ゴージャス・ガール

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第20回) by tonnbo_trumpet

 ポルトリンクの港は、一時的に動きが止まっていた。船は絶え間なく入出港しているし、積荷も動いている。だが、船客は、騒々しい声に眉をひそめた。
「ってゆーかー、証拠もあるしー」
甲高い女の声だった。
「なんでみんな、あたしのこと信用しないわけー?ありえないんですけどぉ!」
老練な船乗りが答えた。
「そう言われてもね、お嬢さん。私らはサーベルトさんといっしょに働いていたんだが、結婚したとは聞いたことがないんでね」
そこはポルトリンクの町中、宿屋道具屋武具屋などに囲まれた噴水の周辺だった。あまり清潔でない服をだらしなく着た若い娘と目つきの悪い中年男が騒ぎを起こしているのだった。まわりにいた水夫や港で働く人々が、老船乗りに口々に賛同した。
「あのサーベルトさんが、女ひっかけて知らんぷりなんてちょっと信じられないよ」
「まじめだったし」
「もてたし」
そう言われた若い女は、むっとした顔で連れの男を呼んだ。
「お父ちゃん、なんか言ってやってよ!」
お父ちゃんというのは、船乗りたちに負けず劣らずの体格をした目つきの悪い中年男だった。
「いやみなさん、そりゃないでしょう。こっちは嫁入り前の大事な娘を弄ばれたんだ。どうしてくれる、と談判に来たら相手さんは亡くなったって?」
それより少し前、ポルトリンクの創始者アルバート一族の嫡子サーベルトは、何者かの手によって死亡していた。
「じゃあ、娘のお腹の子が父なし子になっちまう。かわいそうじゃないですか、え?」
ねちねちとした口調で男は言い募った。
「ちょっと、ちょっと」
港で働く魚売りの女房たちが、集まってきた。
「そこのお嬢ちゃん、どこでサーベルトさんと知り合ったのよ」
「変なムシはアルバート家の奥様が寄せ付けなかったんだけどねえ」
つん、とその娘はあごをあげた。
「マイエラの港でお仕事してたときにあの人が船で来たの!それですぐ仲良くなったんだから」
ポルトリンクとマイエラ地方の船着き場は定期船が通っていた。
「あんたがぁ?」
「そーよ!」
あまり頭のよくなさそうな、ついでに行儀も言葉づかいもよくない娘をポルトリンクの人々はじろじろ眺めた。
「さっき言ってた証拠ってなに?」
「これからあたし、サーベルトさんちで赤ちゃん産むから!生まれた子見たらパパそっくりのはずだから!ほら、証拠になるじゃん!」
自信満々でそう言った。言われてみると、娘の腹のあたりはどうもふくらんでいるようだった。
「どなたか、リーザス村ってところへ連絡していただけませんかね」
と“お父ちゃん”が言った。
「孫が生まれますよ、ってその奥様にお話してもらえませんか。私らここでお迎えを待ってますからね」
一筋縄ではいかないようすの中年男は、その“娘”と二人でじっくりポルトリンクに腰を据える気のようだった。
「妊婦なんでね、歩かせたくないんですわ。アルバートのお家にとっても跡取りさんの母親じゃないですか。あまりみっともない待遇っていうのはどうなんですかねってお伝えください。お願いしますよ」
人々はぶつぶつ言っていたが、とりあえず二人分のいすを日陰に用意した。
「あと、煙草お願いします」
「あたし、喉かわいちゃったかなー」
くそっ、と人々は言いあった。
「あいつら、アルバート家とポルトリンクを乗っ取る気まんまんだぜ」
「ご主人と坊ちゃんを亡くしたアルバートの奥様があのずうずうしい小娘にたかられるかと思うと腹が煮えくりかえるぜ」
「せめてゼシカさんがいてくれたら!」
ポルトリンクの人々は気づいていなかったのだ、小さな守護神がその嘆きを聞いていたことを。
「聞いたか、マルク!ゼシカ姉ちゃんに連絡だ!」
「お、おうっ」

 カン、カン、と鐘が鳴った。船が入ってくる合図だった。水平線から大型の船が姿を現した。港の役人や荷揚げ人足が桟橋へ向かっていく。ポルトリンクは騒がしくなった。
「へぇ、ずいぶんでっかい船ですねえ」
乗っ取り男は、パイプをくわえてすぱすぱと煙を吐いた。
「さっきから人の出入りも多いねぇ。一日の実入りもたんとあるんでしょうなあ」
水夫の一人が、言葉を吐き捨てた。
「あんたにゃ関係ないだろ」
ああ?と乗っ取り男は言った。
「口のきき方に気をつけた方がいいんじゃないですかい?」
にらまれようが陰で唾を吐かれようが、乗っ取り男はのうのうと座りこんで落ち着いていた。
 桟橋の騒ぎが大きくなった。港から街へ船客があがってくるのだった。町中の人々の目がそちらへ集中した。
 最初に現れたのは、白いお仕着せ姿の従者だった。背が高く、長めの銀髪を首の後ろで結んでいる。ぱりっとした白いお仕着せは港の北方トロデーン王国の王族付き侍従のものだった。
 従者はぴしっと背筋を伸ばすと、すっと手を差し伸べた。
 差しのべられた手に掌を預け、若い女が姿を見せた。人々の間からためいきがもれた。
 うやうやしくエスコートする従者を従え、彼女は堂々と歩いてきた。気の強そうな美少女だが、肩を露わにしてフレアーの裾を長くひくドレス姿である。豊かな胸の中央に細い金の鎖で大粒の真珠を飾っていた。鮮やかな赤い髪は頭の両脇に分けて高く結んである。その先端が風に揺れた。
 うっとりと見とれていた港湾長が、はっと我に返り彼女に近寄り、小声で何か告げた。美少女が乗っ取り男とその娘のほうへ瞳を巡らせた。
「ゼシカ・アルバートよ」
乗っ取り男は、口からパイプをとり落としたのも気づかないようだった。
「あ、あの」
「今日は、母にお友達を紹介する予定になっていますの」
ちらっとサーベルトの妻だと言う娘に視線を投げた。
「遠慮してくださるかしら?」
その娘は、口をぽかんと開けてゴージャスガールを見上げた。はっと気付いていきなりわめきだした。
「お父ちゃん、あいつ!!」
 町の中へトロデーン王国の紋章入りの馬車がさっそうと乗り入れてきた。国王の親衛隊が騎馬で警備していた。馬車が停まると、若い親衛隊長がさっと馬を降り、馬車の扉を開いた。ほっそりした黒髪の姫君が微笑んで座っていた。
「お待たせしましたか、ゼシカさん?」
「今着いたところですのよ、ミーティア姫」
親しげに話しながら、姫君とお嬢様は馬車に同乗した。ポルトリンクの人々は華やかな一行が街道へ向かうのを嬉しそうに見送った。
「ねえ、お父ちゃん!」
乗っ取り男は、ためいきをついた。
「やめだ、やめだ。名士っつっても田舎だと思って見くびってたが、おまえにゃあの中へまざるのは無理だよ。腹んとこのクッション、取っていいぜ」
そう言って帰ろうとした。
「待ちな」
どすのきいた声でそう言われて男はぎくっとした。
「誰かと思ったら、パルミドの古なじみじゃねえか。おいおい、ヤンガスさんに挨拶していかねえかよ」
顔の傷跡もくっきりした山賊にそう言われて男は震えあがった。
「なんだ、ヤンガスさん、ポルトリンクで会うなんて、おどかしっこなしですよ」
「脅し?脅しってのはどうやんのかじっくり教えてやらぁ。ゼシカの姉ちゃんのとこに手を出そうとしたんだ。落とし前はつけてもらうぜ」
ひぃぃぃっと悲鳴があがった。
「ん?何か聞こえたか?」
「いや、耳のせいだろ。おまえ、いくらゼシカお嬢さんを近くで見たからってそう興奮すんなよ」
「いやまったくだ。面目ねえ」
「それにしてもお嬢さん、綺麗になったねえ」
「ったくだねえ」
ポルトリンクの人々は幼いころから知っている令嬢を、心からほめそやしたのだった。