炎のサントハイム 7.マーニャが迫って落ちない男

マーニャが迫って落ちない男

ちょうどその頃。
「お客様がいらっしゃいました。」
アリーナの部屋。デイルとのお茶が終わり、父親から少しずつ与えられた仕事も一段落して、こっそりとトレーニングをしていたときだった。
「…だれ?」
扉も開けず呼びかけると、召使と討論してる聞きなれた声がした。
「だーからー、あたしはアリーナの仲間だったの!わざわざ取り次がなくっても良いって言ってるでしょう?!」
「姉さん!無理言っちゃ駄目よ!この方だってお仕事なんだから!ああ、もう、姉がすみません!」
「だってさっきから不審者を見る目よ?失礼だと思わない?」
「姉さんがステージ衣装で来るからいけないんでしょう?もう二十歳だって言うのに!」
「あんただって二十歳じゃないの!!だいたいねえ、踊子ってのは、ううん、女ってのは二十歳から花咲のよ!!」
召使の言葉も聞かず、廊下へと飛び出した。
「マーニャさん、ミネアさん!!」
「アリーナ!」
「アリーナさん!」
「姫様!」
三人の声が唱和した。
「この方々は私の仲間。導かれし者として世界を救った方の一人です。今度からはそのまま通してくれてもかまわないわ。」
「はい、かしこまりました。」
召使にそういいつけて、アリーナは双子を部屋へ招いた。

「アリーナ!相変わらず元気そうじゃない!」
「お変わりないようで、なによりですわ。」
「まぁ、最後にあってまだ2ヶ月くらいなんだし、変わりようもないけどね。」
マーニャが笑いながら言うと、アリーナの顔に影が落ちた。
「そう、ね。誕生日からまだそれくらいしか経ってないのよね…」
なのにこんなにあの日々が遠かった。
「なにか、あったんですか?アリーナさん。」
アリーナの様子に、ミネアが心配そうに声をかける。
「なんかあったの?せっかくだから言ってみなさいよ。」
二人の優しい声に、アリーナは自分の心を整理しながら、誕生日からの日々を話した。
デイルとの出会い。デイルの夢。ブライやクリフトの未来。
「とても、よい話だと思うの。デイルの提案は私にとって夢みたいな話だわ。デイルと話していても楽しいし、訓練しても文句を言わない人よ。…なんの問題もないはずなんだけど…どこか、ひっかかってるっていうか、展開が速くて戸惑っていて…」
ぽんぽん、とアリーナの背中を、優しくミネアが叩いた。
「お疲れ様でした、アリーナさん。」
「ふーん、デイルっていい男?」
マーニャがにやにやと笑っている。
「そうね、整った顔立ちしてるわよ。マーニャさんの好みかは知らないけど、裕福な商人だったしお金も持ってると思うわ。寛大な人だしね。」
「へーいいじゃない!あたし、ちょっと見てこようかしら。この城にいるのよね?」
そう言ってマーニャが立ち上がった。アリーナも立ち上がる。
「あ、じゃあ紹介するわね。」
そういうアリーナを制し、マーニャは笑う。
「あ、いーのいーの。それよりせっかくだからミネアに占ってもらえば?アリーナならただで占ってくれるわよ。」
そう言って手をひらひら振りながら、部屋を出て行った。
マーニャを見送り、ミネアは笑った。
「まったく姉さんったら……でもせっかくですし、占いましょうか?アリーナさん。」
「そうね…うん、悪くないかも。じゃあお願い、ミネアさん。」
「そうですね。では、失礼させていただきます。」
いついかなるときでも持っている銀のタロットを取り出す。テーブルクロスを借り受け、テーブルに敷き、タロットをシャッフルし、手際よく並べていく。
マーニャのようなあでやかさはないが、ミネアのカードを並べていく様は、また違った洗練された美があると、アリーナは思う。
アリーナが何回かカードの山を選んだり重ねたりしているうちに、ミネアはその美しい手先でカードを六芒星の形に並べていく。そして最後に、真ん中に一枚おき、一息をついた。
「では、アリーナさん、参りますね。」
「うん。」
ごくりと息を飲んだ。ミネアが厳かに語る。
「まず初め…過去、原因を示すカードです。」
そうめくろうとしたとき、アリーナは無意識にその手を押しとどめた。
「アリーナさん?」
「やっぱりやめるわ。ミネアさんの占いは、とってもよく当たるから…きっとそれに縛られてしまう気がするの。」
そうやって言うアリーナは、どこか吹っ切った強さがあった。
「せっかくやってもらったのに、ごめんなさい。」
「いいえ、占いは人の背中を押すだけですから、自分で歩めるならきっとそれが一番です。」
ミネアは片付けながら言う。。
「それに姉さんもそういう人ですから。…あまり姉さんみたいにはならないで欲しいですけど。」
「マーニャさんも占いしない人なの?」
「カジノに行く前にはよく占いしてくれって言われましたよ。どれが当たるか占ってって。」
ミネアが苦笑して言うと、アリーナは明るく笑った。
「それでどんなカードが出たの?」
「毎回節制のカードですわ。やるなとは言わないけれど、ほどほどでやめてくれたらいいのに、まったく姉さんは…」
そう噂をすれば、影がさすのはお約束。ノックもせずに、パタンと扉が開く。
「いやだ、いい男じゃない、アリーナの婚約者って!!」
顔を上気させたマーニャが部屋に飛び込んできた。

さて、意気込んで飛び出してきたけれど、無事に会えるのだろうか。マーニャは扉を出て、まず思案した。
ただがむしゃらに歩いて人が見つかるほど、サントハイム城は狭くない。そしてアリーナの婚約者なら一般人が入れないところにいる可能性は高い。
(…とりあえず歩くか。)
会えなかったらクリフトでもからかって帰ろうと決めたところ、思っていた人物が目の前に現れる。
声をかけようと手をあげたとたん、それが違う人物だと気がついた。よく見れば顔も違うし、服装も僧服じゃない。
すこし考えて、マーニャはいつものように行動することにした。

「やだ、いい男じゃないー!ねえねえ、あなた、この城の人?」
男の前に飛び出し、騒いで見せた。
「…貴方もここの方ではないようですが、どちらの方ですか?」
「あたし?あたしは結婚を控えたお姫様の暇つぶしにって、魔法使いのじーさんに雇われた踊り子よ。これでも結構知れた踊り子なんだけど、知らない?」
そう言って、軽く体を動かして見せた。その体の動きは、色めいた体のラインとあいまって、男ならだれでも飛びつきそうなほど魅惑的だった。だが、男は苦笑した。
「申し訳ありませんが…。」
「そう、残念。で、貴方はここの王子様?」
「いいえ、違います。まだ客人ですね。」
「そう?じゃあせっかくだし聞かせてくれる?ここのお姫様って乱暴者でわがままって噂だけど、本当?」
にっこりと笑って言うと、男も笑った。
「いいえ、とても素敵な方ですよ。」
「あら、妬いちゃう。ねえ、あたしとどっちが素敵?」
マーニャはわざとしなだれかかって見せた。だが、男はさりげなく体を離れさせる。
「貴方も綺麗だと思いますが、姫は私の婚約者ですから。他は目に入らないんです。」
「あらいやだ、さっきのこと、忘れて頂戴。首を刎ねられそうだもの。」
「あの方はそんなことしませんよ。」
「王族の結婚に恋愛なんてないって噂だけど、貴方もしかして、お姫様に惚れてるの?」
「ええそうですよ。あの方をはじめて見た日のことは今でも忘れられません。」
そういう顔はどこかクリフトに似ているようで…そして決定的に違うとマーニャは思った。
「ふうん、あんたやっぱりいい男ね?ねえ?そのうち王様になるんでしょう?あたしを愛妾にしてくれない?」
某戦士が聞けば飛び上がりそうな台詞と、マーニャはにっこりと笑って言った。だが、男は同じくにっこりと笑って答える。
「遠慮しておきます。私はアリーナを愛しておりますから。」
「ふうん、そう。それは残念ね。せっかくの玉の輿だと思ったのに。じゃあ、とっとと仕事してこようかしら。 …そうだ、王子様、貴方の名前は?」
「デイル・グローサーと申します。」
「そう、じゃあ、縁があったら、またよろしくねー。」
手をひらひら振りながら、マーニャはデイルと別れた。

「ただいまー。占いどうだった?」
ノックもせずに、マーニャはアリーナの自室に戻る。
「姉さん!ノックくらいして頂戴!」
「ごめんなさい、マーニャさん。やめちゃった。私は私の思ったとおり、やりたいから。」
「そう、それも良いんじゃない?」
マーニャはそう言って、無造作にミネアの横に腰を下ろす。
「あ、そうそう、あんたの婚約者に会ってきたわ。お姫様の暇つぶしに雇われた踊子って言っておいたから、話を合わせておいてね。」
「マーニャさん名乗らなかったの?」
「そんなことしたら、アリーナに対する気持ちをちゃんと聞けないじゃない。赤の他人ってことにしたほうが、お世辞が入らなくっていいのよ。」
「それで姉さん、どうだったの?」
ミネアの言葉に、マーニャはにやにやと笑った。
「あれはアリーナにぞっこんね。この美貌のマーニャちゃんが誘っても応えようとしないんだもの。浮気の心配はないんじゃない?いい男捕まえたじゃない。」
上機嫌で言うマーニャに、ミネアは頭を抱えた。
「姉さん、アリーナさんの婚約者に迫ったの?」
「いいじゃなーい、応じなかったんだし。」
「もしそれで応じてきたらどうするつもりだったのよ!」
「そんな薄情な男、こっちから捨ててやれば良いじゃない。それともあんた、アリーナに二股かけるような男を押し付ける気なの?」
「騒動の種をまく必要はないと思うわ。」
「はいはい、オーリンには迫らないから安心してよね。」
「そんなことを言いたいわけありません!」
いつもの二人の言い争いが、どこか嬉しかった。アリーナは声をあげて笑う。
「何笑ってるのよ、アリーナ。」
「なんでもないの。ちょっと嬉しくなって。ありがとう、元気が出たわ。」
その言葉に、マーニャとミネアも笑う。
「そ、また困ったらいつでも呼びなさいよ。」
「ええ、アリーナさんたちのためなら、私たちいつだって駆けつけますから。」
「ありがとう、マーニャさん!」
笑顔になったアリーナに見送られながら、マーニャ達はサントハイムを出て…サランの町の宿屋についた。
夜の帳が落ちる頃。マーニャ達の取った部屋にはなぜか灯りがともっていた。
「お帰りなさい、どうでしたか?」
「そっちこそクリフトはどうだった?ラグ?」
とった宿で、ラグが二人を出迎えてくれた。

「あたしはねー。別に二人をくっつけたいわけじゃないのよ。お互いが納得してるなら別にいいと思うわ。アリーナがデイルのことを好きならそれでいいと思うし、ブライだって二人をくっつけるために呼び寄せたわけじゃないでしょう。」
そう、この三人はブライに呼び寄せられていた。正確にはブライがラグを呼び、ラグが女性には女性だと双子を呼んだのだが。
「姉さん、それは冷たいと思うわ。」
「クリフトはアリーナのこと好きなのは分かるけど、アリーナはねえ…どうなのかしらね?」
「でもアリーナさんだってデイルさんのことが好きなわけじゃないじゃない。」
「僕…今のままじゃいけないことは分かります。クリフトさんが、なんだか元気がないんです。どこか辛そうで…でもどうしたら一番いいのか…」
そもそも色恋沙汰は得意ではないラグだった。だからこそ二人を呼んだのだが。
「でも、デイルさんと一緒になって、アリーナさんが幸せになれるなら、それを邪魔する権利もなくて…」
「あ、そうだそうだ、思い出したわ。二人とも、耳貸して。」
マーニャの言葉に二人が顔をよせ、マーニャが小声で語る。

「姉さん!どうしてそんな重要なこと黙ってたの!?」
「それって…おかしくないですか?」
二人の言葉に、マーニャはそれでも笑みを浮かべた。
「まぁ、そういうことね。それに、ラグ、気がついたでしょう?結婚がもうすぐだって言っても、あの城には人が多すぎるわ。それも…きっとサントハイムの人じゃないと思うわよ。」
「はい。…わかりました。大丈夫です。ちゃんと持ってきてますから。」
ラグは布に包まれた円形の物を取り出す。ミネアがあせって立ち上がる。
「どういうことであれ、急がなきゃ!姉さん!!」
「あんたね、今のこの時間じゃ、お城の中に入れてもらえないわよ。」
そういいながらマーニャは、手近にあった酒のビンの蓋を開け、ぐいっと飲み干した。
「そんなにあせらなくても心配いらないわよ。あたしたちはフォローだけすればいいの。」
「姉さん…」
ミネアが不安そうに言うが、ラグがマーニャの言葉に笑う。
「…そうですね。アリーナさんも、クリフトさんも、ブライさんも…きっと大丈夫ですよ。まだ、どういうことなのか…デイルさんがどういう方なのか、僕にはわかりません、誤解かもしれませんけど… アリーナさんたちはきっと大丈夫ですよね。」
「ま、ボチボチいきましょ。おいしいところは、主役に任せなきゃ、失礼ってもんよ。」