ペルポイの癒しの歌 6.ラゴスからの手紙

「ええっ」
ケトゥはつい大声を出した。静かな役場のなかで視線が一斉に集中した。
「だってそんな」
ゆうべそのラゴスが自分のところにやってきたというのに。
「たいしたことなかったようですな、噂のラゴスも」
自慢らしく聞こえないように気を使っているらしいが、その役人が鼻高々なのがよくわかった。
「ちょっと待ってくれ、本物のラゴスか、それ!」
役人がこちらを見た。少し気分を害しているようだった。
「僕たち、ラゴスに聞かなくてはならないことがあるんです」
とサリューは言った。
「面会は許されますか?」
 役人はちょっと後ろを向いて、もう少し年配の、上司らしい灰色ケープと何事か話し始めた。その上司が、サリューやロイのいでたちをじろじろ見ているのがわかった。
「ロトの紋章を身に帯びた方々を、ペルポイは信頼しましょう」
ひどくもったいぶって若い役人は言い、大きな鍵束を上司から受け取って、ついて来い、という合図をした。
 修道院めいた役場のすぐ外から、彼らは上下移動するかご型の昇降機に乗ってフロアをいくつも降りていった。
 深い竪穴という立地条件だからあたりまえなのだが、下の階層には光が届きにくい。そのせいかなんとなく薄暗い気がした。
 樹木が減り、家がみすぼらしくなる。開いている店の数が少ない。そして住人は無気力にすわりこんで、ケトゥたちを乗せたかごが移動するのをただ見ているだけだった。
 さらにかごは降りていく。もともとペルポイは地下にあるというのに、かごの停まったところはペルポイの標準でも地下深くだった。顔を一生懸命上げてもはるか頭上でペルポイの光る巨石の輝きがどうにかわかる程度である。
 石造りの建物の前に来ると、灰色のケープをつけた者たちが迎えにやってきた。上の階にいた役人よりも頑丈な体つきで男性ばかりだった。
「ペルポイの牢獄へようこそ」
中の一人が事務的にそう言ってケトゥたちを招いた。こいつら看守なんだ、と思い、ケトゥは居心地が悪くなった。
「囚人は?」
鍵を持った役人が聞いた。
「おとなしくしています」
と看守が答えた。
「あまりペルポイの話はよそじゃ聞かないんだが」
とロイが言いだした。
「思ったよりも凄ぇな。神出鬼没で名高いラゴスをとっ捕まえるなんて。おれたちは探しまわるのを覚悟してきたんだぜ」
「兵士一般の水準が高いようですわね」
アムも同調している。美女に褒められて気分がいいのか、看守はちょっと胸を張った。
「後学のために聞いておきたい。どんなふうにしてあいつ、捕まったんだ?」
「失礼ですが、ラゴスを過大評価していらっしゃるのでは?」
と看守の男が言った。
「三日ほど前、盗みに入った先でその家の者に見つかって逃げ出したところをペルポイの兵士たちで取り押さえただけです。」
くそっ、とケトゥは唇をかんだ。いったい何がどうまちがってラゴスの奴そんなヘタうちやがったんだ?
「うかがってもよろしいかしら?」
「なんなりと、レディ」
「ラゴスというのは、どんな男なのですか?」
「雲を突くような大男を想像しているとがっかりしますよ。細身ですばしこく悪賢い男です。顔だけは人懐っこいですがね」
看守の言う人相はまさにラゴスそのものだった。が、いくら似たタイプでも絶対別人だ、とケトゥは思った。そう思いたかった。
「人懐っこいの?盗賊が?」
「あれは、コソ泥であり、詐欺師なのです。レディを見ると言葉巧みに同情を買おうとするかもしれませんから、気を付けてください。おべんちゃらも得手のようですから」
 彼らは牢獄の奥にやってきていた。長い廊下の両側に囚人房が並んでいた。そのひとつの中へ看守は呼びかけた。
「ラゴス、いるか?」
返事はなかった。
「お前に面会だ、出てこい」
ケトゥは牢獄の中をじっと透かし見た。
「なあお役人さん、あんたらのラゴスってのは、透明なのかい?」
「そんな馬鹿な」
 あわてた看守がいきなり入口を開けた。そこは独房だった。意外に清潔で、隅には寝台まで置いてあった。が、人っ子一人いなかった。
「きみっ、どういうことだっ」
ケトゥたちを案内してきた若い役人が看守を怒鳴りつけた。
「こんなはずは」
ほかの看守たちも集まってきたが、みんな呆然としていた。
「バカな」
「今朝、起床時の点呼のときは、確かにやつはいました!」
「ほら、朝食の残りがそこに」
「くそっ、いったいいつのまに!」
 思わずケトゥは笑いだした。
「俺たちがラゴスを過大に評価していらっしゃったわけじゃねえみてえだな、役人さん方」
射殺されそうな視線が八方から飛んできたがケトゥは気にしない。めっぽう気持がよかった。
「あっさり脱獄か。たいしたことねえな、ペルポイの監獄も」
「きみっ」
いきりたった役人の前にすっとアムが入り込んだ。
「こんなことをしている場合ですか!内部を捜索すべきです」
看守たちはやっと最初の驚きから抜け出そうとしていた。
「今なら手掛かりがまだ残っているかもしれないわ」
「おっしゃる通りです、レディ」
看守が数名監獄の内部へ入っていく。他の者は口々に何か言いながら捜索のようすを眺めていた。
「ま、できすぎだとは思ったよ」
ロイがその騒ぎにまぎれて小さく言った。
「ラゴスってやつのうわさが本当ならな。おまえの兄貴分、わざと捕まったんじゃねえか?」
視線を動かしてこちらを見て、ロイは薄く笑った。
「それだけじゃないよね」
とサリューが言った。いつのまにか、ケトゥのすぐ隣にいたのだった。
「さっきケトゥさんはラゴスが捕まったってこと、最初っから全然信じてなかったでしょう。相棒の実力を信じてるから、にしても、ちょっと変だと思ったんだけど」
口調は軽い。だが、ケトゥは背筋が寒くなった。
「あらサリューったら、まるでこの人が、ラゴスの本当の居場所を知ってるみたいなこと言うじゃない?」
アムがそうつぶやき、そして三人して、ケトゥの方を見た。同じ笑みが唇に浮かんでいた。
「あんたら、昨夜、起きてたのか」
やっとケトゥは真相を悟った。こいつら、タヌキ寝入りかよ、そろいもそろって!
「ぼく、枕が変わると眠れないんだ」
虫も殺さない顔でサリューが言った。
「いや、俺は寝てたぞ?」
しれっとロイが言った。
「で?昨夜って何のことだ、ん?」
知ってる、絶対に知ってる。ケトゥは一生懸命顔を横に振った。こちらを見るアムが、いつのまにかサリューの細身の剣を手にしている。
「ちくしょう、吐きますよ。けど、ここじゃあ、ちょっと」
大騒ぎしているとはいえ、看守たちに囲まれて監獄の真ん中にいるのだから。
「誰も聞いちゃいないわ。案外内気なのね」
冷たくアムが言った。
「教えてくれないんじゃ、しょうがないねえ。じゃ、ぼくたちは帰ろうか。ケトゥさん置いて」
「待ってくださいよ、サリューさん」
ちくしょう、とケトゥは思った。盗賊のおれがお坊ちゃんにいいようにあしらわれる?顔から火が出そうだった。
「やつはペルポイにいます。たった今もどっかからおれたちを見てるんです」
「そこんとこは省略していいぞ。ここんとこずっとおれたちを見てる“目”のことだろ?」
あっさりとロイに言われてケトゥは目を向いた。
「見られてたのを知ってたんか、あんたら」
「故郷じゃこれでも有名人でね。見られるのは慣れてるもんでわかる」
肩をすくめてロイは言った。
「で?」
「昨夜、宿屋に俺を訪ねてきました。あいつ、仕事の話はほとんどしないで、ロイさんたちのことばかり聞いてました。そんで、あいつ、あのう、サリューさんに伝言してくれって言ったことがあるんですが」
三人は顔を見合わせた。
「聞かせて?」
「ラゴスの奴、あんたらがラゴスを見つけられたら、アンナの宝のことを教えてやるって、そう言ってました」
ロイとアムはそろってサリューの方を見た。サリューは手のひらで口元をそっとおおうようにして、視線を足もとへ落とした。考え込んでいるようだった。
「そんなお宝のこと、どうして人に話すの?」
ややあってサリューは顔をあげ、そう言った。
「盗賊なら、お宝は独り占めしたいはずなのにね」
「サマはどう思う」
「そのお宝、ラゴスさんは自力では見つけられないんじゃないかな?」
ケトゥは思わず声をあげた。
「はぁ?」
「見つけられない、か、さもなきゃ、自分では手が出せないとこにあるか。だからだれかに手伝ってもらおうとしてるんだ」
使えるかもしれねえな、とつぶやいたラゴスの口調が耳の中によみがえってきた。
「けど、あいつが狙ってるのはどっかにまぎれこむようなけちなブツじゃねえんだけどな」
なにせ、鉱山がまるまる一山なのだ。
 あら、とアムが言った。
「まだ絞れば情報がありそうね?」
もともとめったにない美貌なだけに、ひどく凄みのある微笑だった。
「待ってくれ、いや、待ってください」
ケトゥが助かったのは、なんと灰色ケープの男が声をかけてきたからだった。
「客人のみなさん。まことに申し訳ない」
「もともと探すつもりで来たんだ。気にしないでくれ」
おうようにロイが答えた。
「ただいま上階へもどるかごをご用意しますので、少々お待ちください」
「じゃ、そのあいだ、ぼくたちも独房を少し調べてもいいですか?」
「あいにく、この独房はただいまより立入禁止です」
サリューは肩をすくめた。役人が鍵をかけなおし、看守たちを引き連れて行ってしまった。
 サリューは独房の鉄格子に近寄った。出入り口は小さめで、大人なら腰をかがめないと出入りできないようになっていた。ふふ、と彼は笑った。
「こういうことか」
「サリューさん?」
ケトゥが呼ぶと、サリューはかがみこんだまま首だけふりかえった。
「昨日あの店で買ったあの鍵をください」
ケトゥはすっかり忘れていた。あの古い大きなカギを手渡すと、サリューは慎重に独房の錠前に差し込んだ。何の苦もなく、牢獄は開いた。
 4人は独房へ入った。さすがに少し狭かった。きれいに片付いているが、しょせん独房なので殺風景な部屋だった。
 周りの壁は石を組んだもの、床は土床だった。ケトゥは室内を見回した。三日前からラゴスはここにいる、と看守は言ったが、現にケトゥは宿屋でラゴスに会っている。ここを抜け出して、また戻り、何食わぬ顔でつかまったふりをしていたのだろう。いかにもいたずら好きなラゴスらしい、とケトゥは思った。
 鉄格子をこじあけたりすればすぐに看守に見つかってしまう。なら、別の方法があったに違いない。
 ラゴスのテクニックのあれこれを思い浮かべながらケトゥは室内を見回し、そして発見した。
 壁の一部の石組みがわずかにずれている。ほかの石と比べるとごくわずかに飛び出しているのだ。おそらくあれをつかんで引けば外れるのではないか。ケトゥはごくりと唾を飲み込み、その石の方へ半歩踏み出した。
「あ、これか」
ケトゥの目の前でサリューの手があがり、問題の石をつかんだ。
「あ、あんた、なんで」
サリューはケトゥの方を見てにっこりした。
「ぼく、ラゴスの手掛かりを探してたんじゃなくて、ずっとケトゥさんの視線がどこへ行くか見てたんだ」
このガキ、とケトゥは思って歯ぎしりした。
「別に、何も見てませんよ、俺!」
あはは、とロイが笑った。
「おまえ、ほんとに盗賊か?まったく正直つーか、あけすけっつーか」
 ケトゥの抵抗も空しく、サリューは石組をつかんでそっと引いた。思った通り、抵抗もなく抜けてきた。石の抜けたあとの穴にサリューは手を差し入れた。何かかちりという音がした。
「ここ、入れるよ、ほら」
石組の一部が後ろへ下がり、そこにまぎれもない入口ができていた。
「ぼく先に行くね」
どうもうきうきしているらしい。サリューがくらがりに飛び込んだ。あわててケトゥが後に続いた。
 入口の中は暗かった。手触りからすると、まわりはみんな石組でできているようだった。
「どうだ?」
後ろからロイの声がする。ケトゥたちを追い掛けてきたようだった。
「待って、まだ続いている。あ!」
サリューが走り出したのを足音でケトゥは知った。
 たんたんたん、と小気味いい音を響かせてサリューは走っていく。何か重いものを引きずるような音がした。と、思ったとき、通路の先に小さな明るい四角が見えた。
「ロイ、アム、来て!」
背後から足音が来る。ケトゥもあわてて駆けつけた。
「ラゴスの隠れ家だよ、ここ!」
さきほどの独房の半分くらいの広さだが、れっきとした小部屋がここにあった。明るい四角と見えたものは窓のようだった。けっこう大きく、軽業師並みに身体の柔らかいラゴスはここから出入りしていたのだなとケトゥは悟った。
 窓の明かりで室内を見渡すと、壁に沿って何か置いてあるのがわかった。衣裳だった。商売人、僧侶、旅の剣士、なかには灰色ケープとそろいの帽子まであった。
「ラゴスは?」
ロイが聞いた。サリューは首を振った。
「だめだ、いないや」
部屋は無人だった。
「これは何かしら」
アムの手が、石壁に触れている。石と石の間にくさびが打ち込まれ、そのくさびは羊皮紙の一片を壁に縫いとめているのだった。
「見せて」
サリューがやってきた。
「これ、手紙だよ。ケトゥさんあて……、じゃないな」
サリューは手紙を読み始めた。それほど長くなく、すぐに読み終わってサリューはくすくすと笑った。
「なんて書いてあるんですか」
「『よくここを見つけたな、緑の若いの。この町の一番下へ来い。ペルポイの宝はそこにある』だって。うわあ、ぼく、御指名だよ」