スライム鍋

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第38回) by tonnbo_trumpet

 降り注ぐ太陽も空を行く白雲も、新しく結ばれたその契りを祝福しているように見えた。豪華なカジノ船はその日貸し切りとなっていた。カジノ船オーナー、ルドマン氏の令嬢が、氏のみこんだ有望な若者と晴れて結ばれるのだ。いやがうえにも華やかに装飾をこらした船の上には、負けず劣らず装った紳士淑女が新婚夫婦を祝うために一堂に会していた。
 花嫁は美しかった。背中を広く開けたタイトなウェディングドレスがスタイルの良い令嬢によく似合った。豊かな黒髪は今日は特別に結い、長いベールをつけている。花婿はうっとりと花嫁に見とれていた。
「おお神よ、ここにまた新しい夫婦が生まれました!」
神父が告げた。
「どうか末永くこの二人を見守って下さいますよう……」
わああっ、と歓声が上がった。花婿が花嫁を先導して祭壇から下がったのだ。参列者が次々と祝福した。
「デボラお姉さん、とても綺麗よ」
妹娘、フローラだった。
「フィフスさんとお幸せに!」
いつも自信満々のデボラは、その日は一世一代の晴れ姿、まさに女王の貫録だった。
「きっと幸せになるわ、フローラ。私はいつでも約束を守るわ」
花婿の友人が声をかけた。
「おめでとう、フィフス!幸せにな!」
ぱあああっとフィフスは満面の笑みを浮かべた。
「うん、ありがとー、ヘンリー!」
「嫁さんの言うことよく聞いて、バカやらかすんじゃないぞ?俺はもうフォローしてやれないんだから、肝に銘じろよ?」
隣で妻のマリアがうるうるしていた。
「よかった……フィフスさんを引き取っていただけるなんて。肩の荷を下ろした気分ですわ」
うんうんとその夫がうなずいた。
「ビスタからおまえが出て行ってから、心配で胃が痛むくらいだったんだ。おまえが変なもん拾い食いしやしないかとか、人間の言葉忘れちまっちゃいないかとか」
「もう大丈夫ですわ、ヘンリーさま。デボラさんは見るからにしっかりした奥様ですし」
「ああ!きっと手綱をしめてくれるよなっ」
フィフスはいまひとつわけがわかっていないらしく、にこにこして聞いていた。
「あんた、けっこうな言われようじゃない」
とデボラが言った。
「ぼく?」
なんでぇ?とつぶやいてフィフスは首をかしげた。
「デボラ嬢、いや、デボラ奥様、こいつ時々人外になっちゃったりしますけど、基本頭の中が通年で春のぽかぽかなんです」
「知ってた」
ぼそっとデボラは答えた。
「話が早くて助かります。寂しいと死んじゃうかもしれないんで、気をつけてかまってやってください」
「それと凄い方向音痴で、あと目の前のことに熱中するとまわりが何も見えなくなる人です」
「心が人外方面へイッちゃったら、甘いもんで釣れるんで覚えていてください」
ヘンリー、マリア夫妻が必死の形相で訴えるのを、デボラは憮然として聞いていた。
「あんた、ふつつかだとは思ったけど、予想以上ね」
ためいきひとつのあとは、武者震いだった。
「わかった。きっちりとしめてかかるわ」

 ルドマンが娘夫婦に与えたのは、少人数で操船するのにちょうどいいくらいの船だった。もちろん船を操るのはフィフスと、あとは器用なモンスターたちである。
「整列!」
デボラが号令すると、フィフス以下モンスター一同が甲板に集まってくる。先頭がフィフス、その次がゲレゲレと決まっているが、あとはその日によってさまざまだった。ただひとつ決まっているのは、全員背筋を伸ばして“気をつけ!”の状態だと言うことだった。
「今日の食事当番は誰?」
はい、はい、とアーサーやマーリンが返事をした。
「掃除当番?」
「はいっ」
「操舵係は?」
「ほいっ」
「見張り!」
「へいっ」
ほとんどの者に仕事を割り振ると、デボラはひとつうなずいた。
「今日も南下するわよ。お天気が変わりやすくなってるから、見張りは雨雲に気をつけて」
もちろん彼女自身は司令官だった。
「解散、仕事始めっ」
ここまでするには、けっこう大変だった。フィフスが甘やかし放題にしていたモンスターたちは賢さの低い者も多く、デボラは言うことを聞かせるために鞭を空気中で鳴らして威嚇しなくてはならなかったのだ。
「まったく、もう……」
今日のうちに船の倉庫を調べて、足りない食料を何とかしなくては。デボラはつかつかと音を立てて船倉へ向かった。
 手にした羊皮紙にペンで在庫を書きとっていく。ほどなくリストは埋まったがデボラは微妙な表情だった。
「やっぱり足りない。小魚でも釣っておくべきかしらね」
ふと視界の隅で何かが動いた。さっとデボラは身構えた。
 それは、皮の帽子だった。中に補強を入れた皮革の鉢巻きにクラウンを縫い付け、後頭部からサイドにかけて垂れをのばしてある。ごく初期の装備だった。
「あいつが放り出したのかしら」
あいつことフィフスは、なかなか持ち物を売らないという妙な癖がある。
「だって、別の子が装備できるかもしれないじゃないか」
という理由で。
「こんな皮の帽子なんて、装備してもしなくても大差ないってのに」
守備力は+2なのだ。
 拾い上げようとした瞬間、また皮の帽子が動いた。
「な、なに?」
無人の船倉の中で、しばらくデボラは皮の帽子をにらみつけていた。おそるおそる手を伸ばした時、ごくわずかに帽子の縁が持ち上がった。何か出てくる。紫色の液体のようなもの。
「スラりんじゃない。何やってるの」
ぬるっと液状の身体が動き、真ん丸な目が二つ、ぱちっと開いた。
「ぴきー」
フィフスが仲間にしたスライムだった。が、スライムはそもそも皮の帽子を装備できない。中にすっぽりはまってしまうのだ。デボラは手を伸ばして帽子をひっくり返してやった。
「ぴききっ」
「スラぼう。アキーラまで」
どういうわけかスライムは狭くて小さな容れ物を好む。スライムどもは船倉へもぐりこみ、皮の帽子を見つけて喜んでしまったようだった。デボラの目の前で三匹のスライムが小さな帽子の中で押し合いへしあいしている。目をぱちぱちとまばたきし、ときおりでかい口でへらへらと笑う。機嫌がいいようだった。
「これじゃスライム鍋だわ」
なにせやつらは液体に見えるのだから。ぷっと小さくデボラは噴き出した。
「あっ、笑った」
フィフスの声だった。船倉の扉に半ば隠れるようにしてこちらを見ていた。思わず怒声が飛び出した。
「何さぼってんの、あんたは!」
ひっと叫んでフィフスは頭をひっこめた。

 その日一日、フィフスは側へやってこなかった。が、夕食の時、隣の席でフィフスはバツの悪そうな顔をしていた。
「デボラ?」
「……」
「覗き見してごめんね?」
「……」
「デボラがぼくと同じものを見つけて笑ってくれたんで嬉しかったんだよ」
フィフスはそう訴えた。
「可愛いよね、スライムって?ぼく知ってるよ。デボラがいつも厳しいのは、ぼくらがのんびりしてるのがいけないんだよね?特に船の上ではやらなきゃならないことがいっぱいあるのに」
「……」
「でも本当はデボラは優しくて、かわいいものを見たら笑うんだ。ぼくわかってたよ」
「……」
大きなスプーンでデボラはその日のシチューを口に運んだ。材料は新鮮とはいえなかたし、サラボナの生家で食べていた味にはほど遠い。でも今日の料理当番が一生懸命造ったのだ。文句を言っては罰が当たる。きちんと食べなくちゃ。フィフスに答えなかったのはそれだけではなかった。思いがけず和んだところを見られてしまったのをどう言いつくろうか考えていたのである。結論として、言いつくろわないことにした。
「デボラ?」
「何も言わない時があるかもしれないけど別に機嫌が悪いわけじゃないわ。答える気にならないだけよ」
うん、とフィフスは嬉しそうに言った。わかってるよ、と言いたげなその笑顔がちょっとかわいいと思ったのと同時に、ちょっと憎たらしかった。
「もちろん機嫌が悪い時もあるから気をつけておいたほうがいいわよ」
顔が赤くなってないといいなと思いながら、デボラはいちおう釘を刺したのだった。