ホメロス戦記・七人の傭兵 2.子供を助ける

 ベンガルは気色ばんだ。
「いいか、十日もすれば俺たちの頭が地上へ来る。お頭はスゴイ助ッ人を連れてくるぞ。その時に仲間みんなで、この村を攻める。それが嫌なら飯を差し出せ」
 せいいっぱいの恫喝は、ホメロスの氷の視線にはねかえされた。
「モンスター風情が、調子に乗るな」
「この村を攻め落として食い物を取り上げてもいいんだぞ!」
 群衆は悲鳴を上げた。広場から上へあがろうとする者、宿屋へ駆け込む者、ただ右往左往する者、さまざまだった。ユーウェイは返事をせずにきょろきょろしていた。おそらく、自分の私兵がどれだけ残っているかと思っているのだろう。だが、追いはらうだけの兵力はとても残っていなさそうだった。
「リキオぉぉっ」
 母親が泣きながら手を伸ばした。
「母ちゃん!」
 リキオがもがいた。
 そのようすがおかしいのか、オコボルトたちは声を上げてはやしたてた。
「何がおかしい」
 太い声が嘲笑を圧した。
 グレイグが大剣を抜き放っていた。静まり返る広場にただ一人、両手で剣の柄をつかみ、ベンガルへきっさきを向けた。
「なんのまねだ」
 ベンガルはにらみつけた。
「見ての通りだ。出ていけ」
 前足の爪をむき出しにして振り上げた。が、グレイグの憤怒の視線に合ってベンガルはぎくりとした。振り上げた前足を、おろすことができない。
 ぶぉぉっ、とわめいてごろつき二人がグレイグに襲い掛かった。次の瞬間、ごろつきはのけぞった。気配もなく間合いを詰めたホメロスが、双剣をそれぞれ二人の鼻先につきつけていた。
 グレイグは怒りに満ちた視線をベンガルに向けた。
「お前の護衛は、俺の相棒が抑えた。一対一の勝負ができるぞ」
「人間ごときが」
「試してみるか?」
とグレイグは冷ややかにそう言った。
「俺も剣一本で世渡りをしてきた男だ。モンスターを相手にするのは初めてだが、何事も経験だ」
 ベンガルにひけをとらない体格、肉厚長大な剛剣、そして山がのしかかるような威圧感。ベンガルの毛皮が怯えた猫のように逆立った。
 なんとかごろつきたちが加勢しようとするのだが、どう動いてもホメロスの剣の切っ先がごろつきの鼻にぴたりと張り付く。斧を振り回して威嚇しても、冷笑に合うだけだった。
 ふとイレブンは、隣にテオがいないことに気付いた。
「じいじ、どこに」
 言いかけて、テオを見つけた。広場の出口、モンスターたちが男の子を抑えているちょうどその場所へ、じりじりと近づいていた。
 人々の視線はグレイグとベンガルの対決に注がれていた。テオの接近は、モンスターにまだ気取られていない。
「あの人だけは、ちがう」
 ごろつきと向き合っているホメロスは、確かにテオを見ていたが、焦点をずらして視界の隅で見ているようだった。
 イレブンは、息を殺した。テオの目的は明らかだった。オコボルトが捕まえている村の男の子を助け出そうとしていた。
 先ほどベンガルはなんとか人間の言葉を話していたが、ごろつきはうなるだけ、オコボルトはキーキーと聞こえる独自の言葉をしゃべっていた。今も彼らは、キャーキャー騒ぎながらグレイグとベンガルを眺めている。なんとなく、どちらが勝つかの賭けをしているらしいとイレブンは思った。
「グレイグ、いつまでやってる」
 演技なのか、うんざりした風を装ってホメロスが煽った。
「そのドラ猫、さっさと片付けろ」
 ドラ猫呼ばわりされたベンガルの体毛が逆立った。
「喰らえッ」
 振り下ろした前足の爪をグレイグの剣が難なく受け止めた。キャ、キャ、キャ、とオコボルトが一斉に騒いだ。
 そのときだった。リキオを捕らえているオコボルトの喉を、背後からテオが肘で締めた。キュウ、という悲鳴は騒ぎに紛れてしまった。締め落としたオコボルトを放り出し、テオはリキオを抱え上げ、脱兎のように飛び出した。
 子供の母親のところへ一目散にテオは駆け寄った。
「ギーッ」
 ようやく気付いたオコボルトたちが真っ赤になった。一人が手持ちの剣をテオの背へ投げつけた。
「ううっ」
 テオはうめいた。その後ろからオコボルトたちが殺到した。
 テオとリキオの前にホメロスが滑り込んだ。放り出されたごろつき二人があわててホメロスを追った。
「三人まとめて面倒見てやるぞ!」
 グレイグが剣を振りかぶった。
――凄い。
 テオに向かって走りながら、イレブンは目をみはった。ベンガルの爪とごろつき二人の斧を、グレイグは軽々といなしている。ホメロスは双剣を自在に操ってオコボルトを寄せ付けなかった。
「うわああああっ」
 イレブンはぎょっとしてふりかえった。鍬や鋤をかざしたプチャラオ村の農民たちが上ずった悲鳴をあげ、大挙して広場へと走り出て来た。
「クソッ。退くぞ、おまえら」
ベンガルが叫んだ。
 オコボルトたちが真っ先に村の外を目指した。ごろつき二人もバタバタと広場の門をくぐって階段をおりていく。ベンガルも後を追い、最後に振り向いた。
「いいか、十日後にきっと来るからな。その時はこんな数じゃないぞ。食い物を用意しておけ。なかったら命はないぞ!」
 そう喚いて、村から走り去った。

 モンスターが姿を消した瞬間、それまで張り詰めていた緊張がどっとゆるんだ。人々が一斉にしゃべりだした。ユーウェイの私兵で残っていた者たちが、戦死した仲間に駆け寄った。
 しかし一番反応が早かったのは、採用試験のために集まっていた旅の戦士たちだった。
「やれやれ、この村もおしまいだな!」
「さっさとずらかるか」
 遠慮なくそう言い放つと、旅の荷物をまとめて広場から続々と外へ向かった。
「誰もためらわないのだな」
 グレイグがそうつぶやいた。
「それは、そうだろう」
とホメロスが応じた。
「自分の身体と装備した武具、あれば馬、わずかな道具。それだけが彼らの財産だ。十日後に強敵が襲ってくる村に長居などするものじゃない。俺たちも基本的に事情は同じなんだぞ?」
 じろりとにらまれて、グレイグは首をすくめた。
「わかっている、わかっているさ」
 誰かが声を張り上げた。
「待ってください、皆さん、待って」
 さきほどユーウェイを引き留めて話をしていた、この村の村長だった。
「この村が襲われるんです。誰か、助けてください!」
 農民たちも必死の形相だった。
「おらたづ、戦いなんてやったことねえだ!助けが要るだよ」
「あんたらだって、飯を食うだろう。この村の食料がモンスターに持ってかれたら、どこから飯を手に入れるだ?」
「助けてくんろ、なあ!」
 退散していく戦士たちの反応は冷ややかだった。
「さっきの話じゃ、あんたら、この村から戦士を追い出したいってことじゃなかったか?」
「襲われると知ったら、手のひら返して助けてくれってか。勝手すぎるぜ」
「注文通り俺たちは出ていくよ。自分らでなんとかしろや」
「さっきはけっこう、いさましかったぞ?モンスターなんざ、かるいかるい。あんたら、やっつけちまえよ」
「今は飯より、命だ。悪く思うなよ」
 農民たちは青ざめていた。その横を、ユーウェイが通り過ぎた。
「待ってください、ユーウェイさん。あなたの部下たちで村を」
 すがりつこうとする村長を、ユーウェイは突き放した。
「守れと言うのかね?ごめんだね。私たちは出ていくよ」
「この村を見捨てるんですか?!」
「そのとおり」
とユーウェイは言って、懐から紙の束を取りだし、村長に押し付けた。
「ほら、借金の証文だ。どうしたね。あんたらが借りた金は棒引きにすると言ってるんだ。文句を言われる筋合いはない。おい、さっさと支度をしろ!」
 最後のは、私兵の残党への指示だった。

 テオじいじがうめき声をあげた。イレブンはあわてて祖父のところへ走り寄った。
「じいじ、大丈夫?」
 テオは薄く目を開けた。
「モンスターは、どうなった……?」
「逃げちゃった。でも十日後に食糧をもらいに来るって」
「あの子は」
 人質にされていた子供、リキオのことだった。
「お母さんとお父さんのところに戻ったよ」
 テオは薄く微笑んだ。
「それでええ。わしのことは気にするでない」
「失礼するぞい」
 横から声がした。テオが急に頭を動かした。
「ロウさま!」
 そう呼ばれたのは、テオと同じくらいの年配の小柄な年寄りだった。頭がつるつるで立派な白髭をはやしていた。
 一生懸命起き上がろうとするテオを、ロウは肩で支えた。
「すまん、先ほどは見ているばかりで、助けに入れんかった。まさか単身救出に行くとは。テオ殿おぬし、若い頃と変わっておらんのう」
 そう言って、かっかっと笑った。痛みをこらえてテオが苦笑した。
「ご存知の性分ですので。ロウさま、この子がイレブンです」
 イレブンは、ぺこんとお辞儀をした。
 しばらくロウは黙ってイレブンを見ていた。
「……ひと目でわかったぞい」
 そして、うん、うんとうなずいた。
「テオ殿、幸い斬られた傷は浅そうじゃ。が、したたかに打ち付けたところは当分痛むじゃろう」
 ロウはイレブンの方を見て、柔和に目を細めた。
「イレブンくん、この広場の階段を上の方に行くと道具屋がある。薬草を買ってきてもらえまいか。代金は提灯づくりのロウがあとで払いに来ると言っておくれ」
 はい、と言ってイレブンは立ち上がり、広場の上の方へ続く階段を目指した。後ろから、二人の話声が聞こえてきた。
「ロウさま、もったいないことです」
 テオが言うとロウは茶目っ気たっぷりに応じた。
「テオ殿も年かのう。昔ならあっというまに回復したものじゃが」
 ふふふ、とテオが笑うのが聞こえた。
「無茶を言われる。あれから五十年はたっておりますぞ」
 それから口調をあらためた。
「しかし、我らの計画は頓挫いたしましたな。どうします?」
 うむ、とロウはつぶやいた。
「避難所としてはもう機能せんじゃろう。それでもこの村は、隠れ住むには良い場所じゃ」
――計画って、なんだろう。
 そう思いながらイレブンは広場の中を歩いていた。
 広場は騒然としていた。大きな馬車が何台も引かれて来た。そこへ、ざっと紐がけにした荷物や箱が次々と運び込まれていた。
 ユーウェイはその前に仁王立ちになり、私兵にはっぱをかけていた。
「全部積みこめ!」
 あわただしいようすで上の方から一団の男女が石段を降りて来た。どれも不安そうな顔だが、十代の若者から乳母に抱かれた赤ん坊まで、子供が多かった。
「“お客”を連れてきましたが、馬車が足りません」
兵士の一人が尋ねた。
「最上の“お客”だけ連れていく。あとはいい」
残酷な選別がその場で始まった。客と呼ばれているが、彼らは人質だった。その時までちやほやされ、値打ちのある人質として避難所の奥深くに匿われていた者たちが、ユーウェイによって値打ちがないと判断されたが最後、この村に置き去りにされる。
 身分は高くても生活のすべなど何も身につけていない。しかもこれから襲われるという村へ放り出される。人質もそれを理解しているらしく、びくびくしながら淘汰を待っていた。
「ちょーっと待ってくださらない?」
 場違いなほど明るい、楽しそうな声がした。誰一人その声を無視できない、そんな不思議な力をその声は秘めていた。いつのまにかプチャラオ村の宿屋前広場に、なんとも派手な一行が姿を現していたのだった。
「アナタがユーウェイちゃん?アタシはシルビア」
 そろいの派手な衣装を着けた十人ばかりの若者を引き連れた、背の高い華やかな男がそこにいた。目も口も大きく、はっきりした顔立ちをしている。唇と眉が女性的な曲線なのだが、それが良く映える女顔だった。
 どよめきが沸き起こった。雪崩を打ったような村からの脱出の流れが、一時的に止まった。
「シルビアって、あのシルビアか?」
「本物なのか!よくシルビアを呼べたな!」
 イレブンはごくりと唾を呑んだ。イシの村の人たちが噂しているのを聞いたことがある。有名な旅芸人だった。
 つつ、とシルビアは近寄った。
「お取り込みみたいねぇ?」
 ユーウェイはさっと手を振った。
「この村をモンスターの群れが狙っていると、ついさきほどわかったのですよ。残念だが、興行の話はなかったことにしていただきたい」
「アラアラ」
 シルビアは長い指で自分の頬に触れた。
「それでみんな逃げ出すわけね?雰囲気も暗いわ?」
「そうそう、逃げるところですよ。もうよいかな、シルビアさん。こちらも“お客”の避難で忙しくてね。失礼するよ」
「でも、馬車に乗れない“お客”さんもいるみたいじゃない?」
 馬車の前では、ユーウェイが連れていくと決めた者と連れて行かない者が別々に集まっている。前者は気まずいようすで落ち着きがなく、後者は青ざめた顔でおろおろしていた。
「あれも同じだよ。匿う契約は終わりなんだ」
 そっけなくユーウェイは言った。シルビアは肩をすくめた。
「勝手に契約をなしにするのね」
「うるさいなあ!」
 ユーウェイは非難をかわしたいのか、声を荒げた。
「この戦乱のご時世に、契約がどうした?自分の命より大事なものなんて、あるわけないだろう!」
「契約より命が大事、ちょっと下がって財産、かしら?」
 財産を積みこんでいる馬車を指さされて、ユーウェイは顔を赤くした。
「とにかく話は終わりだ。あんたらも、さっさと逃げないと巻き込まれるよ」
 道具屋の前の行列に並んで、イレブンは広場の騒ぎを眺めていた。誰かが大声で騒いでいるのが聞こえた。
「ぼくの席はあるんだろうねっ?!」
 若い男の声だった。
「ない?そんなことあるわけないだろう!ぼくを誰だと思ってるんだ、サマディーのファーリスだぞ?確かめてくれ、絶対にあるはずだ。ぼくと召使たちの分だ。え、召使なしなんて、そんなことあり得ない!生まれた時から十八年間ずっとありだったんだから、今さらなしなんて許されないぞ」
 シルビアと話していたユーウェイがうるさそうにそちらを見た。
「どういうことだっ、責任者を出せ。おまえなんか、父上に言って首をはねてもらうからなっ」
 シルビアが長い指をあごにあてた。
「罪作りねえ、ああいう子を放り出すの?」
「価値がなくなったのでね。仕方がない。サマディーはもう」
 ユーウェイは最後まで言わずに呑みこんだ。
「知ってるわ。由緒ある大国だったのに、滅びる時は一瞬なのね。でもアナタ、あの子にそれ、言ったの?」
「私は言っていないが、“お客さん”はそういう話には敏感だからな。知っているのだろう」
 ふぅとシルビアはため息をついた。
 たったっと石畳の上を兵士が走ってきた。
「どうしますか。あいつが騒いでいると、出発できません」
「無視しろ」
 珍しく兵士は、雇い主に抗弁した。
「他の“お客”が動揺します」
 ちっとユーウェイは舌打ちした。
「仕方がない。席を作ってやれ。いいか、捨てるのはあいつの荷物だ」
「了解いたしました」
 ユーウェイの指示が伝わったらしく、兵士が馬車をいじり、座っていいとサマディーのファーリスに告げた。
「何人分?」
「三人分です。ファーリスさまのほかに、二人だけ馬車に乗れます」
 くるりとファーリスは振り向いた。そこにかたまっていたのは、ユーウェイが切り捨てた者たちだった。
「ライカ、シオン、チェリ。三人分の席が出来たよ。早くお乗りよ」
 名前を呼ばれたのは、上は十四、五から下は七歳前後の少女たちだった。
「ファーリスさまは?」
「ぼくは、あとからだよ。さあ」
 年上の少女はためらっていた。
「早く乗ってよ。ぼくは、ほんとは王子さま暮らしに未練たっぷりなんだ。でも、生まれてはじめて、ちょっとかっこいいことしたくなった。乗ってよ、ぼくが“やっぱりダメ~”、なんてかっこ悪いこと言っちゃう前に早く!」
 泣きそうな声だった。
 一番年上の少女は深々と一礼して、小さな子たちを馬車へ押し込んだ。ファーリスは、足をガクガクさせ、涙目になり、それでもなんとか口角を上げて三人を見送った。
「そこのお坊ちゃん」
 シルビアだった。
「今の見せてもらったわ。カッコよかったわよ?やるじゃないの、アナタ」
 ファーリスは恥ずかしそうに赤い目をこすった。
「あなたは?」
 シルビアは長いまつ毛の目を閉じてウィンクした。
「ただの旅芸人よン。あのお嬢さんたち、妹さん?」
 ファーリスは首を振った。
「ここの避難所で知り合ったんだ。どこかの名門の出らしいけど、国の名は言わなかった」
 そして肩を落として、はぁ、とため息をついた。
「もう会うこともないだろうな。でもあの子たちが安全なとこで暮らしているなら、それでいいや」
 動き出した馬車を見送ってファーリスはそうつぶやいた。
「ファーリスちゃん、アナタ、サーカスに興味ない?」
 へ?という表情でファーリスはシルビアを見た。
「こっちよ?いらっしゃいな」
 シルビアはファーリスの手を取ると、鼻唄まじりに歩き出した。広場のひとすみには、さきほどの派手な衣装の集団が、黄色い声を上げ、手を振りながら二人を歓迎していた。

 イレブンがいるのは道具屋の店先だった。店の前は広場を見下ろす高台なので、雑然とした広場のようすがよく見えた。
 ファーリスを連れたシルビアがひっこんだかと思ったら、別の人物が門をくぐって広場へ上がってきた。最初、旅の戦士が戻ってきたのかとイレブンは思った。が、すぐにカン違いだとわかった。
「あの人、女の人だ」
 イシの村で見かける女性たちとは全然違う。彼女は長い脚で堂々と歩いていた。長い黒髪、女には珍しい長身、長柄の薙刀、そして、きりりとした視線の持ち主だった。
「すみません、何かあったのですか?」
 彼女に話しかけられた旅の戦士は、鼻の下をだらしなくのばした。
「あっ、その、あんた、傭兵志願かい?気の毒だが、傭兵を募っていた事業主は村から撤退するそうだよ」
「私は雇って欲しいわけじゃないのだけれど」
「だったら早く村を出た方がいい。この村は十日後にモンスターに襲われる。予告があったんだ」
「モンスター?そんなばかな」
 女は考え込んだ。
「マルティナさん!」
 呼ばれて、マルティナというらしい女戦士は振り向いた。マルティナには連れがいることにイレブンは気付いた。七、八歳くらいの少女が二人だった。二人とも紺色のワンピースとボレロを着て、リボン付きの丸い帽子を被っていた。
「ベロニカ、ここは危険だわ」
 マルティナは少女の一人にそう話しかけた。
「でも、目的地はここなのよ」
 ベロニカは言い張った。もう一人の少女も両手を握りしめて訴えた。
「どうしても会わなくてはならない人がいるんです。マルティナさま、少しだけお時間をください」
 マルティナは腰をかがめて二人の少女と向かい合った。
「私は確かに雇われた護衛だけど、雇い主はメダル校長で、はっきり言ってあなたたちじゃないの。校長先生からも、あなたたち姉妹を危険な目に合わせないでほしいと言われているわ」
 プロの護衛らしく、きっぱりとマルティナは言った。
「お姉さま、どうしましょう」
 少女たちは姉妹のようだった。姉が妹をぽんぽんしかりつけた。
「セーニャ、めそめそしない!マルティナさん、モンスターは十日後に来るんでしょ?なら、五日ちょうだい。いえ、三日でいいわ」
 マルティナという女戦士は、あたりに油断なく目を配り、神経を張り詰めているようすだった。
「ベロニカ、セーニャ、二人とも私から離れないでいると約束できる?こっそりどこかへ、なんていう勝手な行動はお断りよ?お金をもらった分の仕事はするけど、私の指示を聞いてくれないならそもそも護衛はできない。わかるかしら」
幼い姉妹は笑顔になった。
 「わかってますとも。セーニャもいいわね?」
「はい。お約束します」
 マルティナはかすかに微笑んだ。
「それなら、まずは安全な宿を探さないとね。でも三日間で人探しなんて、できるの?」
 旅の戦士や農民が右往左往する広場を見回して、マルティナはそう言った。
 ベロニカとセーニャ姉妹は視線を交え、そろってくすりと笑った。
「大丈夫。尋ね人は、きっと向こうからあたしたちに吸い寄せられてくるわ」
「マルティナさまにも、こうやって会えましたしね」
 マルティナは戸惑っていた。
「私?関係なくない?」
「ありますとも」
「ええ。私たち姉妹とマルティナさまは、生まれる前から繋がっているのです」
 セーニャは自信たっぷりだった。