ぼくのレミラーマ

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第41回) by tonnbo_trumpet

 サマルトリア王宮の大広間では、舞踏会が華やかに行われていた。乾杯とディナー、そしてダンス。大広間の外は温かい春の夜で、あちこちでかがり火が盛大に燃えていた。
 いくつもの感嘆の声や視線が主賓を称賛している。上席に座っていたムーンブルグのアマランスは、できるだけ顔を上げて微笑みを絶やさないように心がけた。実際は少し離れたところに座っているローレシアのロイアル同様、歓迎はありがたいが早くクエストに出発したいのだが。
 それでもパーティに出席するのは王族の仕事のひとつであり、アムことアマランスにとっては物ごころついたときからやってきたことだった。
 アムの故国ムーンブルグは、大神官ハーゴンによって壊滅して久しい。アムが今、身につけている衣装は、サマルトリア王妃の好意で貸してもらっているものだった。白地に金と赤の文様を織り込んだ豪華なガウンに円錐形の帽子、そこから垂らしたベール。赤はアムの出身国ムーンブルグの色である。首元には、サマルトリアカラーの緑の宝石、エメラルドを連ねたネックレスをつけていた。普通のネックレスよりかなり長く、首から二重に掛けてさらにあまるほどの長さがあった。
「姫、一曲お相手を」
若いサマルトリア貴族が頬を染め、目を輝かせてダンスに誘いに来た。パーティに参加することが仕事なら、社交ダンスも仕事のうちだった。アムは微笑んで片手を相手の手にあずけ、席から立ち上がった。長い袖とエメラルドのネックレスがゆらゆらした。
「なんてお美しい」
「さすがはロトのお血筋」
大広間からまた称賛の声があがった。
「うちの王子様となら、お似合いではありませんこと?」
「ええ、御身分と言い、お年ごろと言い」
優雅に、そして堂々とステップを踏みながら、アムはちらっとサマルトリアのサリューの方を見た。
 いつもはタイツの上に祭服とマントをつけ、ベルトから剣を吊っているのだが、今夜は王子らしく深緑色のダブレットに代えている。ホームなので知り合いは男女ともたくさんいるらしい。人々に囲まれてごく自然に笑い、楽しんでいるようだった。
 どこか少年ぽくて、無邪気で、ある意味のんびり屋。飄々として物に執着しない。サリューといっしょにいると気疲れしないのだ、とアムは思う。こちらを気遣ってくれるというより、自然体なのだろう。
「でも、どうかしら、結婚なんて」
と、胸の中でつぶやいた。
 ムーンブルグは壊滅した。だが、国民は残っているし、何よりアム自身がいる。ハーゴンを倒したらゴールではない。そこをスタートとして国の再建が待っているのだ。
「ええ、彼は優しいわ。でも」
華やかに舞いながら、ムーンブルグのアマランスは思い悩んでいた。
 視線はどうしても、大広間の別の方向へ飛んでしまう。ローレシアのロイアルがそこにいた。
 彼もフィールドでの実用的な服を脱いで、舞踏会用にサリューと色違いの濃紺のダブレットにしている。彼の周辺にはサマルトリア貴族の若者たちが数名集まっていた。当代の勇者と話ができる機会を逃したくないと思っているらしい。ほとんど崇拝者のようだった。
 どちらかというと女たちより男性と会話する方がロイは気楽だ、とアムは知っている。旅の話、武術と戦闘の話、モンスターの話……ロイは落ち着いていて彼なりに会話を楽しんでいるようだった。
 暑苦しいほど熱血。不満があればガミガミと言う。というより、叫ぶ。だが、他人に厳しい分自分にも厳しい。自分には一番厳しいかもしれない。出会ったころはどうかすると黙りこんで、自分の負った使命に思い悩んでいるように見えた。最近ふっきれたのか、ひょいと笑えることを言うようになってきた。
「べ、べつにかっこいいだなんて思ってないんだから」
こほん、とアムは咳払いをした。
 血の繋がっている二人の若者とアムは旅を続けてきた。これからもまだ続くだろう。そのどちらに心を傾けるのか、自分でもわからない。
「こんなことで悩むなんて、私……」
 ダンスの時間はあっという間に過ぎ去った。サマルトリア王が楽しげに声をかけた。
「今夜は花火師が来ているのだ。客人方、どうか大窓の方をご覧あれ!」
従僕たちが大広間の一方にある、天地一杯の大きな窓を左右に開いた。と同時に、王宮を取り巻く木立の向こうから小さな赤い星が空へ放たれ、パーンという音とともに夜空に大輪の花を開いた。
 一斉に歓声が上がった。舞踏会の客たちが上靴のまま広間の外へ見物に出た。
「お、すげえな」
近くにロイが来ていた。
「おれたちも行こうぜ?」
「そうね」
ガウンのすそを手でそっとつまみ、アムも庭へ出ようとした。ぱーん、ぱーんと音が響き、空に次々と花が咲く。素直に綺麗だと思った。
 事件はその時起こった。
「あっ」
「きゃあ!」
誰かがつまづいたのだった。後ろから押された勢いで前にいた人にぶつかり、その人はさらに前へ体重をかける。そのほとんどは広間で酒を呑んできている。連鎖は一種のパニックを引き起こした。ロイとアムはとっさに避けた。避けたはずのところへ、人々がはみ出して押し寄せてきた。しばらくおしあいへしあいしたあげく、サマルトリアの兵士たちが助けに入ってきた。倒れた人たちを引き起こし、ようやく騒ぎが収まったのだった。
「やれやれ、最後にとんだ目にあったわ」
夜半、舞踏会が終わったあと、アムは自分の客室へ戻ってきた。王妃から派遣された侍女たちがアムの着替えを手伝ってくれた。
「できるだけ綺麗に着るようにしましたけど、最後にドレスがもみくちゃになってしまったかもしれないわ。王妃様にお詫び申し上げてね」
手伝いに来た侍女が、顔色を変えた。
「アマランスさま、あの、これ」
「あら、切り裂きでもつくってしまったかしら?」
「いえ、お召物ではなく、アクセサリが」
侍女の手に残っているのは、糸が切れたエメラルドのネックレスだった。思わずアムは立ち上がった。
「こんなことって!いつ切れたのかしら」
花火の前にはちゃんとしていた。自分の手でネックレスをいじっていたからそれは覚えている。
「あのときだわ」
後ろから押されてパニックになった。糸が切れたとしたらあのときだろう。
「どうしましょう。玉の数は?」
侍女たちは一生懸命数えていた。
「糸の長さからして、4粒足りません」
アムは手元を重ねて口を覆った。
「ほんと、どうしよう!お借りしたものなのに」
アムは唇を噛んだ。
「私、探してきます!」
アムは部屋を飛び出した。

 息を切らして大広間へ駆けつけた。召使たちが総出で片づけているところだった。
「おい、何やってんだ?」
ロイだった。
「ネックレスが切れて、エメラルドの玉が抜けてしまったの。それで、探しに」
「そんなかっこでか?」
気がつくとアムは舞踏会用のドレス姿のままだった。これでは地面に転がったエメラルドはとても探せない。
「しょうがねえ。手伝うよ」
「あ、ありがとう」
さきほどの宴はどこへやら、今は静まり返り、王宮の外で鳴くふくろうの声が聞こえるくらいだった。
「おれたちがいたの、このへんだっけ」
と言っても、そこはただ大広間のひと隅でエメラルドらしいものはなかった。
「まいった。何もねえ」
はあ、とアムは肩を落とした。
「もうちょっと気をつけていたら……!」
サマルトリア王妃がどれだけがっかりするだろう。“がっかりされる自分”というものに、アムはがまんできなかった。
 ぽん、とロイが肩をたたいた。
「思いつめるなよ」
「あたしは、」
「俺も同じ気質だからなんとなくわかるけど、自分が悪いってとこにこだわってると解決にならないぞ」
「でも!」
「別に“しょうがなかったんですー”ですませろって言ってるわけじゃない。探そうぜ」
「どうやって?」
「おれたちには、強い味方がいるじゃないか?」
やおらロイは立ち上がり、片手を振って大声を上げた。
「おいサマ、こっちだ!ちょっと手伝ってくれよ」
どうやら広間にはサリューもいたらしい。すぐに緑のダブレットの王子様がやってきた。
「どーしたの、二人とも?」
と言ったあとでにっこりした。
「んー、アムはそのガウン、似合うね。とっても綺麗だよ。ロイもぱりっとしてる」
二人とも舞踏会用の衣装のままだった。
「アムの借りたネックレスの糸が切れて、エメラルドが落ちたんだ」
「4個もなくなってしまったの。なんとか探し出せないかしら」
「さっき片づけを見てたんだけど、そんなものがあったらわかったと思うよ?」
清掃人がふところへ入れない限り。アムはそう言いだせなくて唇をかみしめた。
「おまえ、あれ出来ねえ?ほら、なんかあやしいものがあると光らせる魔法があるって言ったじゃないか、前に」
「“レミラーマ”?理論上は可能なんだけど、いきなりはね」
だめか、とアムはためいきをついた。
「でも、確かにこのへんにちらばったんだね?」
「ええ」
ん、ん、とサリューはつぶやいた。
「エメラルド、の大きさはどのくらい?」
アムは自分の指で示した。
「私の親指の爪くらい」
ふふっとサリューは笑った。
「かわいい指だね。わかったよ。二人とも、こっち来て」
自分の城の中をサリューはすたすたと歩き出した。

 途中で松明を一本借りて、サリューは城の裏手へやってきた。
「なんだ、ここ?」
「君んちのお城にはないかな?城内でニワトリを飼ってるんだ」
サマルトリアには豊かな森と草原がある。国内には牧場が多く、家畜家禽はどこにでもいた。
「んで、厨房では野菜くずが出たら餌にするんだよ。料理の残りなんかもね」
真っ暗な裏庭を松明一本を頼りに、ドレスアップしたパーティが行く。
「そういうのは、ニワトリ小屋の前の餌箱へどんどん入れてくんだ。ほら、ここ。今日のディナーに使った野菜くずがたくさん」
三人は多少臭う小屋の前で立ち止まった。
「さて、御立ち合い。これから始まる、ぼくのレミラーマ。見て!」
そう言ってサリューは松明を餌箱の上にかざした。光を受けて餌箱の中で何かが光った。
「こ、これ!」
緑色の丸い物が餌箱の中にたくさん入っている。その中にいくつか光っている粒があった。そのかず、4個。ロイが近寄り、その四つをつまみあげた。
「残りはただのアオエンドウだよ。ディナーのとき、つけあわせのひとつだったでしょ?それが大広間の床にいくつか落ちた。清掃係が掃いて集めて、捨てるよりはとニワトリの餌にしたわけさ」
ロイは眼を見開いて聞いていたが、にやっと笑ってアムの手の中に宝石を落とした。
「な?言った通りだろ?」
ぐっと手の中にエメラルドを握り、アムは安心のあまり震えがきていた。
「ありがとう……!ありがとう、二人とも!」
でも、困ったわ、と心の中でアムは考えていた。
 前向きで力強いロイ、飄々として賢いサリュー。私、いったい、どちらを選べばいいのかしら。