ロトシリーズ20のお題 8.廃墟

 やがて砂漠は、町を飲み込んでしまうだろう。
 それは、だれの目にも明らかだった。
 毎日少しづつ砂が廃墟へ吹き込んでくる。すでに町の西側の家々は、美しい風紋のある砂丘と化していた。
 砂は町を覆い、ふりつもっていく。
 家が、道が、広場が、樹が、容赦のない砂粒の侵略になすすべもなく、立ち尽くしていた。
 砂鼠やはげ鷹と言った砂漠に住む生き物さえも、この町へは近寄らない。そのかわり、蛇の尾を持つ巨大な怪鳥、キメラの群れがこの町を根城にしてあたりににらみをきかせていた。
 かつては町の広場だったらしい場所がある。中央には、枯れ井戸がひとつ。広場の名残をとどめるのは、周辺に残る家の基礎部分と、わずかなレンガ壁だけ。砂に覆われてじゃりじゃりする石畳には、キメラたちの羽毛が大量にちらばっている。
 中に赤みがかったものが混じっていた。色変わりしたその羽は、キメラ族の長老、スターキメラのものだった。
 鋭い鍵爪と獰猛なくちばしの、恐るべきモンスターである。井戸のかたわらにスターキメラは力なく横たわっていた。
 つぶれている、と言った方が正しい。翼は奇妙な方向に捻じ曲がり、首から胸にかけて黒っぽく乾いた血のりをまとい、白目を向いて絶命している。
 スターキメラが頭を向けているのは、一軒の家、あるいはその残骸だった。かろうじて間取りはわかるものの、屋根はなく、壁は崩れ、見るも哀れな姿になっている。ほどなく、砂嵐に襲われてその下へ埋没する運命と思われた。
 だが、家の背後には、砂に抵抗するかのような、大きな樹が一本植えてあった。
 町がまだこの地方の旅人の重要な中継地点だった時代には、夏、涼しい木陰を提供しただろうと思われる。太い枝は八方に伸び、葉が茂っていればさぞ姿がよいはず、と想像するのは容易だった。
 大木の根元に、人影があった。それは、動かなかった。鎧姿の若者である。
彼がいるのは、家……つくりからしておそらく商家、の裏庭だった。明るめの曇り空の下、蒸し暑い空気の中、若者はかすかに胸を上下させるだけだった。
 背中の上半分と首を大木の根方に預け、ぐっすりと寝入っているようだった。使い込んだ鎧は、めちゃめちゃに傷ついている。鋭いカギ爪に引っかかれたと思しき傷や、切れ味の良い刀で斬りつけられたような跡があった。
 左手の先には、丸い盾が転がっている。これは鎧と対照的に、鏡のようになめらかだった。誰かがのぞきこめば、顔が映るに違いない。
 そして右手の指は、まだかろうじて剣の柄にふれている。だが、剣自体の重さに引かれて、指は伸びきっていた。
 剣の持ち主は、眠りこけている。ついに最後の指から剣の柄が離れた。石畳の上に重い剣は落ちて、耳障りな音をたてた。
 動くものはなかった。
 静寂が戻ってきた。
 剣はひっそりと転がっている。剣の先には、奇妙なものが積み上げられていた。
 黒い鎧である。騎士用の甲冑一式を、誰かが無造作にその場へ積み上げたようで、下の方には盾も剣も見えた。
 その傍らに、大きな宝箱が置いてあった。箱は泥だらけだった。たった今、掘り出されたらしい。こびりついた泥がたちまち乾いて砂に覆われていく。宝箱の蓋は、すでに開け放たれていた。
 雲で蓋をして蒸しあげたような奇妙な天気だったが、わずかな雲の隙間から偶然一筋の光が差し込んだ。
 光はまっすぐに宝箱の中身を照らし出す。数百年ぶりの太陽光を浴びて、箱の中から反射が返った。
 すべてが色あせたような砂漠の廃墟の中の、信じられないほど美しい、青い輝き。ブルーメタルである。
 金の縁取りを施した華麗な鎧一式が宝箱の中に納められていた。
「ん、ん……」
眠っている若者が、小さくつぶやいて首を振った。
 彼は、疲れきっている。彼のために約束されたその鎧を手に入れるために、まずスターキメラと、それから悪魔の騎士と、死力を尽くして戦わなくてはならなかったのだ。
 そして、ユキノフの店の裏側から、宝箱を掘り出し、蓋を開け、そこで精根尽きた。
 勇者は眠っている。今だけは許される、安逸な眠りをむさぼって。
 廃墟の町、ドムドーラの、昼下がりだった。