ロトシリーズ20のお題 17.サマルトリアの王子~アーサー

 西の彼方の海の中へ、太陽が沈んでいく。海の向こうにはムーン大陸があるはずだが、リリザからでは水平線しか見えなかった。
 日が暮れきってしまうとリリザの町の門は閉まるので、街道を行く旅人たちは自然、急ぎ足になる。うまく明るいうちに町へすべりこむと、ほっとした旅行者たちは宿を求めることになるのだった。
 客でこみあうリリザのとある宿に、若い旅人がやってきた。
「部屋は開いてるか?そんないいのでなくても、かまわないんだが」
宿屋の主人は旅人の風体をじっと観察した。
 若い剣士のようだったが腰に帯びた剣はなかなか使い込んでいそうだった。剣士にありがちな、粗野だったり、凶暴だったりする感じはない。むしろ、どことなく育ちのよさを感じさせる物腰であり、なにより、まっすぐな目をしていた。
 主人は宿帳を差し出した。
「はい、お一人様で」
「いや、連れの者とこの町で落ち合うことになっているんだ」
「では、二人部屋をご用意しましょう」
「助かった。飯は食えるか」
宿の自慢はうまい食事で、今夜も食堂は客でいっぱいだった。主人は顔を振り向けて、古参の女中に向かって叫んだ。
「お一人様、ご案内しとくれ!」

 パーティスは、宿の食堂の奥のテーブルから新しくやってきた旅人をそっとうかがった。青い服にゴーグルをつけ、剣を持った若い男。人相風体は一致している。
「おい、あれか?」
パーティスがそう言うと、隣にいた若者がうなずいた。
「ああ。あれがローレシアの第一王子、アロイス殿下だ」
「本物の王子様が、お供もなしで、一人で出歩くのか?」
「一人で行かなきゃならない事情があるんだよ」
パーティスは、情報提供者を横目で眺めた。
「てめえ、なにを握ってんだ?」
「ああ?簡単にソースは明かせないねえ」
ふてぶてしくつぶやいた。
 そんな口調が似合わないほど、彼は若い。幼いといってもいいような年恰好である。髪は明るい茶髪、目はきれいな緑色だった。
 だが、かわいい唇は常に毒舌を吐き出し、少女のようにきれいな指はなんともしたたかだった。パーティスは彼に、サイコロ賭博の勝負をもちかけられ、ひと財産ほどの借金を負っていたのだった。
「おいアーサーてめえ、不確かな話でおれたちにやばい仕事やらせようってのか?」
ばん、とテーブルを平手でたたいて、パーティスの仲間が凄んだ。地元のリリザの人間ではない。サマルトリアの北部一帯で荒稼ぎをしている盗賊団の副頭目である。
「いやならいいんだぜ?」
アーサーという少年は、おびえるでもなく眉をあげて答えた。
「おれはてっきり、あんたが金が要るのかと思ってこの話をもちかけてやったんだ」
副頭目はぎりぎりと歯軋りした。
 金は要る。彼らの頭目はサマルトリアで逮捕されてしまい、盗賊団はばらばらになりかけている。それを立て直すために、どうしてもまとまった金がいるはずだった。
 アーサーは皮肉な目つきで荒くれどもを眺めた。サマルトリア、勇者の泉、ローレシア、そしてリリザと、彼はどういうわけか、土地で一番荒っぽいのに、“いい稼ぎになる仕事がある”ともちかけて、ここまで引っ張ってきていた。彼の明かした儲け話というのが、ローレシアの王子の誘拐だったのである。
 パーティスは荒くれ仲間を見回した。
「おれはやるぜ。降りるやつは降りてくれ。ここでわかれよう」
ざわざわと男たちは騒いだが、誰も辞めると言い出すやつはいなかった。
「よし、決まりだな」
唇に皮肉な笑みを浮かべてアーサーは言った。
「あいつは食事の後、外出するはずだ。そのときを狙うぞ」

 半信半疑で、パーティスと仲間は待っていた。アロイスという若者は、悠々と食事を済ませ、一度部屋へ上がると、ぶらぶらと下までおりてきた。
「ちょっと出かけてくる」
「もう、暗いよ、旅人さん」
宿の主人が言うと、アロイスは人のよさそうな笑顔になった。
「腹ごなしさ。いつも寝る前に素振りをやることにしてるんだ」
そう言うと、本当に一人で宿を出て行った。
「鴨ねぎとはこのことだぜ」
「なんか、うますぎねえか?」
パーティスは思わずそういった。
「どってことねえよ」
あいかわらず冷めた口調でアーサーが言った。
「あいつは毎晩素振りをやるよ。ご熱心だよな」
「なんでそんなことまで知ってんだ?」
「俺はやつのことなら何でも知ってんだよ。さあ、行くのか、行かないのか?」
くそ、とつぶやいてパーティスはアロイスの後を追った。
 アロイスは、宿の前の道を急ぐでもなく教会の方へ歩いていく。道具屋も武器屋も、よろい戸をおろして店じまいしていた。人通りはどんどん少なくなる。
 アロイスは、素振りをする広い場所を探しているらしく、教会の裏手へまわりこんだ。
「よし、行くぞ!」
教会の裏手は墓地ばかりで、人を襲うのにこれほど都合のいいところはない。パーティスたちは急ぎ足になった。
 建物の角を曲がると、青い服の若者が立ち止まるのが見えた。背中に負った剣帯をどっこいしょとおろし、無造作に剣を抜いた。
 アロイスはやおらふりむいた。
「もう、いいぜ?」
追われていることに、気づいていたようだった。
「度胸のいい王子様だぜ。申し訳ないが稼ぎのタネになってもらうぞ」
あごで合図すると、アーサーの選んだ荒くれどもが、アロイスを取り囲むように展開した。
「これで全部か」
アロイスは落ち着いた顔でまわりのごろつきを見回した。盗賊団の副頭目が、いやな笑い方をした。
「この大陸でも指折りのワルが集まってるんだ。あきらめな、坊や」
アロイスは、一度肩をすくめ、パーティスの背後に向かって話しかけた。
「本当に君の言うとおりになるとはね。たいしたもんだよ」
「見直したか?」
答えたのは、アーサーだった。
「おいっ」
パーティスはかっとした。
「やっぱりウラがあったか!てめえ、なにもんだ」
アーサーは皮肉っぽく笑い、わざとらしく片手を胸に当てて言った。
「改めて名乗ろう。俺はアーサー。サマルトリアの王子にして、魔法剣士だ。そこにいるアロイスとは、遠い親戚にあたる」
「王子様だぁ?」
パーティスと仲間たちは、思わず顔を見合わせた。最近の王子様は、サイコロもやるのか……?
 虚をつかれたために、わずかに油断した。その瞬間、細身の美しい剣をアーサーは抜き放ち、パーティスの喉もとにつきつけた。まばたきをするほどの時間でのことだった。
「居合いか!」
パーティスは絶句して固まった。
 アーサーは左手で腰のベルトから戦闘用のナイフを抜くと、刃を荒くれどものほうへ向けた。アーサーという剣士は、両手を同時に使えるらしい。
「さあて、夜は短いんだ、はじめるか」
アロイスはにやりと笑うと、両手持ちの大剣を構えた。人の良いお坊ちゃま風の表情がたちまちひきしまり、戦士のそれに変わっていく。
「来い!」
ごつい体つきの悪党がアロイスに襲い掛かった。サマルトリア北の山賊で、得物は大型の斧である。アロイスは剣をかざしてその肉厚の刃を受け止めた。
 火花が散るのではないか思うような金属音が響く。山賊は押した。が、押し返された。アロイスは、ふ、と笑みをもらすと、剣で斧を押し切り、同時に片足を高く上げて山賊の胸を蹴り飛ばした。
「ひいっ」
剣のひらで脳天を殴りつけると、山賊はその場に崩れた。
「次っ!」
ざっと剣を引いて、アロイスが吼えた。別の男が、長い槍を構えて突進していった。
「おっと、よそ見すんなよ!」
戦いの渦は別の場所にも起こっていた。アーサーだった。
 走る。実に身軽に彼は走り、ごろつきの群れの中へつっこんでいく。襲ってくる刃をナイフで受け、反対側の敵をレイピアで切り裂く。ツバメの敏捷さで向きを変え剣を振るうと、一人が肩から血しぶきを上げてのけぞった。アーサーはナイフの柄を唇にくわえ、自由になった手からその後ろの男に向かって火球を飛ばした。
「うわっちちち」
あわてた男が踊るようにして背中の火を落とそうとするのを見て、アーサーはくすっと笑った。
 すきあり、と見て、パーティスは自分の武器をかまえてアーサーの背中を狙った。前腕ほどもある刃渡りのドスが、得意な得物だった。
「食らえ、ガキがっ」
「おっと!」
狙いは綺麗にはずされた。アーサーはぱっと飛び下がってくすくすと笑った。
「不意打ちの礼をしないとな」
言い終わる前にナイフが飛んできた。パーティスは武器を叩き落されて呆然とした。
「ちくしょう」
パーティスはきょろきょろした。いっしょにリリザまで来た仲間で、重量級なのはすべてアロイスがしとめていた。遠距離攻撃のできるやつは、アーサーが倒した。パーティスは青くなった。
「さあて、どうしてやろうかな」
「おい、待て」
「なんで待たなくちゃならないんだよ」
残酷な子供のようにアーサーは笑った。
「さんざん悪いことやってきたんだろ?サマルトリアを荒らした盗賊団の情報屋のパーティス。ときには荒稼ぎもやったんだって?」
「なんで、そんな」
「盗賊団の頭から、おれが聞きだしたんだ」
「馬鹿な」
盗賊団の頭は肝の太い男で、こんなガキにすなおに白状するなどとは考えにくかった。
「おれがちょっとくすぐってやったら、あいつ、すなおに歌ったぜ?」
くすぐる、というのが拷問の隠語であることは、パーティスも知っている。パーティスはぞくぞくと寒気を感じた。
「賭博師パーティス。お前の指を全部落としてやったら、どんな気分?」
「ひっ」
そのとき、アロイスが剣を鞘に収めてやってきた。
「よせよ、アーサー」
「なんでだよ」
「今回の計画は、ローレシア、サマルトリア両国を荒らしている連中を一網打尽にする、それが目的だろう?」
「計画立てたのはおれだぞ」
アロイスは首を振った。
「いや、アーサーじゃない、アリス姫だ。そうだろう?」
ちぇっ、とアーサーは舌打ちした。
「妹がしゃべったのか?」
「ああ。全部教えてくれたよ。とにかく、そいつは見逃してやれ」
うへっ、とパーティスは言った。
「ありがてぇ。助けていただけるんで」
アロイスは、パーティスをまっすぐ見下ろした。
「今日はそうしよう。だけど、次にリリザに来たとき、あんたが悪事をやっていたら、そのときはアーサーにまかせるつもりだ」

 翌日のリリザは、前の日の夕焼けが予言していたとおりきれいに晴れ渡った。リリザの町の門の前は、行きかう旅人でにぎわっている。
「これで大陸を出発できるな」
旅支度を整えて、アロイスは空を見上げた。
 ムーンブルグ壊滅を知らせる兵士がローレシアへやってきたのは、一月ほど前のことだった。ちょうどそのころ、サマルトリアとローレシアでは、おおがかりな盗賊団が暴れまわっていたのだった。両国の共同作戦によって、盗賊団の頭目は逮捕され、その後始末も夕べ終わったところだった。
 アロイスは父王に、このままロンダルキアを目指す、と書状を送り、晴れて旅に出ることになったのである。
「そんなにうれしいかねえ?まあいい。じゃ、達者で。おれは帰るからな」
アーサーは軽く頭を振ってそう言った。
「何を言ってんだよ。君も来るだろ?」
「なに?」
「サマルトリアのことなら大丈夫。君の名前で書かれた“巨悪を滅ぼす志をたてたので同行する”って言う手紙を、今頃国王陛下が読んでいるところだよ」
「おれがいつそんなもんを書いた!?」
「アリス姫が書いたのさ。君の筆跡なら、簡単にまねができるって」
アーサーはうなった。
「おまえら、ぐるだな?」
「だって、断る理由がないだろ?いっしょに行こう。新しい土地、新しい敵、新しい武器。わくわくするだろ?」
言葉通り、顔が輝いているようだった。
「おまえはお気楽でいいよな」
にっこり笑ってアロイスはとんでもないことを言った。
「ぼくは一人息子だからね。でも、たとえアリス姫がサマルトリアの世継ぎの地位を狙っているとしても、君が王国に引きこもっている理由なんか、ないさ」
「てめえ」
アーサーは二の句が告げなかった。無邪気なツラしやがって、サマルトリアの内情をお見通しらしい。ぼんぼんに見えて、どうして大物かもしれない、とアーサーは思った。
「わかった、わかった。おれも行くよ」
「あてにしてるよ」
世にもうれしそうにアロイスは笑った。こんなめんどうなクエストに同行する気になったのは、アロイスのこの、なんとも無邪気な笑顔のせいだ、とアーサーは思った。
「ひとつ言っとく。アリスが狙ってるのは、おれの地位じゃない。おまえのだ」
「なんだって?」
「あいつは、ローレシア~サマルトリア連合王国の女王になる気だぞ」
「そりゃたいへんだ。さくっと片をつけて、早く帰らないと」
荷物を肩に背負い上げ、ゴーグルを手にアロイスは歩き出した。アーサーはためいきをついて後に続いた。
 長い冒険の始まりだった。