勇者パパス

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第42回) by tonnbo_trumpet

 大きな太陽が大陸の山の向こうへ沈むころ、ポートセルミの灯台には灯が入る。それが合図かのように、町中には華やかなにぎわいが訪れるのだった。
 ポートセルミはこの大陸一の港町だった。あのサラボナの繁栄やオラクルベリーの豪華には及ばないが、近隣の人々やその富が集まっては散る街でもあった。富める者は豊かに、貧しい者はさらに乏しく。それがポートセルミの傾向だった。
「おい、うまくやれよ」
ポートセルミで一番の宿屋の片隅で、中年、というよりは初老の小柄な男が、10歳以上若いごろつきどもに背をどやされていた。
「ちっ、わかってるよ」
「しゃべるより、動け!」
男は惨めったらしい表情でごろつきを見た。
「でもなあ、手がふるえるんだよ。なあ、ほんの一杯」
「だめだ!」
「お湿りていどでいいんだー」
ふざけるなっと怒鳴られて男は身を縮めた。
「っていっても、素面じゃ指が動かねえんだよぉ。財布を掏り取れって言われても、こんなぐあいじゃ」
中年のスリはそう言ってあわれっぽく両手を差し出した。ごろつきは冷笑した。
「それでこのあいだ呑ませてやったら、おまえ仕事しないで酔いつぶれたじゃねえか。おまえが借金した分、とっとと稼いでこい!」
ごろつきは借金取りのようだった。片足をあげてスリの背を蹴った。スリは前のめりにたたっとよろけた。
「くそ……」
しかたなくスリは宿屋の酒場へ向かった。。
「いらっしゃーい」
華やかな音楽、嬌声をあげる踊り子たち。食事やショーを楽しむ裕福な旅人達。スリはまぶしそうに店の中を眺め、こそこそと隅のテーブルへ寄って行こうとした。
 店員がいやな顔をした。スリだとばれているのだろうか。男は注文を考えるふりをして顔をうつむけた。
「いらっしゃいませー」
また客が入ってきた。スリはちらっと顔を上げた。二人連れの旅人だった。
「部屋と食事を頼みたい」
店員は返事をせずにじろじろと相手を眺めた。金を払えるかどうか、露骨に値踏みをしているようだった。
 無理もない、とスリは思った。二人のうち前にいる男はたくましい体格で腰に剣を帯びていた。ズボンとブーツ、それに革の腰巻をしているが、上半身は何も身につけていない。そのかわり大きなマントを羽織っていた。やや浅黒い肌に黒髪の持ち主で、まだ若いがひげをたくわえている。衣服は旅のほこりにまみれ、剣は使い古しのようだった。
 だが、なんとなくスリはその男から眼が離せなかった。明るい目をしている。値踏みを跳ね返す、というより気にも留めないような堂々とした態度だった。こんなかっこうだが、本当はどこかの若様なんじゃないか?とスリは思った。
「サンチョ」
その男は連れに声をかけた。サンチョというらしい連れの男は一歩下がって、どことなく恭しい態度だった。小太りだが筋肉質で、控えめなようすで自分のベルトから金袋を取って主人らしい男に手渡した。
「前払いでけっこうだし、これをお預けする。泊めていただけるかな?」
店員のうしろから女将がとんできた。
「はいはい、もちろんですとも。すぐお部屋をご用意いたします」
客商売の長い女将は、すぐに相手を評価しきったようだった。
「お二人様で?」
「そうだ。いや、大人二人と、赤ん坊一人」
スリは目を見張った。従者らしい男は背中に大きな荷物をしょっている……ように見えたのだが、なんと赤ん坊だった。
「あらまあ、これでは」
こほん、と従者がせきばらいをした。
「坊ちゃんのお世話なら私がつとめます。お部屋の用意だけお願いできますか」
女将はすぐに女中を呼んだ。
「お二階のお部屋へご案内して」
「はーい」

 スリはカウンターにいた。一杯だけ酒を頼んで、ちびちびやりながら獲物を選んでいたのだった。できればすっかり酔って正体もなくしたようなのを介抱するふりをして財布を取るのが楽でいいんだが。だがそんなあつらえ向きの客などは見当たらなかった。
 ちらっと後ろを見ると、ステージの脇から借金取りがこちらをにらんでいた。スリはしかたなく、茶色のマントを着たひょろっと背の高い男を狙うことにした。茶色マントの男は一人で飲みに来て、なんとなく上の空でぶつぶつとつぶやいては手持ちの羊皮紙に何か書きこんでいた。
「すいません、ここ、空いてますか」
茶色マントはどうぞ、というつもりか、ひらひらと片手を振った。
 スリは隣へ座り、横目で相手を観察した。青い服に茶色のマント、残り少ない髪もひげも灰色がかっている。服のベルトに、財布らしい袋がひもでぶらさがっていた。
 さりげなくあたりを見回して、誰も見ていないことを確認した。ちょうどステージでは前座が終わり、町一番の売れっ子が登場して華やかなショーが始まるところだった。
 スリはごく、と唾を呑み、手のひらに隠れるほどの大きさのナイフを取り出した。財布をさげている紐を擦り切るつもりだった。
「失礼」
スリは飛び上がった。が、それは自分に言われたのではなかった。獲物の茶色マントの男に誰かが声をかけたのだ。さきほどの旅人だった。
 ゆったりした動作で旅人はカウンターに座りこんだ。バーテンが声をかけ、旅人は酒を注文していた。獲物、茶色マントの男を、スリとその旅人ではさむようなかっこうになった。
「失礼だが、あなたは魔法使いか?」
茶色マントは初めて顔を上げた。
「いや」
むっとした表情が、相手の顔を見ていぶかしげになっていった。
「これを見て、すぐ魔法だとわかる?」
これ、というのは、さきほどから書いている羊皮紙のことだった。
「ホイミの術式に似ていると思ったのだが、あたったか」
旅人は無邪気に笑った。眼を細めると機嫌のいい男の子のような顔になった。
茶色マントの男は目を見張った。
「まさか、宿屋の酒場で魔法の術式に詳しい人に遭うとは思わなかった。私はベネット。西のルラフェンに住んでいる」
「私はパパスと言う者だ。……南の出身で、探し物をしながら旅をしている」
ほう、と茶色マントの男、ベネットは言った。
「学識のある方とお見受けしますが、いったい何を?」
パパスと言うらしい旅人は言った。
「天空の剣、というものをご存知か」
「知らないが……、いや、ちょっと待て。まさかエスターク伝説に現れる天空の勇者の?」
にやっとパパスは笑った。
「なんと、ご存知だったか。その通り。私は天空の剣、兜、盾、鎧を集めて魔界へ入りたいのだ」
むう、とベネットはうなった。
「いやはや、なんとも壮大なお話ですな。このポートセルミには天空の剣がありますか?」
「残念ながら、いまだ行方知れず」
パパスはグラスをとってひとくちすすった。
「このポートセルミには別の目的で来たのだ。この町には、天から金の星が降ってきたという伝説がありはしないだろうか」
ベネットは目を閉じてつぶやいた。
「金の星、金の星、と。ひょっとして金色の流星では?」
パパスは身を乗り出した。
「あるのだな?教えていただけるか?」
「私の祖父の代のことですが、ある晴れた夜、空から金色の流星が落ちてきた、というそれだけです」
「それはどこへ落ちた?」
「それはわかりません。ただポートセルミから見て東の方だった、とか」
パパスは目を輝かせた。
「ベネット殿、実はラインハットにも金の星の言い伝えがある。但し、西に落ちた、というのだ。そしてオラクルベリーでは、星は北の方角へ落ちたと言われている」
「ほう?とすると」
「ルラフェンとラインハットの間、オラクルベリーより北が着地点だ。その正体はおそらくゴールドオーブではないか、と私はにらんでいる」
ベネットは、はっとしたようだった。
「それはもしや天空城の」
パパスは大きくうなずいた。
「そのとおり。数世代にわたって天空城は空に姿を見せてはいないが、その原因はおそらく動力である金銀のオーブのうちのひとつが」
スリは深く息を吐いた。ベネットが話こんでいるのをいいことに、ベルトから袋を吊っている丈夫なひもにナイフをたてて、すこしづつすり切っていたのだった。ぷつ、と小さな音を立ててひもが切れた。が、スリが手で支えているのでベネットにはわからないようだった。その手をゆっくり引き寄せ、自分のふところへ入れた。
「勘定ここへ置くよ」
小銭をカウンターへ置いて、スリはステージの脇へ向かった。
「よし、来い!」
借金とりと一緒にステージドアから裏口へ向かう。宿屋の裏側の暗がりまできて、ようやくスリは安心した。
「おい、こりゃ何だ!」
安心したのもつかの間だった。若いごろつきはベネットの財布を広げてわめいていた。
「金じゃねえじゃねえか!馬鹿野郎、ドジ踏みやがって」
「えっ」
てっきり財布だと思ったその袋の中には、くるくる巻いた羊皮紙がたくさん入っていた。
「手触りでわからなかったのかっ」
「だって、あんまり大事そうにしてたんで」
「ふざけるな、この」
ごろつきは怒りの形相で手を上げた。殴られる。スリはとっさに身を固くして目をつむった。
「こらこら」
それは乱暴な借金取りの声ではなかった。
「ベネット殿の大事な研究成果を返していただこうか」
どことなく笑いをふくんだその声は、パパスだった。スリは目を開けた。借金取りの背後にパパスが立って、ふりあげた拳をおさえてくれていた。
 どうやらスリにあったことに気づいて追ってきたらしい。ベネットもいっしょだった。地面にちらばった羊皮紙を拾い集めてていねいに巻き戻していた。
「よかった、ひとつもなくなっていません」
「それは何よりだ」
パパスは手を放した。
「てめぇ!」
ごろつきがすごんだ。あっというまに大きめのナイフをつかみだし、パパスにつきつけた。その瞬間、火花が散った。パパスの手が腰の剣の柄にかかり、鞘から半分引き抜いてナイフをはじいたのだった。
「町中で人に向けるのは感心せんな」
んん?と微笑みかけた。
 ごろつきは真っ赤になり、それから泣きそうになった。スリにはよくわかった。……人間の格が違う。ポートセルミの下町では好き勝手をやっていた乱暴者は、パパスの前ではまったくの小物だった。
「君もだ。手癖は直した方がいい」
スリはびくっとした。
「すいません、すいません、借金返したかったんですが、スリしか能がねえもんで」
パパスはちょっと首をかしげた。
「そんなことはないさ」
スリは、呆けたようにパパスを仰いだ。
「立派な手足とよくしゃべる口があるんだ。なんでもできる」
ああ、とスリは思った。この人は格が違う。お育ちがいいから、ってのもあるんだろうが、根っからそういう気高いものを魂に吸い込んで生まれてきたんだ。
「……おとがめは、ないんで?」
パパスは微笑んだ。
「さあ、行きなさい。こんなことはするんじゃない」
何も言わずに、ごろつきはさっさと走って逃げた。スリもぺこりと頭を下げた。
「ベネット殿、よかったら部屋で飲み直さないか」
「おつきあいしましょう」
そう言って二人は宿へ戻っていった。

 あのパパスになんでもできる、と言われたことは奇妙な自信となってスリを支えてくれた。港で力仕事をするようになり、スリは、スリではなくなった。裕福ではないがまっとうな暮らしができるようになり、やがて小金をためて引退した。
 その日の暮らしはなんとかなるが、贅沢はできない。それでも男はポートセルミの酒場へ通った。その華やかな雰囲気が好きだったし、ときどき酒をおごってくれる旅人にもめぐりあえたからだった。
 その日出会ったのは、紫のターバンの旅人だった。涼しげな目元の若者で、宿の女中たちが陰できゃあきゃあ言っていた。
「二枚目だな。役者かね?」
カウンターのバーテンも代替わりしていた。
「いや、旅人らしいよ。さっき、伝説の勇者を探してるって言ってたぜ」
すでに老人となった元スリは、いそいそと若者に近寄った。
「おぬし、おぬしだな?伝説の勇者をさがしているというのは!」
ステージの方を見ていた若者が、こちらを振り向いた。元スリは一瞬、どこかで見た顔だと思った。
「ぼくですが、何か御用ですか?」
「信じられんかもしれんが、わしは勇者さまを見たことがあるぞ。そのときの話を聞きたいじゃろ?一杯おごってくれたら話してもよいぞ」
若者は微笑み、バーテンに声をかけた。
「すいません、この方にお酒を」
にやにやしながらバーテンは元スリにグラスを渡した。
「あれは10年以上昔じゃ!天空の剣を探しているたくましい男にあったことがあるんじゃ」
離しているうちに元スリは、自分の人生を変えたできごとをありありと思いだしていた。
「その男は天空の武器や防具をすべて集め魔界に入ると言うとった。身なりはボロボロだったが、国王のような高貴な顔立ち!あの男こそ勇者さまじゃ!」
心の中で思っていたことを元スリは初めて口に出していた。
「おお!今男の名前も思い出したぞ!パパスじゃ!」
若者は眼を見開いた。
「本当に?」
「たしかにパパスと言う名前じゃったぞ! 」
そうですか、と静かに若者は言った。そして自分のグラスを取り、誰か見えない相手に向かって掲げた。
「ぼくもそう思います。きっとその人は勇者だったのです」