プリンセスのさとり

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第40回) by tonnbo_trumpet

 金色のドレスを両手でつまみ、姫君はちょっと腰をかがめた。
「では、私たちはこれで失礼いたします。ごきげんよう」
ローラ姫の後ろには甲冑兜姿も凛々しい勇者がエスコートすべく待ちかまえていた。
「いっそうのご活躍をお祈りしております、ご先祖様」
伝説の勇者と呼ばれた男は苦笑した。
「“ご先祖様”はやめろと言っただろう」
「すみません、ロト様」
いいからいいから、と勇者ロトは片手を振った。
「引きとめるなんて、野暮をやって悪かった」
愛し合う恋人同士は二人だけで手を取り合って酒場を出て行った。それぞれ勇者とプリンセスのレベルが99になったのだが、転職について二人でゆっくり考えよう、ということで一時的にパーティから抜けることになった。
「しかたない。たまには二人っきりになりたいのでしょう」
冷静だがどことなく笑いをふくんだような口調でリンドウが言った。
 身につけているのは僧侶の法衣で、実際リンドウはレベルの高い僧侶である。エルトナ大陸出身のエルフだった。
 勇者ロトは冒険者の酒場にリンドウと二人残された。この二人に勇者アレフとローラ姫が加わってパーティを結成していたのだった。自分の子孫と肩を並べて闘うというのはけっこう珍しい体験だった。最初とまどったのだが、レベルが上がってくると思いがけないほど楽しかった。
「しかし、どうします?あの二人の抜けた穴はけっこう、でかい」
「そうだな」
自分の子孫が優秀なファイターであるのみならず、回復と攻撃を使いわけ、十分な男気もあり、紳士であり、ついでにリア充だというのは嬉しいことではあった。あと数小節でステージが終わると言う時に天の助けか会心トリガーが二個も現れたことがあった。ひとつは自分、勇者ロトがたたいたのだが、もうひとつは見逃しか、と思った瞬間、きっちりとアレフがトリガーを刺してボスモンスターにとどめをくれた。
「頼りになる奴ほど、抜けると痛いんだよな」
が、そんなのは初めてルイーダさんの世話になった時から知っていることだった。
「誰か別のメンバーをスカウトしよう」
「それなら、ローラ姫の代わりも欲しいですね」
とリンドウが言った。
「こちらの方が難しいかもしれません。ムチの達人でパトリシアをかわいがり、回復もできるなんて、僧侶、まものつかい、魔法使いのいいとこどりです」
うむ、と勇者ロトはうなずいた。
「最初は足手まといかと思ったら、とんでもなかった」
さすが上級職ではある。
「プリンセスのさとりは持ってるから、プリンセスに転職してくれる女性ならだれでもいいことになるけどね」
「手持ちの“プリンセス”はひとつだけです。ちょっともったいないでしょう」
一理あるな、と勇者は思った。
「それなら、どれがいい?いちおう僧侶はきみがいるから除外して、魔物使いか魔法使いか」
「私が賢者志望なのをご存知でしょう。もうひとり回復の専門家がほしくはありませんか」
くそっ、と勇者ロトはつぶやいた。
「とりあえず酒場をひとまわりして暇そうなのに声かけてくる」
昔アリアハンで取った杵柄で、勇者はふらっと席を立った。
「私はここで待っています。幸運をお祈りしますよ」
そう言ってリンドウは、席にくつろいだ。
「エルフってのは、みんな君みたいな性格なのかい?」
「はい?」
いや、なんでもない、と言って勇者は歩き出した。冷静すぎる相棒も考えものだな、と思いながら。

 目があった瞬間、あ、こいつは、と思った。相手も何かを感じ取ったらしく、こちらへ向かって歩いてきた。血気盛んな顔立ち、よく鍛えた体、青い服にゴーグル付きのレザーヘルメットを身に着けていた。
「ローレシアのもょもとと言います。あなたはもしかしてご先祖様では?」
つくづく子だくさんだな、おれ、と思いながら勇者は手を差し出した。
「お察しの通りだ」
力いっぱいの握手はどうかすると指が痛いほどだった。
「やった……、おれ、ずっと憧れてたんです」
おお、熱血系だ、と勇者は思った。ある意味リンドウとは対照的な男だった。
「きみ、すぐ戦えるかい?ぼくのパーティで、即戦力になるファイターを探してるんだ」
「任せてください!」
こっちはいける?とグラスを傾ける仕草をしてみせると、もょもとはちょっとためらった。
「未成年なんですけど」
「レモネードにするかい?」
「実はいけるほうで」
「早く言えよ」
たぶん性格その他が似ているためだろう、子孫その2と酒を飲むのは楽しかった。ひとしきり話しこんだあと、勇者ロトはつぶやいた。
「あ~これでプリンセスが見つかれば言うことないんだがな」
「ぷりんせす?」
すでに赤くなった顔でもょもとが聞き返した。
「パーティにそんなのが要るんですか?」
「プリンセスバカにするなよ?得難い職業なんだ。ちなみにきみの先祖でもある」
「へー」
ともょもとはつぶやいた。
「実は君に会う前、一人プリンセスに会ったんだ。王女って呼ばれてたから本物のお姫様だと思ってね」
と勇者は言った。
「スカウトしなかったんですか?」
「まだ小さいんだよ」
「いくつぐらい?」
「8歳かな。保護者がいっしょで、ご家族でパーティ組んでたんであきらめた」
ひとくちグラスをあおってもょもとが言った。
「そう言えば、俺も見ましたよ、プリンセス」
「本当か?」
「ええ、あっちのテーブルで。気があったんで話しこんじゃいました」
「なんだ、解決じゃないか。紹介してくれよ」
「はぁ、まぁ、いいっすけど」
「本物のお姫様なんだろ?」
「サントハイムっていう王国のお世継ぎだと言ってました。いつもは神官と魔法使いがそばにいるのに一人でこっちに来ちゃったそうです」
「さすが王女様だな、お付き二人常駐なんて」
「えー、まあ」
「体力はどうかな?パーティに参加できそうか?自前の武器はある?ムチなら余分のがあるけど」
「体力は心配ないんじゃないですかね。あとムチはパスだと思います。たぶんそんなのは邪道だと思ってるフシがある」
「ムチはだめ……慈愛に満ちたお姫様だな」
「えー、あー、そのー」

 実際に会ってみて結論は二転三転した。そのあげく、勇者ロトは先頭切って元の席にもどってきた。
「リンドウ、新しいメンツを連れてきた!」
ゆっくりエルフがふりむいた。もょもとが進み出た。
「ローレシアのもょもと。職業は戦士。剣と楯のスキル持ちです。よろしく!」
リンドウは上から下までじっくりと眺め、微笑んだ。
「若いね、きみ。まあいい。伝説の勇者様に似ているね」
勇者ロトはうなずいた。
「アレフと同じく、子孫だから。さて、お楽しみはこれからだ」
スポットライトが欲しい、とひそかに勇者は思った。
「ご紹介しよう、正真正銘プリンセス・アリーナ!」
ロトコンビが脇へ退き、リンドウの正面に期待のプリンセスが……仁王立ちになった。
「サントハイムのアリーナ。職業は武闘家。あなたは?」
肩まで袖をめくりあげた腕には鍛えられた筋肉が見えていた。戦闘用のブーツでしっかりと固めた足は一撃必殺の威力を秘めていた。眼光は炯炯として気合い十分だった。
「私は……ムチと魔物使いは……」
ああ?!とアリーナが聞き返した。
 リンドウのいつも冷静な表情が驚愕のあまり固まっているのを、勇者は楽しく眺めていた。
「パーティの構成を変えてみたんだ」
浮き浮きと勇者は話しかけた。
「攻撃力重視で。というわけで、当分僧侶よろしく」
口をぱかっと開けたままだったリンドウが、ようやく顎を戻して咳払いをした。
「期待したのとはちがうが……かわいらしいお嬢さんだ。私は僧侶のリンドウ」
そう言って手を差し出した。
「お世話になるわね。よろしく、リンドウ」
華やかでくったくのない表情だった。彼女はいい子だ、と勇者は思った。
もょもとが話しかけた。
「さっそくBMS行こうぜ」
ぱっとアリーナが笑顔になった。
「いいわねっ。あたしの裂鋼拳、見せてあげるわ」
「ドラゴン斬りを見てから言ってもらおうか」
史上名高い脳筋コンビをパーティに得て、勇者は大きくうなずいた。
「何やってるんだ、行くぞ、リンドウ。薬草なんか置いてけ。元気玉だっ」
「勝つつもりなんですね」
やれやれ、とリンドウは首を振った。
「しかたがない。つきあいましょうか」
“プリンセスのさとり”はとうぶん出番がないだろう。だがリンドウは何かプリンセスで悟りを開いたようだった。