すごい聖水

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第48回) by tonnbo_trumpet

  先端がだらんと垂れた頭巾に、小汚い上着、しわしわズボン。しかも猫背でがに股歩きなのだが、当の本人、グランエスタードのホンダラは、自分のことを儲けの種を見逃さない利け者、と思っていた。
「寝るより楽なことはなし。浮き世のバカは起きて働く、と」
彼の兄や父は根っからの漁師だった。朝も暗いうちから起きだして一日中おてんとうさまの下で、あるいは雨風の中で仕事をする。どこがいいんだか、ホンダラにはわからない。思った通りにいうと、父親は深いため息をついて、『おまえは叔父さんに似たらしいなあ』と言うのが常だった。
 なんでも、祖父の息子の一人がずばりホンダラと同じ意見の持ち主で、家業の漁師を嫌がってグランエスタードで暮らしていたのだという。
「仕方ねえなあ。うちの家系には、ときどきおまえみたいなやつが生まれるんだ。だらしなくて、怠けもんで、賭け好きで」
ひでぇ言われようだ、とホンダラは思う。それを言うなら勝負強いと言ってほしい。さらにいうなら、機を見るに敏、と。その気になりゃぁ、兄貴が一年でつくる稼ぎを一晩で稼いで見せらぁ!
 と、心では思うものの、なかなかこれという儲けのネタもなく、ホンダラはしぶしぶ認めざるを得なかった。手元不如意である、と。
「どっかに稼ぎのネタは転がってねえもんかな」
実は、フィッシュベルもグランエスタードも、今借金取りがわいているらしい。ホンダラは舌打ちをひとつして、別のところへ稼ぎのネタを探しに行くことにした。
「っても、この島は小せぇんだよなあ」
村と町を除いたら、海しかないではないか。
 ふらふらとホンダラは浜を歩いていた。
「お、誰だ?」
広い砂浜に小さな人影があった。ホンダラは目を凝らした。まだ子供のようだった。が、グランエスタード島の子供たちとどこか違うような気がした。
「よくみりゃ、女の子じゃねえか。海から来たのかよ」
やっと10歳になるかならないかという年の少女だった。薄いピンク色のチュニックにベルトをしめ、その上から赤紫色のマントをつけていた。髪は淡い金髪で頭の両側にひとつづつ緑色のリボン飾りをつけていた。ふちを折り返したショートブーツで波打ち際すれすれに立っているが、波が来るときゃっきゃっと笑い声をあげて後ずさる。そしてまた、海へ寄っていく。彼女のいるあたりには、かわいい靴底のあとが右左ひとつづつ、そして杖のあとがついていた。
 ホンダラは息をのんだ。杖は、子供の持ち物にしてはずいぶんと長かった。全体が金色がかった不思議な金属でできている。杖の握りにあたる部分はまるで大きな貝のように湾曲し、明らかに魔法文字らしいものが彫り付けられていた。しかも湾曲部分には握りこぶしほどの大きさの真っ青な魔石がはめこまれていた。
「おいおい、値打ちもんじゃねえのかよ、あれ」
ホンダラはじっと眺めて考えた。
「小娘にはもったいねえよ。あれをちょいちょいっと……いけるか?」
口でまるめこんで、取り上げられそうか?ホンダラは顔をしかめた。先日網元のお嬢様と言い争いめいたことをやったあげく、ものの見事にやりこめられたのだ。
「女の子は口が達者だからな。いざとなったらしょうがねえ、腕づくだ」
なんといっても小娘なのだ。こっちは大の男。ホンダラはそう思って胸を張った。
 近寄っていくと、きゅっきゅっと砂が鳴った。杖を持った見知らぬ少女は、振り向いてホンダラを見た。淡い金髪にふさわしい、今日の快晴の空のような青い目だった。
「お、じょうちゃん、何してるんだ?」
少女は微笑んだ。
「実は探し物をしています。七色の入り江って、知ってますか」
 ホンダラはぼうっとしていた。自分の娘のような年のその少女に、なんだか見とれてしまっていた。
「知らなくもねえけどよぉ」
「連れて行ってくださいませんか?」
子羊が狼に道案内を頼むの図だった。かえってホンダラはとまどった。もうフィッシュベルでもグランエスタードでも、彼の悪行や下心は知れ渡っている。これほどの信頼を寄せられたのは、近来まれだった。
「そんなにいうなら、案内してやるか。でも、タダじゃねえからな?こっちだ。おいで」
理性をかき集めてホンダラはそういった。嘘のない笑顔のまま、少女はついてきた。

 少女はカイと名乗った。
「カイちゃんよ、その杖、邪魔じゃねえか?小父さんが持ってやろうか?」
「すみません。お願いします」
どう見ても貴重品の杖をカイは素直に手渡した。
 ホンダラはくらくらしながらお宝を握り、カイといっしょに暗い洞窟を通り抜けた。
「わあ!」
 そこは、島の住人があまり行かない小さな入り江だった。左右は崖になっていて、入り江の沖からでないとほぼ見えない。洞窟を抜けてきた目には広大な水平線をひと目に収める蒼と翠と白の世界は輝くようだった。
「ほら、それが七色の入り江だよ。水がきらっきらしてんだろ?」
「とっても綺麗です!」
嬉しそうにカイは水辺へ寄り、ふりむいてそういった。なんてきれいな目をしてやがるんだろう。ホンダラは手の中の値打ちものも忘れてそう考えていた。
 その瞬間、太い男の声がした。
「カイ、その水が要る」
ぎょえっと情けない声を出してホンダラはきょろきょろした。
「ごめんなさい、小父さん、その杖、しゃべるんです」
「は、はあ?」
カイはすたすたとやってきて、その杖をホンダラの手からすっと取った。
「よかった。来たかいがあったわね?」
カイは杖の先端の魔石に向かって話しかけていた。
「そ、そいつは」
カイは誇らしげに微笑んだ。
「『キング・オブ・オーシャン』です。または、ストロスの杖。私はどういうわけか、彼の声を聴くことができるんです。でも、小父さんにも聞こえるんですね」
ここにいてね、とそのキングなんちゃらを浜の砂地に突き立て、カイは水辺へ戻った。手にしているのは、瓶のように見えた。コルク栓を抜き、美しい海水をその中へ汲み入れた。
「ふむ。カイ、この男、なんと水の民の血をひいているようだ」
「そうだったの!私運がよかったんですね、ゆかりのある方にいきなり会えるなんて」
ホンダラはほとんど腰を抜かしていた。
 む、と杖がうなった。
「始まるぞ、カイ。ここへ、太古の海を呼ぶ。よく声を聴いて、その水を使うのだ」
「わかった!」
少女は熱心にうなずいた。
 海を呼ぶったって、目の前にあるじゃんか、とホンダラは思った。生まれた時から海はそこにあり、潮風と波音を響かせてきたのであり……。
 一匹の魚が、ホンダラの目の前をすいっと通り過ぎた。
「ほら見ろ、今だって魚が……、サカナ?!」
思わずホンダラは目でそれを追った。空中を泳ぐ魚は初めてだった。
「空中じゃねえ!」
息はできるし、肌は乾いている。それなのに、大気の中に海水が満ちているとしか思えない。現実のグランエスタードの海の上に、幻の海が重なっているように見えた。
「なんだ、こりゃ!」
ホンダラは目をこすった。明るい太陽の輝く白砂の入り江の上に、闇の荒野が下りてきた。そのはるかかなた、建物か塔のように見えるそれは、どうやら船のようだった。
「なんてでっけぇんだ」
その前に数名の人間と馬車が一台。彼らもどうやら、幻の海に度肝を抜かれているようだった。
「水の民の裔よ、声をたてないでくれ。聞こえないではないか」
杖のくせに人様に指図しやがる。ホンダラはむっとした。
「何が聞こえるってんだよ!」
「ハープさ」
とストロスの杖は答えた。
「月影のハープが歌っているんだよ」
 どうやらそれは、巨大な船の前にいる人物の持っているハープのことのようだった。その人物は吟遊詩人のように見えた。白い服の上に大袖のついた長い青いガウンをつけ、金の細帯で留めている。髪は長く青く、すべて額から後ろへなでつけていた。そして、先端のとがった耳をしていた。
 吟遊詩人はハープは右手で抱え、左手でかき鳴らしていた。ハープは銀色、支柱の上に青い魔石があり、その上に銀縁に青の三日月の形象、さらにその先端にひとまわり小さい三日月が吊ってある。
 遠くにいるのに、吟遊詩人の声はよく聞こえた。
……姫よ どうかチカラを貸しておくれ。私と一緒に歌っておくれ。
杖がささやいた。
「その水は、水の精霊の力を色濃く宿している。海の記憶を強くひきだしてくれるはずだ……今だ、カイ」
カイはコルク栓を抜き、瓶の中身を振りまいた。
 潮の香が強く鼻を突いた。吟遊詩人の足もとから滾々と水が湧き上がった。ホンダラは確かに地鳴りを聞いた。グランエスタードの町中の噴水を百倍も大きくしたような湧き水が一斉に湧き上がり四方八方へと広がった。幻の魚が宙を、いや水中を舞った。
「なんだ、こりゃぁ……」
両手を打ち合わせてカイは喜んでいた。
「成功みたい!船を見て!」
遠目にも、真珠のつらなりのような水泡が巨大船の下から次々と湧き上がるのがわかった。ついに船底が動き、揺らぎ、そして浮上が始まった。
 幻の波が船を高く掲げる。船はいくつもある櫂を大魚のひれのように動かして幻の海をしずしずと進んでいた。その行く先には金の満月が輝いていた。
 吟遊詩人も喜んでいるようだった。
……さあ 別れの時だ。旧き海より旅立つ子らに船出を祝う歌を歌おう……。
 カイはうなずいた。
「私たちも帰ろう、キング」
「うむ。旧き世界の仲間に、義理は果たした」
カイは杖を手に取り、ホンダラのほうを振り向いた。
「小父さん、ありがとうございました。私、帰ります。お元気で」
幻の海がゆっくりと水位を下げ、満月の荒野が次第に薄れていく。気が付くとカイと不思議な杖は、共に透明な世界へと歩き去ってしまっていた。
 七色の入り江にの砂浜に、ホンダラは一人きりで腰を抜かしてすわりこんでいた。
「何だったんだ、今のは」
不思議な瞳の少女、しゃべる杖。旧き世界の仲間とかいうハープ。砂漠のど真ん中の船……。
「あーっ、もう、わかんねぇ!」
立ち上がろうとしたとき、何かが手に触った。カイの持っていた瓶だった。
 ホンダラはそっと拾い上げた。
「これ、もらってもいいよな」
そばにコルク栓も落ちていた。
 先ほどこの七色の入り江の水の威力を、自分は目の当たりにしたのではなかったか?のそのそとホンダラは入り江に近づき、水を汲んでぽこっと栓をした。
「すっげぇ聖水なんじゃねえか、こいつはよ」
探していた儲けのタネじゃねえか。にんまりとホンダラは笑った。