容疑者ピエール 5.証人レディ・アンナシルヴァ

 オジロンが、喉に何かつまったような音を立てた。
「レディ・アンナシルヴァは、その、パパス陛下の特別なお方であらせられました」
え、とルークは言葉を飲み込んだ。
「特別って、あのう」
ビアンカが微妙な表情になった。思わずオジロンの顔をまじまじと眺めてしまったらしい。オジロンは赤くなって咳ばらいをした。
「アンナシルヴァ様は、マーサ様がさらわれた後のある日、パパス様がグランバニアへお連れになった方です。グランバニア人ではありませんがレディを“国賓として待遇せよ”と御命令になりました」
「あのう、私、その方に御挨拶してないんじゃないかしら」
おそるおそるという口調でビアンカが言った。
「ぼくもだよね」
もし彼女が父のパパスの恋人だとしたら、旧世代の王族としてそれなりの扱いをしなくてはならない。特に現在王家の女性たちのトップであるビアンカとしては当然の仕事だった。
「いえ、そんな、決して先の陛下がマーサ様を裏切ったということではありません。そのような仲ではなかったと断言できます」
真っ赤になったオジロンが早口に言った。
「見ればわかります。アンナシルヴァ様はただ人ではあり得ません」
「俺もそう思うよ」
とヘンリーが言った。
「なんで?」
「百聞は一見に如かずってね」
ヘンリーが芝居じみたしぐさで片手を差し出した方向は玉座の間正面の入口だった。
従僕が二人かしこまって扉を開いた。そこに一人の女性が立っているのが見えた。法廷中がざわめいた。
「レディだ」
「まさか、人前に出ていらっしゃるとは」
「御存命だったのか」
「何を言う、見ろ、二十年以上たってもちっともお変りにならない」
たおやかなひとだった。細身の体に淡く光る薄ものをまとい、肩からグランバニア風の刺しゅう入りのストールを巻いている。彼女が何歳くらいなのかルークは測りかねた。肌も体型も若々しいのだが、態度はゆったりとしてエルヘブンの女長老のような貫禄を備えている。優雅な足取りで彼女は証言台へやってきた。
「見て」
ビアンカが強くささやいた。その女性がストールをずらすと、肩先にたたまれた白翼があるのがわかった。
「わざわざおいでいただきましてありがとうございます。真実を述べる、と宣誓していただけますか」
オジロンが言った。
「真実とは何でしょう?私は知らないものを語ることなどできません」
彼女の声はうっとりとして夢見るようだった。
辛抱強くオジロンは言った。
「聞かれたことに対して、嘘をつかないと誓ってください」
「嘘とはなんでしょう。真実がわからないのに嘘がわかるはずもありません」
「あ~」
 オジロンは冷や汗をかいていた。ルークには、このレディ・アンナシルヴァがオジロンをわざと困らせているのではないと知っていた。天空人に哲学的な事象を語らせると、たいていこのての堂々巡りになるのだ。
 ルークはさっとメモを書いて、兵士の一人に頼んでメモをオジロンに届けさせた。
「あなた自身に不利益がある場合を除いて、マスタードラゴンにかけて自分が真実だと信じるすべてを、真実のみを答える、と誓ってください」
ルークの書いたメモの通りにオジロンが言うと、彼女はあっさりとそのとおりに繰り返した。
 ヘンリーが質問を始めた。
「あらためてお名乗りいただけますか」
「“グランバニアの友”アンナシルヴァ」
歌うようにアンナシルヴァはそう言った。
「お住まいは?」
「私は世界を見守る偉大な存在の一部。世界中のどこにでも存在しうるのです」
それはいかにも天空人らしい言い方だったが、あまり法廷向けではなかった。ヘンリーは質問の仕方を変えた。
「グランバニアに滞在されるときはどちらにいらっしゃいますか?」
「グランバニア城正門左の角塔の上を使ってよいとさきの国王様に言われましたのでそこに泊っています」
「スライムナイトのピエールと会ったことがありますか?」
「はい」
「今日より以前、一番最近会ったのはいつですか?」
「金牛の月緑葉の日」
園遊会のあった日だ、とルークは思った。
「そのときあなたは何をしていましたか?」
「グランバニアの近郊へ外出していました」
「近郊というとどちらへ」
アンナシルヴァはしばらく黙っていたが、静かに答えた。
「試練の洞窟」
法廷中から小さく声が上がった。その洞窟はたしかにグランバニア王家が管理しているが、目的が試練を与えることなので内部のモンスターを駆除するようなことはいっさいしていない。グランバニア城周辺の中でもかなり危険なダンジョンのひとつだった。
「なんのためにいらしたのですか?」
「私は……あるものを採集したかったのです」
「それは何ですか?」
「とある薬の素材となるものです」
 ルークは思わずアンナシルヴァの顔を見た。いつも超然としている天空人が、どことなくもじもじしている。まるで、気まずいことを答えるように言われたかのようだった。
「どんな薬のために採集されていましたか?」
「地上に常駐する天空人として、私にはエルフの一族が伝える秘薬の技が途切れないようにする義務がありました。技の継承のために秘薬を調合したかったのですが、材料としてあるものが大量に必要でした。これは秘薬ですし、裁判には関係のないことだと思いますので、どんな材料なのか、どうやって薬をつくるかはお聞きにならないでいただきたいのです」
「おおせのままに」
ヘンリーは一礼した。
「では、あなたはあの日、試練の洞窟へお出かけになった。ピエールとはどこで会われたのですか?」
「私はピエールに、試練の洞窟には恐ろしいモンスターが多いのでつきそってほしいと依頼しました。私はピエールとお城から洞窟往復まで同行いたしました」
「ピエールはあなたの護衛をしていたということですか?」
「はい」
「具体的にはピエールは何をしたのですか?」
「洞窟を出てお城へ戻る時、グランバニアのまわりの森の中でオークキングが襲ってきました。そのときピエールは剣を抜いてオークキングに傷を負わせ、追い払ってくれました」
 ざわざわと会衆から声が起こった。あらためてピエールの方を見ようとする者も大勢いた。ピエールはさりげないようすを装っていたが、内心得意になっているのがルークにはわかった。
「その時の状況についてお話し下さい」
「オークキングは樹の陰からいきなり槍を突き出してきました。ピエールは槍の穂先をよけ、すぐに剣を抜いてオークキングの腹ヘ太刀を浴びせました。そのあと数ターン刃を戦わせました。その間にオークキングの槍の穂先もピエールの剣の刃も血に染まり、それぞれの顔や武器を握る指も返り血を浴びました。ですがピエールに斬りたてられてオークキングは近づくことができず、ついに血をしたたらせながら逃げて行きました」
今度起こった騒ぎはさきほどの比ではなかった。みんながいっせいにしゃべりだしたのである。まだ裁判中だ、とオジロンたちが呼びかけてやっと部屋は静かになった。
 ヘンリーはオジロンたち裁判官に小さく会釈した。
「証人に証拠の剣を見せたいのですが」
ブラントが兵士に命じると、一人が提出された剣を捧げ持った。
「ピエールが剣で戦ったとおっしゃいましたが、あなたが見たのはあの剣ですか?」
「そうです」
「どうしてそう思われるのですか?」
「ピエールとオークキングの打ちあいの間に槍の穂先が刃を滑って柄の一番上のつばの部分にあたりました。そのときできたのと同じキズがその剣にもあります」
天空人の証言は淡々としていたが、言葉は明晰だった。
「ありがとうございました、レディ・アンナシルヴァ」
半ばぽうっとなってオジロンはアンナシルヴァを見ていたが、我に返って言った。
「ほかに質問はありますか?」
ヴェルダー卿はむっつりとした顔で首を振った。アンナシルヴァは静々と証言台を降りた。
 彼女がそばに来たとき、思い切ってルークは声をかけた。
「あの、事件とは関係ないんですが、いくつかお尋ねしてもいいですか?」
ルークがそう言うとアンナシルヴァは冷たいほど整った顔をこちらへ向けた。
「何でしょう、ルキウス陛下?」
「あなたは天空人ですよね?ずっと地上にいたんですか?」
「はい」
「天空人はずっと湖で眠っていたと思ってました。どうしてあなただけ?」
「天空城の竜の神の御命令で、エルヘブンを見守っていたからです」
「母を、マーサを知ってるんですか?」
「はい。マーサ殿の運命がどのような道筋をたどるかも、あらかじめ知っておりました」
あっさりとアンナシルヴァは言った。
「マーサ殿のときもビアンカ殿のときも、私は襲撃を防ぐことはしませんでした。時の流れはマスタードラゴンの御意そのもの、私にはそれを曲げることはできません」
ビアンカが何か言いかけて口を閉じた。
 天空人たちの冷酷なまでの規則至上、計画遵守を、ルークは骨身にしみて知っていた。ルークはビアンカに向かって、小さく首を振ってみせた。
アンナシルヴァはひとり言のように話し続けた。
「そしてパパス王がマーサ殿の捜索に難航しておられたので、私は会いに行き、何をすべきかをお話ししました。すべてはマスタードラゴンの御意志のままにあることです」
超然とした口調でアンナシルヴァはそう言った。
 彼女が現れた時、父のパパスには天の竜の助けが来たと感じられただろう、とルークは思った。そして彼は旅に出たのだ。サンチョと自分を連れて、“天空人の女性を手厚く待遇するように”とオジロンに命じ、ちょっとした誤解を残して。
「質問は以上です。お話してくれてありがとう」
アンナシルヴァは小さく会釈した。
「私に会いたいときは、左の塔へおいでなさい。運命が導くときは、私はいつもそこにいますから」
法廷ではヘンリーが裁判長の方へ向き直った。
「さて皆さん、ピエールは、今の事実を隠していました。このことについて被告人質問をさせていただきたい。隠していた理由が明らかになるはずです」
法廷中がピエールに注目している。オジロンはほとんどすぐに被告人質問を認めた。
 ピエールは国を救った英雄が凱旋するような態度で証言台にあがった。
「お前の剣についていたのはオークキングの血だってことを、どうして言わなかった?」
ああん?と付け加えかねない口調でヘンリーが言った。
「レディ・アンナシルヴァが、洞窟へ出かけた件は口外してくれるなと吾輩におっしゃったのである。吾輩は口外しないことをレディにお約束した。ほかに理由はないである」
「レディはおまえがオークキングを斬ったことまで“言うな”と言われたのかよ?」
「オークキングのことを話せばアンナシルヴァ様と外出したことも説明せざるをえないであろう。そうすればレディとの約束を破ることになるのである。騎士としてもってのほか」
「自分の潔白を証明するよりもか?」
ピエールは胸を張った。
「然り!騎士には、己の潔白よりも大切なものがある。それは戦士の誇りもあろう、友との誓いもあろう、そして、かよわき婦人との約定もそのひとつである」
ふん!とピエールは鼻息を噴き出した。ヘンリーがぼそっとつぶやいた。
「ルークを心配させやがって、このバカめ」
ピエールはいきなりしゅんとなった。
「それは……面目ない」
「以上により」
たった今ピエールをバカ呼ばわりしたのが嘘のように、ヘンリーは法廷中に響くように声を張った。
「私は、ハーヴェイ・ローワンの死にピエールは何ら責任のないものとの見解を持つに至りました」
わぁっと歓声が上がった。ピエール応援団だった。
「お待ちいただきたい!」
割って入った声があった。応援団が静まり返った。ヴェルダー卿がヘンリーと向かい合っていた。
「これはヴェルダー卿、短い間でしたが、お世話になりました」
薄く笑ってヘンリーは言った。
「御指導はありがたく承りました。それからさきほどの答えですが、おれはあいにく歴史には詳しいほうではありませんが、少なくとも現ラインハット王デール陛下とおれは、友好国との絆は、人間であれモンスターであれ無実の国民の潔白に比べればなにほどのものでもないと考えています」
ぎりぎりと音を立ててヴェルダー卿は唇を噛んだ。
「考えを改めたよ。お若いのにたいした面の皮だ。見事に鞍替えしたものだな」
ヘンリーは涼しい顔だった。
「いやいや、せっかく辞職してきたのに弁護人補佐人の仕事はもうほとんどなさそうで、まことに残念です」
ヴェルダー卿の目が輝いた。
「それはどうかな?」
ヘンリーが真顔になった。元同職の二人は真正面から向かい合った。
「リクエストとあれば、辞任理由の説明に代えて正式な証人喚問として最初からやりなおしてもよろしい。ピエールが刺殺したのではないことを証明してごらんにいれましょう」
瞬殺してやんよ、と言外に言うヘンリーをヴェルダー卿は迎え撃った。
「あのスライムナイトがハーヴェイを刺し殺したのではない、ということはわかった。しかし、やはり他に犯人はいないのではないか?」
会衆や応援団がざわざわ言い始めた。ヘンリーはそのざわめきが収まるのを待ってヴェルダー卿に話しかけた。
「どうしてそう思われる」
「直前に言い争いをしていたのは、スライムナイトだからだ!」
勝ち誇ったようにヴェルダー卿は言った。
「動機だよ、きみ、動機だ!ハーヴェイは外国人だ。特別にグランバニアにつきあいのある者はいないのだ。殺したいほど憎んでいる者がスライムナイト以外にいるというのかね?」
ヴェルダー卿はせせら笑った。
「ああ、剣でやったのではないようだな。だが、なんらかの方法でやつはハーヴェイを葬ったのだ。ちがうかね?」
「たとえば?」
「先日の証言では、死者は倒れる前にグラスを取って酒を飲み、大量の血を吐いて苦しげに上着を脱ごうとした、とある。おそらく毒だろうな」
「ピエールがどんな毒をどこから出してきたとおっしゃいますか?何も分かっていないのです。いきあたりばったりで裁判に持ち込むのはいかがなものでしょうか」
「いきあたりばったりだと?そのおとがめは心外ですな、大公」
さきほどヘンリーが言ったことを卿は皮肉な口調で繰り返した。
「裁判長、レディ・アンナシルヴァに質問させていただきたい」
ヘンリーの眉がぴくんと動いた。ピエールがじっと卿を注視していた。奇妙な緊張の中を、再び天空の貴婦人が証言台にあがった。
「失礼ながら、おひさしぶりでございます、と申し上げましょう、レディ」
アンナシルヴァはヴェルダー卿を見上げた。
「どちらでお目にかかりましたかしら?」
「数十年前のことになりますので、おぼえていらっしゃらなくても不思議はありませんが、あのころ私はこの城の兵士を束ねる役目でありました。確か一度、パパス陛下とあなたさまが話していらしたのを、警備中に漏れ聞いたおぼえがあります。それが世に言うエルフの薬の製法のことでございました」
アンナシルヴァの顔がこわばった。
「薬になるものは、毒にもなるそうでございますな。あるいは、毒にならないようなものは薬にもならぬと、あなたさまはおっしゃった」
「そうだったかもしれません」
「あらためておうかがいします。あなたは金牛の月、緑葉の日、ピエールをお伴に召して試練の洞窟へ何を採りに行かれたのですか」
「それは……」
「秘薬の作り方を頭から教えろとは申しません。必要ありません。多少の興味があり、エルフの薬の材料について漏れうかがったことを私は調べてみたことがございます。そのなかでも試練の洞窟で手に入りそうな材料は多くはない。もう一度おうかがいします。あなたとピエールは、試練の洞窟で何を採ったのですか」
アンナシルヴァはしばらくためらったあと、小さな声で言った。
「へそ、です」
「正確にどうぞ」
「ガボットの、へそです」
ガボット、ガボット、とルークはつぶやいた。それは試練の洞窟に棲みついているモンスターの一種だった。もちもちした暗青色のダンゴに手足と触覚の生えたような外見である。その特技は……
「もうどくのきり!」
思わずルークはつぶやいた。ガボットは体表にある穴から紫色の霧をまき散らす。それを浴びたものは体に毒がまわり、体力を削られていくのだった。
「へそはどのようにして採取されるのですかな?あ、いや、失礼。今の質問は取り消しましょう。やんごとない御婦人にこれ以上説明させてはまた騎士殿のお怒りを買いかねませんからな」
卿は質問を取り消したが、法廷中の人間は、レディが小刀をつかって死んだガボットの体からへそを切り取っているようすを想像した。
「そのへそを採る時、ピエールはお手伝いしたのですかな?」
「はい」
もちろんそうだ、とルークは思った。たぶん洞窟への往復の護衛よりもピエールは実際にガボットを倒し、そのへそを切り取って集める役目だったのだろう。レディ・アンナシルヴァがその白い手を毒液で汚すのをピエールが黙って見ているはずもなかった。
「あなたは先に、その材料が大量に必要だった、とおっしゃいました。どのくらい採取されましたか?」
「持参した袋ふたつ分です」
「確認いたします。あなたはあの日、ガボットのへそをふた袋、グランバニア城へ持ち帰ったのですね?」
「そうです」
「あなたは誰かにそのことを伝えましたか?」
「いいえ」
「それはなぜですか?」
「ガボットは体内のへそのあたりであの毒の霧をつくっているのですわ。集めたへそは猛毒をもっているのです。そんなものが不注意な、あるいは人を殺したい理由を持つ住人の手に渡ったら危険だと思いまして、私は誰にも言わず、ピエールにも口外を禁じました」
「ピエールは荷物持ちもしたのですか?」
「ええ、手伝ってくれました」
ヴェルダー卿はオジロンを、ヘンリーを、ルークを次々と注目した。
「あなたはいくつのへそを狩り、いくつのへそを持ちかえったのですか?」
「いくつ?さあ、袋に詰め込みましたから数は数えませんでした」
「では、集めたへそがひとつふたつ減っていた場合、あなたはそれに気づかなかったことになる。本当にすべて持ち帰ったのですか?」
「私は全部持ち帰りました!」
「ピエールが代わりに持った分に関しては、減っていないと言いきれますか?」
追い詰められたアンナシルヴァが青くなっている。だが、彼女は低く答えた。
「それは、言いきれません」
「質問は以上です」
ヴェルダー卿はにんまりと笑い、オジロンの方を向いた。
「裁判長閣下」
彼の言い方は噛みつくようだった。
「昨日申し上げた訴えの内容を変更させていただきたい」
「え、どうして」
「裁判所に対し失礼は承知ながら、今レディ・アンナシルヴァより新しい情報が提供された故です。これを見過ごすわけにはまいりません。
 昨日本職は“被告人は、グランバニア暦762年金牛の月緑葉の日昼ごろ、グランバニア城屋上庭園の園遊会の席上にて、口論のあげく殺意をもって刃60cmの吹雪の剣を被害者ハーヴェィ・ローワンの胸に突き刺して傷を負わせ、よってその傷に由来する失血により死亡させた”と申しました。これを“被告人は、グランバニア暦762年金牛の月緑葉の日昼ごろ、グランバニア城屋上庭園の園遊会の席上にて、口論のあげく殺害を企て、被害者ハーヴェィ・ローワンのグラスに隠し持っていたガボットのへそに由来する毒を入れ、よってその酒を口にした同被害者を毒により死亡させた”とすることを求めます」
そして、聞えよがしにつぶやいた。
「ヘンリー殿に好き勝手を認めておいて、こちらはだめだ、は通りませんぞ」
オジロンはまるで身を守りたいかのように両手を掲げた。
「しばらく時間をいただきたい」
 オジロンは、アウリオ公とブラント将軍とかなり長いこと小声で話し合っていた。しばらくしてオジロンが二人を引き連れて進み出た。
「被告人の代理および、補佐人殿、訴因変更の申し出が出ていますが、何か意見はおありですか?」
 ルークはヘンリーの顔を見た。彼は考え込んでいた。
 ルーク自身はやめてくれ、と言いたい気分だった。昨日今日、どれほどはらはらしたか。エビルマウンテンを歩いていたってこれほど心細い思いはしなかったような気がする。だがヘンリーはこちらを見て、小さく首を振った。ルークはためいきをついた。
「ぼくたちはピエールが潔白であると主張する立場です。訴因が変わっても、主張は変わりません」
「よろしい。ヘンリー殿の死者の代理人の解任および弁護人補佐人への着任と、ヴェルダー卿の訴因の変更、当法廷はどちらも認めます」
ためいきともざわめきともつかない声が法廷にあふれた。