酔いどれキントの災難

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第11回) by tonnbo_trumpet

 南から吹く風は熱く乾いている。パルミドは乾期に入ると毎年強風に襲われた。枯れた雑草の塊が砂埃といっしょに風に吹かれて転がった。赤茶けた灌木の枝を風がゆすり、物悲しい音をたてた。
 北の方から一人の旅人がパルミドを目指してやってきた。馬車を使わず騎馬でもなく、徒歩だった。それほど裕福ではない、ということは、まさにパルミドにふさわしい旅人だということだった。
 町の入口に居たパルミドの住人達は、めんどくさそうに新来者を眺めた。金を持っていそうか?色仕掛けでいけるか?カジノで巻き上げられるか?脅しに弱そうか?どれもだめなら、どこかへ連れ込んでシメたとして、うるさい身寄りがありそうか?
「あかん。全部ダメだ」
通行料をせびるあらくれがそうつぶやいた。
「なんだ、教会のガキじゃねえか……」
旅人が身につけているのは青いサーコートだった。胸に教会の紋章入り、ウェストをベルトで留めている。それは聖堂騎士団の見習い、騎士候補生(エスクワイア)の制服だった。肩にはひもでとじる袋をかけ、もう片方の手に聖書らしい厚い本を持っていた。
「坊主の見習いじゃ金は持ってねえな」
無遠慮に言う声が聞こえたのか、制服の若者は顔を上げた。短い黒髪は額の真ん中がやや後退している。身長はあるがまだ子供に近いほどの若さだった。が、若さに似合わないほど鋭い眼をしていた。
「なんだよ、てめぇ」
要するにパルミドの住人たち……世の裏稼業に従事していきあたりばったりの渡世をしている連中は、僧侶見習いと聖堂騎士見習いの区別などついていなかったのだ。
「やんのか、ガキ!」
黒髪の若い騎士見習いは、肩の荷をおろし、口を閉じたひもを緩めて丁寧に聖書をしまった。
「尋ねたいことがあるのだが」
「ロハじゃねえぜ!?」
入口のあらくれは嘲笑した。
「ここをどこだと思ってんだ。天下のパルミドじゃタダで手に入るものなんざねえんだよ、え、坊さん」

 その騒ぎが起こった時、キントはいつも行く酒場のいつもの隅っこで幸せな夢を見ていた。
「ふところがあったけぇってのは、いいもんだよなあ」
「どうした、キン公。ずいぶんと豪勢だな」
いつもは酔っ払いに知り合い面で近づいて酒をおごってもらうキントが、目の前に酒のはいったタンブラーとつまみをおいて、昼間っから酒をあおっている。飲み仲間はつい話しかけた。
「ツキが来たのよ」
「ああ?カジノか?」
「いやいや」
酒臭い息を吐いて、キントはうれしそうに説明した。
「こないだアスカンタへ行く道の途中で病気の親父を助けてやったのさ。そのときにいいもんもらったんだ。これがびっくりするくらいの値で売れてな」
へ、へ、へとキントは緩んだ顔で笑った。
「なんでも『オルテガの兜』ってんだそうだ。世界にひとつしかねえ値打ちもんで、その親父、聖堂騎士団へ寄進するつもりで持ってきたらしいんだが」
「それをなんでおめぇが持ってんだよ。かっぱらいか?」
「ま、いいじゃねえか。正直もんにはおてんとさまがご褒美を下さるのよ」
 と、キントが大見得切ったときだった。酒場の入口が凄い勢いで開いた。
「逃げろ!」
いつも町の入口に陣取っているあらくれだった。が、どういうわけかおびえきっていた。
「キントはいるか?に、逃げろ、早く」
なんだ、なんだ、とパルミドの住人がざわめいた。ひとりが気がついた。
「おい、どうしたんだ、その傷」
あらくれの顔のマスクは半分とれかけている。その下から内出血で紫色になった皮膚がのぞいていた。
「おい、誰にやられた!」
あらくれが答える前に、靴がその頭をぐしゃっと踏みつけた。酒場の客や野次馬たちが色めきたった。
「何しやがる!」
 あらくれの頭を片足で踏みつけ、まだ若い騎士見習いが酒場の入口に立っていた。体の前で腕を組んで酒場の内部に視線を走らせた。ふりあげた拳、出かかった罵声が急に勢いを失った。
「私は聖堂騎士団のマルチェロ候補生だ」
鋭い瞳が、酔いどれキントの上にとまった。
「『オルテガの兜』を返してもらおうか」
呑み仲間はこそこそとキントの側から離れていく。キントの酔いが急速に冷めて行くのが呑み仲間にはわかった。キントは後ずさりした。逆にマルチェロはずかずかと近寄った。
「そんなもん、知らねえよ……」
震え声だった。
「いや、寄進者の訴えにある人相は、きさまと一致する。返せ」
進退きわまったキントは破れかぶれにわめいた。
「遅かったな、坊や。売っぱらっちまったよぉ。ここでお祈りしてみな。神様が返してくれっかもよ?」
へへっとキントは笑いでごまかそうとした。床に転がったままのあらくれが、小さく首を振った。
 いきなりマルチェロはキントの襟をつかんで引き寄せた。
「祈りがほしいか?なら、教えてやろう!」
キントの喉が言葉にならずにひくひく動いた。
「偉大なるかな、母なる女神よ」
それは、聖堂騎士団とゴルドの大聖堂が奉じる女神への賛歌だった。この世界のたいていの者がそらで覚えている。が、マルチェロはその祈りと同時に思いっきりキントの顔を平手で張り飛ばした。
「ちょっ、まっ」
「我ら人の子を憐れみたまえ」
バシッと音を立ててキントの反対側のほほが鳴った。キントの鼻から鼻血が流れ出した。
「愚かなる者も」
バシッ。グキッ。
「卑しき者も」
キントはじたばたしたが、万力のような力で襟をしめあげられている。
「等しくその優しき御手に」
「ばって、だのむ」
「うるさい、まだ祈りは終わっていないぞ」
と同時に鼻柱めがけてアッパーがさく裂した。
 女神への賛歌は、キントの悲鳴をコーラスに延々と続いた。酔客たちは通行料のあらくれの青あざの原因を心から理解した。賛歌がようやく終わった時、口を聞く者もいなかった。
「ごのみぜの……かうんたーのおぐ……闇屋に……」
息も絶え絶えにキントは白状した。ふっとマルチェロは口元に笑みを浮かべた。
「汝の上に女神の御恵みのあるように」
 この事件からだいぶたっても、パルミドの住人はこの、二言目には殴打が来る乱暴者の騎士候補生のことを、恐怖の伝説として語り伝えていた。