ロトシリーズ20のお題 10.ロトの剣

 松明の明かりで足元を照らしたとき、勇者アレフは、違和感の正体を知った。
 竜王城の内部は、第一階層だけは豪華な城の体裁だったが、地下に広がるダンジョンは、荒削りな石の床でできていた。壁も石造り、というよりも、硬い岩盤をむりやりぶちぬいたようなありさまだった。
 戦闘用のブーツで歩くと、しょっちゅう石くれだの魔物の骨だのにぶちあたった。むろんその中には、彼自身が倒したモンスターの死体も混ざっている。
 すでに何度も歩いた道を今日もアレフはたどっていた。入り組んだ迷路あり、地底の大広間あり、さまざまだが、アレフは必要なら松明なしで歩けるほどダンジョン内部に精通するようになっていた。
 しかし今日に限って、地上へ戻ろうとして間違った階段を上がってしまったらしい。見慣れない通路を進んでいくと、奇妙な小部屋へ出た。
 靴裏に感じる質感が変わったのは、そのときだった。
 ごつごつした岩床ではない。ラダトーム城謁見の間とまでは言わないが、床はなめらかだった。松明を下げて足元を見ると、岩が溶けて黒光りしているのがわかった。
 ここは強烈な炎で岩を溶かして作られた、特別な小部屋なのだ。少し考えてアレフは苦笑した。竜王のブレスに決まっているではないか。
 松明を掲げてアレフは部屋の内部を観察した。かなり天井が高い。中央に、宝箱がひとつ。
 一歩近寄って箱がうなっていることにアレフは気づいた。コォォォォとでも言うような、細かい高い振るえ声で、箱が、いや、おそらく箱の中身がうなっている。
「竜王はこんな部屋まで作って、何を隠したんだ?」
好奇心も手伝ってアレフは松明を壁の窪みへ差し込み、宝箱に近寄ると膝をついて蓋を押し上げた。
 白熱の光が目を焼いた。
 思わず顔を背ける。
 中から、飛び出すものがあった。さっと身構え、片手で半ば目を覆って、指の間からその正体を探った。それは、中空に浮いていた。
 黒光りするドーム天井を背景に、それは輝いていた。すさまじい光輝が薄れていくと、やっと細部が見えるようになった。アレフは手を下ろし、うっとりと見とれた。
 抜き身の剣である。無反り両刃の、両手持ちの大剣。刀身は長くなめらかで輝かしく、さぞかし名のある名工が鍛え上げたものと思われた。
 柄は滑らないように線刻を刻んだ細身のものだったが、刀身と柄の間に剣士のこぶしを守るための、つばがついている。鮮やかな黄金色の半円形で、中央には赤い石がはめこまれていた。
 金の象嵌細工だろう、その部分は翼を広げた鳥の姿に見えた。
 アレフは目を疑った。なぜ、精霊ルビスの紋章を刻んだ剣が、竜王の城にあるのか。アレフは手を高く伸ばした。
 届かないか、と思ったとき、剣のほうからアレフの手に寄り添い、その指の中へ吸い付くように収まった。
 その瞬間の、奔流!
 激痛とも灼熱ともつかないものが、いきなりアレフの中へ流れ込んでくる。
“起きなさい。今日はお城へ…”
“いっときの美しさが、何になりましょう”
“船が押し戻されそうになったら、これを掲げて”
“返り討ちにしてくれるわ!”
“ここはアレフガルド。朝の来ない国だよ”
“これは、私の愛の証です”
アレフは剣を握り締めた。
「ロトの、剣だ……」
勇者ロトの記憶が鮮明に蘇り、輝きを放ってすぐに消えた。
 アレフは荒い息を吐きながら、ゆっくりと剣を持った手をおろし、目の前に構えて、しげしげと見つめた。
 息を呑むほど美しく、力強い気を放っている。剣は再び使い手を得て、歓喜しているように見えた。
 あ、は、とアレフは笑った。
「そうか、おまえ、戦いたかったのか」
こんなところに閉じ込められて、ぼくを待っていたのか。そう思っただけで、かぎりなく愛しくなる。
「ぼくは勇者ロトじゃない。一介の、元僧侶見習いだ。それでもいいのかい?」
コォォォォと剣がうなった。
「ありがとう」
アレフは剣を構えて、空を切った。ぶん、と音がする。生まれたときから握ってきたもののように、ロトの剣は手にしっくりとなじんだ。
「よし、いっしょに行こう。待っていろ、竜王!」
全身の血が一気に沸き立つ。先祖の遺産、新しい相棒をひっさげて、勇者アレフは、最後の戦いに向かって走り出した。