世界をまわる者

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第47回) by tonnbo_trumpet

 見渡す限りの鮮やかな緑が眼下に広がる。赤茶けた熱砂の大地を渡ってきた旅人の目には、それは実にみずみずしく美しく映った。
「こんなとこに。凄いね。ね、お父さん!」
少年勇者アイルは父の長身を見上げた。
 テルパドールは砂漠の中に造られた城だった。その姿が地平線に現れたときも見事だったが、町に入ればそれはさらに神殿めいた壮麗さを誇っていた。町のあちらこちらに太い柱が立ち、大きな屋根で国民を熱い太陽から守っている。
 テルパドールの建物の飾り付けや市場のようす、人々の衣装などはどれも珍しく、パーティは町中を見て歩き、そして町の外れ、ほとんど砂漠が押し寄せてきそうなところに緑の植物の群生地を見つけたのだった。
「そうだね。なんてきれいなんだろう」
「これ、みんな薬草ですか?」
アイルの双子の妹カイがそうつぶやいた。
「毒消し草でございます」
か細い高い声がそう答えた。
 パーティの脇を、腰の曲がった老女がゆっくりと歩き過ぎた。その腕には水をたたえた桶が抱えられていた。
「ぼく、持つよ!」
さっとアイルが老女に近寄った。
「坊やには重かないかしら」
アイルの手をカイが支えた。
「私も手伝うから大丈夫」
老女が微笑んだ。
「ありがとうねえ、坊ちゃんたち」
双子は左右から水桶を支えて太い柱の間を一歩づつ歩いて行った。
「あなたが育てているんですか?」
アイルの父ルークが聞いた。
「この婆だけではありません」
上品な老女はそう言った。
「テルパドールの町では女王様の命令で、あちらこちらに毒消し草の栽培地が設けられております。水はお城の地下のオアシスから引いて、ふんだんに使ってよろしい、ということになっております」
国家事業として毒消し草を栽培している、と老女は言っているのだった。
「必要なのでしょうね、やはり」
「はい。毒のある動物、虫、モンスターはテルパドールのまわりにうろうろしておりますからね。なしではいられませんよ。それに、たくさん毒消し草を作れば国の外へ売ることもできますから」
普通の農作物はあまり育たないが、テルパドールは古代の英知の国であり、いろいろな種類の薬草は主要輸出品だった。
 ルークは腰をかがめた。舟形をした左右対称の葉は表面が明るい緑でふちが細かいぎざぎざになっている。指でその感触を確かめてルークはつぶやいた。
「うちも毒消し草は品切れにならないようにしないと。この草は砂漠じゃないと育たないのでしょうか?」
「婆にはわかりませんが、以前サラボナのお金持ちがお国へ毒消し草を持ちかえって育てようとした時は失敗したそうです」
「おや、土が合わなかった?」
「いえいえ」
老女はちょっとうつむいた。気を悪くした、というより、むしろ口元をそっとほころばせたようだった。
「もともとが無理なのですよ。テルパドールの毒消し草は、マスタードラゴンが下し置かれた天の恵みでございますから」
隠しようのない誇らしさがその口調ににじみ出ていた。
「昔々、今の女王様の曾祖母様よりも前の代に、テルパドールが毒虫の群れに襲われたことがござったそうな。その時、砂漠のかなたから賢者がこの町へおいでになって、みんなでこの草を育ててその葉を煎じて飲めば助かる、と教えてくださったのだそうです」
「それがマスタードラゴンなのですか?」
「はい。御自ら名乗られたそうです、『我はマスタードラゴン、世界を見守る者也』と」
 毒消し草の畑に水を撒き終えて双子が戻ってきた。
「おばあちゃん、それ、人の形になったマスタードラゴンなの?」
「そうですとも、親切な坊ちゃんたち。背が高くて堂々として、鼻筋の通った立派なお顔、豊かな巻き毛のお髪、神々しい賢者のお姿であられたそうな」
双子は顔を見合わせた。二人とも同じことを考えているのがその微妙な表情でまるわかりだった。
「人違いじゃなくて?」
老女は首を振った。
「どうして人違いでありましょうか。教えの通りに毒消し草をつくって飲んだら、テルパドールは最悪の疫病を免れて生き延びたのですもの。テルパドールの民は子子孫孫、毒消し草の畑と毒消しの儀式を守り伝えていく所存でございます」
老女は痩せた両手を胸にあてて静かに言いきった。
(……人相がプサンさんと違いすぎだよね)
(別人?別竜?でも毒消し草はあるんだから、今更カタリだって言ってもね)
子供たちは視線でそう言いあった。
「でも、旅のお方、もし毒消し草を育てようと思ったら、このようになさいまし。畑にしようとする場所が決まったら一度町を出てぐるっと一周してから畑へ戻るのです。聖水で畑を清め、さらに一周。畑へ戻ったら祝福の言葉を告げてまた一周いたします。これが毒消し草の儀式でございます」
ぴくっとカイの眉が動いた。双子は視線をルークへ投げた。ルークはこほんと咳払いをした。
「その儀式、どうしても必要なんですか?」
老女はちょっと微妙な表情になった。
「きっと何か関係があるのだと思います。マスタードラゴンと名乗った賢者がそのようにされたということですから」
「あ~、そう、そうですね、きっと」
ルークたちはそそくさと毒消し草の畑を後にした。
「やっぱりマスタードラゴンなんだわ!びっくり」
歩きながらカイがつぶやいた。
「え、なんで?」
ルーク一家の知る“マスタードラゴンver.人間”はプサンと言い、市井のポーカーマスターのようなしゃれたかっこうで飄々とした雰囲気、ちょびひげ眼鏡のひょろっとした男なのだ。
「だってお兄ちゃん、その人かっこよく現れて毒消し草を与えて町を出て……から道に迷って三回も畑へ戻ってきてる。そんなおっちょこちょい、ぜーったいプサンさんだわ」
トロッコに乗ってくるりん、くるりんしていたプサンのけっこう楽しそうな顔を一家は思いだしていた。
「賢者バージョンに化けても、変わらなかったんだねえ」
しみじみとルークはつぶやいた。