ロトシリーズ20のお題 12.ふくびき券

 宿屋のお向かいの道具屋では、店の主人が倉庫から麻袋を運び込んでいるところだった。若いおかみさんは庭ぼうきを握って、かいがいしく店の前を掃き清めている。
 もうすぐ、朝一番に町を出て行く旅人たちがいっせいに道具屋へ足を運んで薬草類を買い込むころあい、道具屋にとっては稼ぎ時なのだった。
 品物を並べる台は、若おかみがきれいにふきあげた。薬草15G、毒消し草8G、などと書いた小さな立て札の前に、乾燥させた草の葉を重ねていく。キメラの翼はいくつも束ねてはじっこを紐でくくり、後ろの壁の釘にひっかける。そして、教会から仕入れてきた聖水は、ガラスのこびんに詰めて棚の中にきちんと並べておく。
 朝の日差しがガラスの縁にあたって、きらきら輝いていた。
「もう開いてる?薬草が欲しいんだけど」
「へい、らっしゃい!」
最初の客がやってきた。あとから列ができていく。主人が品物を数えてわたし、おかみがにっこり笑ってゴールド金貨を受け取った。
「まいどありがとうございます。感謝の印に、福引券をおつけしますね」
そう言って、花の絵のついた券を差し出した。
「ああ、すまないね」
町の商店街が発行している福引券は、あちこちの町で使えるので人気が高かった。
「お次のお客様」
 次の客は青い服を着た若い剣士だった。
「ええと、薬草を三個、あと、聖水を二個くれ。毒消し草いるか?」
聞かれたのは連れらしい少年だった。彼は首を振った。
「ぼくはもう大丈夫だけど、ロイは?」
「念のため一つ持ち歩くか。じゃ、毒消し草もひとつ」
「はい、まいど」
おかみは薬草類と聖水のびんをふたつ若者に手渡した。
「おっと」
片手で背負い袋を開け、中へ入れようとしている。
「あの、福引券をどうぞ」
若者は不器用そうに背負い袋を扱いながらおかみの方を見もしないで答えた。
「いいよ、いらねえ」
「だめだよ!」
連れの少年が大声で言い、片手を差し出した。
「ぼく、もらいます」
「なんだよ、そんなもん、どうするんだ?」
「どうするって、ロイ、知らないの?」
「何を」
「福引券」
「……なんか、知ってないとだめなのか?」
おかみはおずおずと声をかけた。
「あの、福引所で使えますよ?いろいろな町にありますから、お楽しみください」
ロイという若者はまだきょとんとしていた。
「フクビキジョ?」
「後で説明したげる!ほら、行こうよ、こんでるから」

 サリューは自分の荷物の中から、重ねて二つ折りにした券の束を取り出した。
「4、5、6、で、これで7枚か。わ~い、たまった」
 天気のいい一日になりそうだった。午前の早い時間から気温がぐんぐん上がっている。店の外、街路樹の下に平たい石があるのを見つけてサリューはロイをつれてきた。木陰でサリューは荷物を開けた。
「いい年をして、わ~いはやめろ」
ぶすっとした顔でロイは言った。
「怒らないでよ。説明するから」
サリューはさきほどつけてもらった券を取り上げた。
「これを福引所へもっていくと、福引の機械を一回まわしていいの。一回まわすと、マークが三つ出るから、三つ同じか、二つ同じのがそろったら、景品がもらえるんだ。わかった?」
う~、とロイがうなった。
「なんでおまえ、そんなことを知ってるんだ」
俺だって知らないのに、と、ロイはぶつぶつ言った。
 ロイことロイアルはローレシアの、サリューことサーリュージュ・マールゲムはサマルトリアの、れっきとした第一王子である。下々に混じって買い物をするなどという体験は、めったにないのが普通だった。
「小さいころからぼくも妹もときどきリリザへ連れてってもらうことがあったんだ。そのとき、町の理事の人が券をくれて、福引をさせてくれたんだよ。ぼくは薬草しかあたらなかったけど、妹は祈りの指輪をあてたんだ」
「祈りの……なんだ、関係ねえや」
「ぼくは、ほしいな。だから福引券をもらえるときは必ずとっといたんだ。知ってる?一等をあてると、ゴールドカードがもらえるんだって」
「なんだそりゃ」
「持ってると、お店の品物をちょっと安く買えるカードだよ。武器とか鎧とか、新しいの買うの好きでしょ、ロイは?」
「そりゃそうだけど」
「ね?だから、福引券おろそかにしちゃだめだよ」
「うう」
「わかったねっ?」
「わかったよ」
サリューは立ち上がった。
「じゃ、行こう」
「どこへ」
「福引するんだよ、もちろん」

 店の奥の階段をのぼっていくと、けっこう広い部屋に出た。商家と同じようにカウンターがあり、その手前に何列も客が並んでいる。妙に興奮したようすで、期待にあふれているようだった。
 カウンターの上に並んだ機械からは、がらん、がらんと絶え間なく音がしている。そのたびに“あ~あ”とか、“やった~”とかの声があがった。
「どの機械がいいかな~」
「同じだろ?」
「ロイは黙ってて。あ、あれがいいや。後ろの景品の棚がすいてるから、よく当たるんだ、きっと」
いそいそと福引の順番を待つ列に並んだ。ふん、ふん、と鼻歌が出た。
「そんなに楽しいか?」
「楽しいよ?」
福引係に福引券を7枚全部渡して、サリューは円筒形の機械についたハンドルを握り、勢いよくまわした。
「はい、はずれ。残念でした」
「まだまだ!」
最初の二回は、はずれだった。それから薬草があたり、次に星が二つでて福引券を手に入れた。そのあとはずれが重なった。
「はい、水のマーク三つで、魔よけの鈴ね」
サリューはためいきをついた。
「やっぱり、だめか~」
ロイはあきれたような顔で見ていた。
「もういいだろ?いきなりは当たらないようにできてんだよ、こういうもんは。帰ろうぜ」
「なんでサリーアンは指輪をあてたのに、ぼくは鈴どまりなんだろ。運が悪いのかなあ」
浮き浮きしていた分だけがっかりして、サリューは帰りかけた。
「お客さん、まだ一回ひけるよ?」
「え?」
「見てなかった?最後のヤツで、福引券を当てたでしょう」
「あ、そういえば」
だが、サリューはためらった。
「どうも運が悪いみたいだから、ぼく、いい」
「そう落ち込まないで。じゃ、お連れさん、どうですか?」
サリューは手を振った。
「ロイ、やって」
ロイは舌打ちをして戻ってきた。
「めんどくせえなあ。ほら」
器械がこわれそうな勢いで、木のハンドルをぐるんとまわした。マークが威勢よく動き出した。
 ひとつめ、月。ふたつめも、月。
「あれ?」
サリューは息を詰めて三つ目のマークを見守った。マークの流れは次第に遅くなってきた。水、星、太陽、命、星、命、そして、月が現れた。
「そこでとめてっ」
ゆっくりと月がおりてくる。
「月が三つなら、魔道士の杖だっ」
かたり、と音を立てて月がならんだ。
「やったっ」
サリューが叫んだ瞬間だった。月は震えながら沈みはじめた。
「そんな!」
サリューの見ている前で月の上からおりてきた命のマークが、月を蹴落として三つ目の枠におさまった。
「あ~っ、あとちょっとだったのにっ」
「惜しかったですねえ、お客さん」
サリューはロイの顔をのぞきこんだ。
「ほら、こうなんだよ。あたりそうで、あたんないんだ。でも、あとちょっとだったね」
ロイは福引器械のハンドルから手を離した。
「これ、はずれなのか」
福引係りが、真新しい福引券を一枚差し出した。
「まあね。はい、残念賞です。またおいでください」
「しょうがないよね、ロイ。帰ろう」
ロイは福引券を受け取った。
そして、ぐっと握り締めた。
「もう一回、やる」
「ロイ?」
ロイの眼が、すわっていた。
「こつをつかんだんだ。もう一回やれば、絶対に当たる!」
「ほ、ほんと?」
ロイは、びしっと券を係りに差し出した。
「親父!もう一回だ」
「は、はあ、どうぞ」
闘志を満々とたたえた顔で、ロイはハンドルを握った。

 ムーンブルグのアマランスは、雁首並べた王子たちの上に、冷たい視線を走らせた。
「どういうつもりなの、いったい?この、荷物はなに?」
袋の中には、大量の薬草、毒消し草と福引券が入っていた。
 ぼそぼそとロイが答えた。
「いや、その、福引券、もらうのにはコツがあって」
アマランスの眉があがった。
「ホイミもキアリーできる状態なのに、福引券が欲しくてこれだけ買いこんだってわけ?」
サリューがおそるおそる言いかけた。
「ち、ちゃんとお金も稼いでるよ?ぼくたち……」
「お黙り」
白いローブの腕を組んで、アマランスは宣言した。
「今度から福引券は全部私が管理します」
「そんな!」
「文句、あって?」
「ないです」
二人の福引マニアは、厳しい王女の前に、なすすべもなかった。