デルコンダルの黒い旗 6.戦士ドルクス

 やはり、とロイは思った。腕についた筋肉、視線の配り方、戦士として王宮に仕えたことがあるに違いない。それも、一年や二年ではないだろう。
「いかにも、おれがドルクスだ。今は戦士ではなく、囚人の頭だがな」
町の門の外に家がある、という意味を、ロイはやっと理解した。
「噂で聞いた……聖霊ルビスゆかりの者があの獣に挑戦する、と。おぬしか
「そうだ。正直言って、手ごわい。あんたはどうやって戦ったんだ」
 ドルクスは、何も言わずにロイを見ていた。値踏みをされているらしかった。
「小屋に剣を置いてきた。それがあれば、お見せしよう」
ロイはあごを引いた。
「ぜひ」

 外壁の外の草地で、ロイとドルクスは互いに武器を構え、距離をおいて向かい合った。
 戦士が戦い方を教える場合、もっとも実際的なのは、直接剣を交えることだった。サリューとアムにもそれはわかっているらしかったが、心配そうな顔だった。ロイは従姉弟たちに一度うなずいて見せ、足を肩幅に開いて剣を構えた。
「まいる!」
ドルクスは技巧を凝らすタイプの剣士ではなかった。目の高さに構えた剣が真っ向から襲ってきた。ロイは下から、自分の剣ではねあげた。すぐさまドルクスは上段から斬りかかってきた。
 早い。ロイがいくら受け流しても、次の瞬間には攻撃が来る。矢継ぎ早に襲ってくる刃にロイはたじろいだ。
「ロイ!」
アムが心配そうに声をかけた。
 ドルクスの戦い方は執拗で激しかった。ついにドルクスの剣先がロイの腕をかすった。
 頭に血が上ったのはそのときだった。ロイは手の中で剣の柄を握りなおし、いきなり攻勢に転じた。
 ドルクスが受けた。と、思った瞬間、ドルクスの体が沈み込み、疾風のような一撃がロイに襲い掛かった。
「!」
髪の毛一筋の差で、ロイはかわしていた。だが、ロイの刃は逆に、ドルクスの腹部を貫いていた。
「ドルクス!
ロイは剣を引き抜き、元戦士の身体を急いで草地へ横たえた。アムとサリューが後ろから走ってくる。
苦しそうにドルクスはつぶやいた。
「わかったか……」
ロイはうなずいた。
「カウンター技だ。あの獣は、いけにえが来ると2,3回決まって刃を受けてから殺す、と聞いた。最初のターンで、やつはカウンターをしかけていたんだ」
「そうだ……おれは、あの獣が現れたとき、最初防御していたんだ。だから、次のターンで一撃だけ与えることができた。その罪で囚人となったが、後悔はしておらん」
ドルクスは初めて笑った。
「おぬしらなら、あるいはあれを、倒すことができるかもしれない」
ロイは何も言えなかった。横からサリューが手をかざした。
「今、手当てをしますから」
「いや、無用だ」
ドルクスは裂けた服をさらに広げた。胸に大きな黒い、みみずばれがあった。
「どっちみち、おれもあの穴へ入る身だ。回復は無用。だが、頼みがある」
「なんだ」
「おれの親友が、教会の鐘楼の上にまだいるはずだ。デニス神父という。王の秘密を見てしまい、エルシノの手下に終われて教会へ逃げ込んだ。どうか、あいつを、助けてやってくれ」
承知した、とロイが言ったのが、聞こえたかどうか。戦士ドルクスは、静かに息を引き取った。
 なきがらの前に膝をつき、ロイは深く息を吸って、あふれでるものをこらえた。
「感謝する、我が、師」
デルコンダル城外の草地の上に、しとしとと小雨が降り始めていた。

 教会は、無人だった。釘で打ちつけた扉を強引に壊して、ロイたちは内部へ入り込んだ。確かに、ほこりまみれの床などに、争った形跡が残っている。ロイたちは階段を見つけて鐘楼へ上がった。
 小雨はまだ降っていた。おかげで、森も平野も、湖も街道も、デルコンダル全体が、しっとりとうす幕に覆われているように見えた。病んだ大地は薄墨色の風景に溶け込み、ただ漠々と広がっていた。
「誰かいるのか?」
突然、男の声がした。
「きみたちは、エルシノの手下じゃないらしいな。まさか、旅人か?」
大きな鐘の陰に、一人の男が柱にもたれて立っていた。年齢はドルクスと同じくらいだが、やや線が細く、聡明そうな印象だった。身に付けているのは、聖職者の青い服である。
「デニス神父ですか?」
「わたしはデニスだ。きみたち、港で黒い旗を見なかったのか?」
デニス神父はいらいらしているようだった。
サリューは首を振った。
「黒い旗なら、知っています。『当地に疫病発生せり。旅人よ、当地に入るなかれ』でしたね。神父様、ぼくたち、船で来たのではないんです」
神父は目を見開いた。
「聖霊ルビスのお導きによって、ぼくたちはこの町へ来ました」
「では!」
神父の声は震えた。
「聖霊は、わたしの祈りをお聞き届けになったのかっ!」
アムは片手を差し出した。
「おケガをしていらっしゃるわ」
神父は手で肩を抑えて首を振った。
「もう、痛まないのだ、聖霊の御使い殿」
「それは、矢傷ですね?」
「追われていたのでね」
「あんたが王の秘密を見た、と戦士ドルクスが言っていたぞ」
デニス神父は大きくうなずいた。
「あの夜、ドルクスとわたしは、いっしょに王宮にいた」
デニス神父は、顔をひねって、すぐ後ろに屹立するデルコンダル城を見上げた。城壁は見上げるように高く、今にもこちらへのしかかってきそうに見えた。
「王宮の中心は、円形闘技場だ。その中央に王が立っていた。エルシノという僧侶がいっしょだった。エルシノは、ひょっこりこの国にやってきて王のお気に入りになった男だ。聖霊ルビスとは別の古い教えを守る者だと言っていた 」
「古い教えというと、どのような神ですか?」
サリューが聞いたが、デニス神父は眉をしかめた。
「破壊神ではないらしいが、よくわからん。我が王は寛大、というのか、子どものようなところのあるお方でな。エルシノの持ってきた話に夢中で、宗教のことなど詮索されなかったよ 」
「夢中……ペットがお好きだとうかがいましたが」
「子どもの頃から動物がお好みだった。だが、しだいに大きな動物、強くて立派な動物へとお心を傾けていかれた。エルシノは世にも珍しい獣の話を王のお耳に入れたのだよ 」
デニス神父は、また首を振った。
「あの夜、見回り中だったドルクスは、王とエルシノの邪魔をすべきじゃないと言って行こうとした。が、エルシノの仕草がどこか不吉な感じがしたので、わたしは見ていることにした」