その夜、イシスで

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第43回) by tonnbo_trumpet

 それが砂の“海”だとしたら、二つの棺桶がその波間に浮かんでいた。
 風は無情に砂をまきちらす。ずるずると縄で棺桶を引いているのだがどうかすると砂の中へ埋没しそうになった。
 棺桶を引きずっているのは二人だった。一人は浅黒い肌に黒づくめの服、だが頭髪は銀色でそれを短く刈った若い女、もう一人は赤と紫の縞のピエロ服に同じ柄の三角帽子の白塗りの男だった。
 ひぃ、ひぃ、はっ、はっと二人の口から息がもれる。二人は無言で熱風吹きすさぶ砂漠を進んでいた。
「こっちでいいんでしょうね」
女がぼそっと言った。
「たぶんね」
とピエロが答えた。
「ほら、あっちが西だからね」
と彼は地平線を指差した。日はまさにくれようとしていた。
「夜になる前に町へつかなきゃならないのに」
そんなことはわかっていた。そんなことは勇者も戦士もわかっていたから、極力戦闘を避けてイシスを目指していたのだった。ほぼ楕円形をしたこの砂海を半日で横断走破する、それは最初から無茶な計画だったのだ。
「急ぐわよ。カニが出る前に」
じごくのハサミと呼ばれる守備力の高いモンスターが集団で出てくるのを二人は恐れていた。緑色の身体を持つ巨大なカニ型モンスターで、斬っても殴ってもなかなか倒れないくせに呪文耐性も高い。一流の魔法使いがヒャドを浴びせてようやくなんとかなる、というモンスターなのだ。だが、このパーティにヒャドの使い手はいなかった。用意してきた薬草も聖水も底をついた。
 しかたなくエンカウントしてもじごくのハサミがまじっていたら“逃げる”を選ぶ、カニがいなければ応戦する、を繰り返した。が、それとても限界がある。ついに逃げられない勝負が来た。パーティは砂漠の真ん中で緑色の甲羅にまわりこまれ、囲まれてしまったのだ。
 その結果、勇者と戦士は棺桶の中、それを女盗賊と遊び人が引きずって、脚力の勝負でイシスへ逃げ込もうとしていた。
 へへっとピエロは笑った。
「せっかく二人きりだってのに。砂漠でおデートとは運がないね」
「ふざけないで歩きな!」
女盗賊は台詞を吐き捨てた。日はさっさと沈んでいき、あたりはうす暗くなってきた。いやな予感に女盗賊は背筋をぞくぞくと震わせていた。
 さきほどからエンカウントがない。あったらいやなのだが、これだけラッキーが続くと最後に何が来るか。女盗賊はもう一度肩に背負った縄をかつぎ直した。
 その時だった。目の前にばっと砂煙がたった。持ち前の反射神経で女盗賊はベルトからナイフをぬいて構えた。
 冷や汗が脇に生じた。残光を跳ね返すのは、てらてらした緑の甲羅と鋭いハサミだった。
「ちくしょう!」
もうすこしだのに、と女盗賊はつぶやいた。
「大丈夫だ、逃げられる!」
遊び人の声だった。何の根拠もないくせに、こいつはいつも自信満々なのだ。女盗賊は飛び下がった。カニどもに背を向けて一目散、と思った時、背中を鋭く引っ張られた。片方の肩にひっかけた太い縄、縄の先には仲間の棺桶。地獄のハサミはその棺桶に群がっていた。
「畜生!させるかっ」
教会に行くにしても身体が残っていなければ蘇生だってできないのだ。
 闘うしかない。
 勇者でも戦士でもない自分と、よりによって遊び人とで。
 女盗賊は唇を噛んだ。
「やっほー!」
暮れかかった砂漠に場違いな叫び声が響いた。
「ほれほれ、ほ~れ」
白く塗りたくった顔の前に手をかざし、またぱっと開いて道化らしく百面相をしている。じごくのハサミが動きを止め、遊び人の方を眺めた。
「こっちだ、こっちだよ~」
ちょっ、と女盗賊は叫んだ。
「なにやってんだい!」
「い~から、い~から」
じごくのハサミにむかって尻をつきだし、バカにしたようにぺんぺんたたきながら遊び人は手を振りまわした。
「ほら、しっしっ」
カニにむかって、ではない。自分に向かって彼は手で示していた、行け、イシスへ逃げ込め、と。
「そんなことしたら」
いきなり遊び人は逆立ちした。足をふりまわし、わざと派手にすっ転んだ。
「こっち、こっち!」
攻撃力はまず戦士、それから勇者、このふたりには及ばないがそれでもなんとかなるのは自分、盗賊。それなのに遊び人一人きりで立ち向かおうとしている。
「バカかいっ!」
「おおあたり~」
 突然女盗賊は気付いた。遊び人の、白く塗りたくった顔がひきつっていた。笑いの形につくった口が緊張に震えていた。それでもむりやり、じごくのハサミの注意を引こうとしていた。
「くそっ」
女盗賊はがしっと棺桶の縄をつかみ直した。
「必ず迎えに来る!」
そう言って、イシスめがけて走りだした。

 イシスの教会で二人を蘇生させ、残った金で聖水を大量に買い込んで三人は夜の砂漠へ飛び出した。
「だいたいこのへんだった!」
三人は必死で遊び人を探しまわった。女盗賊は必死で涙をこらえていた。バカ野郎、あのバカ野郎!
「おーい、いたぞ!」
戦士が叫んだ。女盗賊は走りにくい砂の上をもがくように近寄った。
 赤と紫の派手な服の切れはしが、砂の中にのぞいていた。勇者と戦士が二人がかりで彼を引きずり出していた。服はぼろぼろだった。腕も足も生々しい切り傷だらけになっていた。白塗りだった顔がこびりついた血で茶色く汚れていた。
 女盗賊は物も言わずに遊び人の肩を掴んでゆさぶった。
「あんた、ねえ!」
ぼろぼろになった遊び人がつぶれかけのまぶたをうっすらと開けた。
「やあ」
と言っただけで、口がまだぱくぱく動いている。いつもの軽口を言いたいらしかった。
「バカやろう」
女盗賊は鼻水をすすりあげた。
「バカ、やろう……でも、ありがとう」
「ありがとうよ」
武骨な口調で戦士が言った。
「さあ、帰ろう」
「そうだね。ちょっと待って。お礼の気持ちだよ」
温かい光がふわふわと遊び人の上にふりそそぐ。勇者がホイミをかけているのだった。
「なんだよ、みんながこうマジじゃ、ボケられねえじゃねえか」
へへへ、と遊び人が笑った。
「うれしいねえ。いいもんだな、仲間って。神様がいるなら、感謝しねえとな」

 もしもその夜、この砂漠に天使がいたら、イシスに近い砂漠のひとすみから青みがかった澄んだオーラが四つ、ふわふわと浮かび上がってくるのが見えたに違いない。中心に黄色みがかったコアを持つ、とても上質の星のオーラだった。