ロトシリーズ20のお題 4.竜の女王

 透き通るような白い肌は、くっきりと漆黒に縁取られていた。竜の翼を思わせる皮革質の黒い小さな翼が、人間ならば耳のあるべき場所に生じている。頭髪はあるのかないのかわからないが、禁欲的な黒い頭巾の下に収められている。そしてその頭巾から、まぎれもない角が見えていた。
「女王様」
召使のホビットが、そっと声をかけた。
 天蓋と薄紗で覆われた寝台に女王は横たわっていた。
「お客様ですが、お断りいたしましょうか」
「お客は、どなたか?」
ホビットは首を振った。
「ただの人間です」
女王は身じろぎした。頭巾と長いローブ、手の甲までも覆う長い手袋で全身を覆っていたが、彼女の顔は白く、その瞳は濡れ濡れと潤んで黒く、唇は血を含んだように紅だった。ただ眼球だけが、よく磨いた金貨のような黄金の色をしている。
「この城まで、本当にただの人間が来るはずがない。お目にかかろう。お通ししなさい」
低い、豊かな声だった。
 召使はまだためらっていたが、主命を果たすために出て行った。まもなく再び扉が開き、4人の人間を招きいれた。
 竜族の侍女たちがそっと寝台の覆いを左右に開く。一人が女王を助けて上半身を起こさせた。
「あまり長く謁見なさることは、お奨めできませぬ。お体に障ります」
侍女がささやくのを、女王は低く手を振ってとめた。
「余命いくばくもない身じゃ。かまうでない」
竜族の次代の長がまもなく誕生する。この命、それまでもてばよい。女王はそう思い定めていた。
 一行のリーダーらしい者が、おずおずと彼女の前に進み出た。二十歳にはなっていまい、と女王は思った。口を動かすよりも剣を振るう方が達者なように見える。上背がありよく引き締まった体つきをしているが、瞳からのぞく魂はまだ純粋で少年のようだった。
「お客人、名乗られよ。何用あってこの城へおいでになったのか」
リーダーの若者は、さっと赤面した。見とれていたらしい。
「おれは、トリトと言います。その、魔王バラモスを滅ぼすことを志願し、旅を続けている者です。こいつらは、仲間です。左から、キング、ジャックと、クイーン」
戦士と賢者、そして女武道家が、会釈した。トリトと名乗った若者は言った。
「どうしてお邪魔することになったのか、じつはおれにもわかりません。ラーミアが、このお城のそばに来ると降りてしまってどうにも動かないもので」
「ラーミア、とお言いか?」
女王は驚いた。目配せすると、侍女がすぐに退出していった。確認を取りにいったのだが、直感であのラーミアだろうと女王は思った。
「なるほど、この城へおいでのわけがわかった。精霊の加護を受けておられるのか」
胸の奥に小さな期待の炎が灯るのを感じた。
「私がこうして病床にあり、ルビス殿は長きに渡って沈黙していらっしゃる。たしかに、人間に頼る以外にすべはないかもしれぬ。もしや、あなた方は……あれを」
最後の言葉は侍女に命じたものだった。侍女はためらった。
「よいから、ここへ」
「かしこまりました」
 竜族の侍女は、まもなく両手のひらにおさまるほどの美しい玉を捧げ持ってきた。傷ひとつない完璧な球形で、魔力を含んでいる。その光は淡い真珠色で今はどこか弱弱しかった。
「これを、差し上げましょう」
ほう、というためいきが、トリトの仲間たちの間からもれた。ジャックと紹介された賢者が、一歩進み出た。
「なんて美しい、こんなものは見たこともない」
指を伸ばして、触れようとした。
「ならぬ!」
女王は言った。ジャックはさっと指を引いた。
「失礼、ジャック殿。これは人間の身にはいささか危ないのでな。トリト殿、これは、他の人には預けずに自ら持ってくだされ」
トリトは侍女に近寄り、その手から直接玉を受け取った。
 彼が手にした瞬間、それはさっと光を放った。女王は目を見張った。彼女の視界には、それが新たな輝きを内部に宿し、力強い気を脈打つように放ち始めたのが見えた。
 女王は安堵のため息をついた。
 では、これがこの若者の魂の相であるらしい。純粋で、優しく、だが、その“甘さ”を表現することは得意ではないのだろう。
「それは“光の玉”という。持っておいで。きっと役に立つことでしょう」
侍女たちがあわてた。
「光の玉は、竜族の、大事な」
「お黙り。今がどのようなときか、わからぬか。ここにいる者たちは、闇夜に見つけた小さな光じゃ。竜族が務めを果たせぬ以上、できることはせねばならぬ」
「陛下」
まだ口惜しそうな侍女たちに、女王は言い聞かせた。
「光の玉は、死蔵すべきではない。ルビス殿の選ばれし者たちなら、光の玉を活かしてくれましょうぞ。トリトよ」
若者はさっと顔を上げた。真剣なまなざしだった。
「闇に覆われたときに、使いなさい」
「はい。きっと大切にします。綺麗な女王様」
言ったとたんに真っ赤になる。
「かわいらしいこと」
女王は微笑んだ。
「ルビス殿も良い方を選ばれたようだ。そう伝えておくれ」
「ルビス様には、お目にかかったことはまだありません。もし会えたら、美しい竜の女王様がそうおっしゃったとお伝えいたします」
女王は微笑んだ。
「悪い気はせぬわ」
「もう一度、お目にかかれますか?」
真剣な表情でトリトは言った。
「これをお返しに上がります」
「それは一度差し上げたもの。気になさることはない。わらわの身は、あといくらも持たぬ。が、もしも会えたならば、女王の祝福を与えましょうぞ」
にこ、と女王は笑った。
「勇者トリトよ、疾く、魔王を倒してまいれ!」
 それが、勇者の一族と竜の王族の間に結ばれた最初の約束だった。