容疑者ピエール 3.証人ビアンカ

「誰かを呼ぶ前にお願いがあります」
とヘンリーが言った。
「刺殺と血の出方については、私見ながら凶器となった剣の切っ先の大きさが影響するのではないでしょうか。ハーヴェイが死んだあと、ピエールの剣はどうなりました?」
答えたのは、オジロンの後ろにいたブラントだった。
「警備隊が預かっている。留置中は、武器を持たせるわけにいかないのでな」
ヘンリーは裁判長に向かって小さく会釈した。
「我々死者の代理人は、さきほど被告人が『殺意をもって刃60cmの吹雪の剣を被害者の胸に突き刺して』と申し上げた。実際ピエールはこの吹雪の剣を抜いた状態でハーヴェイのそばに立っていました。ピエールの剣、そして遺体の状態をこの場で改める必要があります」
オジロンはためらった。
「死者の体を調べると言うのは」
グランバニアでは慣例により死者が棺に憩うた以上、取り出すことはできなかった。
「では遺体に代えて、被害者の衣服を改めるのはいかがでしょうか、ヴェルダー卿?」
「ふむ」
重々しく卿は言った。
「その剣と衣服が事件を語る上で重要であることに異論はない。私からも取り調べをお願いいたしますぞ」
「希望を受け入れよう」
 オジロンの命令で兵士たちが出て行き、間もなく紫の布で包んだものを携えてもどってきた。布の中央にはデフォルメされた金の鷲が描かれている。グランバニアの紋章だった。入っていたのは油紙に包んだ衣服と、青みがかった鞘に入った変わった形の柄の剣一振りだった。
 兵士が油紙をはがしていくと、法廷から小さく声があがった。それは男性用の衣服と靴だが、すべて血まみれだったのである。
 上着とシャツの胸の部分は特にべっとりと人血がこびりつき、乾いて褐色になっていた。白いシャツの襟開きをとめる紐には血がしみこんで、よじれあった形で固まっている。そして前開きの上着の上から二番目と三番目のボタン穴は、布地が裂けてつながってしまっていた。その大きな穴の縁にも血がしみこんでいる。その穴はピピンの生々しい証言を思い起こさせるには十分だった。
「その剣の」
とヘンリーは冷静に言った。
「刀身を見たいのです。ここで抜いていただけますか」
オジロンはピエールの剣を左手につかみ、右手で柄を握って一気に引き出した。刀身が露わになった。人々の間からざわめきがあがった。ヴェルダー卿の唇に嘲笑が浮かび上がった。
 ピエールの愛刀は吹雪の剣と呼ばれていた。刀身は凍てついたような蒼みがかった金属で、氷の魔力を秘めている。が、今引き抜かれたその剣のなめらかな表面は乾いた赤茶色に汚れ、ところどころ脂がついて曇っていた。ヘンリーの視線が険しくなった。
「こ、これは」
オジロンが狼狽してつぶやいた。
「待って、待ってください」
ルークだった。
「この剣のことは被告人に質す必要があります。ぼくから質問させてください!」
オジロンはうなずくのがせいいっぱいだった。
「ピエール、これは血ですか?」
ピエールの態度はまったく悪びれなかった。
「然り!」
堂々と彼は答えた。
「誰の血か君は知っていますか?」
「それも然りである」
ルークは一度沈黙して、再び口を開いた。
「では、聞きます。これは誰の血ですか?」
しばらくピエールは黙っていた。法廷は静まり返り、彼の答えを待っていた。
「それを答えることはできないである」
スライムナイトがそう言った瞬間、返答の意外さに驚いた人々が一斉に声をあげた。
「静粛に、みなさん、静粛に」
オジロンが呼びかけてもざわめきはしばらくとまらなかった。ヴェルダー卿は声を出さずに笑っていた。
「ピエール、君の潔白がかかっているんだ。答えてください。この剣についたこの血は、いつ、どのようにして付着したのか」
「黙秘するである」
ピエールは頑固に言い張った。
「ピエール!」
「騎士には、己の潔白よりもなお大切なものも存在するである。吾輩は、その質問には黙秘せざるを得ないのである」
ルークはうちのめされたような顔になった。
「裁判長」
とルークは言った。
「今のピエールの状態は、とても正常とは言えません。でもこれは重大なことです。日を改めて、本当のことが話せるような状態でもう一度質問させてください」
「だが、あまり日延べはできませんぞ。明日午後、スライムの刻、場所は同じく玉座の間にて続行とします。それでよろしいか」
「続行をお願いします」
オジロンは小さく咳払いをしてヘンリーたちの方を見た。
「おれは異存はありません」
ヴェルダー卿は一瞬じれったそうな顔になったが、青ざめているルークを見てにやりと笑った。
「私もです」
その答えが、閉廷の合図となった。

 大きな扉の前に、グランバニア王家の双子がはりついて中の声を聞き取ろうとしていた。
 城中が今、不安そうにざわめいている。こんな状態は双子に取って、少なくとも両親が揃って以来初めてだった。だが、子供はお部屋へ行きなさい、と優しくきっぱりビアンカに言われ、子供たちは閉廷後の話し合いにいれてもらえなかったのである。
 どちらからともなく言いだして、二人は部屋の外に陣取ってどんなことになっているのかを探ろうとしていた。
 二人が隠れているところの目の前をさきほどドリスが大股に歩いて部屋へ入っていった。ドリスの声は廊下まではっきり聞こえた。
「冗談じゃないわっ、こんなのってありなんですか、ねえ、ビアンカ様!」
「落ち着いてちょうだい、ドリス」
正義感の強いドリスは、今回のなりゆきにもっとも憤慨した者の一人だった。
「でも、ピエールがいきなり刺すなんて、ありえないじゃないですかっ。だいたいあの死んだやつ、ほんとに嫌な野郎だったわ。ああっ、あたしがあそこでボコッてりゃあ今頃」
「外交上の大問題になっていたかもしれないわ」
「ビアンカ様っ」
母のビアンカのため息が扉を通して聞こえてきた。
「ドリス、たのむから落ち着いて」
「坊っちゃ、……陛下の友達が連れてきたからって、しょせん外国人じゃないですか、どうしてそんなやつのためにピエールが牢屋に入らなくちゃならないの?仲間でしょ?信じなきゃ!」
「ラインハットとは友好関係にあるってことをまず思いだして」
ドリスがせかせかと歩きまわる音が聞こえてきた。
「今度の件、あっちではなんて言ってるんですか?ピエールのこと本気で疑ってるわけですか?」
「ルークは、ヘンリーはそんなことはないと思うって」
「それなら、なんでこんなこと続けるんですかっ。あたしたちはピエールが無意味に人を殺したはずないってわかってるし、ラインハット側もたぶん同じなんでしょう?」
「ねえ、ドリス」
ビアンカの口調が変わった。
「とにかく、人ひとり死んでるわけよ」
「ピエールが悪いわけないんですってば!」
「私たちはピエールをよく知ってるわ。でも知らない人もいるんだわ」
「そんなやつら、ほっとけばいい」
「そういうことじゃないの。もしピエールがスライムナイトじゃなくて人間だったらどう?たとえばピピンとか」
「同じことを言いますね。釈放すべきだわ」
「そんなことをしたらどうなるの?ピピンが私たちの旅に同行したことがあるから裁判もせずに釈放されたと思われるわ」
ドリスは何か言いかけて黙った。
「へんでしょ、それは。ピピンだって、気持が悪いでしょう、疑われたままじゃ」
ビアンカ様ぁ、とドリスはつぶやいた。なんだか泣きそうだとアイルは思った。
「あのう、ドリス、ねえ、だから、困ったわ」
そのときだった。アイルの肩に誰かが手を置いた。
「お父さん!」
 父とヘンリーがやってきたのだった。父は人差し指を唇の前に立てた。ここで聞いていてもいい、ということらしい。父は扉を開けた。
「いいかな?」
ビアンカの声が聞こえた。
「よかった。もう、大変なの」
「うん、聞こえてたよ。ドリス?」
ドリスは答えなかった。泣いてるのかな、とアイルは思った。おなじことを考えたらしいカイがそっと指を握って来た。
「もしこの状況で、裁判もなしにピエールが釈放されたら疑惑だけが残る。それはおかしいとぼくは思うんだ。それって、たとえばヴェルダー卿の言うように、ピエールがモンスターだっていうだけで裁判もなしに死刑にされるのと同じくらい変なことだよ」
でも、とドリスがのどに絡んだ声でつぶやいた。
「このままじゃピエールがやったことになっちゃいます」
「頑固だからなあ」
ルークがためいきをついた。
「ぼくたち、ピエールに会いに行ってたんだ。どんなに頼んでも、あの剣の血がいつどこで、どうやってついたか教えてくれなかった」
別の声がつぶやいた。
「自分の潔白をうわまわる“大切なもの”か。推測はできるんだが」
ヘンリーだった。
 いきなり椅子ががたっと動く音がした。
「あんたまでピエールにちょっかい出しに行ったのっ?」
ドリスが叫んだ。
「何もしなかったでしょうねっ」
「麗しき御婦人にお言葉を返すのは心が痛みますが」
「ふざけんなっ!」
ビアンカとルークがとめようとしたらしいが、クッションか何かが壁にぶつかったようなぼすっという音がした。
「拷問寸前まで攻め立てました」
ひょうひょうとヘンリーが言った。
「でも、話してくれなかったんだよね」
ルークが言った。室内が沈黙に沈みこんだ。
「それで、明日はどうするつもり?」
ビアンカだった。
「剣の血を説明できないとすると、ほとんど打つ手がないよ。いちおうビアンカかドリス、どちらかにお願いして、ピエールがどんなやつかみんなの前で証言してもらうつもりなんだけど」
ルークの言葉は歯切れが悪く、とちゅうで消えた。
「やります!あたし、びしっと証言します。ピエールは騎士よ。誠実で騎士道精神あふれる……モンスターだわ」
「それ、逆にいえば、女性の名誉のためには自分の手も汚す可能性があるってことにならない?」
ビアンカがつぶやいた。昼間のピピンの証言を信じるなら、いかにもありそうに見えるのだった。
「そうだな。ドリスはひっこめたほうがいいかもな」
「そんな!」
「俺はそうは思わないな」
とヘンリーが言った。
「ドリス姫には法廷へお出まし願いたい」
驚いたのか、ドリスが口をつぐんだ。
「何か引き出したい証言があるのかい?」
「園遊会のとき、誰がどこで何をしていたかは大事な情報だぞ。ちょっとした仮説を持ってるんだ。それが証明できればやつを釈放してやれると思う」
ドリスの声が変わった。
「信じていいの?」
「もちろん」
「軽く言わないでよ。あんたがピエールとケンカしてたの、初日に見たわ。会えば角突き合わせてるし。ピエールをはめたりしない?」
「しません」
「吹雪の剣をあの場に持ち出したのに?」
「剣がきれいなままなら、かなりピエールに有利だと思いまして」
「ピエールが無実だってこと、ほんとに信じてる?」
「信じてます」
「本当の、本当に?」
「たぶん、あなたよりはね」
ドリスが絶句した。
「俺の知っているピエールは、ピピンの言った通り、まばたきする間に敵を殺せる腕前を持ってます。でもそういう時はあとで必ず自慢たらたらそう言います。殺っておいて違うというのは、あいつらしくない。まったく、ふさわしくない」
うん、うん、とルークがつぶやく声がした。
「あいつが犯人じゃないんだから、真実さえ見つけ出せば疑いが晴れるはずです。だから俺は、法廷に証人を集めてそれぞれの話を突き合わせて、本当は何が起こったかを明らかにしたいんです」
扉の前で聞いていたアイルがつぶやいた。
「大丈夫なのかな」
カイが答えた。
「たぶん、大丈夫なんだね」
二人はあの園遊会以来初めて、互いの笑顔を見た。
あ~とドリスの声がした。
「ごめん。あんたのこと、思いちがいしてたみたい」
 きっとドリスはいつものように、自分が間違っていたと思ったら潔くそう言って、握手のために手を差し出したのだろう。ドリスはそういうひとだ、と双子は知っていた。
「これはドリス姫、こんな柔らかな、白いお手をお預けくださるとは」
いつものヘンリーの声が聞こえてきた。
「あっ、ちょっ、手を離せ!ったく、ラインハット男ってのはどいつもこいつも」
ビアンカの声がした。
「私からも頼むわ。ピエールを助けて。友達なの」
「麗しの王妃様のご命令とあれば」
「もう、まじめに聞いてよ。ドリスがあたしの代わりに全部ぶつけてくれたから噛みつかなかっただけで、ほんとはかっかしてたのよ?」
ややヘンリーの口調が変わった。
「むろん、ハーヴェイ・ローワンに関してはこちらの監督ミスでした」
ふとルークが言った。
「亡くなった人には悪いけど、困った性格だったみたいだね」
「ん?それは誰に聞いた?」
「君の秘書がそう言っていたって、宮廷の女官たちが話してくれたよ」
「秘書ってネビルか。ふむ。やつも法廷へ引っ張り出してみるか。それと、頼みがあるんだが」
「なに?」
「明日の裁判のとき、そちら側からある証人を呼んでほしいんだ」
「わかった。誰?オジロン叔父上に話をして、明日法廷に呼び出してもらわないと」
「大丈夫、証人がこの城から出かける気遣いはねえよ」
思わせぶりな言い方で相手の興味を引っ張るそのやり口を、双子はよく知っていた。さきほどからどうかすると扉の向こうで父のルークと話しているのは少し大人びた声のコリンズなのではないかと思えてしかたがなかったのだ。
「弁護側の証人は、俺だ」
「そんな、だって、規則では」
わははっとヘンリーが笑った。
「証人くらいでがたがたすんなよ。証人と、それとな?」
ごしょごしょと彼はささやいた。
「それこそ無理だよ。君はだって」
「大丈夫、大丈夫。けど、やっぱりちょっと準備がいるな。キメラの翼を持ってないか?」
「ラインハットへ戻る気かい?」
「ああ。ちょっとデールに話をつけてくる」

 ビアンカはオレンジがかった明るい茶色のドレスで法廷に立った。法廷は昨日と同じく玉座の間である。傍聴している者もだいたい昨日と同じだった。むしろヴェルダー卿の取り巻きがふえているようだとルークは思った。
 王位に就いてからこのかた、ルークはグランバニアの貴族とはできるだけ接触を持つようにしてきたが、自分より上の年代の貴族はいまだになじみが薄い。 ヴェルダー卿はパパスと同年代、中級貴族の家柄だが若いころから城塞都市グランバニアの防衛と治安にかかわってきた。高齢のためにその職を辞してからも、宮廷の公的な“正義の代弁者”をずっと勤めている。
 ルークにすればなんとなく堅苦しい相手であり、付き合いにくくもあった。ヴェルダー卿は、パパスがグランバニア国内から王妃を選ぶべきだと考えていた一派の旗頭であり、パパスがマーサを追い求めて国外へ出たとき、ひどく失望し憤慨した、とも聞いていたのである。
「ピエールはアイトヘル王子の教育にかかわりを持ったことがありましたか?」
 法廷でビアンカは、ルークの質問に答える形でピエールの人となりを描いていた。昨夜の作戦会議の結果、ルークはピエールの戦士としての側面よりも、アイルの師としての顔や兵士たちとの仲間意識などをオジロンたちに強調してみることにしたのだった。宮廷でのピエール、パーティメンバーとしてのピエール、そのどちらも知っていてなおあの日園遊会に出席したビアンカを、ルークは証人として呼び出していた。
「ありました」
「それはどのようなかかわりでしたか?」
「ピエールはあの子に剣を教えてくれました」
「ピエールの教育はどのような効果がありましたか?」
「ひとつには、あの子の剣の腕前が上達しました。それから、ピエールはあの子に、勇気や弱いものを守ろうとする心を教えてくれました」
ビアンカの声はよく通った。
「心、と言うのは、たとえばどのようなことですか?」
「アイルが城下町の子供たちと遊ぶとき、一番小さな子でも仲間外れにならないように気を使っているのを何度も見たことがあります。私はあいにく、あの子が小さいころ自分で育ててやれなかったのですが、そんなふうに成長してくれてとてもうれしいと思いました。面と向かってそういう優しさを褒めるとあの子は、ピエールが“小さな子の面倒をみるのは騎士として正しいのである”と言ったからとはにかみながら教えてくれました」
ピエールらしい、しみじみルークはそう思った。
「あなたはピエールにどのような感情を抱いていますか?」
「感謝の気持ちです」
ビアンカの言葉は短かった。が、その口調やしっとりした瞳が口で言うよりも強くその思いを法廷中に伝えていた。法廷の隅から小さく声が沸き、ひそやかに拍手が起こった。ピエールをよく知っている警備の兵士や厨房の女たちがピエールを応援に来たのだった。ピエールはまずビアンカに、それから応援団に向かって心をこめて会釈を送った。
 オジロンが咳ばらいをした。
「では、死者の代理人の側から証人に聞きたいことはありますか?」
ヴェルダー卿は余裕のある態度で首を振り、ヘンリーの方をちらりと見た。その態度や表情全体で、“いい奴だから犯罪を犯すわけがない”という論理を鼻で笑っていた。
「一つだけ」
ヘンリーが前に進み出た。
「ビアンカ様、あなたの知っている範囲でお答えください。ピエールは、ドリス姫の名誉を守るために今回のような殺人を企てるような性格ではないと言えますか?」
 法廷がざわめいた。
ルークは息を殺していた。今の質問は用意周到に昨夜考えたものだった。
「女性の名誉を守るためにピエールがひそかに殺しを計画するかと聞かれるなら、彼はそんなタイプではないとお答えできます。ピエールはみんなの見ている前で決闘する方を好むでしょう」
とビアンカが言った。
「そのような性格だと思われる理由は何ですか?」
「私が前に、そのような状態を見たことがあるからです。ピエールは旅の途中である男性に決闘を申し込んで勝ちました。私の名誉を守るためだった、とそのときピエールは言っていました」
ルークは素早く法廷のようすを見回した。ピエールの応援団は明るい顔になっていたが、ヴェルダー卿はうす笑いを浮かべていた。
「あの剣の血を解決しなきゃだめか」
ルークは心の中でそうつぶやいた。
 そのとき、ヴェルダー卿が動いてヘンリーの真後ろに立った。一つだけ質問する、と最初に言ったヘンリーは、さりげなく引き下がった。
よく響く声でヴェルダー卿が言い始めた。
「ビアンカ様の名誉を守りたいとは、被告人はまことに殊勝なこころがけかと存じます」
ビアンカはいつのまにか指をこぶしのなかに握りこんでいた。 “レヌール城のおばけを退治してきたらこの猫やるよ!”そう言って挑発されたあのおさげの少女が、やはりこんなふうに手を握りこんでいなかっただろうか。
「そのとおりです!」
あごをふりあげるように言ったビアンカに卿は冷笑を浴びせた。
「ビアンカ様、あなたの知っている範囲でお答えください。ピエールは、ドリス姫の名誉を守るために相手に決闘を申し込む性格ではないと言えますか?」
「それはもちろん……」
ビアンカは言葉を飲み込んだ。
「いつどこでどのように決闘を行うかは当事者同士の決めごとだ。あのときあの場でいきなり決闘がはじまり、その結果ピエールがハーヴェイを刺殺した、その可能性はないと断言できますか?」
思わずルークが叫んだ。
「そんなことを決めつけないでください!」
「ヴェルダー卿」
オジロンがせきばらいをして何か言いかけた。その言葉を待たずに卿は片手を振った。
「あとの質問は取り下げます。最初の質問のみお答えください。ピエールは」
ビアンカは唇を噛んだ。
「繰り返さなくてもけっこうです!ピエールは……、決闘を申し込む性格です」
ヴェルダー卿が質問を終えて引き下がると、オジロンがあらためて言った。
「他に証人として質問したい人がいますか?」
はい、とルークが言った。
「ぼくは証人としてヘンリーを希望します」