった。
「なあ、若えの、おれはたしかに、アリアハン中の悪党から高飛びの相談に乗ってきたが、ここんとこ、ちっと分が悪くなってな」
「なんだと?」
「凄むなよ。アリアハンの王様のお触れで、港は全部閉鎖になっちまったんだ」
「冗談だろう」
「いやいや。もともと出入国のえらい厳しいお国柄だったが、強い魔物が国に入ってくる危険があるからって理由で、とにかく猫の仔一匹入れねえ、出せねえ、そういうことよ」
「船がだめなら、アリアハンから脱出する方法はねえじゃねえか」
ぐび、と喉を鳴らして中年は杯をあおった。
「なんでも、レーベの村の向こうに祠があって、そこにゃ旅の扉があるって話だぜ。ただし、通れねえ。これも王様が封印させたとさ」
「袋の鼠っていうわけか」
くそっ、と若者はつぶやいた。
「ところがどっこい。まだひとつだけ、アリアハンから外へ出る方法があるのよ」
「なんだ、そりゃ」
「おいおい、無料って法があるかよ」
“ガセだったらただじゃおかねえ”とつぶやいて、若者は金袋をテーブルに置いた。すばやく袋をひったくると男は言った。
「よく聞きな。今日は特別な日なんだ。あのオルテガの息子が、16になる」
「オルテガ、あのオルテガか!」
 彼のような盗賊でさえ、その名には畏敬の念を禁じえない。アリアハンの英雄だった。ただし、もうだいぶ前に火山に落ちて死亡したらしい、と聞いている。
「オルテガにせがれがいたのか」
「そうさね。今頃、ジュニアは王様にお目通りをしているはずだ。もうすぐここへ来る。何のためだと思う、ええ?」
興奮したようすで悪党は、さらにもう一杯飲んだ。
「戦士を募るためさ。王様からいただいた支度金で、自分と仲間の装備を整えて、いざ魔王の城へ乗り込もうってんだ、豪勢な話じゃねえか!」
「それがおれと、何の関係があるんだ」
中年男の目が光った。
「わからねえか?お前もいっしょに行くんだよ。その坊ちゃんと」
「おれが?魔王を退治に?」
「なにもお前にやれとは言ってねえや。が、オルテガのせがれは、仲間と一緒に旅の扉を目指すはずだ」
アリアハン大陸脱出。国王は、オルテガの息子にだけは、旅の扉を通ることを許したのか。若者は思わず身を乗り出した。
「つまり、そいつにくっついていけば、高飛びできるってわけだな?」
「おうよ。ほら、見ろ。おでましだ」
そういって、店の入り口のほうへあごをしゃくった。
「いらっしゃいっ」
 女将のルイーダが、威勢よく声をかけた。その声に入ってきた客は驚いたような顔をしている。まだ子供だ、と男は思った。16になったばかりだ、と男は思いだした。
 血色の良い、すべすべしたほほは少女のように見える。だが、くっきりとした眉と大きな瞳は力強い印象を与えている。つんつんとした短めの黒髪をサークレットで押さえ、旅人の服を身にまとっていた。若者は、その少年がベルトから吊った皮袋に目をつけた。かなり重そうにさがっている。支度金だな、と男は見当をつけた。
 ルイーダがカウンターの後ろから出てきた。
「トリトじゃないか!まあひさしぶりだねえ、こんな大きくなって。お母さんはお元気かい?今日はどうしたんだい」
トリトと呼ばれた少年は、やや気恥ずかしそうに見えた。
「今日は、用事があって」
「なんだい?」
「人を探しているんです。俺と一緒に、旅に出てくれる人を」
ぱん、とルイーダは両手を打ち合わせた。
「まあ、あたしとしたことが。もうそんな年になったんだねえ。あのトリト坊やが旅に出るのかい!」
「ルイーダさん、坊やっていうのは、そろそろやめてください」
「あら、悪いわね。つい、くせで……」
おほほ、と手を口元に当てて笑い、ルイーダはカウンターの下から名簿を引っ張り出した。
「助っ人がいるんだわね。この人なんてどうかしら。腕は立つわよ?あ、じゃ、こっちのは?強いお姉さんは好き?」
気がつくと、店の中の客が、ほとんどその会話に聞き耳を立てている。このルイーダの店は、仕事の欲しいものと、人手の欲しいものが出会う店なのだ。
 店の女将のルイーダは、その仲介役だった。
 鎧姿の一人の男が、さっとルイーダのそばへやってきた。
「女将さん、仕事かい?今度はおれに回してくれよ。腕には覚えがあるんだ」
ルイーダが返事をする前に、とんがり帽子にマントの若い女が立ち上がった。
「ふざけないでよ、あんたこないだ、あたしの仕事横取りしたじゃないの」
ぱっと杖を出して男の前をとおせんぼうにした。
「てめえ……」
ルイーダが眉をひそめた。
「お気楽なら、外でやっとくれ!このトリトはねえ、半端モンを連れにきたんじゃないんだよ。あんたら、魔王を退治しに行く根性、あるのかい!」
店の中が一瞬、静まり返った。
 時は来た。男は立ち上がった。
「オルテガさんの敵討ちだろ?」
トリト少年が初めてこちらを見た。まっすぐな、印象的な瞳だった。
「いまどき泣かせるじゃねえか。おれが行くよ」
ルイーダは値踏みの視線を送ってきた。
「あんた、見ない顔だね。登録してないだろう。どちらさん?」
「おれはジャック。盗賊のジャックだ。登録してもらえますか、女将さん」
ルイーダは、羽ペンの先で名簿をこつこつとたたいた。
「初めてのパーティなら、戦士か武道家をおすすめしてるんだけどね」
「けど、ほかに行きたいやつ、いるのか?」
トリトとルイーダは店の中を見回した。たいていの者はうつむいている。そうでないのは隅で酔っ払っているバニーガールと道化師だけだった。遊び人たちだ、とジャックは思った。
「ルイーダさん」
とトリトは言った。
「おれは、この人たちでいいと思う。死にたくないやつを連れて行きたくないんだ」
ふ、とルイーダは笑った。
「あんた、優しい子だねえ、あいかわらず。じゃあ、決まりね」
ぱっと一枚ページをめくって、ルイーダは名簿に書き込んだ。
「パーティ結成。勇者トリト、盗賊ジャック……」
かわいそうだが、トリト君、広い世間にはずるいおじさんもいるってことを学んだ方がいい。トリトに装備を買ってもらい、旅の扉を一緒に通ってもらったら、ジャックお兄さんはさくっと夜逃げだぜ。
「遊び人、くーちゃん」
はぁ~い、とすっかり出来上がったバニーガールが手を上げた。
「同じく遊び人、きんさん」
きんちゃんで~す!と道化師が騒いだ。
「みんな、よろしく!」
「ちょっと、待て」
思わずジャックは言った。
「トリト、お前、素人なんだろ?旅は初めてだよな?いいのか、おい、僧侶か誰か、連れて行かなくても?」
トリトは首を振った。
「しかたないです。おれも、少しレベルがあがればホイミくらいできると思うし」
「だからって、あとは遊び人かよ!」
「このパーティはやる気重視です」
真剣な瞳でそういわれては、口答えができない。
「幸い、ジャックさんは旅なれてるみたいですね。よろしくお願いします」
ケツの青い坊やと遊び人二人を引率して、アリアハン脱出?しばらくおれが面倒見なくちゃならねえのか。予想外の展開に、ジャックは本当にめまいがした。
まあ、いい。アリアハンを出るまでなんだから。

 それがいったいどうしてここまで付き合うハメになるだろうか。人がいいにもほどがある、とジャックは思った。
「大将が帰って来たぜ、ジャック」
 ガタイのいい戦士が、雷神の剣を杖代わりに、大地の鎧をまとってこちらをのぞきこんでいる。精悍な面構えが、なんとも頼もしかった。
「いよいよか。回復、あんたの役目だからね」
 雌ヒョウのような美女が、ウィンクしてきた。武道着はスリットが深く、体に密着している。メリハリのきいた、惚れ惚れするようなプロポーションだが、この肉体がすなわち凶器だった。
 遊び人のきんさんの“ちから”は、意外に強かったのである。戦士に転職してこの道を究めるとHPが急激に上がり、今ではパーティの盾だった。
 同じく、くーちゃんも、遊び人のくせに“ごうけつ”だったのだ。武道家としてパーティの切り込み隊長をつとめている。
「めんどうくせえなぁ」
ひとつぼやいて、ジャックは草むらから立ち上がった。
 周囲はたそがれの薄闇だった。見上げれば夜空である。アレフガルドの奇妙な空に、やっと最近慣れてきたところだった。
「賢者の石持ってるだけでいいだろ、俺?」
きんさんこと、戦士キングがにやりとした。
「仕事はごっつう、あるで」
通称くーちゃんの、武道家クイーンが片手を振る。
「賢者様なんだからさあ。バイキルト、あたしからね」
 盗賊上がりの賢者は杖を取り上げた。もともと高めだったMPはぐいぐい成長して、今ではよほどの相手でない限り、残りを気にしないで使いまくることができる。
「自分でやれよ、自分で。おまえらだって、呪文一通り使えるだろう?」
戦闘系に転職する前に、二人とも遊び人の特権を行使して、僧、魔両方の呪文を習得している。
「それほど暇じゃないわよ」
木立の蔭から、勇者トリトが姿を現した。今まで、教会の祭壇の前で、最後の祈りをささげていたらしい。目の覚めるような青と金の美しい鎧姿だった。
「待たせたな」
16歳の少年は、20歳の若者に成長していた。
「ついに、父の敵を討てるんだ。あの日、ジャックが言ったとおりに」
勇者は体をひねって海の彼方に聳え立つ大魔王の城を見上げた。
「キング、クイーン、ジャック、行くぞ!」
しかたねえ、つきあいますか、とジャックはぼやいた。
 おれら、パーティだしな。
 それが、賢者ジャックが、4年の間に得た結論だった。