ロトシリーズ20のお題 19.ゆうべはお楽しみでしたね

このお話はとんぼが前に書いたDQ2もののキャラを集めてみたものです。オリキャラ多数で楽屋落ちという、初めてのお客様にはおもしろくもなんともないシロモノですので、パスという方はどうかお題目次へおもどりください。

 光線によって黒にも灰色にも暗緑にも見える巨大な岩壁が海から立ち上がっている。アレフガルド多島海の中央に浮かぶイシュタル島は、島全体が巨大な岩山だった。その頂上には二人の魔王が居城とした古い、奇怪な城がその尖塔を見せて屹立していた。
  対岸にあるラダトームの市民はその姿を見慣れていた。ラルス王家が十数名の王を輩出するあいだ、竜王城はずっとそこにあったのだから。
  ラダトームの歴史は古く、市の境界線は時代によって多少異なっている。あるとき地下水脈が尽きて市内の井戸が枯れたことがあり、町全体が水を求めて東の方へ移動した時代があった。が、現在は東に延びた場所から元の西の方へ水道をのばして領域を広げ、ラダトーム城と再び隣接するようになっていた。
 ラダトームの老舗旅館、キメラ屋の若主人は店の前を掃除し終えてぐっと腰を伸ばした。文字通り城下町であるこの町は、かなりの旅人が訪れる。いっときモンスターの襲来により籠城体制立ったのだが、今は解除されて、ルプガナ~ガライ経由で旅人が訪れ、またマイラ、メルキド方面へと散っていくのだった。
「食事はどうだい」
大勢の女中や奉公人が客室を掃除している。奥の厨房では、夕食に使う食材が市場か ら運び込まれていた。
「もうすぐできますよ、若旦那」
料理人の頭がいそがしい手をとめずに返事をした。
「肉もバターも砂糖もじゅうぶんあります。うまい飯をご用意しますって」
「たのんだよ」
 キメラ屋の先代は、そろそろおまえも一人前だと言って長男に店をまかせるようになっていた。若旦那は毎日緊張して、だが張り切ってホテル業に励んでいる。忙しくなる夕方の前に自分で店の前から通りまで掃除をすませ、従業員のようすを確かめることにしていた。
「商売、商売」 
若主人はそうつぶやいて、何の気なしに城の方を眺めた。
 三人の旅人がやってきた。まだ若い男女だった。互いに仲がいいらしく、楽しそうにしゃべったり笑ったりしていた。
 白いローブに赤い頭巾の美しい娘が青い服の若者に何か言った。娘はそばにいた緑の服の若者に杖を預けると青の若者の首に両腕をまきつけた。若者はよっと声をかけて、娘の身体を横抱きに抱き上げた。
「案外、いけるじゃねえか」
ほら、と言って若者は、娘の身体を振り回すようにくるんと回転した。赤い頭巾の下から金の巻き毛がふわりと揺れた。
「でも、この状態でマイラの近くからここまで歩いたんだよ?」
「たいした体力だよな」
青と緑の二人はのんきに話し合っていた。
「私、思ったんだけど」
と赤の娘が言った。
「勇者アレフはローラ姫を城へお連れしたとき、道中モンスターにあったらどうしたのかしら」
 青の若者はとまどったようにきょろきょろした。
「腕が使えねえ、ってことは、剣がもてないわけか」
「魔法でやっつけたんじゃないの?」
と緑の若者が言った。
「おまえ、手を使わないで魔法出せるか?」
「う~ん、難しいかもね」
 おろして、と赤の娘が言った。地面に降りたって彼女は言った。
「第一、敵がベギラマ使いだったりしたら、目も当てられないわよ。姫もいっしょに魔法をくらってるはずよ」
「そう思うと魔法耐性のしっかりしたお姫様だねえ」
「しかも、メタルスライムはだしの防御力じゃない?」
「ただもンじゃねぇなあ」
三人があげる笑い声はなんだかとても暖かかった。
「じゃあ、考えられるのはひとつだな」
こうするだろ、と青の若者は言って両腕を前に出した。乙女を抱き上げているかっこうのようだった。
「モンスターが出るだろ」
緑の若者がモンスター役を買って出て、青の若者の前に立ちはだかった。
「スターキメラがあらわれたっ」
青の若者はうりゃっと叫ぶといきなり腕を天にむかってふるった。抱きあげられているはずの空想の乙女を、空に向かって投げあげたことになる。
「電光石火で剣を抜いて」
肩の後ろの柄をつかみ、青の若者は一呼吸でぬきはなって緑の若者に向かってふりおろした。
「攻撃!」
「あっぶないよ~」
身軽に剣を避けて緑の若者が笑った。
 青の若者はすぐに剣を鞘におさめ、空を見上げると空想の乙女が落ちてくるところを抱きとめた。
「で、姫をキャッチ」
 赤の娘が笑い転げた。
「モンスターが出るたびにローラ姫が宙を舞うわけ!?」
青の若者も大口開いて笑いだした。
「ただし剣がスカったら、姫が落っこちる!」
「ラダトームの見張りがいたはずだよねっ、誰より早くローラ姫のお帰りを知ったは ずだよ」 と緑の若者が言った。
「だってマイラの方を見てたら、一定の間隔で姫が空に飛びあがるんだもん」
「空中で、手、振ったりしてな」
赤の娘が笑いすぎでむせかけた。
「ラルス王家の姫たる御方が、そんな庶民的なまねをするなんて絶対ありっこないわ!」
むせながら主張する。
「空中じゃ優雅に回転してたのよ、きっと」
「さすが~」
 陽気な旅人たちは笑いながらキメラ屋へやってきた。
「ようこそ、旅の人」
キメラ屋の若主人はそう言いながら、思い当たることがあった。緑の若者と赤の娘の顔だちが、キメラ屋に昔から飾ってある絵の中の勇者と姫君によく似ていた。そして少し前、このラダトームがモンスターに攻められたとき城を守って闘ってくれた三人のロトの末裔のことは市民ならだれでも覚えている。彼らはロト三国の王族にまちがいなかった。
「3名様ですとひと晩12ゴールドになりますが」
少しどきどきしながら若主人は高貴な泊まり客を迎えた。
「団体を頼みたいんだが、部屋はあるか?」
と青の若者、ローレシアの王子ロイアルが言った。
「何名様で?」
「二十人くらいかな」
ねえねえ、と緑の若者、サマルトリアの王子サリューが言った。
「ぼくだけ妹をよんでいいの?」
「気にすんなよ。うちの親父は忙しいだろうし、ロナウドのやつの面をみたいわけじゃないからな」
「あの……例の婚約者ちゃんは来るかしら」
と赤の娘、ムーンブルグの王女アムが言った。
「あれは、なんだ、人数外だろ。赤ん坊だし」
ごにょごにょと相談の結果、25人で決定したようだった。
「宴会の用意を頼みたい。それと、みんなにはゆっくりしていってもらいたいんで部屋も」
宿の主はあわてて宿帳を繰った。
「男性のお客様に四部屋、女性様にも四部屋ご用意できます。ほかにバンケットルームでございますね」
「ああ、メシはたっぷりめで。酒もほしいな」
後ろから女将や料理人頭が顔を出している。目で大丈夫だ、と合図を受 け、キメラ屋の若主人は胸を張った。
「おまかせください」
にこ、とアムが微笑んだ。
「こちらは前金だったわね、昔から?」
そう言って、どっしり重たい金貨の袋を店のカウンターへ置いた。

 予約の入った当日、キメラ屋は市内の市場で大量の買い付けをして準備を始めた。
「キメラ屋さんは景気がいいね!」
市場でそう言われると、料理人はいそいそとゴールド金貨を取り出した。
「肉も魚もいいのをくれ。うちの若旦那が初めて受けた大口のお客なんだ」
 宿の内部でも女中たちが一生懸命掃除をしてベッドにシーツを敷き込んでいた。
「女将さん、リネンが足りません!」
「布団部屋を探してきてちょうだい」
 あまりの騒ぎに、ついに隠居所から先代の主人が顔を出した。
「いったい何の騒ぎだね」
若主人が咳払いをした。
「団体さんのご予約が入って貸し切りになりました。幹事さんは、ロト三国の王子様だと思います」
なにっ、と先代が叫んだ。
「間違いないか!?」
「たぶん、間違いないです。お顔も見たことがありますし、それにうちに飾ってある竜退治の勇者様とローラ姫様の絵に似ておいでです」
 先代は急にそわそわし始めた。
「たいへんだ、こうしちゃおれん」
ばたばたと隠居所へ戻ると、若い頃つくった服を一生懸命探し始めた。
「なんなんだ、いったい?」
若主人が首をひねっているあいだに、客が到着し始めた。
「いらっしゃいませ!」
箸が転がっても可笑しいような年頃の若い娘ばかり四人だった。
「宿帳をお願いいたします。おや皆様、ルプガナからお越しで?それは遠いところを」
彼女たちを出迎えたのは、アムだった。
「みんな、ひさしぶり!」
「アム!また綺麗になったわね?」
「ご招待ありがとう!」
店の中が急に華やかになった。
「え~、お邪魔いたします。キメラ屋さんはこちらで」
ひと目で行商人とわかる腰の低い中年男が入ってきた。
「あっしはポーリーというもんですが」
ロビーにいたロイがその男に気づいてやってきた。
「よっ」
「ロイさん、じゃなくて、王子様じゃねえか!」
「ロイでいい。よく来てくれたな」
「たまたまアレフガルドでキャンプしてましてね。いやあ、おなつかしい」
「ほかの連中はどうした?」
「へえ、まだ、外に」
ちょうどキャンプのメンバーが何人か店に顔をつっこんだ。
「みんな、入れ、入れ」
初老の戦士と小太りの料理女がまず入ってきた。
「ガレス、アリサ!元気そうだな」
「こりゃ、あんた、王子様」
たったっとサマルトリアの王子が来た。
「ぼくもいるよ!」
アリサと呼ばれた女が気づいて両手を広げた。
「マール!」
「サリューだよ~」
そのままぎゅっと抱きしめて、二人とも笑いながら互いに肩をたたいていた。
 また入り口が開いた。若い貴婦人が三人、供を従えてやってきたのだった。そのお供を見て、キメラ屋の若主人はあれっと思った。
「コーネリアスさんじゃないですか」
やあ、とラダトーム城のまだ若い警備隊長は、はにかんだ笑顔を見せた。
「サマルトリア王家のご婦人方がこちらを探しておいでだったのでお連れしたんだ」
二人の若い女がうれしそうに言い合った。
「おかげで助かったわ!」
「ラダトームの殿方はみなさんご親切ね?」
サリューが走って出てきた。
「シーラ、カーラ、それにサリーアン!」
三人目は、まだほんの少女だが、サリューにそっくりだった。
「お兄ちゃん!」
まるで離ればなれになっていた恋人同士のようにがばっと抱き合い、兄妹はすりすりと顔をこすりあわせた。
「よく来たね~」
「おに~ちゃ~ん!」
ちょっと、ちょっと、と貴婦人の一人がその肩をつついた。
「サリーアン一人を旅に出せないから、あたしたちがつきそいで来たのよ?」
「お礼を言ってほしいわけじゃないんですけどね?」
やっと王子は妹を放した。
「シーラもカーラもありがとう!ロイとアムは知ってるよね。ほかのみんなに引き合わせるからこっち来て!コーネリアスさん、おひさしぶりです。今晩はあけてもらってるんですよね?」
警備隊長コーネリアスは人の良さそうな顔に笑みを浮かべた。
「私もごいっしょしてよろしいのでしょうか」
ロイが大きくうなずいた。
「あたりまえだろ。それと、あいつを連れてきてくれたか」
コーネリアスは斜め後ろを見た。ラダトーム城の警備隊の制服を着た男がおずおずと進み出た。
「若様方、おひいさま、お久しぶりです」
「サシチ!」
サリューが飛び出した。
「よかった、心配してたんだよ」
サシチは警備隊にしては目つきの鋭い陰のある男だったが、サリューに話しかけられると口元をゆるめた。
「おかげさんで、こちらの組……じゃなくて警備隊に加えていただきやした」
「サシチのことについては、こちらからお礼を言います。いい新人を紹介していただいてありがとうございました」
コーネリアスが言うと、サシチは赤面してぷいっと横を向いた。
 ロイはにやっとした。
「扱いづらそうだが、本当に大丈夫か」
「根はいいやつなんですよ。わたしも警備隊の連中もサシチにはずいぶん助けられています」
アムが口を挟んだ。
「魔法はどう?どんなのを覚えたの?」
サシチは今度こそ、赤くなって身を縮めた。
「その、ホイミとか……」
「ちょっとオロチの兄さん、あなた、僧侶系だったの?!」
「へえ、お恥ずかしい」
「てっきり攻撃魔法かと思ってた」
「それが、柄にもなくベホイミとかスクルトとかばっかりあっしは相性がいいらしくて」
サリューが無邪気に笑った。
「きっとそれがサシチさんの柄だったんだよ」
 客はあとからあとから入ってくる。宿の女中が部屋へ案内していっても、ロビーはなかなか人が減らなかった。
「すみません、あの」
今度やってきたのは、慎ましい衣装の町の娘だった。制服の警備隊長や艶やかな貴婦人などがいるのを見て、一瞬立ちすくんだ。
「ご予約のお客様で?」
「あたし」
そのときサリューが彼女を見つけて大きく手を振った。それだけで娘は自分を立て直したようだった。
「ベラヌールで青海館という宿をやっております、シンディともうします」
では、同業者らしい。シンディは迎えに来たサリューに微笑みかけた。
「私のこと覚えていてくださったんですね、お客さん」
「ここでお客さんはヘンだよ~」
人なつこくサリューは笑った。
「遠いところをよく来てくれたね。ぼくが病気の時はお世話になったから、今日はそのお礼代わりと思って」
「そんな、もったいないです。でも旅ってしてみたかったから、すごくうれしい。お母さ……女将も、よその宿に泊めていただくのもいい経験だよって」
 そのとき、すぐ後ろにいた客が声をかけた。
「同業の方ですか」
貫禄のある壮年の男の声だった。ロビーにいたサシチがびしっと直立した。
「マイラで宿を営んでおります、センゾウともうします。青海館のシンディお嬢さん、キメラ屋の旦那さんにも、よろしくお見知り置きください」
ジパング風のキモノに手甲脚絆長脇差しという旅人姿の男が入ってきて、菅笠を取って丁寧に挨拶した。その後ろから若い衆が飛び出した。
「オロチの兄貴、お久しぶりですっ」
よろよろとサシチが前へ出た。
「センゾウ親分、それに、シンタじゃねえか……あんときゃ、悪かったな……」
「何言ってやがるんでぃ、あのサシチの兄貴がそんな……」
シンタと呼ばれた若い衆は、泣き笑いの顔になった。
「このあいだからあっしもマイラの賭場で壷を振らせてもらってます。そうなって初めてどれだけオロチの兄貴が凄い壷振りだったかわかりやした。ううっ……」
まあまあ、とサリューがなかに入った。
「つもる話は、あとでたっぷりとね。みんなで宴会だし、そのあとも一晩語り明かせるようにしてあるから」
センゾウは素直に頭を下げた。
「サマルトリアの若旦那には、気を使っていただきまして」
「いえいえ、こちらこそ。あのね、あのとき持って帰った竜の卵、ちゃんとかえったって知ってますか?」
「そうなんですかい?そりゃめでたい」
いよう、とロイがやってきた。
「育つまで五百年くらいかかるそうだけどな」
ごひゃくねん?とセンゾウとシンタが声をそろえて聞き返した。そのとき、後ろから誰かが声をかけた。
「いや、もっと短い。三百年ほどでよかろう」
まだ高い子供の声だった。
 入り口から黒づくめのなりをした少年がはいってきた。従者らしい男が腕に幼児をかかえていた。
「竜ちゃん、ひさしぶりだねっ」
サマルトリアの王子に言われて、少年はいやな顔をした。
「それは私のことか?」
と、竜王の曾孫、小竜王は言った。
「しっぽ姫、大きくなったねえ」
黒い巻き毛で頭をおおった一歳半ぐらいの小さな女の子は、きゃい!と叫んで紅葉のような手をつきだした。サリューはその手をにぎってやった。
「もう自力で歩けるぞ」
「本当は一歳になってないよね」
「うむ。赤子のころは、人間よりも成長が早いようだ」
じぶんもまだ子供じみた小さな竜王は自慢げに言って胸を張った。
「リカント、姫をおろしてやれ。ここならば大丈夫だろう」
「は」
従者が赤ん坊を床へ降ろすと、しっぽ姫は歓声をあげてよたよた走り出した。居合わせた女性たちは、全員一斉に同じ反応をみせた。
「きゃー、かわいい!」
よってたかってしっぽ姫を取り囲み、抱き上げ、ほおずりし、頭をなで、かわいがっている。
「おめめ、金色ね~」
「角がちっちゃ~い」
「しっぽもかわいい。おリボン結んでいいかしら」
「あら、笑った!」
「前歯のてっぺんがぎざぎざでチューリップみたい」
「ほっぺ、つっついていい?」
しっぽ姫は注目を浴びるのがうれしいらしく、機嫌良く笑い、あちこちに愛想をふりまいた。
「婚約者ちゃんにはオートミールと果物を用意してもらったけど、大丈夫かな」
サリューが言うと、小竜王は意外そうな顔をした。
「おまえは竜族をなんだと思っているのだ?生肉でよいぞ。あの子はいつもそうだ」
「え、そうなの。厨房へ話つけなきゃ」
 しっぽ姫は、男たちも取り巻きに巻き込んでいた。
「赤ちゃんの竜ってのは初めて見ますが、かわいいものですね」
「あれ、あの庭石だったんですかい?信じられねえな」
 そのとき入り口がそっと開いたのだが、ほとんど誰も気づかなかった。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか」
新来の客は貴族の若者とその従者のようだった。贅沢な衣装を身につけ、堂々とした態度で宿の中を珍しそうに眺めていた。
「ローレシアのロイアル殿下にお招きを受けたものだが」
「殿下はただいまいらっしゃいます」
キメラ屋の者が厨房までロイを呼びに行った。が、ロイはめんくらった顔になった。
「ええと、失礼だが、尊名をうかがっていいだろうか」
幹事も呼んだ覚えがないようだった。
 貴族の若者は表情を変えた。
「ご記憶にないとは残念だ」
知らせを受けてほかの幹事が集まってきた。
「え、お客様はもうだいぶお見えのはずよ?あとはこのラダトームのエセルリー様とトール殿、あとはええと」
アムが頭のなかでリストを探しているとき、後ろから小走りにサリューが来た。
「ラゴス君だっ、それにケトゥ!元気そうだねっ」
ぱっと若者は笑った。
「やっとわかったか!っとにもう、ひと目で見破れってんだよ。こんな肩の凝る芝居をやらせやがって冗談じゃねえぞ」
お育ちのいい上品な雰囲気がぶちこわしだった。ごきっと音を立てて貴族の若者に化けていた男は首をまわした。
「こいつわざわざ金払って貴族の服を借りてきたんだぜ?バカはよせって俺はとめたんだけどな」
従者の役をやっていたケトゥがぼやいた。
「だってよー、サマルトリアの王子様に久々のお目見えじゃねえか。すっぴんで出てくるなんて失礼はできねえよ」
なんだ、なんだ、とほかの客たちが集まってきた。
「なんだ、おまえ、ラゴスか」
すっかりかつがれたロイがぼやいた。
「あんた、あのときの盗賊ね?ふざけたまねしてくれたわね」
アムにすごまれてケトゥが小さくなった。
「ほらみろ、ラゴス、このお姉さんが怖ぇから、来るのよそうって言ったじゃねえか」
じろっとアムは腕を組んで盗賊コンビをにらみつけた。
「誰もそんなこと言ってないでしょ?こっちが呼んだんだから」
「ですよねーっ」
脳天気にラゴスは言い放ち、さっと注意をルプガナの娘たちに向けた。
「やーっこんにちわっ。どこから来たの?みんなかわいいなあ。こっちは?え、サリューの従姉妹と妹さん?驚いた、そっくりだ」
あっという間に女性客のなかにまぎれこんでしまった。
「ラゴスって言いましたか?」
おぼつかなげにコーネリアスが言った。
「国際指名手配の盗賊と同じ名前だが」
「あっ、それ、おれです、おれ。よろしくっ」
ラゴスはわざわざふりかえって手を振った。明るい返答にコーネリアスの表情が微妙になった。
「あれがうわさのラゴスとはね」
土蜘蛛のセンゾウもつぶやいた。
「渡世の道はいろいろだが、変わったやつもいるもんだ。まあ、いい機会だ、ラゴスの兄ぃ、マイラのセンゾウという者でござんす。よろしくお見知り置きください」
「こいつはご丁寧に。おれはラゴス、こっちは相棒のケトゥ、売り出し中のけちな野郎ですが、土蜘蛛のセンゾウ親分にはどうかよろしくお引き回しを」
ラゴスはセンゾウのことを承知しているようだった。
 キメラ屋のスタッフがロビーへやってきてもったいぶって告げた。
「宴会場の準備ができました」
幹事たちがしゃきっとした。
「よーし。サマ、みなさんを席へご案内してくれ。アム、ご婦人方を頼む。宴会を始めようぜ!」
いそいそと客がロビーのあちこちから集まってきた。
「やっと呑めるな。はるばる来た甲斐があったぜ。って言っても、なんの宴会なんだか俺まだ聞いてねえけどな」
とケトゥが言った。
 えっ、という声が集まった客の中からあがった。
 互いに顔を見合わす者もいた。
「やだ、知らなかったの?」
えっ、えっ、と情けない顔でケトゥはあたりを見回した。ラゴスが近寄り、乱暴に耳を引っ張って耳打ちした。
「てめぇ、こっぱずかしいまねをすんなよ、このラゴス様の相棒がよっ」
「な、なんなんだよ~」
ラゴスは相棒の後頭部を手のひらでつかむようにして、隣の宴会場の壁の方向へつきだした。
「よっく見ろ!」
そこには横断幕がかかっていた。
「祝、wii版ロトシリーズ発売!!」

 パーティは賑やかに始まり、終始笑い声で満たされていた。厨房は熱気と騒音のるつぼとなり、次々に料理が運ばれて行った。たっぷりめ、と指定された食材は見事に客の胃袋へ消えていく。
 夜も更けてやっと祝賀会がおひらきになったとき、若旦那はじめキメラ屋の従業員一同、心底ほっとしたのだった。
 翌日の出発は遅めとあらかじめ幹事から言われていた。貸切でもあったので次の日の朝、若旦那はゆったりとした気分でロビーに現れた。
「お父さん、早いですね」
驚いたことに隠居が朝っぱらから宿のカウンターに陣取っていた。現役時代の服を着込み、ひげをきれいにあたってあった。
「うっかりお帰りを逃してはキメラ屋の名折れだからな」
「はぁ?」
「お客様はどうしてる?」
「早い方はもう朝食を取っていらっしゃいますが」
「そ、そうか」
 午前中の時間がゆっくりすぎていった。やがて、客たちが帰り支度をしてぞろぞろロビーへ集まってきた。
 昨夜の宴会は幹事を共通の知り合いとしている者たちの初顔合わせだったらしいのだが、この宿で互いに知己を得たらしい。姫君と宿屋のお嬢さんと大商人の孫娘がお互いに抱きしめ合って別れを惜しんだり、その土地へ来たら立ち寄る約束をして住所を書いた紙片を交換する男たちが見られた。
 もちろん三人の幹事も知り合いみんなに再会を約束し、また無事を祈ってもらっている。ほのぼのとした旅立ちだった。
 そのときだった。こほんとせきばらいをして、キメラ屋の隠居がカウンターの正面の位置に着いた。
「みなさま、ご満足いただけましたでしょうか」
ロイが振り向いた。
「ああ!世話になったな」
「よろしうございました。皆様、」
隠居はにんまりと笑った。
「夕べはお楽しみでしたね?」