妖精の笛

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第23回) by tonnbo_trumpet

 森の中の温泉郷、マイラには、のんびりとした雰囲気が流れていた。マイラ温泉は郷の一番奥、その手前は武器屋、道具屋などが並ぶにぎやかな商店街である。真ん中が一種の広場になっていた。
 その広場の一角に三人の若者が集まっていた。青い服の戦士と緑の服の少年、そして白いローブに赤い頭巾の少女だった。
「このへんじゃねえかなあ」
青の戦士、ローレシアのロイアルがそうつぶやいた。
「温泉からこっちへ四歩、なんだけどねえ」
サマルトリアのサリューが答えた。
「なんでないのよ!」
ムーンブルグのアムが憤然とつぶやいた。
「えーと、わかんないけど、温泉そのものが勇者アレフの時代と変わっちゃったのかも」
「だから四歩もあてにならないってことか」
「そもそも、一歩って微妙だからね」
アムがためいきをついた。
「無駄足だったわね。なんかくやしいわ」
こくん、とサリューがうなずいた。
「あると便利だと思ったんだけどね。妖精の笛」
それは戦闘中に道具として使うとラリホー効果のある特別な笛だった。三人の先祖に当たる勇者ロト、勇者アレフがこの笛をマイラから掘り出して使ったことがある。ロイたちもひそかに期待してマイラへ来たのだった。
 マイラの郷を取り巻く大木の森を見上げて三人はため息をはき、首を振った。
「しかたねえ。温泉でも入って気を取り直して行こうぜ」
きっぱりとリーダーは言った。
「そうね。そうしましょう。で、あとで美味しいものでもいただきましょうよ」
「マッサージあるかな」
パーティも気持ちを切り替え始めた。
「そうと決まったらまず宿だ、宿!」
ロイは威勢良く言って、先頭に立った。
「お金、どのくらいある?」
隣でサリューが言うのを、ほとんど聞いていない。そのあとからアムは歩き出そうとしてふと立ち止まり、頭巾を整えた。
 その瞬間。視界の隅で何か光った。
「え?」
あわててアムはあたりを見回した。何もなかった。
 アムはかがみ込み、もう一度視線で舐めるようにマイラの大地をじっくりと眺めた。
「アム、どうしたの?」
「何か光ったような気がしたの……」
魔法特有の輝き、と思ったのに。だがどれだけにらんでも光は見えなかった。
「ごめんなさい、見間違いだったみたい」
一度希望が高まっただけに、アムはがっかりした。

 秋風の吹くその地もまた、森の国だった。樹木の作り上げた自然の玉座に、高貴な女性が座っていた。彼女は妖精であり、女王であり、そして一人の哀しい母親でもあった。
「これを持って行って、ギアガの大穴へ捨ててください」
妖精の女王はそう命じた。
 人間で言えば壮年の男性の姿をした妖精が、低く頭を下げて女王の手から品物を受け取った。男の手なら左右の手を合わせた中に収まってしまいそうな、華奢な木の笛だった。吹き口のまわりに青い飾りバンドがつけてある。そのバンドの中に呪文が刻まれていた。
「これは妖精の笛ではありませぬか」
その男は、なかなか贅沢な衣を身につけていたが、しっかりした革の長靴、厚地のマント、小さくまとめた荷物、と、明らかに旅支度をしていた。
「一族の宝を、なぜ」
妖精の旅人は女王を諫めるふうだった。
「私が持てば、また過ちを繰り返すかもしれませぬから」
わずかに視線をそらせて女王はそう言った。旅人もうつむいた。
「アン姫のことは、私どもも悔やまれてなりません」
 アンは、女王の愛娘だった。人間の男と手に手を取って、しかもエルフの宝を盗んで出奔した、と長いこと信じられていた。女王は怒りのあまり、その人間の男の生まれた村、ノアニールのすべてを眠らせてしまった。
 それが誤解であり、アンは最後まで母を思って亡くなった、と知れたのはつい最近のことだった。
「復讐心に駆られて、私はこの笛を使って人間の村を眠らせてしまった。それであの村では時間が止まってしまったのです。笛の力が、魔力で増幅されて、あのようなことに……」
高い魔力を持った者が使えば、妖精の笛はかくも恐ろしい力を発揮する。女王は軽く頭を振った。
「さらに負の感情をこめて笛を扱っていたら、あの村はすべて石になっていたでしょう。この笛にはそれだけの力があるのです」
ですが、と旅人は言った。
「同じ笛が石にされた者の石化を解除し、眠っている者を目覚めさせるのです。むげに捨ててしまわれるのもいかがなものでしょうか」
女王はふと視線を玉座の側にいた者へ移した。それはつつましやかな女賢者だった。
「予知夢がございました」
静かに賢者は告げた。
「ギアガの大穴の下の世界でこの笛が必要とされる時が来ようとしております」
「現世のうちでも難しいというのに、さらに見知らぬ世界へこの笛を野放しになさるおつもりですか」
と、旅人は食い下がった。
「ご心配なく。私が細工をしておきました。この笛は、必要とする者がそばへ来ると魔法特有の輝きを放つでしょう」
旅人はじっと笛を観察した。
「わかりました。そこまでおっしゃるのならばこれをギアガの大穴へ投げ入れて参りましょう」
女王は、ほっとした表情になった。
「頼みましたよ」

 女賢者の細工は成功した。妖精の笛はアレフガルドへ落とされ、マイラ温泉の南側の地面へ落下した。時間が経つにつれて土ぼこりや落葉をかぶり、やがて土塊の中へ潜り込んだ。ノアニール駆け落ちを解決した勇者一行がマイラを訪れるまで笛は静かに眠り続けた。
 パーティがマイラの入り口をくぐったとき、笛は目覚めた。きら、きら、と心臓の鼓動と同じリズムで光を地上へと放ち、己の存在を主張した。
 そして百年単位の時間がすぎ、もう一人の勇者がマイラへ至る。彼は、あらかじめ笛の在処を聞いて知っていた。それでよかったのだろう。その歳月の間に、さしもの笛も魔力が衰えていた。自分の使い手が現れたときに、間のあいた光しか放つことができなかったのだから。それでも笛は、高い壁の町を守るゴーレムをきっちりと眠らせてくれた。
 さらに時は過ぎた。人々の魔力が衰え、アイテムから魔力が失われていく冬の時代。妖精の笛の魔力は、限りなく低下していた。三人目の勇者がマイラへ来て笛のすぐ側へやってきたとき、女賢者が施したしかけによって妖精の笛は光を放った。
「え?」
パーティの中でもっとも魔力に優れたムーンブルグの王女だけがその光を感じ取った。
 最後の力を振り絞って、妖精の笛はシグナルを送ったのだった。その瞬間、魔力は完全に枯渇した。
「ごめんなさい、見間違いだったみたい」
潔くそう言って、ムーンブルグの王女はその場をたち、従兄弟たちを追った。ノアニールの村を壊滅させた妖精の笛の、それが最後だった。