捜神アレフガルド 3.ガメゴンロード・アサルト

「アレフ、あの鳥はあなたがゆかりのある者だと言ってました」
「本当に俺なんだな?」
「その者のところへ卵を導くと言ってましたから」
 エイトが言った。
「ぼくの方の話をしますね。ぼくは勤め先の城の前庭で古い友人たちをもてなしていました。一緒に戦った仲間です。その場には上司……トロデーン王と、そして王女も臨席されました」
見た目はレックスとあまり変わらないのではないかと思うほど童顔なのだが、それでは王の覚えのめでたい兵士であるらしい。あの魔法の実力なら不思議じゃないか、とアレフは考えた。
「そのときレティスは現れました。もともとぼくたちはその神鳥に出会ったことがあって、いわば再会だったんです」
「同じ鳥ですか?大きな紫の」
「そうだよ。レティスはアレフ、空中にあなたの幻を描いて見せてくれました。紅の鎧を装備したあなたと、賢者のような老人、頼もしい戦士、そして僧侶らしい華奢な女性がいっしょでした」
「その戦士がロッコだ。賢者ってか魔法使いがムツヘタ。女僧侶はヒフミ」
アレフは首を振った。生死を共にした仲間の名は今はトゲとなって心を刺した。
「あとは同じです。あなたの助けになってやってほしい、そうレティスは言ってました」
「けど、わからんな。おれはレティスもラーミアも知らない」
ぎょっとした顔でエイトとレックスがこちらを見た。
「知らない?あなたが?」
「ロトの末裔ですよね?」
アレフは指で鼻先をかいた。
「まあ、そうだが、なんだ?知ってなきゃいけないものなのか?」
「だって、ロト伝説ではラーミアは、ロトを助けて旅をしたでしょう?」
はぁ?と思わず声が出た。
「伝説ったって、生前のロトのことなんて何一つわかってないし」
呆気にとられた顔で二人はアレフを見つめ、それから互いに顔を見合わせた。
「あなたはいったい、誰なんですか」
「誰って、おれはラダトームのアレフ。あるいは、そう信じていた男さ」
自嘲をこめてアレフはそういった。
「アレフガルドの幻の英雄、勇者ロトの血脈につながるラルス王家の末裔」
「"アレフガルドのロト"だって?ロトは天から落ちてきた勇者のはずなのに」
「ばっか、おまえ、天から落ちたら死ぬだろ、普通」
信じられないことを聞いたような顔でエイトとレックスはアレフを見つめたが、何も言わなかった。

 濡れた落ち葉を踏みしだく音、荒い鼻息、なまぐさい臭い。すべてがひとつのことを示していた。
「戦うしかないみたいですね」
低い声でエイトがそう言った。
 アレフガルド多島海の北辺である。ガライヤ半島を出たアレフたちは、ラダトームへは寄らず、北の海岸沿いに東へ向かって移動していた。その場所は街道からややはずれた森の中だった。太い樹木が密集して広大な森を形作っている。地面には落ち葉が積み重なり、下草が繁茂していた。
 そのなかに巨大な亀のような獣がいた。見るからに頑丈な甲羅と牙の生えた凶悪な顔のモンスターだった。木立の樹皮に新しい爪痕がいくつもついているのを見て、アレフたちは街道を離れて森へ分け入ったのだった。
「ああ、ここで仕留める」
とアレフは答えた。
「野放しにしたら危ないし、それに、いい稼ぎになりそうだ」
アレフは武装していた。ガライで手に入れた賃金にボーナスを加えた金額で、皮の鎧と盾、そして鉄の斧を購入していた。エイトとレックスはそれぞれ手持ちの装備を使っていたので二人の装備まで買う必要はなかったが、資金はかなり心細くなった。
「アレフ、一頭だけじゃないみたいです」
森の中を透かし見ていたレックスが冷静にそう報告した。
「もう一頭います」
「おもしろいじゃねえか」
くす、とエイトは笑った。
「まあ、あせらないで。まず、ようすをみましょう」
「ばっさりやっちまったらダメか」
「かなり硬そうですよ」
甲羅を指してエイトが言った。
「なんとかなるだろ?」
ふいに亀の化け物がこちらを向き、くわっと口を開いた。
「気づかれた!」
最初に動いたのはレックスだった。
「マホトーン!」
動きの鈍そうな化け亀なら、これで技を封じることができるはず、だった。次の瞬間、レックスの顔がこわばった。
「しまった」
「おい、どうした」
と言い掛けてアレフは真相を悟った。あの鈍そうなモンスターは、抜け目なくマホカンタで全身を覆っていたようだった。
「すいません、ぼくのせいで」
三人とも魔法が使えなくなってしまったのだ。
「気にするな」
本職の木こりよろしく斧の刃の峰を肩にあずけてアレフは進み出た。
「魔法だろうと刃物だろうと、殺ればいいんだ、殺れば」
いきなり甲羅から亀が首を伸ばして襲ってきた。凶暴な牙を斧でいなしてアレフは身を翻した。思った通り、大亀はアレフの動きにはとてもついていけないようだった。
「ちょろい」
さっと亀が首を引っ込めた。
「あ、このやろう、出てこい!」
アストロン級の防御で亀は首を引っ込めている。ちっとアレフは舌打ちし、巨大な甲羅に片足をかけ、斧を頭上へ振りかぶった。
 アレフにとって腹の立つことに、仲間と装備を失って以来、苦労して身につけた技も魔法も、かなりの部分使えなくなっていた。もっとスマートに対処できるはずだが、こうなってしまってはしかたがない。アレフは勢いをつけて斧を振り下ろした。
 ガガガッと斧が甲羅へ食い込んだ。
「ぶったぎるぞ!」
おびえたのか、大亀は縮こまったままだった。けっきょくそのまましとめた。
「そういや、もう一頭いたな」
振り向いた瞬間、アレフは目を見張った。
 人槍一体の、洗練されたその動き。エイトはいつも背に負っている長い槍を手にして、それを自在に操っていた。槍は手のひらに長い柄を滑らせることでリーチを素早く変化させられる。槍の動きに幻惑された大亀は足をもつれさせ、ついにひっくり返った。
 ふた筋の閃光が走った。エイトとレックスがそれぞれの武器をふるって大亀にとどめをさしたのだった。甲羅の腹側は背中側より柔らかいとはいえ、見事な一撃だった。
「ふう」
槍を引き抜いて小脇へかいこみ、エイトはあごをあげて息を吐き出した。何気ない仕草の中に、戦士として積み上げた戦歴がのぞいていた。
 レックスは、変わった形の緑の柄のある美しい剣を空中で振って亀の体液を振り飛ばし、無言で鞘におさめた。その年にしては、驚くべき実力だった。
「見事なもんだ」
そう言いながらアレフは近寄った。エイトたちは小さくほほえんだ。
「二人がかりでやっとですよ」
「うそつけ」
アレフは苦笑した。
 レックスは補助・回復呪文に、エイトは攻撃呪文に秀でているが、それぞれ武器を取って物理攻撃をやっても相当いける。いけるどころか、屈指の腕前と言えた。
「おまえら、慣れてるよな」
とアレフは言った。
「魔法も技も使えるし、攻撃力も高いし。差が付いちまう」
ぼやきはしたが、アレフはそれほど落ち込んでいなかった。パーティを失って以来ずっとつきまとっていた不安が、戦闘の時は消える。自分の背を預けて戦えるというのが、どれほど気楽なことか。
 軽い笑い声をたててレックスが答えた。
「差がつく?またまた~」
「レックス君、彼は気づいてないみたいだよ?」
「え、まさか」
「何の話だ?」
とアレフが問うと、エイトは指を折り始めた。
「パーティ、なし。装備、初期。スキル、なし。魔法、ほとんどなし」
「改めて言われるとへこむぜ」
「にもかかわらず……」
とエイトは続けた。
「HP、ちから、みのまもりはカウントストップ、MP4桁目前、魔法防御メタルスライムクラス。耐毒、耐眠、耐眩、耐踊、耐呪、耐即死、最高値」
エイトは一度言葉を切った。
「ほんとに信じられない。呪いに関する耐性がぼくと同じくらい高い人間を初めて見ました」
あ~、とアレフは言って、片手で頭をかいた。
「まあ、めったなことじゃ俺のHP削り尽くせないからな」
ガライ近郊でのキメラ戦は単純に高すぎるHP頼みの戦闘だったのだ。
「ただし、かしこさとすばやさは並、うんのよさは……目も当てられない」
くそっとアレフは思った。
 いつのまにかレックスがそばに来て、ちょんと袖をひっぱった。
「ぼくのお父さんもうんのよさ低いけど、ちゃんと生きてるから大丈夫ですよ」
「生きてるだけじゃな」
「ちゃんと結婚して王位について子供もいますから」
「人生勝ち組じゃねえか。まあ、そんならいいか、運が悪くても」
少し先を行っていたエイトがふりむいて声をかけた。
「橋が見えました!」
指さす先には街道があり、樹木の少ないところから木製のかなり大きな橋が見えていた。
「よし、今夜はマイラ泊まりだ」

 ロッコは東へ行った、というのは、本人の母親の言ったことだった。キメラ退治の後ロッコの父親、ゴンロにふるまいを受けているとき、料理の大皿を持ってきたロッコの母親がそう教えてくれたのである。
「あの子は東へ行ったようですよ」
「おまえ、それ、どっから聞いた?」
「いやだよ、おまえさん、ローラ様をさらった怪物が東の方へ飛んでいったってガライじゃ評判じゃないか。それを聞いてロッコはガライから東の方へ戻っていったって、知り合いが聞いてきて教えてくれたんですよ」
「俺は知らんかったぞ」
「あんな風来坊、勝手にしろって言って、おまえさんがあたしの言うことを聞かなかったんじゃないか」
夫婦喧嘩になりそうなので、アレフたちはそのまま引き下がってきた。
「どうする?」
助っ人二人にアレフはこれからの行動を諮った。
「メルキドへ行ってムツヘタに会うか、東へ戻ってロッコを探すか」
ロッコはどこにいるかわからないが、ムツヘタがメルキドにいるのは堅い、とアレフは思ったのだが、エイトは首を振った。
「メルキドへ行くにはドムドーラを越えなければ。ちょっと、やばそうです」
む、とうなってアレフは考え込んだ。
 先日のボスキメラはけっこう大物だった。あのクラスがエンカウントモンスターとしてフィールドにうろうろしているのだ。ドムドーラ越えは不可能ではないが、それには必要な物があった。
「装備を買いましょう。薬草とかも」
「それしかないか」
「でも、ちょっとお金足りないかも」
「旅をしながら稼ぐしかないな」
アレフは決断した。
「モンスターを殺って稼ぎながらラダトーム方面へ戻ろう。足りなければマイラまで足を延ばしてみるか。うまくいけばロッコにぶちあたるかもしれん」
「そうしましょう」
とエイトが言った。
「東の方面には、ちょっとした心当たりがあるんです。いざとなったら頼りになると思います」
というわけで旅は始まった。現在のところ目標額の2/3というところである。
 実は稼ぎ初めてから、アレフは奇妙なことに気づいていた。遭遇するモンスターの種類が違う。何が違うかというと、アレフたち一行がエンカウントするモンスターたちのほうが強い。それがわかったのはガライヤ半島を往復している間、他の旅人やゴンロに雇われた仲間と話していたときだった。
「ここらはいい土地だよ。あまりモンスターも出ないし」
たしかにメルキド方面やリムルダール島に比べればましだが、大魔神やブラッドハンド、それにヴィシャスドラゴンやファングビーストの上位種、ゾンビランサーの集団などに囲まれたときは、"あまりモンスターも出ない"とは言いにくい。
「おれらは一仕事だったけどな」
つい恨みがましく言うと、笑われた。
「ドラキーやらスライムやらがはぐれてるのにぶちあたるだけだろ?」
あはは、と言われてアレフはとまどった。
 が、町の外に出て、彼らがエンカウントしているのを見て、初めてウソをついているわけではないことを知った。どういうわけか、アレフたちが歩くときだけは、超がつくほど強力なモンスターがわらわらと寄ってくるらしい。
「まあ、いいか。おかげで金は貯まりそうだ」
そうそう、とエイトが言った。
「勝てないわけじゃないし」
エイトとレックス、二人の笑顔を眺めながら、アレフは肩をすくめた。一緒に旅をしているのがこの二人だから、これだけ余裕を持っていられる。だが、面と向かって礼を言うのはなんとなく照れくさかった。
「行くぞ、もう、マイラだ」
アレフ達は峠の向こうの森の中にマイラを望むあたりまでやってきていた。
 マイラは不思議なところだった。峠を越える道に沿って進むといきなり木立が開け、集落が見えてくる。村と呼ぶには大きな規模で、道の両側には立派な店や宿が並んでいた。道はやがてマイラの真ん中の広場へと至る。そこが行き止まりであり、終着点であり、マイラ名物露天風呂の正面でもあった。
「ロッコ!ロッコじゃないか!」
武器屋の店先で数人の戦士が店主と値切りの交渉をしていた。その一人に見覚えがあった。中背だが、がっちりした体つきで赤茶の髪を短く切りそろえている。使い込んだ鉄の鎧はアレフも知る傷がいくつもついていた。