レディシップ

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第13回) by tonnbo_trumpet

 暗い夜道に青白い光がぽっ、ぽっと灯っていた。戦士ジョッスは剣を抜いて構えた。
「多いな……三匹、いや、あっちにもう一匹」
デススパークはこのあたりにときどき出るモンスターだった。モンスターと言うより幽霊に近いのだろう。人魂のような冷たくて青白い光に見えるが、けっこう共謀だった。何より怖いのは火の魔法を使うのだ。
 からかうように一匹が前に出た。魔法か?身構えた瞬間、別の一匹が足元へ飛びこんできた。あわててよけようとして、いやな痛みが足首に走った。
「こんなときに……」
捻挫した足をかばうように立ちジョッスは腹をくくった。魔法を浴びるより前に、一匹でも数を減らしたい。剣を握り直すとデススパークがゆらめき、にらみつけるような顔が現れた。
「いちかばちか!」
夢中で斬りつけた。が、手ごたえがなかった。
「くそっ」
見る見るうちに人魂がふくらんでいく。炎の上級魔法、ベギラマだった。やばい、とジョッスは思った。
「逃げて!」
誰かが叫んだ。
 ほとんど同時にジョッスは文字通り地面を転がった。数体のデススパークが一斉に炎を放った。その炎が一点で交わる。たった今までジョッスのいたところだった。ジョッスは木の幹の後ろまで逃げておそるおそるそのようすをうかがった。ゆっくりと炎が鎮まり、黒い煙が漂った。
 黒煙の中から何かが飛び出した。ジョッスは目を見張った。それは一瞬植物の長いツルのように見えた。が、すぐに鞭だとわかった。堅いとげの生えた茨を長く伸ばして誰かが振り回しているのだった。
 茨の鞭はびしっとデススパークにヒットした。先頭の一匹はそれだけで半分潰れてしまった。もう一度ベギラマを使おうと一匹が体をふくらませた。が、すぐにしぼんだ。デススパークのMPはベギラマ一回がせいぜいなのだ。
 びしっと鞭が飛んだ。デススパークが吹っ飛んだ。
「いいぞっ」
思わずジョッスは叫んだ。
 黒煙がゆっくり晴れて行く。片手に茨の鞭の柄を握り、片手にその先端を引いて身構えているのは、若い娘だった。
 思わずジョッスは彼女に見とれた。金色の髪を三つ編みにして片方の肩にかけている。油断なく敵を見据える目。きりりとした表情。田舎には珍しいような美人であり、腕の覚えのあるファイターのようでもあった。
 金髪の娘は空中で鞭を鳴らした。
「もうベギラマは無理よ。逃げてもいいわ。命が惜しいなら、行きなさいっ」
再び鞭が宙を舞った。残ったデススパークたちはさっさと逃げて行った。ふうと息をついて少女は片手で額をぬぐい、鞭をまとめた。
「そこの人、大丈夫?」
「ああ、おかげさまで」
 ジョッスは木の後ろから手を振った。少女が走ってきた。
「君こそ大丈夫か?ベギラマ4発浴びたのに」
少女は笑顔を見せた。
「アストロンよ。鉄化の種を持ってたから、やり過ごしたわ」
「はらはらしたよ。無事でよかった」
ジョッスは胸をなでおろした。少女が手を差し出した。その手を握って起きようとしたとき、激痛が走った。
「痛っ」
「足をやられたみたいね。薬草を貼っておくといいわ」
「ありがとう。女神様に見えるぜ」
あら、と言って娘は笑った。
「残念ながらただの女よ。ビアンカというの」
 ビアンカはジョッスに肩を貸して歩かせた。小川に近い岩場へたどりつくと焚き火の準備を始めた。背に負った道具袋から鍋を出し、水を汲み、慣れた手際で簡単なスープをつくってくれた。
「その足で山を降りるのは無理だわ。今夜はここで野宿して、明日降りましょう」
自分につきそうつもりのようだった。
「申し訳ない、ビアンカ嬢、あらためて礼を言う。かたじけない」
ビアンカは微笑み、焚き火から鍋をおろした。
「丁寧なご挨拶、痛み入りますわ。でも、覚えてない?私、今朝村であなたに会ってるんだけど」
「村?あの温泉の湧く村のことか?こんな美人がいたかね」
鍋から椀にスープを注ぎ、ビアンカは手渡してくれた。
「あらまあ、女神の次は美人と来たわね。私、そのとき大きな麦わら帽子を被ってカブを運んでいたわ」
「しまった、俺、どいた、どいたって言ったよな」
「そうですとも。こっちの荷物の方が重いのに、道を開けろって」
ジョッスは恐縮した。
「申し訳ない。雇い主を通したかったんだ」
ジョッスの仕事は用心棒だった。サラボナやポートセルミで旅に出る人間に雇われてどこへでも行く。今回はサラボナから温泉の村へ湯治に行く老人の一行についていた。
「しょうがないわ。お年寄りですもんね」
ビアンカは言って、自分もスープをよそった。
「いただきます」
 ジョッスはしばらく夢中でスープを食べていた。腹がくちくなるとつい、ビアンカの方へ眼が行った。
「なあに?」
笑い交じりに聞かれてジョッスは赤面した。
「失礼。美人だなあと思ってさ。それに料理上手だ」
「このレシピ、母譲りなのよ。褒めてくれてうれしいわ」
ジョッスはうなった。
「あのさあ……」
ビアンカは手にしたスプーンを椀にそっと落とした。
「言わないで」
「え?」
「たいていの人が同じこと聞くのよ。『君みたいな子が、なんであんな村に住んでるの?』。違う?」
お見通しだった。
「いやその、いい村だよ、あそこは。でも、その、若くて美人で垢ぬけた娘さんがずっと暮らすにはどうかな。あの村じゃ若い男は少なくないかい?」
そうねえ、とビアンカは言った。
「若い男の人はサラボナへ行きたがるわよね。畑を守るのも大切なことなんだけど」
ジョッスは言った。
「都会だよ、サラボナは。おもしろいことや珍しいものがいっぱいあるし。若い人が多くて、活気があっていいよね」
その言葉を遮るようにビアンカは言った。
「知ってるわ。でも無理。村から出られない」
「どうして」
ビアンカはうつむいた。
「父さんを置いて行けない」
ジョッスは沈黙した。
「やっぱりこの辺の生まれじゃないんだ?」
ええ、とビアンカは言って椀の中のスープをかきまわした。
「アルカパという町で父はけっこう大きな宿屋をやっていたんだけど、もともと病気がちでね。宿を人に譲って空気のきれいなところへ移ってきたの。けどここへ来てしばらくしたら母が急病で逝ってしまって、それから父一人、子一人よ」
元は宿屋のお嬢様だったわけか、とジョッスは思った。愛されて育った娘、しかし甘やかされずにしつけられた娘なのだろう。なんとなく、レディシップという言葉をジョッスは思い出した。いつもぴしっと背筋を伸ばしているような、礼儀正しく品よく、しかし凛とした態度で世間に立ち向かっている。病気だと言う親父さんの、たぶん自慢の娘。
「親孝行はいいんだが。でもそうやってお父さんの介護をして暮らして、そのあとはどうするんだ?」
ビアンカは椀を傍らの岩の上へ置いた。
「みんなと同じことを言うのね。『いつまでも若いわけじゃない』、『お父さんだって娘が一人じゃ心配だろう』」
「サラボナなら……」
ビアンカは手を振ってやめて、と伝えた。
「覚悟してるの。この村で一生すごすって。私にできる仕事があればして、地道に暮らすわ。村には母のお墓があるし、たぶん、父も」
下を向くと涙がこぼれてしまうのか、夜空を見上げてビアンカはそう言った。きっと、いつも胸の中でそう唱えているのだろう。言葉は淀みなくでてきた。
「結婚しないの?」
ビアンカは微笑みを浮かべてうつむき、そのまま首を振った。
「少なくとも今は、一生を共にしようと思える人は村にいないわ」
「誰かそんな人いないのかい」
「そんなのいるわけ」
ないじゃない、と言おうとして、ビアンカはふと口をつぐんだ。
「子供のころ、アルカパで」
言いさしてまた首を振った。
「ううん、いないわ。夢は夢よ」
さ、と言ってビアンカは立ち上がった。
「お椀をちょうだい。ざっと洗うわ」
ジョッスは椀とスプーンを渡した。
「世話になるな。いつかきっとお礼をするよ」

 翌朝ジョッスは剣を杖の代わりにして、ビアンカに支えてもらいながらゆっくり山を降りた。薬草が効いたのか、平地でゆっくり動く分にはそれほど痛みもないようになっていた。何度もビアンカに礼を言い、今度は土産を持って温泉の湧く村へ行くと約束して、ジョッスはとりあえずサラボナへ向かった。
「俺が20年若けりゃ、いや、10年でも……。こんなおっさん、あの子はいやだろうなあ」
たったひと晩いっしょにいただけだが、ジョッスはビアンカに気持ちを入れこんでしまっていた。
「どこかにこう、頼りがいのあるいい男がいねえもんかな。あんないい子が死ぬまで山ん中なんてかわいそうすぎる。世の中には楽しいことがいーっぱいあるんだぜ」
サラボナはなんだかいつもよりも明るく、にぎやかなように感じた。
「なんかあったのかい」
知り合いに聞くと笑顔で返事が返ってきた。
「ルドマンさんのお嬢さんの婿取りさ」
「ああ、あのお嬢さんか」
ジョッスは胸がちくりとするのを感じた。
「同い年くらいじゃねえのかい。かたや親がかりで三国一の婿を取り、かたや田舎で」
やれやれとジョッスは首を振って歩き出した。
 前をよく見ていなかったらしい。いきなり誰かにぶつかってしまった。
「おっとぉ」
まだ不安定な足がぐらつく。転ぶ、と思った時、誰かが受け止めてくれた。
「大丈夫ですか?」
旅人のようだった。
「悪いな。ちょっとケガをしてね」
ジョッスがそう言うと旅人は心配そうに顔を覗き込んだ。
「それはいけない。手当はしました?」
ジョッスはまじまじと相手の顔を見た。
「あんた、男前だなあ」
旅人はめんくらったようだった。
 紫のマントとターバンの、サラボナあたりではあまり見かけない装束の若い男だったが、目元が涼しげで女の子たちに騒がれそうな顔である。
「あ、あの」
おい、あんた、と誰かが呼んでいた。
「ちょっと、婿さん!」
マントの旅人は振り返った。
「ぼくですか?まだ婿じゃないですけど」
それではこの男がフローラ嬢さんの求婚者か、とジョッスは思った。
「ルドマンさんが、船の手配ができたから来てくれって言ってるよ」
「はい、今行きます」
マントの旅人は会釈して歩き出そうとした。
「あ、あんた」
思わずジョッスは呼びとめた。
「はい?」
「ここに来る途中の山奥で突然魔物に囲まれて足をやられちまってな。幸い近くの村の女の子が通りかかって手当てをしてくれたんで助かった」
なぜ自分でもそんなことを言いだしたのか、よくわからない。だが、どうしても言わずにはいられなかった。
「一人で山を歩き回ってるんだ。たいした女の子だと思わないかい?」
男前の旅人は、ジョッスの話をふむふむとまじめに聞いてくれた。
「ほんとにそうですね」
そして、にこっとした。
「えらいなあ」
どうと言うこともない感想だったが、ジョッスの心の中があったかくなった。若者の笑みには、不思議な力があった。
「そうだろう、そうだろう。わかってくれるか」
旅人はもう一度うなずき、呼ばれた方へ歩き去った。天の神様、竜の神様、どうかあの子に、ビアンカに、幸せが訪れますように。彼の後姿を見ながら、ジョッスはそう祈らずにはいられなかった。