ペルポイの癒しの歌 7.地底の湖

 その日、宿へ帰ってから、たっぷりとケトゥは絞られた。そして、あらいざらい、しゃべらされたのだった。
「もう、何も隠してません」
アムは、息も絶え絶えに何度もケトゥがそう主張してやっと解放してくれた。
 一度放り出すと、アムはもうケトゥには見向きもしてくれなくなった。ラゴスはどこにいるのか?町の一番下には何がある?罠だったらどうする?灰色ケープ軍団にラゴスの伝言を話すべきか?いとこ同士三人で熱心に話し合っている。ケトゥは完全に蚊帳の外だった。
 最後にはリーダーの決断で灰色どもには何も言わずに、つまり支援なしで町の一番下へ行ってみることに決まった。
 豪華な鎧は脱いで旅人の身軽な支度に着替え、だが薬草はたくさん持っていく。彼らは慣れているようで、さっさと準備をすすめていた。
「行きましょう」
白いローブに杖を携えただけでアムが先頭に立った。
「待ってよ」
すぐあとにサリューが続いた。
 最後にロイが出てきた。二、三歩歩いてからケトゥのほうを振り向いた。
「どうした、来いよ?」
「え?」
 顔をあげると、ロイと目があった。その向こうにサリューが笑いながら立っている。いつものようにつんつんした顔だが、アムもちゃんと足をとめて、ケトゥを待ってくれているようだった。
「行ってもいいんですかっ?」
「そのために来たんだろ?ラゴスに会うために」
ケトゥはロイの笑顔を見上げた。
「そうです、おれ、そうです!」
ケトゥは一息に飛び出した。

 牢獄へ行くために乗った昇降かごは官用だったが、深い竪穴であるペルポイ市には、ほかにいくつか民間の乗り合いかごがあった。どの階にもかご乗り場があり、たいていは暇そうな年寄りがその番をしている。降りる客のためにかごの扉をあけてやること、運賃を取って客をかごに乗せ、外から扉を閉めて鍵をかけることが仕事だった。
「はい、おひとり様、5ゴールド」
超大型の鳥かごに乗り込むと、がたんと音がしてかごは下に向かっており始めた。
「やっとわかったよ。このかごの仕組み」
とサリューが言った。
「役場の前であったあの女の子が言ってよね。魔石どうしがくっつきあう力を使ってるって。たぶんこのかごもそれで動いてるんだと思うな」
「つまり、上下で鎖をひっぱってる人間や動物はいないってことだな」
「たぶんね」
「とことん、石の町なのね、ペルポイは」
ケトゥたちは鉄格子の向こうでペルポイの町並みが上に向かって動いていくようすを見ていた。
 何度か乗り換えを繰り返して下へ向かううちに、ケトゥたち以外の乗客はみんな降りてしまった。あたりの景色も変化してきた。昨日の牢獄と同じ深さの階層なのだろう。立派な家や商店が姿を消し、どことなく暗く、みすぼらしくなってきた。
 普通の都なら大通りから離れた裏町か、橋の下ってとこだな、とケトゥは思った。ラゴスやケトゥが生まれ育った、ある意味なじみのある環境である。
「金持ちは上、貧乏人は下か。わかりやすいっすね、この町は」
「でも、お宝は一番下にあるんだよね」
「お、ついたか?」
 かごは人の住んでいる最後のフロアの床へ向かっていく。だが、かごひとつ入る大きさの穴を抜けてさらに降下した。
 がたんと振動が来た。昇降かごが、最下層へたどりついたのだった。かご番はいなかった。サリューがかごの鉄格子の間から手を伸ばして、自分で鍵を開けた。扉を開けて出たところは、奇妙なフロアだった。
 さきほど床に見えたのは町一つ分のスペースを覆う床板だったようで、今は天井だった。ペルポイの太陽、光る巨石の放つ光とぬくもりは届かない。真っ暗のはずだが、あちこちに置かれた光る石がぼうっと光を放っていた。
 薄暗い空間は迷路めいていた。三人が降りた場所はフェンスとフェンスではさまれた通路のようなところだった。
「なんの音だ?」
ロイが言った。鍛冶屋の仕事場のような音が絶え間なく聞こえてくる。規則正しく振り下ろす槌や上下に動かすふいご、そんなものが薄闇のフェンスの中にいくつもあるようなやかましさだった。
 たっとサリューが目の前にあるフェンスをつかんでのぞきこんだ。
「魔石だっ」
 フェンスの中は空き地だった。広い、普通の町の中央広場ほどもある空き地に、大きな岩が安置されている。それに向かってもう一つの魔石が突進してきた。轟音と震動が来る、と思って身構えた瞬間、真下から板が突き出された。魔石はいきなり勢いを失った。かと思うと、反対の方角にある魔石へ向かって突っ込んでいく。よく見ると巨大な魔石はレールの上に乗せられ、その上の直線を動くようになっていた。
「どうなってんだ」
「さえぎるものがあると、くっつきあう力を失うんだ、あれ」
とサリューが言った。その眼がらんらんと輝いて魔石の動きを見つめていた。
「ほら、あっちに板が出る。そうすると今度はこっちへ来る!」
絶妙なタイミングで板を突き出すことで、魔石を左右に振っているのだった。
「そして魔石の動きは、あそこへ伝わる」
動く石は丈夫なレバーで上にあるからくりにつながれている。その運動はピストンに変換され、さらにいくつもの歯車に伝わっていく。
「あっちにも、そっちにもある。役場の前で会った子が言ったことを覚えてる?ここはペルポイを支える力を生み出している場所なんだ」
ケトゥたちが立っている場所を中心に、魔石エンジンはいくつも見受けられた。
「あれはたぶん巨大なふいごにつながってるんだ。この町の換気システムだよ。あっちは、ああ、わかった。開閉弁につながってるみたい。水はあれで汲みあげてるんだ」
興奮してサリューはしゃべりまくっている。ケトゥはあっけに取られていた。
「あのう、サリューさん?」
「なにっ?」
「ときに、ラゴスのやつはどこにいるんでしょう?」
「えっ?」
完全に忘れていたようだった。
「そういえば、いないね」
「なあ」
とロイが言った。
「これがペルポイの宝なのか?」
「ぼくにはそう見えるけどね。役場の前で会った子はペルポイの古い人たちがからくりを作ったって言ってた。これがそれかあ」
サリューの目はうれしそうにあちこちを見回している。
「いいなあ。ぼく、これ全部調べてみたい」
「あとにしろ、あとに」
アムがせきばらいをした。
「サリュー、ラゴスがいないってことは、ここはまだ一番下じゃないってことじゃないの?」
見て、とつぶやいて指し示す方角には、小さな扉があった。大規模なからくりの合間に細い通路があり、そのつきあたりである。
「あれ。あっちにもドアがある」
「よく見ろ!八方だ」
 かごの昇降場所は、フロア全体の中心だったらしい。そこを中心にからくりは同心円状に配置されている。通路は八方に広がり、通路の先にはすべてにドアがついていた。
 アムはちらっとケトゥの方を見た。
「どれなの?」
「俺に言われても」
と言いかけて、ケトゥはふと気付いた。ドアのひとつに、よく知っている記号がついていた。翼を広げた神鳥ラーミアを図形化したしるし、ロトの紋章である。ブルーメタルで作られたのは、今までに鎧一領、盾一具、兜一具。
「あれです、たぶん」
へえ、とサリューがつぶやいた。
「ラゴスくんはじらすのうまいね」
むしろうれしそうに言ってサリューはその扉へ向かった。

 扉の先はトンネルだった。意外に広く、4人が横一列に並んで歩けるほどの幅がある。床も滑らかだった。ところどころに光る石の塊が置かれ、歩くのに不自由はなかった。
「この通路、何なのかしら」
「たぶん、坑道じゃないかな」
とサリューが言った。
「ペルポイは石の町だっていうけど、今まで鉱山は見当たらなかった。あのからくり部屋から四方八方へドアをつけて、それぞれ別の坑道につながってるんじゃないかな。特産の光る石、動力源の魔石、玉鋼の砂鉄、プラチナ、ミスリル、そして」
サリューがトンネルの先を抜けた。
「ブルーメタル」
その声があたりの空間にこだました。
 竪穴の町や地底の動力フロアを抜けてきて、なんとなくその下も閉じ込められた狭い空間のような気がしていた。
「なんだ、こりゃ」
大海原へ突き出した崖の上だとこんな気分だろうか。壮大な地底の湖の湖岸に彼らは立っていた。
 ケトゥは振り向いた。4人の背後にばかでかい塔が立っていた。一番上は首をそらしても見えない。外壁は土でも石でもなく、密集した歯車である。外側から見たペルポイだった。
「すげぇ」
いちいち自分の声が響いた。
「なんでこんなに明るいの?」
アムがささやいた。
「見ろ、海が光ってんだ」
 見渡す限りの水面が、確かに輝いている。それは大きな氷の塊のような淡い水色で、この広大な空間を仄明るく照らしていた。
 波がざざざ、と音を立てた。普通の海なら、かもめくらい舞っていてもおかしくないのだが、ケトゥたち4人以外に生き物はまったく見当たらなかった。
「ここ、地面の底なんだよな」
「ええ。そのはずなんだけど、不思議」
 自然に4人は浜辺を歩き出していた。風がどこかにあたるらしく、ときどきびゅうびゅうと鳴った。
「これ、人が作った道じゃないかな」
静寂を破るのを恐れるかのように、小声でサリューがつぶやいた。
「自然にできたんじゃないよ」
「どこに続いているの?」
「あそこだ。祠じゃねえか?」
行く手に建物の影が見える。とがった屋根の形を見るとそれはたしかに祠のようだった。
 祠の内部はそれほど広くはなかった。祠の内壁は漆喰だった。三面の壁にはそれぞれ古拙な絵が描かれていた。どれも厚い布を身体に巻きつけた女性像だった。一人は歌を歌い、一人は水晶の椀を捧げ、もう一人は手に薬草を下げている。近づくにつれて、祠の中に誰かが立っていることがわかった。
「ラゴス」
ラゴスは独りきりだった。ケトゥが呼ぶと、振り向いて薄く笑った。
「よう」
なんだかさびしそうに見えた。
「おまえがラゴスか?」
とロイが言った。
「やっと会えたな」
ラゴスは仰々しいしぐさでおじぎをしてみせた。
「これはこれは、ロト三国の王族の方々」
豪華な宮廷にふさわしいようなしぐさが、この地底の湖の岸辺ではひどく空虚だった。
「ブルーメタル鉱山へようこそ」
ケトゥはあたりを見回した。
「えっ、どこかに坑道の入口があるのかよ?」
「露天掘りっていうんじゃないの?」
とサリューが言った。
「ぼくたちが立ってるこの地面、この湖、たぶん全部ブルーメタルでできてるんだ」
ケトゥは息をのんだ。周囲に満ち溢れる蒼いうす明りを見回した。
「これ全部?あの青い砂粒と同じもんでできてんのかっ」
「精製前のブルーメタルはこんな薄い色なんだって。防具にするために鍛えるとあの綺麗な青になるんだよ」
ラゴスは自嘲のこもった笑い声をたてた。
「あんたがサリューだよな?こっぱずかしい話なんだが、聞いてくれよ。世にも貴重なブルーメタル鉱山を目の前にして、天下の怪盗ラゴス様が立ち往生だ」
「なんでだ?」
とケトゥが言った。
「ふところに詰め込めるくらいの分量だって、ブルーメタルなら外へ持ち出せば凄い値がつくんじゃねえのか」
「それがよ。詰め込めねえんだよ」
「あ?つるはし忘れてきたのか?」
「忘れてたのはブルーメタルの硬さだよ。つるはし程度で砕けりゃ世話ねえや。サリュー、あんた、なんかやり方を思いつかねえか?」
「あのね、人の手じゃだめなんだ」
と真面目な顔でサリューが言った。
「ぼくん家に伝わってる伝説だとね、天の神々が許して初めて、人々はブルーメタルの武具を作らせてもらえたんだって」
アムが肩をすくめた。
「もともと人の手に負えるものじゃないのだわ。ロトと呼ばれた勇者のための鎧が鍛えられたとき、大地の神ガイア御みずから地の底の炎を地上へ導いて鎧鍛冶に提供してくださったそうよ」
「ああ、ブルーメタルを鍛えられる火力は、人間には作れねえ」
とロイが言った。
「古くから生きてるドラゴンの、しかもうんと位の高いのならガイアの炎並みの息を吐けたかもしれないが、あいにく一番活きのいいのは俺の先祖が殺っちまったんだ。悪いな」