ロトシリーズ20のお題 3.ラーミア

 染みひとつない巨大な白い殻に、小さな亀裂が入った。ごくりとつばを飲み込んで、人々は見守った。
 はっきり、コツコツ、という音がして亀裂が広がった。やがて、かすかな音を立てて卵の殻が割れ、鮮やかな黄色いくちばしが姿を見せた。
「ラーミア!」
「しずかにっ」
くちばしは殻をつつき破ろうとしているようだった。
 レイアムランドの風は身を切るようだった。が、勇者の一行と、二人の守護の乙女は、じっと誕生の瞬間を待った。
 亀裂が一気に殻の表面を走りぬけた。卵殻の上半分が突き上げられるようにして後ろへおちる。次の瞬間、神鳥の雛が、ほっそりした姿を現した。
「よみがえりました!」
「よみがえりました!」
線のような目が、震え、ごくわずかに開く。同時に赤みがかっていた体に羽毛を生じた。
 初めは白いもやもやしたものに覆われているようにしか見えなかった。だが大気にさらされて、羽毛は急速に成長し、淡い藤色を帯びていく。
「きれいじゃん……」
武道家のクイーンが、うっとりとつぶやいた。
「でかいな!」
戦士キングがうれしそうに言った。
「卵がでっかかったから、まあ大丈夫だとは思っていたんだが」
賢者ジャックが肩をすくめた。
「えさ、どうする?」
 勇者は答えなかった。じっと、ラーミアの変貌を見守っていた。
 ラーミアはもう、雛ではなかった。細いと見えた体は、立派な羽毛に覆われている。頭の後ろに優美な飾り毛が生え、すんなりと伸びた。尾羽が長くなり、その中にひときわ長く美しい羽が数本まじっていた。
 翼は力強く、そして華麗だった。見る見るうちに色味を増し、品のある紫色に変わっていく。
 瞳は完全に見開かれた。緑色の丸い、大きな目には、明らかに知性の輝きがあった。
 6つのオーブの呼びかけにこたえて、霊鳥ラーミアがこの世に再び姿を現したのだった。
 守護の乙女たちは口々に言った。その目が涙で濡れていた。
「伝説の不死鳥ラーミアは、よみがえりました。ラーミアは神のしもべ。心正しき者だけがその背に乗れるそうです」
キングとクイーンは顔を見合わせた。
「聞いたとおりだ、ジャック」
「悪いわねえ、あたしたちだけ」
ジャックはむっとした顔になった。
「おまえらだって、ついこのあいだまでお笑いやってたじゃねえかよ」
「お笑いは心正しくたってできますっ。第一、あたしら賢者崩れだもん」
「盗賊上がりと一緒にしてもらっちゃ、困りますがな」
「てめえら、見てろよ?」
ジャックはラーミアの前に飛び出した。
「おい、そこのでっかいチキン!おれの顔を覚えろよ。賢者ジャック様だ。いいな」
ラーミアは、ゆっくりと頭を回してジャックの顔をのぞきこみ、不思議そうに目をぱちぱちさせた。
「待たんかい!」
キングが割って入った。
「アリアハンのコメディ王、キングこと、戦士のきんさんとは、わいのことや!」
「同じく相方のクイーン。よろしくたのんます」
ラーミアは首をかしげた。そして、ゆっくりと立ち上がった。
 ぐっと背を伸ばすと、その大きさはだれの目にも明らかだった。神殿の天井に飾り毛が触れそうになる。
 しっかりと爪の生えた足が卵の殻から出てきて、石の床を踏んだ。
「よ~し、そのままこっちこい」
ジャックが言うと、元遊び人コンビが反対側から呼んだ。
「かわいい小鳥ちゃん、パパとママはこっちやで~」
きょろ、とラーミアの視線が、双方を見比べた。
 両方とも、こっち、こっちを連呼している。ラーミアが動いた。歩行に慣れていないらしい。体がふらついている。
 一歩、また一歩。
「ラーミア……」
守護の乙女たちも、とまどっているようだった。
「こんなにうるさい人たちだとは」
「こんなにうるさい人たちだとは」
「思いませんでした」
「思いませんでした」
 まだ自由にならない足で、ラーミアは進んできた。そしてジャックのいる方角を無視し、遊び人コンビの方へも行かなかった。
「ということは」
「ということは」
 ただ一人、先ほどから無言のままだった人物がいた。勇者トリトは、巨大な美しい鳥が生れ落ちた瞬間から、まるで心を奪われたようにじっと見つめていた。
 おぼつかない足取りは、次第に確かな、しっかりしたものに変わっていく。ラーミアはひたすら自分を目覚めさせた若者をめざしていた。
 ついにラーミアはたどりついた。優美な首をさしのべ、勇者の黒髪にくちばしをそっとこすりつけた。
 トリトは、丸い緑の眼にじっと見入った。
「ラーミア?」
神鳥は生まれて初めてその長大な翼を広げ、大きく羽ばたいた。
「ラーミア」
 勇者は、両腕を神鳥の首に回し、そっと抱いた。巨大な鳥はおとなしくうずくまり、トリトに首の羽毛を撫でられるままになっている。ラーミアは無言だったが誰の目にも選択のなされたことは明らかだった。
“あなたについてきます。どこまでも…”