炎のサントハイム 3.礼拝堂で

礼拝堂で

3日が過ぎ、10日が過ぎた。そうして城の人間のみならず、サントハイム大陸の市井全てが『アリーナ姫婚約説』を信じ始めるようになった頃。
「アリーナ様…」
「あ、クリフト!元気してた?」
ひょっこりと礼拝堂の扉からアリーナが登場した。
それこそまさに、10日ぶり。いつもならあっさり過ぎてしまうこの10日が、クリフトには一年にも二年にも感じていた。
「お元気そうで、なによりです、アリーナ様。」
「うん、私は元気よ。クリフトは?」
溌剌な、変わらぬ笑顔。そうして…どこか艶めいた動作がない事に、クリフトは安堵しながら笑った。
「私はたった今元気になりました。姫様は本当に人に元気を下さる方ですね。」
「えへへ、ありがとうクリフト。」
それは、貴重な一時。金にも変えがたい大切な時。
だが、その時は、短かった。また扉が開く。
「失礼いたします…おや、姫君。こんな所にいらしたのですか?」
「デイル!どうしたの?礼拝堂にに来るなんて。神様は嫌い、って言ってなかった?」
「アリーナ様を探していたのです。アリーナ様のためならば、私は炎の中でも飛び込みますよ。…おや、貴方は…?」
初めて気が付いたように、デイルは横に居たクリフトを見た。
「お初にお目にかかります。私はクリフト。姫に仕え、ここの神官をさせていただいているものです。」
そう言って礼を取るとデイルもひらりと手をなびかせ、礼をする。
「ああ、ご高名は聞いていますよ。君があの、アリーナ様のお供をし、ピサロを倒したという導かれし者の一人…拝見する事が出来て本当に光栄ですよ。」
「こちらこそ、光栄でございます、グローサー様。」
そう言って顔をあげる。デイルは笑っていた。にこやかに。
「アリーナ様、お話がお済でしたら参りましょう。」
「え?どこに行くの?」
「執務室です。今日は家来においしいお菓子を持ってこさせたのです。お茶にしませんか?」
「わー、そうなんだ。うん、行きたいな。あ、クリフトも来る?」
そこでアリーナはくるりと振り向く。デイルはそっとさりげなくアリーナの肩を抱き笑う。
「ええ、もちろんクリフト様もいらしてください。」
そう言われ、正直に受け取るほど、クリフトは馬鹿ではなかった。
「いえ…お気持ちは嬉しいのですが、これから午後の礼拝なのです。」
「そうですか、それは残念です。ではまた機会があれば。」
「うん、クリフト、またねー」
そう言って、去っていく二人の後姿。扉が閉まる。
どこか感じたデイルの敵意をクリフトは思い出す。わざわざ礼拝堂の中にまで入り、自分を無視して見せたのは、おそらく気のせいではないだろう。
(ですが、グローサー様がアリーナ様をお好きなら、それはおかしな話ではないです。)
好きな人が二人きりで楽しそうに話をしていて、ましてその男が、姫の昔馴染みなら。そして世界を救う旅を共に行い、信頼関係を持っている年頃の男なら…それは当たり前なのだ。
(それでも、なにかひっかかるような…)
そこで首を振る。おそらくその心は、自分がグローサーに感じた嫉妬の心。
(まだ…修行が足りません…)
いつか、より辛いことが待っている…あの仲の良さそうな背中にそれを感じる。
現実を目の当たりにしながら、クリフトは強さを願う。
祝福が出来る強さを、誰よりも望んだ。