悟りの書と空飛ぶ岩

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第三回) by tonnbo_trumpet

 高原地帯には吹きすさぶ風の音だけが響いていた。一木一草生えないその荒野は過酷な環境であり、その中を歩む者は経験を積んだ冒険者ばかりだった。
「勇者は……天にっ、選ばれし、者」
気温は高いが湿度は低い。顔に防風用の布を巻いた旅人たちは一列になって、拳大の岩がごろごろする荒野をひたすらに進んでいた。
「賢者は、神にっ、選ばれし、者ぉ」
強い風は石の間にけなげに茂る雑草をなびかせる。露出した大岩がところどころにあり、うっすらと苔が生えている。雨風と太陽にさらされて、岩なのか真っ白な骨なのかわからないものもあった。
「この世が、悪に、覆われんと……するとき」
視界の上半分は爽快な青、地平線のあたりで高山の白と灰色の塊となる。その前にあるのは氷河による湖か、はたまた、蜃気楼か。
「両者は、召し出され、世に」
先頭で賛歌をリードしていた者がいきなりぶっと言って口から何か吐き出した。
「灰が入った」
先頭が立ち止ったので、一行も足をとめた。
「また、噴火か」
先日から地震が頻発していた。世界のあちこちから山が火を噴いていると、ダーマ神殿にも知らせが届いていた。
「夕べ見たあれか」
先の晩、彼らは野宿のときに遠くの地平が一か所赤く輝き、轟音がとどろいたのを聞いていた。周囲がまったく何もない荒野であったためそれは良く見えたが実は距離は遠く、一行に被害はなかった。が、誰もが不安を抱えていた。
「どうする。神殿へ戻るか」
彼らはダーマ神殿から派遣された若い神官の一行だった。互いが互いに顔をうかがいあった。どれも気まずい表情だった。
「水が残り少ないのだ」
「食料もな」
「危険でもある」
このあたりは悪名高いスカイドラゴンの生息地だった。
「けれど悟りの書はどうする。あの噴火は、僧正さまの夢見の通りではないか」
一行のサブリーダーにあたる者が熱心にそう言った。
「それはそうだが」
リーダーは言葉を濁した。
 天変地異が前触れとなり、いずれ大魔王がこの世に手を伸ばしてくる。それが夢見の中身だった。ダーマ神殿は、何度も同じ夢が続いたためついに判断を下した。
 勇者の助けとなるべき者たちを、とりわけ賢者を育成しなくてはならない。
 そのために、悟りの書を手に入れなくてはならない。
 だが、どこにある?
 若い神官たちは、年老いた僧正から直々の指示を受けてこの荒野へ探索に出かけたのだった。
 ヒントは少なかった。
「勇者は神に選ばれし者。賢者は天に選ばれし者。
この世が悪に覆われんとするとき、両者は召し出され、世に出でる
心ある者よ、神殿を築き、悟りの書を用意せよ
悟りの書を欲するならば、天を仰いで祈れ」
その賛歌こそダーマ神殿が建設された理由に他ならない。そして誰もが、賢者の書は神殿が隠し持っていると信じていた。
「まさか、隠し場所が伝わっていないとは」
「それだけ大切なものなのだろう」
リーダー役がなだめるようにそう言った。
 悟りの書を書いたのは、大神殿の創設者である伝説の開祖だった。賢者の賛歌を残したのも同じ人物と言われていた。だが、開祖は、悟りの書のありかを誰にも告げずに世を去ってしまったのだった。ただ、その時がくれば自然と姿を現すはず、と言ったままで。
「……どうする?」
深いため息がいくつもの唇をついて出た。
 ごろごろした岩の少なそうなところで、リーダーは古い地図を取り出して広げた。
「悟りの書を手に入れるには天を仰いで祈らなくてはならない。そう思って我らは祈りにふさわしい地を探して」
リーダーは指で地図をたどった。ダーマ神殿から北上するルートである。
「こう進んできた」
「が、無駄だった」
とサブリーダーが答えた。
「どれだけ祈っても天啓は得られなかった」
本当は、どこかに宝箱があって、地面に付けた印を掘ればそれが出てくるのではないかと神官たちはある意味気楽に考えていたのだった。
「……そう、僧正様方へ申し上げるか?」
はぁ、とため息の嵐が起こった。
 リーダーはあきらめて地図を畳んだ。
「少し休もう、兄弟」
全員が無言でうなずき、その場にすわりこんだ。自然と輪を描くような形になった。一人が背に負った荷物を外し、それを枕に横になった。次々と神官たちはそれにならった。
 全員あおむけにねそべって、ぼんやりと空を見上げた。
 見渡す限り人の姿はない。空気は澄み、空の高みは吸いこまれそうなほど青かった。
「謝っちまおうか」
一人がぽつりとそう言った。
見つかりませんでした、と僧正様はじめえらい人たちにそう言おうか、とみんな心の中で考え始めていた。
「それしかないかな」
もう一人が答えた。
 風が吹く。空の遠くの方でスカイドラゴンらしい長い影が踊っている。けっこう距離があるので、逃げなくても大丈夫、と神官たちは経験で学んでいた。
「その時が来れば自然に姿を現すって言うんだから、まだその時じゃないのかもな」
「ああ、そうなのかも」
帰っていい理由を探しながら、神官たちは荒野に大の字になって空を見上げていた。
 大きな雲の塊が頭上を滑っていく。風はかなり強い。そのあとから、奇妙なものがついてきた。
 大きな岩だった。
「なんだ、ありゃ」
数人が肩を浮かせて目で追いかけた。
「あれは、飛空岩じゃないか?」
サブリーダーが言った。
「文字通り空を飛ぶ岩だ。どこかの神殿にあると聞いたが、本物は初めて見たな」
小手をかざして岩を眺めていた一人がつぶやいた。
「もしかしたら最近の噴火で山から吐き出されたんじゃないか?」
「そうかもしれんなあ」
神官たちはなんとなくのんびりと真下から空飛ぶ岩を眺めた。
「おい」
と一人が言った。
「おいおいおい!」
「どうした?」
リーダーは上体を起こし、飛空岩を指した。
「見ろ、何か彫りつけてある」
「なんだと!」
数名が目を凝らした。
「模様?じゃない、字だ。文字だ!」
「読めるか?」
一行の中でもっとも若く、山育ちの若者が目を凝らした。
「待って下さい、読めます。“ゆうしゃは、てんに、えらばれしもの、けんじゃは、かみに、えらばれしもの……”」
今度こそ神官たちが一斉に立ち上がった。
「賢者の賛歌だっ」
「みんな、荷を取れ、走れ、追いかけろ!」
言われる前に若い神官たちは行動を起こしていた。
「捕まえろ、あれが賢者の書だ!」
大魔王降臨の前触れとなる噴火、それこそが賢者の書を世に放つ引き金だったのだ。
「賢者の書を欲するならば!」
リーダーが走りながら歌う。一行は走りながら歌い返した。
「天を仰いで祈れ!」