マイラ一天地六 2.土蜘蛛のセンゾウ

 刀御殿の入り口は客でごった返していた。新しく来た客を番頭がさばき、女中たちが下足札や荷物の預り証を渡している。ぞろぞろと湯をめざしていく者、部屋を先に取る者、単に酒を飲んで騒ごうという者などがそれぞれ勝手を言い合ってたいそうにぎやかだった。
「いらっしゃいませ、ラダトームからおこしで?」
さばさばした口調の若い男がロイたちを見てとんできた。
「ええ、お泊りでしたらいいお部屋がございます。それともお風呂?お風呂上りにお食事できますよ。ご予約はこちら」
立て板に水と言う調子でしゃべり続けるのをロイはさえぎった。
「この宿のご主人に会いたい」
「は?」
「センゾウ旦那、と言うそうだな?」
マイラのジパング人の子孫のうちでもっとも成功した男の名をロイは口にした。
「温泉宿の主人、兼、賭場の胴元、『土蜘蛛のセンゾウ』と言ったほうがわかりやすいか?」
「あんた、何の用だい」
宿の若い男は営業用のおしゃべりをやめ、上目遣いにじっとロイを観察した。
「こちらの旦那の持ってるものを譲ってほしくて来た。取り次いでくれ」
若い男は番頭に目配せした。番頭は柔和な表情を一瞬崩し、年季の入った悪党の顔になった。
「申し訳ないんだが、旦那も忙しいんで」
「そりゃあないぜ」
ロイは番頭に見えるように背中から鞘ごと剣をおろすと、柄の部分を上にして掲げた。
「マイラの刀鍛冶ムラク殿とは、我が先祖、勇者ロトのころからのつきあいだ。話は聞いてもらおう!」
温泉宿の玄関口で騒いでいた群衆はあっけにとられてロイに見とれていた。
 そのときだった。背後のほうでざわめきがおこった。
「誰か来る」
ロイの後ろでサリューがささやいた。
「センゾウ旦那さんだよ」
ロイはゆっくり振り向いた。
 ちょうど外から身なりのいい壮年の男が取り巻きを引き連れて戻ってきたところだった。ジパング風のキモノの上に同じタイプの羽織を着ている。地味な色合いだが、かなり高価なもののようだった。
 顔は日に焼けて体つきはたくましく、繁盛している宿の主人というよりも漁師か木こりの親方のように見えた。酒を飲んできたようで、顔は赤らんで機嫌がいい。意外なことにマイラのジパング人にありがちな黒目黒髪ではなかった。髪は濃い目の茶色、目の色は薄い水色である。ジパング人の子孫はこのアレフガルドの住民と長い間血を混じり合わせてきたようだった。
 結い上げた黒髪に紅唇のジパング美人が二人ばかり左右からしなだれかかって甘えるのを鷹揚にあつかいながら、その男は宿の入り口の広い土間へ入ってきた。
 さっと番頭が近寄った。
「旦那様、こちらのお客様が」
あとはこそこそとささやいた。センゾウはちらと目を上げてロイたちを見て、赤銅色の顔の口元に笑いじわを寄せた。
「お客様、あたしに御用で」
言葉つきは柔らかいが、たくましい体つきや貫禄のある態度のおかげで驚くほど威圧感がある。
「俺はローレシアのロイアル」
短くロイは名乗った。
「あんたが『土蜘蛛のセンゾウ』か」
「その名前、どこでお聞きになった」
「知り合いのドラゴンが教えてくれたんだ。こっちは親戚一同」
サリューとアムがロイに並ぶように進み出た。
「これはこれは」
センゾウは大げさに手を広げた。
「ロト三国のお世継ぎをお迎えできるとは何たる幸せ。店の誉れでございます」
素性は知れているらしい。ロイは従姉弟たちに視線を走らせ、ひとつうなずいた。
「俺は口下手だから、まっすぐ言わせてもらうぜ。あんたが持ってる竜族の女王卵をかえしてほしい」
センゾウはかるく目を見開いた。心当たりがないらしい。
「あんた、買い取っただろう?漁師が海から拾ってきたのをマイラの道具屋が仕入れて、あんたのところへ持ち込んだはずだ」
「あの丸石のことですか」
「それそれ。あんたが支払ったのと同じ金額はこちらでも出す用意がある。話しによっちゃ、ちょっとは色をつけてもいい」
センゾウはしばらくロイたちパーティを眺めていた。
「あれは、私の家の庭の造作に使おうと思っていたのですよ。ジパング風庭園を庭師に作らせていますので」
「石なんか、どれでも同じだろ?」
「とんでもない。形、たたずまい、色合いのいい石と言うのは貴重なのです。申し訳ないが、手放すわけにはいきませんな」
サリューが話しかけた。
「あれはもともと、竜族のものなんです」
センゾウはちらりとサリューの方を見た。
「海底洞窟にかくまってあったものが、高波のせいで海へ流されただけで」
「何と言われようとお断りする」
ただ、と言いながら土蜘蛛と異名をとる男は、ロイの手の中のものをじろじろと眺めた。
「もう一度その剣を見せていただけませんか」
ロイは鞘に入ったままの剣を差し出した。
「見て驚け。本物だ」
センゾウは両手持ちの大きな剣を軽々と受け取り、鞘を払った。美しい刀身が現れた。
 マイラのジパング人たちが刀鍛冶の子孫だ、というのはどうやらほんとうのことらしい。居合わせたジパング系のマイラ人たちはいっせいに声を上げてその剣をたたえた。
 センゾウ自身も陶然と剣を眺めている。
「ムラク様の真作だ……」
一族の太祖への畏敬も憧れもこめて、センゾウはうっとりしている。
「あんた、ムラク殿の子孫なのか?」
センゾウには、血統を飾り立てる趣味はないようだった。
「いや、私には残念ながらその血が流れているわけじゃない。だが、この剣はマイラのジパング人にとってはまたとない宝だ。ぜひこの地で宝として飾っておきたい」
センゾウはロイに向かってはっきりと言った。
「これをお譲りいただけないか」
「ふざけるな!」
言下にロイは答えた。
「本気ですよ」
「それは、その剣は」
ロト一族の誇りだった。攻撃力はやや衰えたとはいえ、歴代勇者の頼もしい相棒だった。まさに右腕であり、強敵の前に立つときの戦友だった。やっとふさわしい言葉を見つけてロイは口にした。
「その剣は、飾っておくためのもんじゃない!」
「では、あの石……あなたがのおっしゃる卵と引き換えではいかが」
弱いところをつかれてロイは口ごもった。
いきなり誰かが服のすそをつかんでひいた。ロイは振り向いた。サリューでもアムでもない。下の方を見てやっと、ジパング風のキモノを着た黒髪の少女がすぐそばにいるのがわかった。
 少女はおかっぱ頭の両側に紅の絹でできた花飾りをつけている。それが角を隠すためのものだということと、その目の白目の部分が金色だということにやっとロイは気づいた。
「お前……」
少女の姿をした小竜王は、しっとつぶやき真剣な口調で言った。
「あの卵がどうしても必要なのだ」
「わかってるって」
小竜王はセンゾウへ視線を向けた。
「土蜘蛛よ、そなたはロトの剣を欲し、われはあの女王卵を求める。ならば、互いにそれを懸け物として賭博で勝負を決めてはどうか」
愛らしい面差しの少女に見えるのだが、尊大な口調が不似合いだった。センゾウはめんくらった表情になり、それからにやと笑った。
「お嬢ちゃんが賭けをするのかい?賭場はお子様の出入りは遠慮していただいてるんですがね」
齢、せいぜい百年かそこらの幼い竜の子は唇を噛み、ロイの服の袖を強くつかんだ。
「この者が私の代理だ。答えよ、土蜘蛛。太祖ムラクの造った剣が欲しくはないか!」
くっくっとセンゾウは笑った。そして丁寧にロトの剣をロイに差し出した。
「よろしい。では、賭場で勝負とまいりましょう。どちらが勝とうと文句なし、それでいいかな、若様方」
ロイは愛剣を取り、センゾウの視線を受け止めた。
「わかった。イカサマはナシでたのむぜ」
「そちらこそ、魔法はご遠慮いただきたい」
「おれはもともとMP0だよ」
「では、のちほどうちの若い衆をご案内に行かせます。それまではどうかゆるりとおくつろぎを」