捜神アレフガルド 2.勇者エイト

 レックスは頬を紅潮させてあちこちを見回した。
「すごいや。タバサも連れてきたかったなぁ」
 また別のグループが広場に現れたようだった。見巧者、聞き巧者のそろったガライの人々は、なんだなんだ、と新人に注目した。
 それは芸人には見えない集団だった。若者から初老まで六、七名の男たちで、日焼けのようすや身なりからしてどう見ても農夫だった。
「ガライの町の衆、どうか聞いてくれ」
農夫の一人が、手に持った小さな鐘をリズミカルに打ち鳴らした。どうやらその鐘は何かの合図だったらしい。芸を見せていた集団がすばやく手仕舞いにして、農夫たちに場を譲ったのだ。
「ガライの衆、聞いてくれ。わしらは南に住む百姓だ」
中心になってしゃべっているのは、がっちりした体つきの人の良さそうな男だった。
「今、わしらの村はたいへんなことになっとる。南からキメラの群れが飛んできて悪さを仕掛けてしょうがない」
ざわめきが沸いた。
「何とかせにゃあ、わしらはおちおち畑にも出られん。大昔からの約束事に従って、ガライの衆に助っ人を頼みたい」
畑仕事で鍛えた声はよく通った。
「礼金は用意してきた。一人100ゴールドで十人雇いたい」
それまで興味津々と聞いていた人々から声が挙がった。
「飯代はコミか?それとも別に出るのか?」
「装備を買い戻したいんだが、前借りできるか」
「危険手当は出るか?」
次々と質問を浴びせかけた。
 広場の隅で聞いていたレックスは目を丸くした。
「うわぁ……お祭りみたいな町だと思ってたら」
「ま、これが現実だ」
とアレフは答えた。
「歌って踊ってもいいが、生活しなきゃならないからな。たぶんさっきの鐘の音は人を雇いたいという知らせなんだろう」
そう言ってアレフは歩き出した。
「雇われるの?」
「いや、あのじいさんに見覚えがある。おれのパーティで戦士をやっていたロッコってやつの親父さんだ。あいつの家に泊まったとき、紹介されたよ。たしかゴンロだったかな。ロッコの居場所を知っているかもしれない」
 農夫のゴンロは脇に下がり、別の壮年の男が人々に答えていた。
「飯代は出ないが、うちの村で賄いを出す。前借りは50ゴールドまでよし。危険手当は出せないが、うまくキメラを撃退したらボーナスはある。十人または生き残った人数割りで受け取ってくれ」
説明を聞いてその場から離れる者、居残る者に分かれた。アレフはその間を縫っていった。
「ゴンロさんだろ?」
ゴンロは顔を上げたが、アレフを見ても何の感情もわかないようだった。内心ひそかに期待していたアレフはがっかりした。
「どちらんさんだね?」
「おれは、ロッコの知り合いだ」
やっとゴンロの目に理解の光が宿った。
「せがれの友達か。こりゃありがたい。よかったら一緒に戦ってくれないか」
一瞬アレフは断りたくなった。が、アレフの手に、レックスがそっと触れた。一度は勇者と名乗った身……。アレフは顔を上げた。
「ああ、いいよ。助っ人ぐらいさせてもらう」
隣でレックスがほっとしたように笑顔になった。

  上半分が猛禽、下半分が蛇という奇妙なモンスター、キメラは、その名の通りあいのこであり、どちらの習性も備えていた。卵生であり集団で生息地を構え、成体は群れのボスに従って賢く狩りを行う。そして、肉食だった。
 ガライ南の村に雇われた戦士たちは集団で南下していった。
「いいか、キメラ一族のボスを倒す必要はない。ドムドーラより北へ突出したコロニーさえつぶせばいいんだ」
と農夫たちは説明した。
「コロニーのボスと主立った雄を倒せば、残りの成体はもっと南にある大コロニーへ帰るはずだ。今までもそうだったからな。コロニーのボスはひと目でわかる。他の成体より大型だ」
 農夫に質問する者がいた。
「ボスキメラは魔法を使いますか?」
背中に長い槍を背負った黄色い上着の若者だった。他の雇われ戦士に比べると小柄で童顔だが、むやみに興奮したりまたは怯えたりしているようすはない。落ち着いていた。
「メイジキメラほどではないが、多少使うらしい。用心していってくれ」
しばらく行ったところで岩山が見えた。
「あれがコロニーの境界だろう。みんな、気をつけろ」
銅の鎧を着た男が剣を抜いてそう告げた。その言葉が終わる前に、一斉に奇声があがった。
「来たぞ!」
鳴き声に続いて空に点々と影が現れた。
「多いな。くそっ」
アレフは小さくため息を付いた。手にしているのはガライで買った銅の剣だった。
「もっと強い武器も売ってますよ?」
「いや、これでいい。どうせ……」
もともと勇者として所持していた自分専用の装備ではないのだ。あの剣に代わるものなどありはしない。それなら、竹の槍でも銅の剣でも同じ事だとアレフは思った。
「そこの、やる気のないやつ!」
先頭にいた戦士がこちらをむいて叱咤した。
「いい加減にしろよ?緊張感を持て」
布の服のままふらっと参加した男、しかも子供(レックス)連れというアレフに不信感を抱いていたようだった。
 アレフはレックスと顔を見合わせた。レックスはにこ、とほほえんで五指を広げ片手を高くあげた。
「スクルト」
ふわ、と大気の中に魔力の気配が広がった。
「おまえ、けっこう使うな」
魔法のことだった。
「補助呪文はかなり覚えていますから、サポートは任せてください。あと、特技はベホマラーです」
「そりゃいい。残りの連中を頼む」
アレフ以外、つまり大人九人の面倒を見ろと言われて、レックスは笑顔でうなずいた。
「どうぞどうぞ」
集まってきたキメラの群れは威嚇の声をあげながら侵入者の群れの上を旋回していた。アレフは一人、戦士団から進み出た。
「おい、おまえ!」
銅の鎧の男があわててとめようとした。かまわず進むアレフめがけて一羽のキメラが襲いかかってきた。斜め下から上空へとアレフは銅の剣を一閃させた。ラダトーム郊外でやったときは竹槍だったが、それだけでモンスターの首をはねた技だった。
 くぇぇぇぇっとわめいてキメラは大地に激突した。
 背後で息を呑む気配がした。
 キメラの群れから、二羽まとめて飛び出してきた。一羽が取られてももう一羽がしとめるというキメラ得意の集団戦法だった。
 アレフは剣の柄を握りなおした。
「よし、来い!」
頭上から真下を狙ってくる一羽が、たちまち剣圧の餌食になった。直後に真後ろからもう一羽が迫る。さっと反転してアレフは突きの体勢にうつった。拳まで羽毛にめりこむ勢いでキメラに留めをさした。
 アレフは奇妙な感覚におそわれていた。こんな雑魚モンスター、どれほどいようがどうということはないが、命のやりとりをするこの感覚は久しぶりだという気がした。奇妙なほど、心地よい。自分が戦うために生まれたことをひそかに実感した。
「アレフ!」
レックスが呼んだ。
「あそこに!」
指さした先に、大型のキメラがいた。他の成体よりもひとまわり大きく、羽の色も違う。両翼を広げて威嚇し、はっきりと怒りの気配を発していた。
「待ってました」
足を肩幅に開き、剣を体側に流す。得意の構えをとってアレフはボスキメラを待ち受けた。わくわくする……血がたぎる。アレフは自分が興奮しているのを認めた。
 怒りのあまり一声鳴いてボスキメラが宙を舞った。残りのすべてのキメラがあとに従った。空の高みから一斉にアレフめがけて殺到してきた。
 後ろからレックスが駆け寄ってくる気配がした。ボスキメラがくちばしを開いた。炎系の魔法弾が口の中に生まれ、みるみるうちに大きくなった。
「マホトーン!」
頼もしい少年勇者が牽制をかけた。が、ボスキメラはまっすぐつっこんできた。
「くっ」
炎の魔法はまねだけ。レックスのターンを無駄に消費させることが目的らしい。思ったより賢いモンスターだった。
「ダメージ無視。ボスだけ狙うぞ。次のターン頭で回復を」
「了解」
無数のくちばしが真っ正面からおそってくる。無視するとは言ったが、尖った物が嫌いな人間なら身震いのでるような眺めだった。雑魚キメラにHPを削らせてからボスがしとめるつもりのようだった。
「削り尽くしてみやがれ」
両手に剣を握り、アレフの視線はボスキメラだけを追っていた。
 そのとき誰かが魔法を放った。
「ギラ」
大気がいきなり熱を帯びる。アレフだけを避けてまっすぐに空中へと走る白熱の炎だった。火線上にいたキメラが一瞬で絶命してぼとぼと落ちた。
「キシャアアアアア!」
一族をやられてもボスキメラは威嚇の叫びをあげ、正面から襲ってきた。そのくちばしに剣をあわせて横へなぎ払った。翼で煽ろうとするのを刃で裂き、その合間から襲うくちばしをしのいだ。
 ボスキメラが再び口をあけた。一瞬、剣を持つ手がかじかんだ。氷の息がアレフを襲った。
「フバーハ!」
レックスの使う魔法がアレフを覆う。剣を逆手にして軽く腰を屈め、暴れるキメラの腹をねらった。
「キェッ」
ボスキメラの最後は一瞬だった。腹部を貫かれたボスキメラは地に落ち、羽をまき散らすように身悶え、そして動かなくなった。
「悪く思うな」
剣を抜いてアレフはボスキメラを見下ろした。ガライで買った銅の剣は刃こぼれをおこし、剣のきっさきから柄まで、アレフの拳からひじのあたりまで、血塗れになっていた。
 レックスが駆け寄ってきた。
「アレフ、今、回復します」
「気にするな。たいして減ってない」
そう答えてアレフは振り向いた。
「さっきのギラはおまえか?」
あれがギラだろうか。もの凄い威力だった。一緒にパーティをくんでいたムツヘタが一番調子のよかったときでも、あんなギラは打てたことがなかった。
「いえ」
そう言ってレックスは、傭兵の一人を手で示した。
「あの人です」
その傭兵、赤い布を頭に巻き、黄色い上着をつけた童顔の若者にアレフは近寄った。
「さっきはありがとう。あんた、魔法使いか?」
若者はほほえみ、首を振った。
「本職の魔法使いではありません。もう少し早く打ちたかったんだけど、テンションあげてたら遅くなりました。僕の職業は近衛隊長です。生まれは、いや、育ちはトロデーン」
つつましやかな物腰の謙虚な若者だった。しっかりとこちらを見据えて彼は言った。
「エイトと言います。よろしく、アレフ。神鳥レティスの依頼であなたを捜していました」

 ボスキメラの翼を証拠に傭兵の一団がキメラに悩まされていた村へ帰ってくると、ゴンロはじめ村人は喜んで歓迎してくれた。約束の賃金に加えて酒とごちそうのふるまいが待っていた。
 なんとなくアレフ、エイト、レックスの三人と他の傭兵の間には境のようなものができていた。銅の鎧の傭兵は、しかし正直者であるらしく、わざわざもらった賃金の半額をアレフに差し出しに来た。
「俺は、何にもしなかった。全部は、その、渡せないが、半額だけでも受け取ってくれ」
アレフはその男をまじまじと見たが、ゴールド金貨の山を押し返した。
「いや、気にするな。契約通りでいい。俺もおまえも百ゴールドだ」
銅の鎧の男とほかの傭兵たちは、ほっとしたような顔になった。
「じゃあ、ボーナスはあんたらで取ってくれ」
アレフはそれも断ろうとしたが、そのときエイトがアレフの腕に手を載せた。
「そこまで言われるならありがたくお受けします」
そしてアレフに小声で説明した。
「お金は要ると思いますよ。違いますか?」
アレフは、結局うなずいた。
 村のごちそうは素朴だが美味で量もたっぷりあった。晴れて暖かい夜、村では傭兵のために庭先に長テーブルを出してもてなしてくれた。勝ち戦はいいもので村人も加わってなごやかな宴会になっていた。
 アレフとエイトは酒を、レックスはレモネードのマグを持って、なんとなく三人だけで固まっていた。
「さて、と」
アレフは口を切った。
「あんたらの知っていることを話してくれないか。グランバニアもトロデーンもこのアレフガルドには存在しない。知らないところから来た知らないお二人さん、なんでかわからんが、おれはあんたらを頼るしかないし、なぜか頼れる、信頼できると感じている。まず知ってることを教えてくれ」
エイトは一口ワインを飲んだ。
「その前に、こちらの話をすりあわせておきたいんです、ね、きみ」
エイトはレックスを見ていた。
「神鳥は勇者の災難のことは言っていたけど、君のことは何も言ってなかった。失礼だけどお名前をうかがってもいい?」
「ぼくはグランバニアのレックス。神鳥レティスって、すごく大きな紫色の鳥のことですか?おかしいなあ。ぼくと父さんが出会ったときは、違う名前でした」
「もしかして『ラーミア』?」
「あ、それです」
長テーブルのはしにエイトはマグをそっと置いた。
「そっか。レックス君、君の方の話からどうぞ」
こくりとレックスはうなずいた。
「ぼくは両親と妹といっしょに馬車で大陸を移動していました。いきなり父が馬車を止めて天を指さしました。あれはなんだろうって。きらきらする大きなものがぼくたちを目指して飛んできて、あっというまに頭上を飛んでいきました」
「ああ、神鳥だね?」
「そうです。というか、父は動物が大好きなんです。知らない生き物がいると必ず見に行きます。きらきらする鳥を追いかけて僕たちは谷間を流れる川まで馬車を進めました。鳥は大きな岩の上に止まって僕たちを見下ろしました」
アレフはひそかに予感を覚えながら聞いていた。
「綺麗な鳥でした!紫色の羽毛に長い飾り尾羽を持っていました。そして声にならない言葉で話しかけてきました。助けが必要です、と」
「それ、詳しく」
とエイトが催促した。
「その鳥にゆかりのある者が、神々の理(ことわり)の間の矛盾に巻き込まれ、存在を不正に消されかけている、とそれは言いました。その矛盾を解消する助けになってほしい、と僕らは言われました」
存在を消されかけている、とは自分のことか、とアレフは思った。
「父は、承諾しました。もともと頼まれると断れない性格ですから」
苦笑気味にレックスは言った。
「それで父と僕は、異世界へ旅立ちました」
アレフは口を挟んだ。
「それがあの卵か」
「はい」
「で、父上殿はどうした?」
「わかりません」
あっさりとレックスは言った。
「心細くはないのか?」
レックスはほほえんだ。
「父はたぶん、初めて出会うモンスターに夢中になって、召喚されたことを忘れてるんだと思います。たぶんアレフガルドのどこかにいますから、そのうち会えるでしょう」
「そ、そうか」
仲がいいんだか悪いんだか、とアレフは思ったが口には出さなかった。