炎のサントハイム 1.アリーナ姫の誕生パーティ

アリーナ姫の誕生パーティ

 勇者達が世界を救って1年。サントハイムの悲劇の始まりから、2年と少しを数えた良き日に、サントハイムの第一王女は18歳になった。
 王女の生誕祭は誕生日当日をはさみ、10日にわたって繰り広げられた。酒や食料が城中のみならず、大陸全てに配られた。最初の4日間は城の一階は一般に公開され、貴族、町人区別なく、アリーナ姫の生誕を祝った。
 誕生日当日は、当人アリーナ姫の希望により、ささやかでプライベートな祝いが催されたと言う。噂によると世界一の踊り子が招待され踊りを献上したとか、世界一のお金持ちでありながら、社交界デビューしようとしない商人がにこやかにプレゼントを贈ったとか、世界中のパーティーに招待されるがけっして関わろうともしない、あの伝説の勇者がパートナーを連れ、パーティー会場に登場したとか…さまざまである。
 そして残りの5日間は…これぞ王族の真骨頂と言えるだろう。ほぼ全ての貴族が日を変え招かれ、二日以上にも渡って招かれた貴族達は服装に頭を悩ませ、豪奢な衣装を用意したと言う。

 これほど盛大に生誕祭を催したのには二つの理由がある。その一つは、「国力を示す」ことである。
 今のサントハイムはある意味微妙な位置にいた。それは「モンスターに国を奪われていた」という屈辱と「王女が導かれし者の一人として世界を救った」という奇妙なバランスの元、世間の人々に様子見をされていたのだ。そこで今回、この機会を利用して、自らの国力を披露する必要があった。つまりこの豪華なパーティーは「モンスターとの闘いによって疲労していた国よりも、わが国の方がゆとりがある」と宣伝しているのである。

 そしてもう一つは…最終日にあった。
 最終日に招かれた者達は、身分こそバラバラだったが、ある一つの共通点があった。 …それは20代の息子や王子がいること。つまりこのパーティーは王女のお見合いを兼ねていたのである。

 そしてそのパーティーの主役、アリーナ姫はと言えば、美しいパーティードレスに身を包み、年頃の貴公子に囲まれて輝かしいばかりの美貌を披露していた。
(…いつ終わるのかしら、これ。)
 そんな心の内はおくびにも出さずに、にこやかに微笑む事にもすっかり飽きていた。
 なにせ、アリーナにはべる貴公子たちは、まったくもってアリーナの好みではない。そもそもこんな所で結婚相手を決める気など…それ以前にいまだに結婚する気など全くないアリーナにとっては、誕生パーティー最終日は初めから気乗りのしない日でしかなかった。
「姫の瞳は美しいバラと同じ輝きをもち、私という蝶をこんなにもひきつける」だの、
「その滑るような美しい髪に絡まった私の心を、どうか解きほぐして下さい」だの、
「かの有名な武の女神は、美の女神でもあるのですね…拳などふるわずともその微笑で、私は倒れてしまいそうです…」だの、聞く事も、まったくもってうんざりなのだ。
 いや、それが本心ならばまだ良い。アリーナはわかっていた。その男達の頭の中は「サントハイム王族に入る」以外ない事を。
(私が、サントハイムに生まれついてしまったからには仕方のない事なんだろうけど。)
 そう、深いため息をつく。一時期は良かったのだ。
 「導かれし者」「一流の武闘家」の二つによって、アリーナへの求婚者は、旅に出る以前よりずっと減っていた。それまでは「所詮かじっただけの武道」=「ちょっと風変わりであるが御し易いお姫様」と認識されていたものが「世界を救う武闘家」=「自分より力の強い扱いにくい姫君」と認識され、アリーナを利用してサントハイム王家を、悪い言い方だがのっとろうと考える貴族が減ったからである。

 だがやがて、求婚者が増えた。つまり「世界の救った女王の国」としての人気を見越しての貴族と「武闘家としては一流でも、精神的に優位に立てれば問題がない」と認識した者達である。
(…口説くなら、エンドールみたいに「貴方に勝負を挑む!勝ったら私と結婚してください!」くらい言ってくれれば楽しみも増えるってものなのに…)
 そんな無茶なことを考えてみる。いや、そこまでいかなくても良い。せめてストレートに求婚してくる気概でもあれば好感も持てるのに、皆は気に入られようと、外回りから攻めてくる。それは貴族として常識的な行動であったが、アリーナにとってはうっとうしさ、弱弱しさ以外のなにものでもなかった。
(ちゃんと好みのタイプを聞かれるたびに『強い人が好き』って言っているのにね。」
「なにかおっしゃいましたか?姫様。」
「いいえ、なんでもありませんわ。」
 そんな風に微笑んでみせる自分も、そんな貴族の一員だと言う事に、うんざりしながらただ時が過ぎるのを待っていた。

 王である父との打ち合わせどおりの相手とダンスをこなす。踊る事…身体を動かす事は好きだが、相手が父にとって婚約者最有力候補だと思うと、これもうんざりとする。

 音楽がクライマックスに差し掛かる―――長かった生誕祭も終わりを迎えようとしていた。
(やっと終わる…)
 これで、ドレスとも歯の浮くようなくどき文句ともしばらくお別れだと、アリーナが安堵した時だった。
 アリーナの前に、一人の貴公子が現れた。嫌味がなく品のある、隙のない美形な顔。そして薄墨色の直毛を横に流し、深みのある紺碧の礼装が程よく似合っている。組み紐がつけられていない事からおそらくそれほど高い貴族ではないだろうと、アリーナは判断した。
「姫君がお生まれになられた奇跡の今日、姫君にお逢いできた幸運に感謝いたします。」
「ありがとうございます。ええと申し訳ございません、どちらの方かしら?」
 そうしてその貴公子はアリーナの手を取り、手の甲にキスをして言った。
「わたくし、デイル・グローサーと申します。アリーナ姫、私は貴女に結婚を申し込みたいと思います。」
 堂々と胸を張って言った男…デイルのせりふに会場中が大騒ぎになった。

 初対面の高位の女性に、突然求婚すると言うのはマナーにも反することでもあり、なにより非常識でもあった。社交界は何をするにもオブラートに包み、とりわけこう言った恋愛事情は直接口には出さず、何かに彩り隠喩する事を常識としている。並みの女性ならば、この庶民のような非常識一つで侮辱されたと取り、怒ってしまうことも十分ありえる台詞であった。
 だが、ここに立っているのはアリーナだった。アリーナはにっこりと笑う。もちろんこの相手と結婚などとは考えていない。だが、とりあえずこの退屈から逃れられそうな状況なのが嬉しくて仕方がなかった。
「なかなか勇気のある言葉ですわね、グローサー様。」
「アリーナ姫様が詩的な言葉を好まれるのでしたら、わたくしは全ての詩集を読み、あなたに捧げましょう。ですが、姫様にもっともお似合いなのはそんなものではありません。」
「あら、では私には何が似合うかしら?」
 デイルは笑った。
「麗しき緋い炎の爪…それは姫の腕となり、体の一部となり…そして姫様も炎の爪の一部となり、大きな炎となられる…そんな闘いが姫には一番お似合いだと、わたくしは思います。」
 それはどんな美しい詩よりもアリーナをうっとりとさせた。こんな所に居るよりも、戦っていたい。命すらかける闘い。真剣勝負。それは、相手の心の底を探りあい、表面を撫でていく社交界よりもよほど相手の事がよく判るのだ。
 そこに、国王が現れた。周囲の人間は、またざわざわとしながら道を開ける。
 グローサー。それは先の闘いのあとから特出しだした、いわゆる一代目の成金の家だった。最近金をもって貴族の地位を確立したと言われているが、世間の評判は良い方である。だが、身分が大切でない事は王自身の経験からも明らかだった。重要なのは、アリーナを気に入っている男を、アリーナが(あの武術しか興味を持っていないと思われるアリーナが!)興味を持ったと言う事だった。
「グローサー君…」
「はい、国王におかれましてはご機嫌麗しゅう…」
「ああ、かしこまらずとも良い。こちらからお願いに上がったのだ。もし、そちらの都合がよろしければ、宴の後も、何日か我が城に留まられまいか?」
 ざわざわざわざわ…
 その言葉を聞いて、周りがざわめいた。つまりこの男が公式に婚約者候補に選ばれたと言うことなのである。
 デイルはにこりと笑う。
「ありがとうございます、王。ですがわたくしは姫君に結婚を申し込みました。ですから、姫にお許しをいただくことが出来れば、そのお召しに従いたいと思います。」
 そうしてひらりと手を動かし、礼をする。そうしてアリーナを見る。
「お許しいただけるでしょうか?アリーナ姫様?」
 アリーナはしばらく考える。どうせこのあとまた婚約者候補の男を紹介されるに違いない。それならば比較的興味がもてそうなグローサー氏と会話をすれば、しばらくはしのげるかもしれない。それに、色々聞いてみたいこともあった。
「ええ、よろしければ是非我が城にお留まり下さいませ。」
 にっこりと笑うアリーナ。
 …そうして宴は終了した。そして、噂が一夜にして城中を駆け巡る事と相成った。