三々七拍子!

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第12回) by tonnbo_trumpet

  美女の指が酒瓶を取ってグラスのなかに新しい酒を注いだ。
「さ、もう一杯。ちっとも呑んでないじゃないの」
すでに赤くなった顔でライアンはグラスを受け取った。
「いや、私は、もう、その」
そろそろろれつがあやしくなっていた。
 温泉で知られたアネイルにパーティは一夜の宿を求めていた。食事のために階下に降りてきて、同宿の女たちと相席になり、どちらからということもなく酒盛りが始まってしまった。
「なんとなく、いけすかないわ~」
「姉さんたら」
なんでも彼女たちは旅芸人なのだそうだ。モンバーバラの劇場のスターだったマーニャには初めのうちは愛想よくしていたが酒がすすむとこの道の大先輩たるマーニャをほっといてライアン、クリフト、トルネコと言った男たちに群がり、女性メンバーには鼻もひっかけなくなった。
 女房もちのトルネコは商人らしい愛嬌をふりまいたあげくにさっさと退散してしまった。クリフトは、アリーナに襟の後ろを文字通り引きずられて二階の客室へ連れて行かれ、ブライと勇者は沈没してすでに眠りこけている。結局ライアンだけがターゲットになってしまった。
「お先に失礼するわ」
むかつきまくっているマーニャはそう言って席を立った。
「まーにゃどのっ、私もいっしょに」
「あ~ら遠慮なく呑んでいていいのよ?ごゆっくり!ミネア、行くわよ!」
「はいはい」
姉妹はべろべろのライアンを放り出して客室へ帰ってきた。
 案の定翌朝は二日酔いが続出した。
「ったく、だらしないっ」
アリーナとマーニャは同じ台詞を同じ口調で言って憤慨している。フロントメンバーは女子ばかり。
「いくら骨休めったって、骨抜きにされるなんて!」
 現在パーティはルーラで希望の祠へ来ていた。闇の洞窟はモンスターが手ごわく、昨夜は久々の骨休めだったのだ。が二日酔いばかりで勇者もあえなく二軍入りの結果、トルネコがお供をつとめていた。
「まあまあ、毎日というわけじゃなし」
ととりなしても、ふんっと鼻を鳴らすだけだった。
「毎日これでは困りますよ」
ミネアもちょっとこぼして、そして顔を上げた。
「早速エンカウントみたいですよ、トルネコさん」
「の、ようですな」

 姉さん、ねえさんっとミネアが叫んでいた。
「な、何かあった……?」
勇者は馬車の外へ出ようとして、げっとうめいた。吐き気がぶり返してきたのだった。
「ひ、ひめ」
忠実なクリフトが必死のおももちで這いだした。
「勇者さん、まずいですよっ、痛恨の一撃でみんな……あっ」
外からクリフトの声が聞こえた。すっかり動揺している。
「姫、しっかりして下さい、今回復を、うわああっ」
勇者は青ざめるのを感じた。まさかの全滅が頭の片隅をよぎる。天空の剣を杖に体をささえ、片手を口元にあてて吐き気を抑えながらふらふらと外へ出た。
「ゆ、勇者どの」
後ろから声が聞こえた。気息奄々のライアンだった。自慢のひげがぺしゃんと垂れ、青いを通り越して白っぽい顔になっていた。
「ライアン、無理だ、ここにいて」
「そういうわけには」
ブライは返事さえできないらしい。
 馬車の外は凄惨なありさまだった。痛恨の一撃を受けたらしいアリーナとマーニャがダンジョンの床にうずくまっている。二人をかばおうとしたのか、その前にトルネコが転がっていた。ミネアは重傷だがまだ自力で立っているが、クリフトはアリーナのすぐそばにひっくりかえって白目をむいていた。
「ミネアさんと俺だけで、こいつら……」
目の前に居るのはレッドドラゴン3頭だった。真っ赤な鱗と頭の両側に張りだしたトサカが特徴のドラゴン族だった。
 やるしかない。勇者は覚悟を決めた。
「ゆ、う、しゃ、ど、の」
ライアンがやっと出てきたところらしい。
「よかった、ライ……」
アンさんが来てくれたら、と言おうとして勇者は愕然とした。げぇげぇという嘔吐の音がした。振り向くのをやめて、勇者はモンスターをにらんで身構えた。
「無理しないでください。もし全滅したら、そのときはよろしく」
ゴールドならまだあるので、お金で蘇生してもらおう、と哀しい気持ちで勇者は考えた。
「このライアン、このようなときにお役に立てずに心苦しい」
いいから寝てろよ。
「せめて、お、おうえんを」
「はぁ?」
思わず勇者は振り向いた。
青ざめたライアンが仁王立ちになっていた。
「いったい、何を」
「三・三・七拍子!」
とうとつにライアンは叫んだ。
「フレー!」
くるんとライアンは一回転した。ものすごくまじめな顔で、右手を頭の後ろに充て、左手を腰につけ、くい、くいと腰を振った。
「フレー!」
両手を腰に当て、軽く身をひねって腰を突き出し、またくい、くいっ。
「あ、あの」
ミネアが絶句した。
 すげぇ、レッドドラゴンて、メダパニできたのか……、と他人事のように勇者は考えた。
 右足を右へ向かって高く蹴りあげ、すぐ左足を左側へびしっと蹴りあげた。そのまま片手の拳を高く掲げてジャンプ。
「ゆ、う、しゃっ、とうっ!」
あまりの場違いさに、勇者もミネアも愕然としていた。時間が引き延ばされ、ゆっくりすすむ。剣士というより武闘家なのではないかとさえ思うような動きでライアンは見事なとび蹴りを左右へ放ち、もう一度天へと拳を突き上げた。
「今ですぞ、勇者どのっ!」
はっとして天空の剣を構え、正面を見た。
「うおおおおっ」
全身に力がみなぎる。さきほどまで巨大だったレッドドラゴンが、赤いヤモリに見える。負ける気がしなかった。
 片膝をつくようにして水平に剣で薙ぎ払った。剣圧がモンスターを切り裂き、三つの首が高々と宙を舞った。

 酔いのさめたライアンは、冷たい水のはいったマグを片手にエンドールの宿の食堂に座りこんでいた。二日酔いはなおったらしかった。
「結局あれはなんだったんですか?」
「私にもわからんのです」
と言って一口水をすすった。
「あの夜旅芸人のおなご衆に教えてもらった……らしいのですが、今となってはさっぱり思い出せん」
「旅芸人って、綺麗なお姉さんたちだったんですが、やるんですか、あの、あれを?」
「ちょっと違っていたような気もするが……んー」
その技……他人のテンションをあげることのできる「おうえん」の熱血アレンジを、ライアンはその後ついに使うことはなかった。