ロトシリーズ20のお題 16.裏技

 鉛を仕込んだ木刀を下げて、ローレシアのロイアルはゆっくり海岸を歩いてきた。昼過ぎから先ほどまで、一人波打ち際で剣をふりまわしていたのだった。
 ロンダルキアの攻略に、パーティはてこずっていた。フィールド上をうろうろしている雑魚が、雑魚のはずが、とにかく強いのだ。ロイの提案でパーティは一時撤退して、しばらく自分の技に磨きをかけることにしていた。
 あたりはそろそろ夕闇が訪れようとしている。町の門に近づいたとき、ロイは従兄弟たちの姿を見つけた。
 白いローブと赤い頭巾姿の少女、ムーンブルグのアマランスと、緑の祭服にオレンジのマントの少年、サマルトリアのサリューが、並んで海岸に立ち、海に向かってしきりに何かやっている。
 二人ともどうやら魔法を使っているらしい、とロイは思った。
「おい、修行もいいけど、そろそろ暗くなるぞ」
声をかけると、サリューが振り向いた。
「ごめん、あとちょっとやらせて。だんだんわかりかけてきたんだ」
アマランスが厳しい声を出した。
「集中して、サリュー!ここがむずかしいのよ」
ロイは正面へまわりこんだ。
「何をやってんだ?」
王女の手には、白く輝くガスの球体のようなものが生まれていた。サリューの手のひらには、青い縁取りのあるオレンジ色の……はっきりと炎だとわかる、なにものかがあった。
「いい?いくわよ」
「待って、アム、ベギラマが安定しないんだ……よし、できた」
「ロイ、危ないからどいて!せーの!」
ふたりは、魔法弾を前方に向かって押し出すようにした。二人とも、額に汗を生じている。二つの魔法弾は海の上を沖に向かってするすると飛び、軌道の交わるところでぶつかった。
 油の煮えたぎる鍋に水を入れたような、ばちばちという音が響き、一瞬、巨大な魔法の弾が出現した。
「やった?」
サリューがつぶやいた次の瞬間、それはふっと消滅した。
「だめだわ……」
アムはそう言って、袖で額の汗を拭った。サリューは肩を落とした。
「今の、何だ?」
「複合呪文ができないか、試していたのよ」
とアムは言った。
「真偽も定かでない伝説なんだけど、大昔の魔法の使い手には、複数の呪文を同時に発動できる名人がいたんですって」
「“メドローア”っていう呪文はね、メラ系の最大の呪文と、これは失われてしまったヒャドっていう系列の最大呪文を同時発動してできるんだって。その威力はものすごいらしいよ」
「ほかにも“マダンテ”っていう呪文が伝わっているの、名前だけね。だからロンダルキアのその奥へ乗り込むときに、そんな複合呪文が使えるようになっていたらいいなあと思って。わたしのイオナズンと、サリューのベギラマをかけあわせてみたのよ」
魔法使いの従兄弟たちは、口々に説明した。
「ほんの一瞬なら、できるんだけどね」
「あれじゃ、戦闘には使えないわ」
ロイはうなった。
「ま、なんだ、時代も悪いんじゃないのか?今は冬の時代だからな」
強力な魔法使いや僧侶が生まれなくなり、魔力を持ったアイテムから魔法が薄れていく時代にロイたちは生まれ合わせている。その申し子が、MP0のロイアル自身だった。
「とにかく帰りましょう。休まないと」
「そうだね。あとで、呪文大全にあたってみようよ。何か相性のいい魔法があるかもしれないし」
「やってみる値打ちはあるわね」
疲れきったようすのアムが、足を引きずって歩き出した。

 稲妻の剣は、木刀よりもはるかに重い。巨大な刀身を掲げてロイは上段に構えた。目指すはただ、ギガンテスの緑の巨体のみ。視界の半ば以上を覆う雪嵐の中でも、ギガンテスは目立った。
 ロンダルキアの大雪原を歩いてわたる途中、教会らしきほこらを遠めに見つけ、そこへ行こうと急いでいる途中で、運悪くギガンテス3体と遭遇したのだった。まったくのふいうちで、攻撃を集中されたアムが倒れた。
「サマ、ザオリクしてくれ!」
 雪嵐をついて叫んだ。王女の白い横顔は、目を見開いている。雪の上に、彼女の蒼白な唇よりもずっと赤い、熱い血が流れ出していた。
「MPぎりぎりなんだ。ザオリク前にもう一体倒して。そうしないと、またすぐ死んじゃうよ」
「わかった!」
ロイとサリューはみがまえた。
 その大きな体をひねるようにしてギガンテスはこちらを見て、ゆっくりこんぼうをふりあげてくる。だが、脇ががらあきだった。ロイは剣を構えたまま、でかい的に向かって走った。
「もらった!」
と思ったときだった。やわらかい雪のふきだまりに足をとられ、ずるりとロイはすべった。
「くそっ」
ギガンテスがにたにたと笑いながらこんぼうをふりおろしにかかった。血相変えたサマが雪を蹴散らして走りよってくる。ロイは思わず盾をあげて防御した。痛恨の一撃に見舞われたのは、その直後だった。
「ロイッ」
自分は死ぬのだ、とぼんやりとロイは思った。ものすごく痛くて、ひどく寒い。ぼやけていく視界の中心に、サマのべそかき顔があった。
「逃げろ」
「ロイ、今助けるから」
「MPぎりぎりなんだろ?逃げろ、ルーラで。お前は死ぬな」
舌がもつれる。そろそろかな、とロイは冷静に考えた。
「ぜったい、つかうなよ、あれは……」

 小さなベビルは、岩陰からその戦いを見つめていた。ロンダルキアへ通じる洞窟からハーゴン神殿まで定期報告に来たのだが、とちゅうで勇者の一行を見つけ、岩陰から出るに出られなかったのだ。
 一体のギガンテスがこんぼうをたたきつけた瞬間、ロイと呼ばれる戦士が死んだ、とベビルにはわかった。サリューと言うらしい若者が急いで駆け寄った。
「ロイッ、ロイッ」
つぶれたようなまぶたを半分だけ開けごぼりと血を吐き出して、ロイは言った。
「絶対、使うなよ、あれは」
「なんでこんなときに、そんなこと言うんだよ」
もう目を閉じて動かなくなってしまった彼をサリューはそっと雪の中におろした。
「こんなの、やだよ。あれを、メガンテを使っちゃだめかい?ぼくもう、死んでしまいたいんだ」
すすり泣いてサリューは、ロイともう一人の仲間ののなきがらに訴えた。
 ベビルは、ギガンテスたちのようすをうかがった。正直言って、巨人族はあまり頭がよくない。ギガンテスがパーティを全滅させてくれたら、うまく言いくるめれば、自分、ベビルの手柄にできるのではないか?ベビルは息を殺して成り行きを見守った。
 サリューは自分の前に立ちはだかる巨人たちを見上げた。
「そこを、どいてよ。でないと、ぼく、爆発しちゃうよ」
あれほど激しかったブリザードが、いつのまにかやんでいる。空には細い三日月が浮かび、白銀の大地を青く照らしていた。白絹のような雪原に醜い足跡をつけて、どっこらしょ、と、一体のギガンテスが動いた。
「頼むよ」
泣きそうな声でサリューは訴えた。
「ルーラで一人だけ逃げるなんて、できない。でも、メガンテは使えないんだ。ロイがそう望んだから。リミッターがなくなって、今なら使えるってのに」
 ぶうん、と棍棒が空を切った。サリューは危ないところで飛び退った。着地のときにバランスが崩れ、肩から背負い袋を落としてしまった。もう一体のギガンテスが襲ってきたが、また紙一重でかわした。
 サリューはよろめきながら立ち、奇妙な表情をしていた。自分をあざけっているような、泣きながら笑っているような顔だった。かろうじて、理性の糸一本がつながって、死なないように攻撃をかわしているらしい。
 もうすぐだ、とベビルは思った。糸がぷつんと切れればこいつはきっと自分から、逝く。
 半ばうつろなサリューの目が、雪原の上に転がった自分の荷物の上にとまった。ふたが開いて中身がこぼれている。地図、鍵、予備の武器、薬草類……。
 サリューの表情がかわった。目を上げて緑の巨人たちをにらみ、視線を雪原の上の荷物へ戻す。ベビルは首をひねった。それほど決定的なものがそこにあるようには見えなかった。
 巨大な棍棒が再び襲ってきた。サリューが飛び出した。もともと敏捷さにかけては巨人族は目も当てられない。そしてこの若者は、人間の範疇でもすばやいと言えた。
 走りながらサリューは、自分の荷物に片手を伸ばして何かをすくいあげた。光の剣。攻撃力はそこそこだが、要するに市販品である。
 雪原をスライディングしてサリューは後ろへさがった。ギガンテスが3体、のしのしと襲ってくる。ひと呼吸で鞘をはらい、サリューは光の剣を雪原につきたてた。
 なんの前ぶれもなく、光の剣の刀身が強烈に輝いた。ベビルは思わず、目を閉じた。その名のとおり、この剣には、敵の視界を奪い、幻惑するという効果がある。まぶたの裏を真っ白に焼くような光が薄れてくると、ようやくベビルはまわりが見えるようになった。
 ギガンテスの群れは、うろうろしていた。どこに敵がいるのが、わからないらしい。あいつは逃げたか、とベビルは思い、すぐにまちがいに気づいた。
 サリューはそこにいた。剣は雪の中に突き刺さったままだった。目を閉じ、祈るように両手を組み合わせ、しかも頭上高く掲げている。組んだ手をゆっくりとおろし、それが顔の正面へ来たとき、サリューはかっと目を見開いた。
 魔法を発動しようとしている。ベビルはみがまえた。ベビルは洞窟で、何度かこの一行の戦いを見たことがあった。パーティでもっとも恐ろしい呪文使いは、最初に死んだあの女だった。この若者が使うとすれば炎の魔法だが、大雪原では効果はかなり薄められてしまう。
 サリューは小さく唇をゆがめ、指を離してひじをぐっと後ろへ引いた。次の瞬間、手のひらを前に、一気に両手を突き出した。
「……ザラキ!」
ベビルは一瞬安心した。だいたい、ギガンテスにザラキが効くか?
 そのとき、緑の巨体が、動きを止めた。
「まさか!」
思わずベビルは口走った。ゆっくりとギガンテスは前後にゆらぎ、地響きをたててうつぶせに倒れ伏した。
「こんなばかな」
別のギガンテスが手から棍棒を取り落とした。何が起きたのかわからないといった顔で目をぱちくりさせ、そのまま雪原に沈んだ。最後の一体が仲間の後を追うまで、それほど時間はかからなかった。
「なんて悪運の強いやつだ!」
「偶然じゃないよ」
ベビルは悲鳴を上げた。真後ろに誰かがいる。サリューは、小さなベビルの襟首をつかんで持ち上げた。
「ぼくがいるのがわからなかった?きみにもマヌーサがかかってるみたいだね」
「くそっ」
ベビルはもがいた。
「呪文には、相性があるって知ってた?マヒャドとメラゾーマの間には、特別な関係があって、複合呪文メドローアになることができる」
「それがどうした!」
「まったくの偶然だけど、マヌーサとザラキの間にも、特別な関係があるんだよ。このあいだ、呪文大全で見つけたんだ。マヌーサのかかった敵には、必ずザラキが決まる」
「嘘をつけ!」
「じゃ、試してみよっか?君で」
わああああ、とベビルは叫んだ。
「やめろ、やめてくれっ」
くすっと笑ってサリューは手を離した。ベビルは全速力で逃げ出した。

 アムは、視界を覆うもやがゆっくり晴れていくのを感じた。
「あたし、ああ、生き返らせてくれたのね」
アムは起き上がり、目の前にいるサリューにほほえみかけた。
「ザオリクを使わせちゃった?ごめんなさい」
「ううん、世界樹の葉を一枚だけ持ってたから、それを使ったんだ」
「そう……ありがとう。ロイは?」
「痛恨の一撃で、ね」
サリューは雪の丘のすぐ向こうを指差した。
「あそこにほこらがあるみたいだからロイを連れて行こう。ぼくたちも休まないと」
アムは辺りを見回した。緑の巨人が三体、あたりにころがっている。絶命していた。
「これ、全部サリューが?」
「うん、まあね」
「凄いわ。なにをどうやったの?」
「後で話すよ。アムは、マヌーサ使えたよね?」
「ええ。ねえ、何の話?」
サリューは、くすっと笑った。
「ちょっとね。裏技の話」