魔物使いのブギウギ

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第45回) by tonnbo_trumpet

 天下分け目の戦いに挑む武将のような、あるいは不朽の真理に到達した哲学者のような、それはそれは厳粛なおももちでその男は仁王立ちになっていた。表情とはうらはらに、その姿はどう見ても「かっこいい」とは対極だった。ひょろっと長い身体にてっぺんのはげたもじゃもじゃの黒髪、そして右側を緑、左側を赤に染め分けた片身代わりのぴったりした上下という姿である。首に巻き付けた白いマフラーを風が吹き上げていた。
 パルミドのちんぴらが一人、その姿を遠くから眺めていた。
「どうもわからねえな、金持ちってのは」
最近、パルミドからそれほど遠くない場所に妙な建物があってそこに人がさかんに出入りしている、という噂をちんぴらは聞きつけたのだった。最初違法カジノでもあるのか、と思われていたのだが、そこに出入りする客層がみな、身なりがいい。パルミドの情報屋の話によれば、そこはなんとモンスター同士を戦わせる格闘場なのだという。これは金のかかる趣味なのだが、世界中から裕福な客が格闘場目指してやってくる、そして風変わりな趣味だが、そこのオーナーがそれに見合った変わりものだ、と情報屋は言った。変人だが、凄い金持なのだ、と。
「あいつがモリーか」
ちんぴらは心を決めて、飛び出すタイミングを計った。
 瞑目して考え込んでいたモリーが、かっと眼を開いた。いまだ、とちんぴらは思って助走をつけた。
「とうっ!」
モリーが格闘場の屋根から飛び降りると同時にちんぴらはその真下へ向かって飛び出した。
「いてぇ!」
見事に下敷きになったちんぴらは、派手な大声をあげた。
「くそっ、いきなり何しやがるんだっ!腕が痛ぇ、動かねえぞっ」
かなり無理のある言いがかりではあった。ちんぴらのほうからモリーにぶつかっていったに等しいのだから。
 モリーはすっくと立っていた。派手でとんちんかんな格好にもかかわらず、ひどく堂々として、眼光は炯炯としてこちらを睨みすえていた。
 ちんぴらは軽く気押されそうになった。
「おい、てめぇ」
脅しの声は語尾がかすれた。
「ふむ、フラテーロ、名前は?」
「チ、チャムだ」
「良い名ではないか、フラテーロ。さて、どこが痛むのだね?」
「腕だ、腕!」
ほう、とモリーは近寄ってしげしげと腕を眺めた。
「痛むにしては、よく動くようだな?」
「うるせぇ、てめぇのせいで傷んだ腕だぞ、ど、どうしてくれる!」
「どうしてほしいかね?」
パルミド周辺の旅人たちはこのちんぴら、チャムがここまで言うとだいたいは理解する。たいていは面倒事を避けるためになにがしかのゴールドを出して「薬草代にしてくれ」と言ってことをおさめようとする。だがこのモリーという男は、とことん飲みこみが悪いようだった。
「どうもこうもあるかよ。誠意を見せろってんだよ!」
チャムにとって、それは賭けだった。変人の大金持ちなら、薬草代もたっぷり取れるのではないだろうか。
「ふむ、誠意か。よかろう、フラテーロ、ついてきなさい」
そう言うとさっさと格闘場の中へ入ってしまった。

 そこは別世界だった。ものすごく高い天井に歓声や悲鳴がこだましていた。柱は太くどっしりとして、ぶ厚い緞子の幕があちこちを覆っている。おかげで内部は薄暗く、ただ中央のアリーナだけに眩しいほどの光が当たっていた。
 モリーはずんずんとその内部を進んで行った。赤と緑の全身タイツはよく目立った。いかにもリッチな客たちがモリーを見とめて会釈する。モリーはごくまじめな表情でうなずき返していた。
「こっちへ、フラテーロ」
連れてこられたのは、客のひしめくアリーナ周辺のはずれにある扉だった。内部はさらに暗く、奇妙な匂いがした。
 ふすっ、ふすっと変な音がした。振り向いたが、何もいない。気配だけがまとわりついた。ずん、と地響きの音。あきらかにひずめと思われるものが石畳をかっかっと蹴った。顔にかかりそうな近さでばさばさと翼が羽ばたく。巨大な猫が喉を鳴らすようなごろごろという音。
「お、おい、誠意……だよ。早くしてくれ。オレは帰る、帰って、そう、手当をしたいんだ」
「まあ、そう焦るな、フラテーロ」
前を行くモリーは悠々としていた。
「そうそう、君の言う誠意というのを聞いていなかったな。具体的に言ってくれんかね」
チャムは悩んだ。高すぎては拒絶される、低すぎては舐められる。詐欺とは心理学なのだ。だがさきほど目の当たりにした格闘場の贅沢さに、チャムは幻惑されていた。
「じ、十万ゴールドよこせ!」
ふふふ、とモリーが笑った。大きな薄暗い部屋のどこかで椅子が床をこする音がしたと思ったとき、あかりが灯った。
 まるで玉座のように大きな椅子にモリーは足を組んで腰かけていた。片手をほほにあて、にやりと笑った。
「わしの考えていた金額の半分だな」
「ひいいいいいっ」
玉座の王のようなモリー、その前の空間に自分、そしてそれ以外の場所にはモンスターがひしめいていた。
「ドランゴ、うっしー、興奮してくれるな。客人なのだよ。ミャケは甘えん坊だな。デューラ、武器をふりまわすんじゃない。だんきちもな」
さきほどからチャムのまわりに押し寄せていた気配の正体を知って、チャムは身動きひとつできなかった。
 ふっふっふとモリーは笑った。
「わしの誠意は二十万ゴールドだ」
「も、もういいです。おれ、家へ」
「そう言うな。誰しも胸に闘争の炎を抱いているものだ。フラテーロも自分のチームを持ちたいだろう?」
「ち、ちーむ?」
「もちろん、わしの格闘場で闘うモンスターのチームだ。誠意のあかしとして参加料二十万ゴールドをわしが出そうではないか」
チャムはもう立っていられなかった。モンスターが興味深々とこちらを眺める広い部屋の真ん中に膝を突き、なんとか失禁しないでいられますようにと祈るしかなかった。
「んん?どうした、フラテーロ」
「いや、もう、だから」
その瞬間、背後が明るくなった。振り返ると自分とモリーが入ってきた扉が再び開き、そこにバニーガールたちが立っていた。
「モリーちゃん、ダメ。その人いやがってる」
「そんなバカな。もう一度聞くぞ?」
「ダメダメ。第一このひと、キャラが合いませんから。モンスターチームのオーナーなんて、とてもムリー!」
「そうかな」
頭越しのやりとりをチャムは震えながら聞いていた。その間にも目玉のくされ落ちた死体が顔を覗き込んだり、巨大な石像に踏まれそうになったりしていた。
 救いの主のバニーたちはなんとかモリーを説得してくれたようだった。
「それほど嫌がるのなら無理強いはすまい」
と、ついにモリーが言った。バニーの一人がチャムを立たせ、出口へ向かって押し出した。チャムは震える足腰を叱咤して、自分の良く知っている明るい常識的な世界へと逃げだした。
「世の中には変わり者もいるのだな、こんなかわいいモンスターたちをチームにする歓びを捨てるとは」
モリーの台詞と哲学的なためいきが背中を追ってきた。