ロトシリーズ20のお題 2.MP0

 最果ての大地は、白く、厳しく、容赦がない。地平線は紫にかすみ、足元から冷気が吹き上がってくる。
 激しい吹雪の通り過ぎたあとの純白の雪原を、よろめきながらすすむ人影があった。
 二人の男と、一人の女、そして、一個の棺桶だった。
「ムオルは、どっちだ」
 頭からすっぽりかぶる貫頭衣の男が、杖を雪原につき、苦しそうにつぶやいた。両手で杖にすがって、やっと立っているような状態だった。だが目つきは厳しく、生への執着も闘志も、まったく失っていないようだった。はっ、はっ、と荒い息をするのにあわせて、真っ白な呼気が口元から吐き出されてくる。
 傍らにいた女が、いきなりがくりと膝をついた。体こそマントで覆っているが、胸もとの広く開いた袖のない服の若い女である。ろくに手入れもしていない金髪が乱れているのが、むしろなまめかしいほどだった。
「どうした、クイーン!」
「限界みたいだわ」
苦しそうにクイーンは言った。悔し涙がその目に光っていた。
 もう一人の男がクイーンの肩をそっと抱いた。
「おれもだ」
「キング、弱気になるな!」
最初の男が叱咤した。
 キングと呼ばれた二人目の男は、最初の男と同じ服装だった。三人とも、赤い石をはめたサークレットを額につけている。キングは首を振った。
「ジャックには、わからんだろう。おれはもう、だめだ」
「ちょっと待てよ」
ジャックは一度息を継いだ。
「確かにおれたちは賢者に転職してまもない。経験値稼ぎにちょいと無理もやった。それは認める。おかげで勇者は棺桶の中だ。だが、ムオルって町が、この近くにあるらしい。たどりつきさえすれば こいつを生き返らせてもらえるはずだ」
「転職か」
たそがれかけた空を見上げて、クイーンはつぶやいた。
「ダーマ神殿を出てから、どれだけたったのかしら。あのころがなつかしいわ」
キングも、目で一番星を追った。大柄な体格の、はっきりした目鼻立ちの若者だったが、疲労がその顔に色濃くにじんでいる。男らしい、渋い声で、キングはクイーンに言い聞かせた。
「よせよ。あともどりはできないぜ?お互い、納得づくだったはずだ」
一人、ジャックだけは、憮然としてつぶやいた。
「おれは納得してねえ」
「そうか?」
「せっかく悟りの書を手に入れたのに、おまえらには無用だった。だからって、なんでおれが賢者にならなくちゃならねえんだよ」
「勇者は転職することを許されてないからよ」
「あ~そうかい、女賢者さま。ちくしょう、気楽な盗賊暮らしが恋しいぜ。おれはもともと旅の途中でトリトの路銀をかっぱらって夜逃げをするつもりだったんだ。それを……」
ジャックは、ぼやきの大部分を自分の胸にしまいこんだ。最後に残ったのは、自嘲の言葉だった。
「はっ。とどのつまりが、こんな北の荒野で賢者三人雁首そろえてMP0ときたもんだ」
キングは天を仰ぎ、空しい笑い声を響かせた。
「キング、最果ての荒野に散る、か。芝居の題にしては景気が悪いな。いっそ、口笛でも吹くか」
そのとき、クイーンの手が上がった。手の甲がぺち、とキングに当たる。
「あんたが口笛吹いたら、魔物がくるじゃない」
 キングは硬直していた。
 クイーンは、自分の言ったことに驚いたように、目を見開いていた。
 自分の手を、もう片方の手で握り締め、よろりと立ち上がった。
「裏拳、これよ、この感覚。あたし、まだツッコミができる……キング!」
キングは感動も露わに彼女の手をとった。
「おれのボケに、おまえがツッコミ入れて、ああ、遊び人のころと何も変わっちゃいない」
「転職してからずっと顔をきりっとさせていて、もう限界だったの」
「ボケ魂が燃え上がる!おバカやってもいいんだよな?」
「賢者だからって、まじめぶっこいてなくていいのね?」
「誰かおれに、いや、わいに、はりせんをくんなはれ」
「あたしに、ピコハンをちょうだい!」
二人は手を握り合ったまま、天を仰いだ。
「笑いの取れる賢者コンビ、ジョーカーズ、誕生!」
思わずジャックは叫んだ。
「てめえらの限界ってのは、それかよ!」
「ナイス、ツッコミ!」
「ジャックはん、すじがええなあ」
勇者が生き返ったら、とジャックは思った。絶対こいつらルイーダの酒場へ送り返してやる!
「誕生したばかりで悪いが、回りをよく見ろ。全滅かもしれないぞ」
薄闇の雪原に、赤い目がいくつも光っている。デッドペッカー。巨大な頭からすぐ足が生えているような、奇怪な姿の鳥型モンスターだった。
 ジャックは賢者の杖をかまえた。
「逃げても、連中の方が早いだろう。ここは腹をくくっていくぞ」
「おう!」
「まかせて!」
妙に元気のいい応答に、ジャックはふと違和感を覚えた。
 いきなりクイーンがデッドペッカーの群れの前に飛び出した。杖を雪の中に突き刺すと、びし、と指をさしつけた。
「頭が高い!」
 レベルの高い女遊び人の特技、“女王様ごっこ”である。デッドペッカーたちは、面食らったような顔で動きを止めた。
「わいの番や。ほらほら~、お手玉見てって~」
 ああ……ジャックは頭をかかえた。勇者が天に選ばれて、で、賢者は神に選ばれたんじゃなかったのか?見た目も決して悪くはない。それが、一人はうれしそうにお手玉しながら歌い踊り、もう一人はけだるく髪をかきあげて化粧直しをしている。
「くそっ、おれだけでも」
気を取り直して、一番近くにいたやつを攻撃した。
「あたしもっ」
クイーンが杖を構えてつっこんでくる。どうせ転ぶだろう、と思っていたら、やはり彼女はお約束に忠実だった。
「きゃあっ」
その手を離れた杖が飛び出していき、デッドペッカーの目玉につきささったのだ。会心の一撃。ジャックは呆然としていた。
 それからあとのことは、ジャックにとって悪い夢の中のようだった。エンカウントするたびに、お笑い賢者コンビ・ジョーカーズの独演会が始まるのだ。これがまた、信じられないほど強かった。
 ムオルへたどりついたのは、だから偶然でも僥倖でもなく、実力だった。
「MP0で雪原を行かせるなんて、悪かったな」
棺桶から出てきた勇者トリトは、ジャックにそういった。
「今は、呪文が使えないと、困っただろう」
ジャックは、皮肉な笑いを浮かべてしまった。
「いや、そうでもなかったぜ?」
「本当か?」
いつもまじめそうなトリトの顔が不思議そうな表情になる。ジャックは心の中で笑いをこらえた。こいつにお笑い賢者コンビを見せてやったときが、見ものだぜ。
「本当さ」
ジャックはつけくわえた。
「手に職はつけておくもんだな」