ペルポイの癒しの歌 3.戦士と魔法使い

「どうする、寄ってくか?」
ロイが言うと仲間たちは顔を見合わせた。
「先に宿を取りましょうよ」
ケトゥは口を挟んだ。
「今は“午前中”だから宿の用意ができていないかもしれない。俺たちみたいな旅人はあとで行ったほうが歓迎されるんじゃないかな」
アムはふりむいた。長いまつげの下で瞳が冷たく光っている。
「誰があなたといっしょに泊まるといったの?」
「え」
「確かにいっしょにペルポイへ入ったわ。でも、ここまでよ。あとのことは、お好きになさい」
「いやその、お嬢さん」
「気安く呼ばないでいただきたいわ」
つんと言い放つその顔の、目鼻立ち、眉の辺り、唇の色艶、どれをとってもすげえ美人だ、と内心ケトゥは認めた。美人だが、かわいくねえ!
「まあまあ」
なだめるようにサリューが言った。
「ええと、あなたは」
「俺はケトゥっていいます」
「じゃあ、ケトゥ、それとアムも、とにかくご飯食べに行かない?」
ああ、とロイが答えた。
「俺の腹は晩飯だと言ってるんだが、どうにもこうにも、朝だよな」
幸い、朝の早い商人のための屋台店が広場のあちこちに開店して客を集めている。屋台の一つは、店の前に長いベンチをいくつか置いていた。
「あそこにするか」
すたすたとロイが歩いていった。
「匂い、おいしそうだよ!」
「悪くないわね」
アムはそう言うと、肩越しにケトゥを冷たい目で見てさっさとロイと並んだ。くそっとケトゥは思った。
「うおぉ、かわいくねえ」
完璧なほどの後姿なのだが。豊かな黄金の巻き毛は腰にかかる。白いローブは素晴らしい身体と足を覆い隠しているらしい。ぴしっと背筋の伸ばした歩き方は、王宮で働く高位の女官のように優雅で、同時にきびきびしていた。
 アムはベンチの一つに腰掛けた。男連中がそのそばに荷物を置いて、いそいそと屋台へ向かった。
「串焼きか!いいな、4本、いや、5本くれ!」
「パンにはチーズもつけてください。え、卵もあるの?」
二人とも好奇心の強い性格らしく、あれもこれもと注文している。
「あの、ロイさん」
ああ?と戦士はふりかえった。
「勘定なら気にすんな」
「すいません」
実はケトゥはほとんど文無しなのである。ありがたくおごってもらうことにした。
 ほどなく大量の食物を抱えて二人がベンチへやってきた。
「見ろよ、豪華だぜ。野菜入りの卵いため、肉のあぶり焼き」
「ここ、地下なんだよ?信じられないね!」
はしゃぎながらそれぞれの膝の上に料理を取り分けた。
 それまでアムは、ほとんどつんとして坐っているだけだった。荷物の番をしているということらしい。そしてあいかわらずにこりともしない。
 だが、ものすごく目立っている、とケトゥは思った。ペルポイの住人たちとはかなり異質な美貌の持ち主なのだ。たいていの人間はちらちらと美女のほうをうかがっていた。
 そのなかに男ばかりの一団があった。やはり屋台で食べ物を買い、別のベンチに席を取ったのだが、彼らは“朝”から酒まであおっているようだった。
「そこの、あんたら」
もう赤い顔をした男が話しかけてきた。
「よそから来たのか?」
ロイがきげんよく応じた。
「ああ。ついさっきな」
「へえ。身体検査は受けたかい?」
「あの手抜きのか?一応やったぞ」
「あれは手抜きじゃねえんだけどな」
酔っ払いの一団は、もう遠慮なく不機嫌な美女を眺め回している。
「ほんとか?おれの故郷だったら、兵士があんな“ぽんぽん”なんて気のない身体検査やったら、その場で上官にぶん殴られてるぞ」
「あんたの故郷って?どこから来たんだ?」
「ローレシア。っても、知らないだろうな」
「竜殺しのアレフの国だろう?」
と最初の男が言った。
「ああ。まあ、そうだ」
妙な表情でロイはにやりと笑った。
「そっちのお姉ちゃんはどっから?やっぱりローレシアか?」
視線も合わせずに彼女は答えた。
「いいえ」
取り付く島もない答え方だった。
「そのお姉さん、綺麗だけどご機嫌悪いぜ」
とケトゥは言った。
「いつでもつんけんして、自分が一番、自分が正義って顔をしてる。あんたら、脈はないよ」
何がおかしかったのか、男たちは笑い出した。
「けど、おれたちと同じように、飯食ってるじゃねえか!」
サリューが不思議そうな顔になった。
「誰でも食べるでしょ?」
「このペルポイでどうやって野菜を育てると思うんだ?ただタネを地面に植えただけじゃ、ひょろひょろのしかできないぜ」
「ああ?」
ケトゥは答えに思い当たった。
「下肥使ってるわけか」
酒の入った男たちは遠慮なく大口を開けて笑った。
「そうさ!ペルポイのもんは、お互いのクソ食って生きてるってわけだ!」
一人がにやにやして付け加えた。
「その澄ましたおねえちゃんもお仲間だな!」
彼女はじろりとにらみつけたが、何も言わなかった。
「そいつはいい!」
ケトゥは尻馬に載った。
「他人のクソでつくった飯を食うのはどんな気分だ?」
「やめときなよ~」
小さな声でサリューがたしなめた。
「着いた早々、これかよ」
ロイが片手の指で目をおおった。
アムは聞く耳持たないという顔で、串焼きをつまんでいる。
「今食ってんのもクソの」
とケトゥが言いかけたとき、彼女の手が一閃した。
 それを持っていたのは、確かサリューだったとケトゥは思った。細身の剣である。目にも留まらぬ速さで彼女は剣の鞘のほうをつかんで柄頭をケトゥの鼻先へ正確にぶつけたのだった。
 物凄い痛みが鼻先に炸裂し、涙と鼻血が噴出した。
「何しやがるっ」
アムは手にした串焼きの玉ねぎをがっきと横ぐわえにして串を引き抜いた。ていねいに噛み砕いて飲み込むと、ケトゥと酔っ払いのペルポイ人をにらみつけた。
「あたしが旅の間に覚えたことの一つはね、クソったれにクソ呼ばわりされても、屁でもないってことよ」
鞘に入ったままの剣はケトゥに突きつけられたままだった。
「てめぇ!」
ペルポイの酔っ払いたちもいきりたった。
 そのときだった。ロイがめんどくさそうに手を伸ばして杖を取り上げると手首のスナップだけでひょいと振った。青白い火球が生じ、酔っ払いたちの飲んでいた酒のビンに命中した。
「うわっ」
いきなり酒が燃え上がって、男たちはあわてた。
「そこまでにしようぜ。な」
ペルポイの酔っ払いたちは、正気に戻ったようだった。
「ちっ、旅の女戦士か。相手が悪いな」
「そっちの青いのは魔法使いか!」
 ぶっ、と音を立ててサリューが噴出した。ロイとアムは互いに目を見合わせて苦笑いを交わした。
「ええ、そう。子供の頃から男勝りで」
「あー、まいったな、いまのでMP尽きちゃったわ、おれ」
サリューはすわっているベンチの上で転げまわるようにして笑っている。
「何を喜んでるんだ、あんた?」
笑いすぎて口もきけないらしい。涙をぬぐってやっとサリューは言った。
「でも、旅の道連れには最高だよ。戦士と魔法使いはね」

 いかにもへらへらした態度さえなければ、こいつけっこうな色男で通るよな、とケトゥは時々思ったものだ。もちろん、相棒のラゴスのことだった。
「いらっしゃいませ~」
と、二枚目顔でにこやかに呼び込みをするラゴスの声を、ケトゥは聞きなれている。
 どこかの町で仕事をするとき、ラゴスは仕事先の近くに必ず自分の隠れ家を設けていた。たいていの場合、つぶれた商店などに勝手にもぐりこみ、そこで商売を始めてしまう。町を選び仕事先を選び、盗みに成功して逃げ出すまでのほんの短期間だが、ラゴスはけっこうまじめに商売をやっていた。
 人当たりがよくて頭がよく回るので、たいていの客に気に入られる。しかも本当に商売でやるわけではないので、採算度外視のサービスもできる。ラゴスが隠れ蓑にしている商店の前には、よく客が列を作ってしまうのだが、ケトゥはそんなときよく、こいつ商人でも食っていけるんじゃないか?と思うのだった。
「バカ言っちゃいけないって!」
ラゴスは笑いながら否定した。
「俺は根っから盗賊だよ。盗賊がシャレで商売人ごっこするのがおもしろいんじゃないか!」
 それはどうやら本当らしく、ラゴスは盗賊とはかけはなれたものに化けるのが好きなようだった。仕事先がとある城の中の教会だったときは、ラゴスはいかにもまじめで勉強家の神官見習いに化けてみせ、ケトゥはあっけにとられたことがある。
「あのう」
 ケトゥが話しかけるとアムが振り向いた。ケトゥはどきっとして思わず鼻先をおさえた。さきほど彼女が剣の柄をぶちこんだ鼻は、あの広場にいる間にサリューが魔法をかけて治してくれていた。あんた僧侶かい?とケトゥは聞いたのだが、サリューは笑って答えなかった。
「何かしら?」
ケトゥはちょっと意外だった。“まだいたの”くらいのことは言われるかと思った。
「あのう、ラゴスのことで、ひとつ思い出したんですが」
アムはちょっと目を見開いた。そんな表情をするとまじかわいい、とケトゥは思った。
「聞かせてもらうわ。ロイ、サリュー、ちょっと来て!」
男二人は、ペルポイの宿屋の帳場にいた。
 パーティは意外なほど金持ちだった。宿代も確かめずにペルポイの街中でもかなり大きな宿屋に決めて、部屋を二つ取ったところである。一部屋はもちろんまるまるアムのものだった。
「なんだ、なんだ?」
「部屋のことなら、廊下の端っこにしてもらったよ?」
とサリューが言った。
「うるさいといやだってアムが言ったでしょ?でもまだ掃除が終わってないから、部屋へ入るのは昼過ぎだって」
「部屋のことはありがとう。でもそうじゃないのよ、この人が何か思い出したのですって、ラゴスのことで」
今度は“この人”と来た。
「え、何?教えて、教えて?」
サリューは目を輝かせた。
「あ、その。ラゴスの癖なんですが。あいつ、仕事先に選んだ町にいつも必ず隠れ家を作るんです。だいたい店をやってることが多いんですけど」
ケトゥはおおざっぱにラゴスの仕事の癖を話した。
「だから、奴を探すならまず、最近開店した店をあたるのが手っ取り早いかなって」
「一理あるか」
とロイが言った。
「町役場はどうするの?」
「役場?ラゴスはそんなとこにはいきませんぜ」
「ううん」
とサリューはまじめな顔で首を振った。
「だって、ほら、盗賊だから。町を警備する兵隊が知ってるんじゃないかと思ったの」
「あ、そうか」
盗賊を探すには、たしかにそちらのほうが正攻法だった。
「それじゃあ、店のあるところを通って役場まで行くか」
ロイが結論を出して、一行は出かけることになった。