やまびこの笛

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第14回) by tonnbo_trumpet

 アリアハン城下に名高いルイーダの酒場は、昼下がりのゆったりした時間を過ごしていた。ランチの客が帰り、このあと夜間営業となる。従業員は厨房で下ごしらえ、酒の準備、店内の掃除と忙しかった。
 名物女将のルイーダは店の帳場で年季の入った古い名簿を一枚づつ繰っていた。
「これは、よし。ああ、この人はまだまだねぇ」
ルイーダの店は代々「ルイーダ」を名乗る女たちが店を切りもしているが、ただの居酒屋ではなかった。ここは仕事を欲しい者と人手を欲しい者が出会う場所なのだ。ルイーダの名簿は求職者が素性と特技を添えて姓名を登録する。女将は求人情報と自分の名簿をつきあわせているのだった。
 ひとわたり終わったところで、ルイーダはつぶやいた。
「あの子はどうしてるかしらね」
この店で自分が仕事を斡旋した者はやはり気になる。当代のルイーダの母も祖母も気にしていたし、時にはフォローもしていた。しかも今のルイーダが思いをはせているのは、特別な存在だった。
「オルテガさんのお嬢さん、今頃どこらへんかしら」
椅子をテーブルの上にあげて床をモップでこすっていた若いメイドがひょいとこちらを向いた。
「さっき、港にいましたよ?」
「え、トリアが?」
「にぎやかなお友達とご一緒でしたね」
と答えるが早いか店のスィングドアが勢いよく開くのが早いか。噂の主が店に現れたのだった。
「ルイーダさんっ」
おひさしぶり、と応じようとしてルイーダはためらった。
 ルイーダもよく知っているアリアハンの英雄オルテガは、トリアと名付けた娘を残していた。その子が16になり王から旅立ちの許可を得て支度金をもらい、この店にやってきたのがちょうど一年前だった。ルイーダは旧友の遺児のために女の子ばかりのパーティを編成してやったのだが。
「ちょっと、どうしたの?」
トリアはルイーダのいる帳場へ突進してくるとテーブルの上にばん、と両手をついた。
「どうしよう、あたし、赤ちゃんできたみたい」
目つきが真剣だった。

 ことがことだけにルイーダは店の奥にある店主の私室へトリア一行を連れ込んだ。
「大きな声を出すんじゃありません。嫁入り前の娘が」
トリアは椅子にすわりこみ、自分の親指の関節を唇にあて無意識に歯を立てている。
「まったくオルテガさんの奥さんに会わす顔がないわ。こんなことにならないようにあんたたちをつけたってのに」
パーティの面々はトリアとだいたい同じくらいの年の女子ばかりだった。
「んなこと言ったって!」
女戦士ブレンダが憤然と抗議した。
「要するにあいつらが悪いんですよ、女の敵だ、まったく!ふざくんな!」
彼女の性格の“乱暴者”は、ちからは上がりやすいのだが繊細さには欠けるきらいがあった。
「あいつらって?」
「ええと、アルなんとか、名前忘れた。アッサラームの店で隣の席から声掛けてきた色男の二人連れ」
「アリーとアジーでしょ?」
と女賢者セリナが答えた。
「ルイーダさん、私たち、油断していたことは否めませんわ。こちらが四人、あちらは二人。それに最初はとても礼儀正しい方々だと思ったのです」
“おじょうさま”なセリナが説明する間、ぐすっとトリアは涙ぐんでいた。
「んで?」
「すっかり意気投合して、お酒もお料理もどんどん注文して正直盛り上がりましたの」
ブレンダが鼻を鳴らした。
「そりゃあんたはいいわよ。あのあとアジーとふたりですみっこ行って、親密そうになにやってたのよ」
ふっとセリナが唇をほころばせた。
「古の詩人についてお互いに好きな作品をあげて感想を述べあっておりましたわ。ブレンダ、あなたも楽しそうだったじゃありませんか」
そうそう、と女商人フラニーが言った。
「店に来てた客全員と腕相撲して、優勝なんてね」
「悪いか」
とブレンダは一喝した。
「あぶれてやけ酒呑んでたあんたに言われたくないね」
「なにをーっ」
とフラニーが息巻いた。
「あたしだってイケメンと二人で、その」
この子が“みえっぱり”だったことをルイーダは思いだしてためいきをついた。
「つまり、三人が三人とも、トリアから目を放していたってわけね?」
パーティの娘たちはバツが悪そうに眼をそらした。
 ぐしゅっとトリアがすすりあげた。
「ルイーダさん、お母さんになんて言えばいい?」
「その前に、そのアリーって人は何て言ってるの?」
「わかんないの。だって、朝になったらいなくなってたし」
最悪の事態をルイーダは覚悟した。
「ああ、もう……。あたしが一緒についていってあげるから。お母さんにちゃんと話にいきましょう。いいわね?」
「うわあん、お母さん、怒るよ」
オルテガ夫人はかなり気性の激しい女性なのだ。ルイーダはため息をついた。
「しょうがないでしょ。こんなけじめのないことをやっちゃったんだし。でもまあ、あのおてんば娘が赤ちゃんを産むようになりましたか。あたしも歳を取ったわねえ」
しみじみとルイーダはつぶやいた。
「アリアハンへはルーラしてきたの?そう、よかった。身重で長く歩くのは赤ちゃんによくないわ。今、気分はどう?吐き気はしない?」
トリアはためいきをついたが、首は横に振った。
「そういうのは、ぜんぜん」
「だいたい、今何カ月くらいなの?」
「何カ月って?」
トリアはぽかんとしていた。
「だから、その」
しょせん、おてんば娘なのだ。大人のことにはうとくて当たり前。
「トリア、ちょっとそこに立ってみて」
トリアはしょんぼりと立ち上がり、ルイーダに向かい合った。ルイーダは、代々のルイーダが伝えてきたアイテムを取りだした。
「あ、それ、もしかしてやまびこのふえですか?」
とセリナが言った。先端に角をつけた、卵のような形の笛である。
「よく知ってるのね。さすが賢者」
「たいせつなものを探すのに使うのでしょう?でも、今、なんでオーブを?」
「違うのよ。これにはちょっとした力があるの」
ルイーダはやまびこの笛を唇にあててそっと息を吹き込んだ。どことなくのどかな音が笛から流れ出した。ピ、ポ、パ、ポ~……。
「何も起こらないよ?」
「だよな」
商人と戦士が不思議そうに顔を見合わせた。
「ええ、やまびこは返らなかったわね」
とルイーダは言った。安心したせいか、今頃額からどっと汗が噴き出してきた。
「でもこれでわかった。トリア、赤ちゃんじゃないわ」
「え?」
「お中に赤ちゃんはいないって言ってるの」
「でも、あたしっ」
ルイーダは言った。
「そのアリーさんとやらに会ったのはいつごろだった?何カ月前のことなの?」
「昨日」
とトリアは言った。
「だから、ちょっとお酒が残ってるのかな。吐き気はないけど、頭痛がするの」
やっぱりね、とルイーダは思った。
「あのね、トリアちゃん?ひとつ聞くけど、どうして“赤ちゃんができた”と思ったの?」
「そんな、あの、恥ずかしいよ、ルイーダさん……」
いいや、騙されない、とルイーダは思った。
「言いなさい」
トリアは真っ赤になった。
「だって、あの、お酒飲んでるときに、あの……、試しだからって……、キス……」
きゃっとトリアは両手で顔をおおった。
 ルイーダは深呼吸をした。
「そうか。“おてんば”に“らんぼうもの”と“おじょうさま”と“みえっぱり”をつけたあたしがバカだった」
“セクシーギャル”を一人入れておけばよかったのよね、とルイーダは思ってためいきをついた。
「いい?覚えておいて。キスだけじゃ赤ちゃんはできません。でも、そもそも男の人と二人っきりでお酒飲むんじゃないの。クエストをなんだと思ってるの?ほかの三人も、いいわね?」
はい、と女の子たちはしぶしぶうなずいた。
「なんだ、勘違いか。もう、びっくりしたよ」
「やっぱりねー。そうじゃないかと思ってたんだ!」
「あら、フラニーが一番あせってませんでした?」
「う、うるさいわねっ」
ねぇ、ねぇ、とトリアが言った。今まで呆然としていたのだった。
「どうしてその笛でわかるの、その、赤ちゃんのこと?」
ふふふ、とルイーダは笑った。
「女の人のおなかに赤ちゃんがいるときにすぐそばでこの笛を鳴らすと、赤ちゃんのいる場所が親指の先くらいの大きさでぽっと光るのよ」
「ほんとっ?」
やまびこの笛から放たれるのは、人の耳には聞こえないほどの高い振動数をもつ音波だった。胎児がいればその反射(エコー)が変化を起こす。
「ほんとですとも。だから、私に黙っておいたはできないと思った方がいいわよ?」
とルイーダは釘を射した。