炎のサントハイム 9.炎の舞姫、迅雷の拳

炎の舞姫迅雷の拳

 「姫!」
 開け放された宝物庫の扉。アリーナはそこに腕を組んでもたれかかっていた。よく見ると、完全に武装を整えた格好をしている。
「お疲れ様、クリフト。」
「アリーナ、いつからここにいらしたのですか?」
 その言葉を、デイルがさえぎる。いつもの仮面をかぶって。
「アリーナ、貴方はこんな所にいるべきではありませんよ。さあ、戻りましょう?」
「黙りなさい、モンスター」
 ぴしゃり、とアリーナは声を出す。デイルは笑った。
「上手くやったと思ったのですけれどね…どこでわたくしは間違えましたか?」
 アリーナは少し黙ったあと、ゆっくりと言った。もつれた糸を解くように。
「貴方は上手くやったと思うわ。…ただ、少し上手くやりすぎた、それだけよ」
「それはそれは…説明してくださいませんか?」
 先ほどと違い、仮面を崩さないデイルに、アリーナは笑う。
「貴方はとても上手くやったわ。警戒心のもたれない姿になって私に近づき、とても私好みのことを言って、取り入る…まさに理想どおりだった。私だけじゃない、誰にとっても貴方の存在は理想だったでしょうね。貴方の本音を言えば、本当は生粋の貴族が良かったんでしょうけど、それに化けるのはさすがに無理だったんでしょうね。貴族は血や家だけじゃなく、横のつながりや古の評判あってこそだから。でも、それ以外はとても理想的だった。」
「ならば、何故ですか?先ほどのクリフト様と同じですか?」
 デイルも気がついているのだろう。アリーナはたまたまここにいたわけではなく、前から確信をもっていたことに。
「いいえ、それにはちっとも気が付かなかった。正直、私は貴方がモンスターだと言う事も、確信がなかったもの。さっきも言ったでしょう?貴方はあまりにも上手くやりすぎた。理想どおりだった。私の望む事を言い、私の理想を一つ一つ叶えていく…」
「それはそうでしょう。わたくしの計画通りに、事は運んでいたのですから。」
 クリフトは既に剣を抜いて構えていた。もしデイルがアリーナに対して不審な行動を取ろうとするなら、即刻切り捨てようと思っていた。
「そう、理想どおりだった。私もそう思っていたし、お父さまもそう思っていたでしょうね。でもね、私の理想どおりに事が進む。私には利点だらけ…じゃあ貴方の利点は?」
「それは、わたくしがアリーナ様を好きだから、ではいけませんか?」
「それはありえないわ、デイル。あれだけ私の理想通りの事を進められる貴方は私をよく理解していた。そして私の理想を全て叶えたいと思っていたなら…ありえないのよ。」
 アリーナはきっぱりと言う。
「貴方が、私に一度も意見を求めないなどと言う事は、ね。」

  アリーナはデイルと出会ってからのことをずっと思い返してみた。そうすると、気がついたのだ。デイルは許可を求めたり、促したりはあったけれど、アリーナの意見を聞こうとしたことは、一度もなかった。
「つまり、貴方の望みは、この王宮をのっとる事。貴方の意のままに扱う事… そう考えると全て符号が合う、私はそう思ったのよ。貴方はさりげなくブライやクリフト…そして私までも王宮から追い出そうとしていたのだから。」
 そうして、自分が全ての主導権をにぎる。あの計画がそのまま進んでいたら、それは現実になっていたはずだ。
 デイルは笑う。子供をあやすように。
「…そうですね、わたくしは貴方の意見を聞く気がありませんでした。ですが、それはささやかなことです。…この先にある未来に対しては。ですが、よくお気づきになりましたね。」
「そうね、貴方の最大に失敗は、その容姿だったかもしれないわね。私の警戒心を減らす為だったのでしょうけど …言ったでしょ?貴方はクリフトに似ていた。なのに、クリフトにあって貴方にないもの…私に指示を仰ぐと言う事がね。それが、違和感の始まりだった。」
「いえ、これは貴方の理想を写し取ったのですよ。それがたまたまクリフト様に似てしまったというだけで。」
 その言葉に、クリフトの顔が一気に赤くなる。見ると、アリーナの頬も、少し赤くなっているようだった。
「…それだけで、貴方はここまで辿り着かれたのですか?なかなか鋭いお方ですね。」
「そうだったら、いいんだけれどね。」
 アリーナはため息をつく。
「ほう、他にも何かミスを犯していましたか?わたくしは。」
「それに気がつかないのが、なによりの証拠よ。」
 にっこりと笑う。
「ただ、気が付いたのよ。貴方は私の闘いを一度も見た事がない、って事に。」

「ほう、それは何故ですか?」
 アリーナはとても楽しそうに笑って二人に尋ねた。その笑顔はいたずらをする子供のようでも、男を手玉に取る悪女のようにも見えた。
「連想ゲームよ。炎って言うと、何を思い浮かべる?」
「炎…ですか?」
 突然の発言に困惑したクリフトの横で、デイルは胸をはる。
「わたくしは、アリーナ様ですね。初めて貴方を見たときから、そう思っておりました。 …そうは思いませんか、クリフト様?」
 だが、クリフトはむしろその言葉を聞いて首をひねる思いだった。
「そうでしょうか…?私は姫様にはもっとこう、大きな空のようなイメージがありますね。炎と言うのは、とても及びつきません。」
「それは人の感じ方の違いです。クリフト様と違い、わたくしはは貴方をお見かけしたとき闘いを知らなかったとしたら…威力があって燃え上がる、炎のように感じてもおかしくはないでしょう?その腕につけてらっしゃる爪もあることですし。」
「戦い…?」
 クリフトはそこで少し考え…アリーナの言いたい事を十分に理解した。
「グローサー様は、どこでアリーナ様を目撃されたと?」
「ロザリーヒルの森の中で、私達が戦っている所を見たって言ってたわ。」
「なるほど、ならばありえないですね。」
 炎と聞いて連想できるその姿が、鮮やかに脳裏に蘇る。その姿が予想できるアリーナは、クリフトを見て頷いた。
「デイル、貴方は私たちの戦いを見たことがないわ。それは確信できるの。貴方は、私の仲間を知らなかったから。」
「…仲間?それはどういう意味ですか?アリーナ?」
 アリーナは切るような目で見つめた。
「その女性はね、昨日貴方があった踊り子よ。…マーニャさんはこう言ったわ。 ”お姫様の暇つぶしに雇われた踊子って言っておいたから話を合わせておいてね”って。でもどうして私の顔は知っているのに、マーニャさんは知らないの?いいえマーニャさんを知らなくとも、同じ顔したミネアさんもいる。…貴方はマーニャさん、ミネアさんの顔を知らなかったという、立派な証明だわ。」
「そういえば、はじめて私を見たときは、それが初対面のようにおっしゃっていましたね。」
「そしてね、デイル。貴方が私を炎にたとえることは、ありえないわ。マーニャさんは世界一美しい炎の使い手。その戦いをみたら私を、いいえ、その人以外の人間を炎に例えるなんて、絶対にありえないわ。その人こそが、炎の体現者なのだから。」
 クリフトが炎と聞いて浮かんだのは、アリーナではなかった。目の前にいる、誰よりも大切な女性ではなかった。
 炎と聞いて浮かんだのは、あでやかな舞姫だった。戦いの中にあってさえ踊るように身をひねり、呪文を繰り出し、ひらりひらりと舞ってみせる異国の踊子、マーニャ。その舞姫が放つ呪文は、すべてを焼き尽くす、華麗なる炎。そして、その彼女自身すべてが、炎のように激しく、熱く燃え盛る。その姿を見たものは生涯その姿を忘れることはないだろう。…それほどまでに彼女は熱く輝く存在だった。

 デイルはそこまで聞いて、憎憎しげに舌打ちしてみせた。
「なるほど、参考になりましたね。今度からは気をつけることにします。」
「今度はないわ、デイル。貴方はここで死ぬのだから。」
「ああ、そう言えば、一つ訂正しておきますよ、わたくしの目的は、この城の支配ではありません。貴女に言った通り、貴女に相応しいように、この城を変えたかったのです。」
「今さら…なんのつもり?」
 怒るアリーナに、デイルは笑う。
「どれほど美しいことでしょうね…貴女に相応しく、この国が世界全てを焼き尽くし…そしてこの城が炎に包まれる様は…」
 それが、闘いの合図だった。アリーナがデイルに飛び掛る。
「この国を滅ぼそうと思っていたのね!」
「貴方達は、わたくしから大切なものを、ピサロ様を奪った!その程度、当然の事でしょう!」
 反対側からクリフトも打ち込む。が、見えない何かにはねのけられる。
「なに言ってるの!ピサロは!!」
「聞きたくありませんね!貴女が何を言おうがデスパレスにピサロ様はいない。それはつまりわたくしの敬愛するピサロ様はもういない、つまり亡くなったということです…貴方達の手によって!!!」
 圧倒的な炎が、デイルから放たれるが、アリーナはそれを炎の爪で払う。
「あの方は、世界を、全てを手に入れられるはずだった…わたくしはあの方の代わりに、それを成す!…貴方達を殺して!」
 その言葉と同時に、城内の悲鳴がアリーナとクリフトの耳に聞こえた。
「どういうことなの?」
 アリーナの言葉に答えた……わけではないのだろう、デイルは小さな声でつぶやく。
「マクスウェルめ…耐え切れなかったか…まぁいい。好都合だ。」
「どういうことです?」
 クリフトの言葉に、デイルは哄笑した。
「わたくしが連れてきた人材が、この城を正しき形に粛清しているのです。…それがどういうことか、お分かりですよね?ここにもすぐ、流れ込むでしょう。…はたして、あなた方二人に何ができますか?たった二人で城中のモンスターを倒してみせますか?」
「ところがどっこい、そうはいかないのよね。」

 割り込んだ声は、まさに先ほどの会話の主役と言える人物だった。
「やほー、デイル。相変わらずいい男じゃない?」
「姉さん!!…アリーナさん、クリフトさん、無事ですか?」
「お久しぶりです、アリーナさん。手近な敵は、とりあえず倒してきました。二階にはブライさんがいらっしゃいますから大丈夫です。」
 紫色の姉妹と、翠の勇者がそこに立っていた。
「マーニャさん、ミネアさん、ラグ!どうしてここに?」
 アリーナの言葉に、ラグが微笑する。
「ブライさんに頼まれたんです。デイルさんはどこかおかしい匂いがするから、調べて欲しいって。教会にいた神官さんはモンスターでした。…そしておそらくデイルさん、貴方もですね?」
 ラグがデイルに目を向けると目で殺さんばかりににらんでいるデイルがいた。
「お前が…お前がピサロ様を殺した勇者!!!ここでピサロ様の仇を!!!」
 剣を向けたデイルを、ラグは見なかった。ただ、アリーナとクリフトに静かに聞いた。
「…手助けが、必要ですか?アリーナさん、クリフトさん。」
 しばらくの沈黙。二人は首を振った。。
「ありがとう、でも、私の国に害なそうとした仇は、私達自身でとるわ。」
「ここは私達にまかせて、三人は城の人たちをお願いします!」
 その言葉に、ラグは頷いた。
「ではこれを渡します。…頑張ってください。」
 そう言ってラグは袋から取り出したラーの鏡を渡した。
「ご無理はなさらないでくださいね!!」
 追って来れないように、ミネアがバギマでデイルを足止めする。
「とっとと張ったおして来なさいよ!!」
「それでは、僕たちはお城の中の敵を倒してきますから…頑張ってください!」
 そう言って、三人は去っていった。この城を守るために。

「…このわたくしを…お前たち二人だけで倒すと言うのですか?…ずいぶん馬鹿にした話ですね。」
「貴方なんか、ラグたちの手を煩わすほどじゃないわ。…私がこの国を守るのだから!」
 そう言って、アリーナはデイルに鏡を向けた。
 徐々にデイルの姿が薄れてゆく。・・・そして。禍々しい羽と尻尾、角。かなり高位の魔族がそこにいた。
 デイルの口から炎が放たれる。屋外ならばただ避ければいいのだが、ここではそうはいかない。
「く…」
 その圧倒的な炎を、一つずつ素早く爪で散らす。
 ものすごい音が、アリーナを壁へ叩きつける。デイルだったものが、アリーナを叩きつけたのだ。
「かは…」
 血の吐かれる声。
「アリーナ様!!!」
 モンスターの反対側にいるため、駆けつけようにも、無理がある。
「たわいないですね…どうして、このような奴らにピサロ様は…お前たちをとっとと始末して勇者を倒すとしましょう。」
 その言葉の隙にクリフトはデイルのへ剣を向ける。
「たわいない…と言ったでしょう?」
 力を込めて向けられた剣は、あっさりとクリフトごとモンスターにはじき飛ばされた。
「さて、ここを拠点にする計画は無に帰しましたね。それでは…」
 モンスターの手に、力がこもる。だが、すぐ霧散する。
「おや、意外と丈夫ですね、クリフト様。」
「貴族の話し方も、モンスターの姿では滑稽なだけですよ。」
 よろり、とクリフトが立ち上がる。

「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
 アリーナが気絶している事を横目で確かめ、クリフトはモンスターに尋ねる。
「ほう、この後のおよんで、何か聞きたい事があるとでも?」
「ええ、一つだけ、是非。」
 鎌を構えたモンスターは優越感を感じながら、クリフトに言う。
「いいでしょう、冥土の土産、というやつですしね。」
 クリフトには自覚があった。とてもくだらない事だという事に。それでも聞かずにいられなかった。
「貴方と…貴方とアリーナ様は、本当に口付けを交わされたのですか?」
 一瞬の沈黙。…そして爆笑。
「すぐ落せると思っていたが、意外に手間取りそうでしたので、お茶に薬を仕込ませてもらいましたよ。眠り薬というあたり、わたくしも紳士でしょう?ですから、アリーナはただ眠られただけです、頷きもされなければ、わたくしと口付けも交わされませんでした…満足ですか?」
 にやにやと笑っていたが、どうやらそれは真実らしい。クリフトは心の底からほっとする。
 全てを乗り越えられる気がした。全て、吹っ切れたような気がした。
”クリフトさんが一番したかったことって何ですか?一番大切なのは、何ですか?”
 ラグのあの質問に、今なら自信を持って答えられる。
「…その口で、よくもアリーナ様に愛しているなどと、言えたものですね…」
「人間なぞ、わたくし達に使い捨てられる存在ですよ。」
「…そんなこと、させません。アリーナ様が、私がお守りします。」
 もし、アリーナと誰かが結婚しても、それはかまわない。辛いけれど、苦しいけれどいつかきっと微笑める。
 自分は、ただ最後までアリーナの側で、アリーナを守っていたかった。…それが自分の一番大切なことだ。

 デイルは鎌を構える。
「それでは、愛する人と共に地獄へ落ちなさい…」
 クリフトの顔が、真っ赤に染まる。
「心配いりません、ブライ様も、王様もすぐそちらへお送りしま・・・」
 腹から爪。
「人が死んだことくらい確認してから、長話してちょうだい。」
 そう言いながら、アリーナはもう一度腕を振り上げる。
「ば、かな…」
「ああ、一つ訂正しておくわ、デイル。私は貴方が理想どおりだと言ったけど、ひとつだけ違う事があるわ。」
 腕を横に薙ぐ。
「私は、城で待っているだけの人は嫌。どうせなら一緒に外に出て戦って、一緒に城に帰って政治をしたいわ。一緒に戦ってくれる人が、私の理想よ。」
「ぐ・ぐぐぐぐぐぐ…」
「とどめ!!」
 アリーナが爪を振りかぶった一瞬前、デイルの姿が掻き消えた。
「…逃がした…?」
 しばらく空を眺めた後、アリーナは床に座り込んだ。