時の砂リサイクル

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第五回) by tonnbo_trumpet

  わずかに緑がかった灰色のガラスの容器はハートの形をしていた。その尖り気味の底部に、黄色い砂のような物質が貯まっていた。ハート容器の斜め上の方に入口があり、紫の房のついた金の金具で栓をしてある。
「これは何ですか、お師匠様」
うら若いエルフの娘が、年老いた女賢者に尋ねた。
「時の砂よ」
女賢者は静かに答えた。真っ白になった髪はいまだ豊かで額の中央で分けて左右へ流している。頭に金の飾り輪をはめ、袖の大きなローブをまとい、穏やかにたたずむ姿は今もなお美女と呼ぶに値した。
「エルフの王家が代々伝える時の結晶を細かく砕いたものをそう呼ぶのですよ。これはたまさか人の世に出て、いろいろな者の手に渡ってきた。そしてここへ還ってきたの」
「どうして?」
「時を戻す力がなくなって、打ち捨てられたのでしょう。この砂の力を蘇らせることも私たちのお仕事。それをこちらへ」
女賢者は手の中にハート形の容器をそっと取りあげた。テーブルの上、不思議な刺繍のはいった厚地の掛け布の上に、弟子の少女は銀の丸盆を置いた。女賢者は金の蓋を取り、中身を銀盆へさらさらとこぼした。
「時の砂は少しだけ時を戻す力がある。おまえなら、どんな時にこの砂を使う?」
心もとなげに弟子の少女は答えた。
「失敗したくないのにしてしまったら、使うでしょうか?」
「まあそうだろう。でも、もう一度失敗したら?また時の砂を?」
「はい」
「成功するまで?」
「ええ、せっかくなら」
女賢者は小さくため息をついた。
「ほら、ごらん。人はね、自分の執着の強さの分だけこの砂を使うのです。それが強ければ強いほど、砂は執着に染まって汚れていく」
女賢者は片手を銀盆にかざし、目を閉じて何事かつぶやいた。かげろうが立ち上った、と少女の目には見えた。次の瞬間、少女は目を見開いた。
 銀盆の上に山盛りになった時の砂は、色が変わっていた。かなり鮮やかな黄色だったものが、色が抜け、やがてクリスタルの透明感を得て銀盆の上で輝いた。
「まあ」
ほっと女賢者はつぶやいた。
「これはまあ、良い方ですよ。執着と言ってもまだ薄いし、あまり汚いものを吸っていなかったわ」
女賢者は身ぶりで銀盆を運ぶように少女に言いつけた。少女は銀盆を部屋の隅へ運び、巨大な金魚鉢のようないれものの中へ注ぎこんだ。
「次のを持っておいで」
少女は部屋の反対側の隅に積み上げたハートのいれものの前に立ち、どれにしようかと迷った。いれものはすべて同じだが、中の砂の色が千差万別だったのだ。とりあえずいくつか持って、師匠の元へ戻った。
「お師匠様、私もやってみたい」
女賢者は心配そうな顔になったが、熱心な少女の顔を見てうなずいた。
「この茶色いのと紫のは私が。おまえはその水色のをお盆に明けて、試してご覧」
しばらくの間、修業中の少女はさまざまな時の砂の相手をしていた。
「お師匠様……」
「疲れましたか?」
少女は疲れ切った顔を向けた。
「人の執着は怖いものですね」
嫉妬や殺意と言った強い感情を苦手とするエルフたちは、とりわけ執着心はおぞましく見えるのだ。
「かわいそうに」
女賢者は弟子の少女をローブの大きな袖でくるみこむようにした。
「今一度、いっしょにやってみようね」
そう言って、時の砂の入ったいれものを手にした。銀の盆の上には桃色と朱色のまじった時の砂が小さな山を造った。
「まあ、これはこれは」
目を閉じていた女賢者が、そっと微笑んだ。
「見て御覧」
「この人間は?」
「どこぞの勇者。ほら、何度も戦闘を繰り返しているわ」
赤い砂の上に手をかざした少女は身震いした。
「ああ、怖い。炎を浴びている……今度はマヒャドに……それから、それから。ああお師匠様、この若者はどうしてこんな痛い目にあうことを繰り返しているのでしょう?」
「もう少しまわりをごらん」
と女賢者は言った。
「その若者の背後、仲間がいるでしょう」
「はい。でも、一人は魔法の眠りで眠らされ、一人は幻惑されて踊っています。そしてもう一人は傷を負って、息も絶え絶えになっているではありませんか」
少女の指摘は事実だった。そのパーティは、フィールドの雑魚モンスターとの戦闘のために、戦士と僧侶をやられ勇者一人が魔法使いを庇って戦闘していたのである。
「モンスターは、特に経験値があるわけでもなし、珍しいことでもなし。いったいこの勇者は何をしたくてこんな闘いを最初から繰り返しているのやら、あっ、ほら、また。今度は敵が直接殴りに来ました」
女賢者はかわいい弟子の肩を抱きしめた。
「よいのよ。この若者はこの時を待っていたの」
そう、多彩な攻撃方法をランダムに浴びせてくるこのモンスターが、物理攻撃をしてくるのを、時の砂を使ってまで待っていたのだった。
 負傷してうずくまる女魔法使いの前に、勇者は飛び出した。突出するモンスター、その攻撃を、間一髪の差で勇者はかわした。すべての性格の中で、攻撃回避率が最大となるその勇者は――
「この子に手を出すなっ」
(邪魔な)仲間二人が見ていない時。目当ての女魔法使いが怖がっている時。自分の能力を最高に生かしてモンスターを倒し、その台詞を言う。それがこの脳筋系勇者の最大の“執着”だった。
 会心の一撃でモンスターを葬り去った。その勇者は、ラッキーマンだった。